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			<title>真宗坊主のたわごと・ざれごと・独り言</title>
			<description>半端坊主が日々の生活の中で感じたままに、見たままに。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>真宗坊主のたわごと・ざれごと・独り言</title>
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			<description>半端坊主が日々の生活の中で感じたままに、見たままに。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv</link>
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		<item>
			<title>涙しながら炊き出しする親鸞・・と思う</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364681/91/37239591/img_0?1301035009&quot; width=&quot;183&quot;&gt;&lt;br /&gt;
「現在(25日午後３時)福島第一原発１～３号機で通常の１万倍濃度の放射性物質が検出されたとの報道が出てきました。それに先立ち政府は半径30Km以内の自主避難を勧告致しました。&lt;br /&gt;
宗門あげての避難民受け入れ態勢を構築して下さい。&lt;br /&gt;
まず、御遠忌の二期・三期の取り止め、もしくは延期。&lt;br /&gt;
各教区末寺に受け入れ要請、被災地支援と避難民受け入れの二本立てで行動すべき時です。&lt;br /&gt;
仙台教区だけに義援金出してる場合じゃない。&lt;br /&gt;
危機感持って即時の対応を。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上のメールを本山のホームページから投稿しようとしたけど、送れない。&lt;br /&gt;
電話したら「サーバーの不具合でしょうか？・・」&lt;br /&gt;
ふざけてんじゃねーよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仙台教区に第二次義援金１億だと？&lt;br /&gt;
たしか第一次は３００万だった。&lt;br /&gt;
義援金を教区に？？　わけわからん。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本山が坊主助けて終わりかよ。&lt;br /&gt;
まず御門徒を助けなきゃならんだろうが。&lt;br /&gt;
御門徒の生活基盤が復興してから寺の再建・修復だろうが。&lt;br /&gt;
なんでこんな順番になっちまうんだ？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親鸞さんなら歩いてでも関東のご門弟を訪ねて炊き出ししてるだろうよ。&lt;br /&gt;
被災者を救うなんて出来ないとわかっててもさ、泣きながらでもさ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/37239591.html</link>
			<pubDate>Fri, 25 Mar 2011 15:36:49 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>「頑張って」の言葉の裏側</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364674/14/37227114/img_0?1300777683&quot; width=&quot;275&quot;&gt;&lt;br /&gt;
人に対してよく「頑張って」とか「頑張れよ」とか言う。&lt;br /&gt;
応援してるよとか味方だよと言うような思いで便利に使う。&lt;br /&gt;
それでいい場合も多いのだけれど、抱えきれない程の問題を前に立ち尽くす人に&lt;br /&gt;
「頑張って」という言葉は無神経で無自覚な言葉だとの指摘もよく言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かに頑張り続けてボロボロになりながらもやっとやっと歩み続ける人、&lt;br /&gt;
成すすべなく立ち尽くす人に追い打ちをかけるようになお「頑張れ」というのは&lt;br /&gt;
相手のことを思いやる風につくろい、突き放す言葉にもなる残酷さがある。&lt;br /&gt;
すべてがそうではないのだけれど、自分を安泰な処において見下ろすならば&lt;br /&gt;
鋭利な刃物より冷たい言葉として相手には刺さる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じところに立とうとするなら「よく頑張ったね」と抱きしめるしかない。&lt;br /&gt;
一人じゃないよ、一緒にいるよと寄り添うしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「頑張って」とはあえて言わずに、別の言葉を探しみようと思う。&lt;br /&gt;
言った言葉には責任が伴う。&lt;br /&gt;
自分はどんな言葉を選べるのか、そこに今の自分の本当の関わり方が表れてくる。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/37227114.html</link>
			<pubDate>Tue, 22 Mar 2011 16:08:03 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>東北・関東大震災と宗祖・親鸞７５０回御遠忌</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364680/77/37209077/img_0?1300429319&quot; width=&quot;285&quot;&gt;&lt;br /&gt;
悲しい。&lt;br /&gt;
　　&lt;br /&gt;
宗門は宗祖・親鸞聖人の７５０回御遠忌法要の第一期法要の中止を発表したが、&lt;br /&gt;
内実は「被災者支援のつどい」とタイトルを付け替えての予定通りの実施である。&lt;br /&gt;
　　&lt;br /&gt;
色々な考え方があることは承知の上であえて言う。&lt;br /&gt;
今、宗門がすべきことは何なのか？&lt;br /&gt;
それは一宗の繁盛のための法要ではないだろう。&lt;br /&gt;
阿弥陀堂の屋根瓦の葺き替えでもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宗務総長が腹をくくり、法要・記念事業の費用を震災への対応に継ぎ込むべきだ。&lt;br /&gt;
数十億単位の義援金・炊き出し・物資の支援、ならびに宗門あげての被災者家族の受け入れ、&lt;br /&gt;
それこそが今すべきことではないのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組は教区の、教区は本山の顔色をうかがい自己判断すら出来ないでいる。&lt;br /&gt;
一体どこに立ち位置おいているのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何かせずにいられな思いを抱えながら在野に無数の坊主がいる。&lt;br /&gt;
なぜそのような声に耳を傾けないのか。&lt;br /&gt;
今の状況で７５０回御遠忌法要を実施することが５０年、１００年後には汚点になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東西両派で支援を打ち出せれば真宗の坊主は変われる。&lt;br /&gt;
そう思わずにはいられない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/37209077.html</link>
			<pubDate>Fri, 18 Mar 2011 15:21:59 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>老人の切ない呟き</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364681/46/36874946/img_0?1295166751&quot; width=&quot;275&quot;&gt;&lt;br /&gt;
今日は日中でも氷点下の寒い一日。&lt;br /&gt;
風が強く地吹雪のように雪が舞っていた。&lt;br /&gt;
朝からお参りに行くのだけれど、雪道に時間をとられなかなか進まなかった。&lt;br /&gt;
あるお宅の玄関まで着くと、座敷の方から声が聞こえる。&lt;br /&gt;
ただならぬ雰囲気がした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その家はお婆さんの独り暮らし、独居老人で今年９３歳になる。&lt;br /&gt;
彼女はこの地区の生まれで隣県に嫁いだのだが戦争で主人が戦死され、子供を連れて故郷に戻った。&lt;br /&gt;
まだ３０前のことだ。&lt;br /&gt;
それ以来、近くの魚屋さんで４０年以上働きながら子供を育てた。&lt;br /&gt;
息子夫婦は近くに住んでいるのだけれど同居はしていない。&lt;br /&gt;
戦死された御主人の命日にお参りをしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
玄関で聞こえた声は涙声で白骨の御文の一節だった。&lt;br /&gt;
「こんにちわぁ、お邪魔します」と声をかけ入っていった。&lt;br /&gt;
お内仏(仏壇)のある座敷で小さなストーブを付けその前で彼女は泣きながら御文を唱えていた。&lt;br /&gt;
「婆ちゃんどうしたん？」明るく声をかけ入っていくと、彼女は私に手を合わせ泣きながら&lt;br /&gt;
「なんでこんなに長生きせにゃならん」そううめくように呟いた。&lt;br /&gt;
老人の（もう死にたい）というような呟きには時々出会う。&lt;br /&gt;
そんな嘆きを聞くのは亡くなった人の枕元に座るよりつらい。&lt;br /&gt;
「寒いから気弱になっとるんかい」そういいながらお勤めをする。&lt;br /&gt;
彼女も声を出して一緒にお勤めをした。&lt;br /&gt;
お勤めの間じゅう何を話そうか考えるのだけれどかける言葉がない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
終わって振り返ると泣きながら&lt;br /&gt;
「こんなに長いこと生かさせてもろうて、　いつまで生きとらんにゃならんのやろ」&lt;br /&gt;
そう重ねて言う。&lt;br /&gt;
「誰もめんどうみてくれん、どうなるがやら・・」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
息子夫婦は同居してはいないが、よく顔を出して面倒みているのは知っている。&lt;br /&gt;
そんなことではない。&lt;br /&gt;
長い間生きて来て、歳と共に思うようにならない身体を抱え、寂しさと不安と虚しさに震えている。&lt;br /&gt;
近くの仲の良い婆さん達とも思うようには会えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ここら辺の大人はみんな、婆ちゃんの捌いた魚食べて大きくなったんじゃ。そやろ？」&lt;br /&gt;
「みんな、婆ちゃんの子供みたいなもんじゃ」&lt;br /&gt;
そう言うのが精一杯だった。&lt;br /&gt;
彼女は笑ってくれたが何の解決にもならん。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
婆さんの目線で話すものを持たない自分、こんな自分でスマンと心の中で謝る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つらい一日・・</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/36874946.html</link>
			<pubDate>Sun, 16 Jan 2011 17:32:31 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>タイガーマスク現象</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364674/03/36869003/img_0?1295072908&quot; width=&quot;223&quot;&gt;&lt;br /&gt;
２０１０年１２月２５日、クリスマス。&lt;br /&gt;
群馬県の中央児童相談所に「伊達直人」からランドセル１０個が贈られた。&lt;br /&gt;
ＴＶニュースで見た時、胸が熱くなった。&lt;br /&gt;
多分５０代の方だろう、私もタイガーマスクの世代である。&lt;br /&gt;
その後同様の寄付が相次ぎ、１月１２日までに全国の都道府県に及び、１５日現在で約７００件の寄付が寄せられ現金・商品券だけでも２４００万円になるという。&lt;br /&gt;
収入のほんの少しを出されたのかもしれない。&lt;br /&gt;
質素な中からも少しづつ蓄えて出されたのかもしれない。&lt;br /&gt;
心の底から日本人もまだ捨てたものではないと嬉しくなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
性善説・性悪説で分けられるほど人は簡単なものではなく、善悪合わせ持ったものが「人」である。&lt;br /&gt;
親鸞は「罪悪深重の凡夫」と名付けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初の伊達直人もそれに続いたたくさんの伊達直人達も同じく凡夫である。&lt;br /&gt;
寄付をする前も後も。&lt;br /&gt;
その凡夫である最初の伊達直人が、本人は凡夫のまま後に続くたくさんの伊達直人達に仏として働いた。&lt;br /&gt;
また児童相談所の子供達が伊達直人生み出した仏とも言える。&lt;br /&gt;
色々なものを抱えたまま、悩み苦しむ姿がそのまま仏として働くという現実がここにある。&lt;br /&gt;
仏仏相念、往還二回向の実相と言っていいんだろうと思う。&lt;br /&gt;
子供達という仏を念ずる伊達直人という仏、最初の伊達直人を念ずるたくさんの伊達直人達という仏。&lt;br /&gt;
現実が浄土に変わる事実を教えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
涅槃経には「一切衆生悉有仏性」と説かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一切の生きとし生けるものはことごとく仏性を持つ、と普通読まれるが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
親鸞は&lt;br /&gt;
一切の生きとし生けるものがことごとく持つものを仏性と呼ぶ、と読み替えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特別なものではなく当たり前のことの中に人間の本来求めていることがあるのだろう。&lt;br /&gt;
遠くに求め過ぎている私がいるのだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タイガーマスク現象、もうすでにタイガーマスク運動と呼ぶらしい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/36869003.html</link>
			<pubDate>Sat, 15 Jan 2011 15:28:28 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>兎年なんですと。</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364681/71/36826371/img_0?1294469243&quot; width=&quot;267&quot;&gt;&lt;br /&gt;
家の娘が兎年生まれの「年女」ということでありまして・・。&lt;br /&gt;
兎のイメージを考えてみたら、なんとも貧困なイメージで（笑）&lt;br /&gt;
「因幡の白ウサギ」と「ウサギとカメ」くらいしか思い出さない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わりと頭がいいにも関わらずツメが甘く、笑い者になっている・・そんな感じ。&lt;br /&gt;
証券市場では兎年は縁起がいい年とされているらしいが、どんなものか。&lt;br /&gt;
２１世紀の今でも迷信を信じ、縁起を担ぐ。&lt;br /&gt;
人間とはそんなものだと言ってしまえばそうなのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「悲しきかなや道俗の　良時・吉日えらばしめ&lt;br /&gt;
　　　　　　　天神地祇をあがめつつ　卜占祭祀つとめとす」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愚禿悲歎述懐の和讃の一つであるが、道教や陰陽道に根差した「物忌み」が当たり前の時代に親鸞はその在り方を嘆く。それによって生活のリズムが決定していたのだから今の占い程度の生半可なものではない、それを否定した。蓮如の時代になると「門徒ものしらず」と世間は揶揄した。&lt;br /&gt;
もともとは「門徒物忌みしらず」が正しい。蓮如の時代もまた物忌みが常識で、物忌みしない真宗門徒は非常識者と蔑まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中学生くらいだったと思う、友達と初詣に出かけ破魔矢を買って来たことがある。家に帰ると破魔矢を見た親父が黙ってそれを捨ててしまったし、年末に消防の人が持ってくる鎮火のお札もすぐにゴミ箱に捨てられていた。当時は自分の親父は頭の固いクソ親父だと思って疑わなかった（笑）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お守りを持ったことは一度もない。&lt;br /&gt;
好きな女の子がくれたのなら、後生大事に持ってたかもしれないが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
良いことだけを人は欲しがる。&lt;br /&gt;
良いことを求めることは悪いことを恐れ避けることになっていく。&lt;br /&gt;
自分の現実をそのまま受取る生き方、現実に向かい合う生き方を求めるならお守りはいらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今年、年女の娘は占いに一喜一憂している。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/36826371.html</link>
			<pubDate>Sat, 08 Jan 2011 15:47:23 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>最後の忠臣蔵</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364674/36/36820536/img_0?1294384049&quot; width=&quot;266&quot;&gt;&lt;br /&gt;
泣いた、久しぶりに映画を見て泣いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歳と共に涙腺がゆるくなっていることも、忠臣蔵が好きなのもあるだろうけど、&lt;br /&gt;
自分としては「ラストサムライ」以来の上質の映画だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時間があったので封切当初から行きたかった映画を見に行けた。&lt;br /&gt;
年末のTVドラマで田村正和主演の「忠臣蔵」にがっかりさせられていたし、役所広司が主演した映画の「十三人の刺客」にもがっかりさせられた。今度こそという思いがあったが見事に応えてくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
忠臣蔵のストーリーは今更言うまでもない。史実としては「元禄赤穂事件」、我々がよく知っているのは&lt;br /&gt;
歌舞伎・文楽で演じられる『仮名手本忠臣蔵』である。&lt;br /&gt;
「忠」とか「義」とか今は流行らないのかもしれないが、未だに忘れられることなくこの物語が繰り返される。色々な見方や意見もあろうけどこれは日本人の精神世界、心の琴線に触れるものである以上に価値観の一基準になっているのだと思う。日本人のDNAに刷り込まれているのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幕府の評定である「切腹」という回答は、輪王寺門主で上野寛永寺に居住する公弁法親王が将軍・綱吉に説いたと言われるが、最上の回答だったと思う。散る桜だからこそ美しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、この映画では瀬尾孫左衛門にゆうと二人で生きて欲しかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だんだんと時間がたつ中で、可音を育てた１６年が孫左衛門が内蔵助からあずかった１６年だと思える。&lt;br /&gt;
討ち入りには参加出来なかった瀬尾もやはり討ち入りで死んでいるのである。四十七士と共に生き、死ぬ&lt;br /&gt;
道を内蔵助からの願いお聞き入れた時点ですでに選んでいる。&lt;br /&gt;
可音を嫁がせた後の自決で瀬尾の生涯は完結し、逆に寺坂吉右衛門は生き切ることで完結する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうしてブログを書いていても泣きそうになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
清廉なその私欲のなさ、選び取ったものを貫きとおす潔さ、それはやはり人の心を打つ。&lt;br /&gt;
日本人は誰もがそうありたい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/36820536.html</link>
			<pubDate>Fri, 07 Jan 2011 16:07:29 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>葬儀から見る門徒制度</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364674/19/36691019/img_0?1292512282&quot; width=&quot;370&quot;&gt;&lt;br /&gt;
最近「自分らしい葬儀」なんてことがマスコミで語られる。&lt;br /&gt;
私の周りの坊主達はだんまりを決めているかのように何も言わない。&lt;br /&gt;
元々は葬儀費用が高過ぎるという批判から散骨だの直葬だのと言われるようになり、今の「自分らしい葬儀」という流れにつながっていると理解している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
好きだった花に囲まれ、自分の好きな色に包まれ、自分の好きな人達に送られる。&lt;br /&gt;
たとえばイーグルスの「エスぺラード」が流れるなか出棺するのも悪くはないけれど、どれだけ好きなものを集めてみてもそこに自分はいないから仕方がないし、どこまでも中心は自分で個人性を超えようという視点は微塵もない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大事なことは仏教儀式としての葬儀をするのか、通過儀礼としての告別式をするのかである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通過儀礼の告別式なら思いつくまま好きなようにすればいいのである。葬儀屋さんと綿密に打ち合わせをすればたいていのことは出来るだろう。それはそれでありだと思う。&lt;br /&gt;
ただそこには坊主はいらないし、呼ぶ必要もない。風景としてまたBGMとして坊主がいるなら誰かに坊主の格好をさせとけばそれでいい。坊主はただお布施目当てに出かける必要はない、そんな最低限のプライドくらいは持ってもいいだろう？坊主は食わねど高楊枝である。仏事としての葬儀を依頼されたらタダでも行く気概を持て。それが真宗の坊主じゃないか？&lt;br /&gt;
祭壇は時代によって変わり続ける、その中で何を中心にするのかがハッキリすればいい。&lt;br /&gt;
簡単に言うと真宗の葬儀は「正信偈」で亡き人を送る、それだけである。&lt;br /&gt;
中心になるもの、それがわかればいらないモノが見えてくるはずだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
葬儀という仏事を司る人を「導師」と呼ぶ。誰が導師をするかといえば亡き人の手次寺の住職である。&lt;br /&gt;
手次寺の住職は門徒の仏事の執行権を持つ。この関係を門徒制度と呼ぶのであるが平たくいえば所属である。まぁ最近はユルユルのグズグズにはなって来ているのだけれど。&lt;br /&gt;
この関係の元になっているのは「寺請制度」（檀家施度・寺壇制度ともいう）であるが、それは、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1664年(寛文4)に江戸幕府がキリスト教や日蓮宗不受不施派を禁制とし、信徒に対し改宗することを目的として制定し制度としとものである。仏教の壇信徒である証明を寺院から請ける制度で、いずれかの寺院を菩提寺として定め、その檀家となることを義務付けされた。寺院では今の戸籍に当たる宗門人別帳が制作され、旅行や住居の移動には証文(寺請証文)が必要とされた。宗門人別帳から名前が削除されると無宿(帳外)となり野非人(無宿非人)として扱われる。&lt;br /&gt;
封建時代において常人が非人に落とされるということは死刑宣告に近い。&lt;br /&gt;
当時非人に３種類の区分があり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　１、代々の非人素性の者・・非人頭が支配する非人小屋に属し、小屋主の配下に編成される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　２、非人手下(ひにんてか)という刑罰で非人になる者・・犯罪による非人への身分移動。非人頭に身柄が引き渡され完了。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　３、野非人・・非人組織に属さないままの浮浪状態にある者。経済的困窮などにより欠落(かけおち)し非人化し取締りの対象となる。また勘当を奉行所が許可した場合は人別帳から外される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天明の大飢饉(1782－88、天明2－8)以後無宿者が大量発生し江戸に流入したため、無宿者を捕らえ佐渡金山の水替人足とした。遠島刑の流人は島流し、水替人足は島送りと呼び区別した。&lt;br /&gt;
江戸期の関東では関八州穢多頭の浅草矢野弾左衛門の支配下に入り、江戸には&lt;br /&gt;
浅草の車善七、品川の松右衛門、深川の善三郎、代々木の久兵衛、木下川の久兵衛の５名の世襲の非人頭が置かれていた。&lt;br /&gt;
このような背景から江戸初期において葬儀・法要を手次寺を呼んで勤めるという習慣が出来る。旦那寺は所属の信徒に人別帳を持つ特権で支配を確立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これをを未だに引きずっただけの門徒制度なら仏事としての葬儀はいずれ消えていくだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さぁ、何から始めればいいのだろうか・・・。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/36691019.html</link>
			<pubDate>Fri, 17 Dec 2010 00:11:22 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>親鸞というヒジリビト　（坊さん向き）</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364680/30/36663830/img_0?1292136690&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
私は「おかげさま」と「感謝」を多用する坊主は信用しない(笑)&lt;br /&gt;
そこにあるにはただの現状肯定と安住の匂いしかしないからだ。&lt;br /&gt;
宗祖を奉ってとことん持ち上げて、そこにぶら下がっているだけなら坊主の前にクソをつけとけ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
若い人が多い坊主の学習会で親鸞聖人の聖人とは何かとの問いが出た。&lt;br /&gt;
「偉い人につける尊称」という風に落ち着きそうだったのであえて言った。&lt;br /&gt;
「聖の人」だろう。&lt;br /&gt;
同じショウニンという発音でも「聖人」と「上人」がありややこしい。&lt;br /&gt;
歴代の門主には尊称として上人とつけているが、親鸞の場合は聖人である。&lt;br /&gt;
セイジンとは読まない。ということは、聖なる・立派な・という意味ではなく、聖（ひじり）として生きた人という意味を大事にしていると思う。&lt;br /&gt;
一般に「聖人」という敬称で呼ばれるのは、法然・親鸞・日蓮だけである。&lt;br /&gt;
元来「日を知り」を意味して太陽の司祭者・呪術者を指したが、仏教伝来後は「聖」の字があてられ、学徳の高い僧を「聖」と呼んだ。中世では諸国を遊行する僧侶の意味に変わっていく。&lt;br /&gt;
浄土教信仰の広がりと共に、寺院に定住せず深山の草庵に住んだり、遍歴しながら修業する半僧半俗の者が現れ「念仏聖」と呼ばれた。&lt;br /&gt;
聖は寺院において学僧に相対し、寺院経済を支える立場にあり寺院から離れて別所と呼ばれる場所に集住し活動拠点とした。名高いのは高野山にある高野別所であり、ここの念仏聖を「高野聖」と呼んだ。&lt;br /&gt;
「三昧聖」とは三昧堂(火葬場)を管理常駐する僧のこと。&lt;br /&gt;
寺院建立や修繕のために寄付を集め各地を遍歴し銭や米の寄進を受ける者を「勧進聖」と呼ぶ。武蔵坊弁慶が安宅の関で関守の富樫左衛門の前で読むのが勧進帳で勧進の目的が書かれた巻物形式の趣意書のことである。&lt;br /&gt;
「聖」とは浄土思想を民衆の中に入って広め、施しを受ける事で生活をする者で、基本的には賎民である。法難で流罪になったということは「非人」になったという意味だし、僧形の賎民を表す言葉は多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
けっして親鸞や坊主を貶めようとしているのではない。&lt;br /&gt;
逆にその事を誇るべきだと思う。そこに立つべきだと思う。&lt;br /&gt;
真宗は奈良・平安の伝統仏教ではない、それは官寺・官僧とは異種の自由な姿としての求道者だったはずであり、権威や権力に価値を見出さない者達だったはずだからである。&lt;br /&gt;
そんな真に自由人達の集まりの中にしか平等の地平が開けては来ないのではないだろうか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/36663830.html</link>
			<pubDate>Sun, 12 Dec 2010 15:51:30 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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			<title>河童とサンカ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364674/75/36656575/img_0?1291997136&quot; width=&quot;500&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-57-59/suppaman34gtv/folder/364674/75/36656575/img_1?1291997136&quot; width=&quot;450&quot;&gt;&lt;br /&gt;
はっきり覚えていないが「ゲゲゲの女房」の中で水木しげるが&lt;br /&gt;
「妖怪の住めんような世の中は淋しい」という意味のセリフを言っていたように思う。&lt;br /&gt;
まったくだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
科学は科学で進歩すればいいのだけれど、人間の精神世界の中に人智を超えたものに対する畏敬や恐怖、あるいは憧れ、尊敬と言った感情は普通の精神活動をする人ならば消えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の三大妖怪といえば「鬼」「天狗」「河童」である。&lt;br /&gt;
中国になにかルーツがありそうにも思えるが、一応そうなっている。&lt;br /&gt;
その中の河童。&lt;br /&gt;
河童の絵というと清水昆の漫画を思い出すが、日本画で河童といえば小川芋銭と言われる。&lt;br /&gt;
最近亡くなられた岩崎巴人の河童もいい、すごくいい。一枚持っている(笑)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
河童とは、川（かわ）＋童（わっぱ）　「かわわっぱ」が変化したものだと言う。&lt;br /&gt;
形態的に二種類いるそうで、亀形態と類人猿形態があるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中世は知らない、しかし近世の河童とは「サンカ」を指したものだと思う。&lt;br /&gt;
「サンカ」、山家という表記をすることもあるが、春から秋に川魚漁をしながら流浪した人々である。&lt;br /&gt;
実入りの良かったものはスッポン・亀・ウナギあたりらしい。&lt;br /&gt;
それぞれ決まったコースを家族単位で漁をしながら周り、生活していたと言われる。&lt;br /&gt;
このグループを作らない自立形態を五木寛之は「風の王国」で「めんめシノギ」という言葉で表している。各々が自分で食べて行けという意であろう。&lt;br /&gt;
ショーケン主演の「瀬振り物語」という映画もあった。&lt;br /&gt;
河原に小屋掛けをして最小限の荷物。お得意を回り信頼もあった。でなければ生きていけない。&lt;br /&gt;
冬は竹細工や棕櫚箒作りをしながら春を待った。&lt;br /&gt;
三上寛の作ったサンカのイメージは論外で、柳田国男は「古代山人末裔説」、喜田貞吉は「坂の者説」をとった。沖浦和光は江戸中期以前の文献を調べ、サンカらしい記述がみつからないことから江戸の三大飢饉である享保の大飢饉（1732）天明の大飢饉（1782～87）天保の大飢饉（1833～39）で食いはぐれた人々が山に入ったものがルーツではないかととなえている。&lt;br /&gt;
そんな人々が戦前・戦後までいたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな人達の姿を想像して欲しい。褌一丁で手にはヤスをもち、背中に竹かごを背負って川から現れる。&lt;br /&gt;
農耕定住民はさぞ驚いたことだろう。普段人との繋がりが少ない分、物珍しさに近づいてきた子供と遊びたかったろう。そんな時は洒落た遊びなんぞしらないから多分こう言った。&lt;br /&gt;
「相撲をとろう」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
河童の絵を見ると「サンカ」を思う。&lt;br /&gt;
枠外の人達の不自由で厳しい中にも、生き生きと輝く命を思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/suppaman34gtv/36656575.html</link>
			<pubDate>Sat, 11 Dec 2010 01:05:36 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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