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「現在(25日午後3時)福島第一原発1〜3号機で通常の1万倍濃度の放射性物質が検出されたとの報道が出てきました。それに先立ち政府は半径30Km以内の自主避難を勧告致しました。
宗門あげての避難民受け入れ態勢を構築して下さい。
まず、御遠忌の二期・三期の取り止め、もしくは延期。
各教区末寺に受け入れ要請、被災地支援と避難民受け入れの二本立てで行動すべき時です。
仙台教区だけに義援金出してる場合じゃない。
危機感持って即時の対応を。」

以上のメールを本山のホームページから投稿しようとしたけど、送れない。
電話したら「サーバーの不具合でしょうか?・・」
ふざけてんじゃねーよ!

仙台教区に第二次義援金1億だと?
たしか第一次は300万だった。
義援金を教区に?? わけわからん。

本山が坊主助けて終わりかよ。
まず御門徒を助けなきゃならんだろうが。
御門徒の生活基盤が復興してから寺の再建・修復だろうが。
なんでこんな順番になっちまうんだ?

親鸞さんなら歩いてでも関東のご門弟を訪ねて炊き出ししてるだろうよ。
被災者を救うなんて出来ないとわかっててもさ、泣きながらでもさ。

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人に対してよく「頑張って」とか「頑張れよ」とか言う。
応援してるよとか味方だよと言うような思いで便利に使う。
それでいい場合も多いのだけれど、抱えきれない程の問題を前に立ち尽くす人に
「頑張って」という言葉は無神経で無自覚な言葉だとの指摘もよく言われる。

確かに頑張り続けてボロボロになりながらもやっとやっと歩み続ける人、
成すすべなく立ち尽くす人に追い打ちをかけるようになお「頑張れ」というのは
相手のことを思いやる風につくろい、突き放す言葉にもなる残酷さがある。
すべてがそうではないのだけれど、自分を安泰な処において見下ろすならば
鋭利な刃物より冷たい言葉として相手には刺さる。

同じところに立とうとするなら「よく頑張ったね」と抱きしめるしかない。
一人じゃないよ、一緒にいるよと寄り添うしかない。

「頑張って」とはあえて言わずに、別の言葉を探しみようと思う。
言った言葉には責任が伴う。
自分はどんな言葉を選べるのか、そこに今の自分の本当の関わり方が表れてくる。

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悲しい。
  
宗門は宗祖・親鸞聖人の750回御遠忌法要の第一期法要の中止を発表したが、
内実は「被災者支援のつどい」とタイトルを付け替えての予定通りの実施である。
  
色々な考え方があることは承知の上であえて言う。
今、宗門がすべきことは何なのか?
それは一宗の繁盛のための法要ではないだろう。
阿弥陀堂の屋根瓦の葺き替えでもない。

宗務総長が腹をくくり、法要・記念事業の費用を震災への対応に継ぎ込むべきだ。
数十億単位の義援金・炊き出し・物資の支援、ならびに宗門あげての被災者家族の受け入れ、
それこそが今すべきことではないのか。

組は教区の、教区は本山の顔色をうかがい自己判断すら出来ないでいる。
一体どこに立ち位置おいているのか。

何かせずにいられな思いを抱えながら在野に無数の坊主がいる。
なぜそのような声に耳を傾けないのか。
今の状況で750回御遠忌法要を実施することが50年、100年後には汚点になる。

東西両派で支援を打ち出せれば真宗の坊主は変われる。
そう思わずにはいられない。

老人の切ない呟き

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今日は日中でも氷点下の寒い一日。
風が強く地吹雪のように雪が舞っていた。
朝からお参りに行くのだけれど、雪道に時間をとられなかなか進まなかった。
あるお宅の玄関まで着くと、座敷の方から声が聞こえる。
ただならぬ雰囲気がした。

その家はお婆さんの独り暮らし、独居老人で今年93歳になる。
彼女はこの地区の生まれで隣県に嫁いだのだが戦争で主人が戦死され、子供を連れて故郷に戻った。
まだ30前のことだ。
それ以来、近くの魚屋さんで40年以上働きながら子供を育てた。
息子夫婦は近くに住んでいるのだけれど同居はしていない。
戦死された御主人の命日にお参りをしている。

玄関で聞こえた声は涙声で白骨の御文の一節だった。
「こんにちわぁ、お邪魔します」と声をかけ入っていった。
お内仏(仏壇)のある座敷で小さなストーブを付けその前で彼女は泣きながら御文を唱えていた。
「婆ちゃんどうしたん?」明るく声をかけ入っていくと、彼女は私に手を合わせ泣きながら
「なんでこんなに長生きせにゃならん」そううめくように呟いた。
老人の(もう死にたい)というような呟きには時々出会う。
そんな嘆きを聞くのは亡くなった人の枕元に座るよりつらい。
「寒いから気弱になっとるんかい」そういいながらお勤めをする。
彼女も声を出して一緒にお勤めをした。
お勤めの間じゅう何を話そうか考えるのだけれどかける言葉がない。

終わって振り返ると泣きながら
「こんなに長いこと生かさせてもろうて、 いつまで生きとらんにゃならんのやろ」
そう重ねて言う。
「誰もめんどうみてくれん、どうなるがやら・・」

息子夫婦は同居してはいないが、よく顔を出して面倒みているのは知っている。
そんなことではない。
長い間生きて来て、歳と共に思うようにならない身体を抱え、寂しさと不安と虚しさに震えている。
近くの仲の良い婆さん達とも思うようには会えない。

「ここら辺の大人はみんな、婆ちゃんの捌いた魚食べて大きくなったんじゃ。そやろ?」
「みんな、婆ちゃんの子供みたいなもんじゃ」
そう言うのが精一杯だった。
彼女は笑ってくれたが何の解決にもならん。

婆さんの目線で話すものを持たない自分、こんな自分でスマンと心の中で謝る。

つらい一日・・

タイガーマスク現象

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2010年12月25日、クリスマス。
群馬県の中央児童相談所に「伊達直人」からランドセル10個が贈られた。
TVニュースで見た時、胸が熱くなった。
多分50代の方だろう、私もタイガーマスクの世代である。
その後同様の寄付が相次ぎ、1月12日までに全国の都道府県に及び、15日現在で約700件の寄付が寄せられ現金・商品券だけでも2400万円になるという。
収入のほんの少しを出されたのかもしれない。
質素な中からも少しづつ蓄えて出されたのかもしれない。
心の底から日本人もまだ捨てたものではないと嬉しくなる。

性善説・性悪説で分けられるほど人は簡単なものではなく、善悪合わせ持ったものが「人」である。
親鸞は「罪悪深重の凡夫」と名付けた。

最初の伊達直人もそれに続いたたくさんの伊達直人達も同じく凡夫である。
寄付をする前も後も。
その凡夫である最初の伊達直人が、本人は凡夫のまま後に続くたくさんの伊達直人達に仏として働いた。
また児童相談所の子供達が伊達直人生み出した仏とも言える。
色々なものを抱えたまま、悩み苦しむ姿がそのまま仏として働くという現実がここにある。
仏仏相念、往還二回向の実相と言っていいんだろうと思う。
子供達という仏を念ずる伊達直人という仏、最初の伊達直人を念ずるたくさんの伊達直人達という仏。
現実が浄土に変わる事実を教えられた。

涅槃経には「一切衆生悉有仏性」と説かれる。

一切の生きとし生けるものはことごとく仏性を持つ、と普通読まれるが

親鸞は
一切の生きとし生けるものがことごとく持つものを仏性と呼ぶ、と読み替えている。

特別なものではなく当たり前のことの中に人間の本来求めていることがあるのだろう。
遠くに求め過ぎている私がいるのだと思う。

タイガーマスク現象、もうすでにタイガーマスク運動と呼ぶらしい。

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