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今日は日中でも氷点下の寒い一日。
風が強く地吹雪のように雪が舞っていた。
朝からお参りに行くのだけれど、雪道に時間をとられなかなか進まなかった。
あるお宅の玄関まで着くと、座敷の方から声が聞こえる。
ただならぬ雰囲気がした。
その家はお婆さんの独り暮らし、独居老人で今年93歳になる。
彼女はこの地区の生まれで隣県に嫁いだのだが戦争で主人が戦死され、子供を連れて故郷に戻った。
まだ30前のことだ。
それ以来、近くの魚屋さんで40年以上働きながら子供を育てた。
息子夫婦は近くに住んでいるのだけれど同居はしていない。
戦死された御主人の命日にお参りをしている。
玄関で聞こえた声は涙声で白骨の御文の一節だった。
「こんにちわぁ、お邪魔します」と声をかけ入っていった。
お内仏(仏壇)のある座敷で小さなストーブを付けその前で彼女は泣きながら御文を唱えていた。
「婆ちゃんどうしたん?」明るく声をかけ入っていくと、彼女は私に手を合わせ泣きながら
「なんでこんなに長生きせにゃならん」そううめくように呟いた。
老人の(もう死にたい)というような呟きには時々出会う。
そんな嘆きを聞くのは亡くなった人の枕元に座るよりつらい。
「寒いから気弱になっとるんかい」そういいながらお勤めをする。
彼女も声を出して一緒にお勤めをした。
お勤めの間じゅう何を話そうか考えるのだけれどかける言葉がない。
終わって振り返ると泣きながら
「こんなに長いこと生かさせてもろうて、 いつまで生きとらんにゃならんのやろ」
そう重ねて言う。
「誰もめんどうみてくれん、どうなるがやら・・」
息子夫婦は同居してはいないが、よく顔を出して面倒みているのは知っている。
そんなことではない。
長い間生きて来て、歳と共に思うようにならない身体を抱え、寂しさと不安と虚しさに震えている。
近くの仲の良い婆さん達とも思うようには会えない。
「ここら辺の大人はみんな、婆ちゃんの捌いた魚食べて大きくなったんじゃ。そやろ?」
「みんな、婆ちゃんの子供みたいなもんじゃ」
そう言うのが精一杯だった。
彼女は笑ってくれたが何の解決にもならん。
婆さんの目線で話すものを持たない自分、こんな自分でスマンと心の中で謝る。
つらい一日・・
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私の子供時代の定年退職は55歳でした。今はながければ65歳のところもあります。しかし、50歳くらいから厄介者扱いされ始め、定年まで働けない人達も多くなっています。無事老後を迎えても、子供は遠隔地だったり、勤務時間から高齢者が一緒に暮らすには無理があったりと、必然的に、独り暮らしになってしまうんでしょうか? 考えさせられます…
2011/1/16(日) 午後 11:41 [ 竹光侍2008 ]