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昨日、どの時間帯だったか、教師の方々が集まってテレビで討論していたした。以前は注視していたのですが、最近はもう観なくなってきました。
私は以前から現在の教育制度には疑問を呈したいことでいっぱいなのですが、それは、歴史教育の自虐史観に着目してのことでした。しかし、今は加えて「道徳教育」の在り方にも危惧しています。
日本の道徳の崩壊は、自殺者が3万人を超える社会制度の背景から鑑みても喫緊の課題のように思われてならないのですが、すぐに戦中の教育と結び付けられてタブーになっている有様です。
しかし、少年犯罪、性犯罪の増加傾向だってとどまることを知らない現状です。犯罪を犯す者の暗い「心」の部分をミクロ・マクロの両視点で分析していかなければ、こんな悲惨な状態は打開できるはずもないのではないでしょうか。
私はこんな考えの持ち主なので、こと教育問題に関しては、表面的な話で議論が終始しているようにしか感じることができません。今回はミクロな部分を考えてみたいと思います。
教師は多感期の子供の成長の糧とならなければならない立派な職業なので、私のような人間には到底勤まる訳はないし、こんな重役を担う器量も自信も無いのですが、余程人格がしっかりした人じゃないと、難しいんだろうなぁ、と思います。何故なら、最近は些細なことでも「体罰」沙汰になってしまっているようなので、師弟の信頼関係などないのですよね?(勿論、大半の教師の方々を除いてですが、)人格に難色を示されそうな教師が実在していることは事実なのだと思います。
しかし、一方で保護者側の過保護も問題なのではないでしょうか。私はぼちぼち子供を持つ世代に突入してく世代ですが、子育てに成功した団塊の世代の社長が仰っていたことを書くと、(放任するのが一番!)だと。私も結婚して子供を授かることができたら、極力は庇護しないように気をつけたいと思っています。過保護が子供の依存心を増長させ、自立心の萌芽を阻害してしまうのは周知のことだと思うからです。
私は10年近く前は小学生してましたけど、狡猾な感じの悪ガキだったので、先生と対峙して小5のときなんかは襟首をつかまれて50mくらい引きずられたのをよく覚えています。中学の部活では蹴られるわしばかれるわでしたし、色んな先生をからかってもいたので、学年担当の全ての先生にマジ切れされる記録を作ってしまいました。旧友に会うと、私の暴れっぷりの話題には今でも花が咲きます。苦笑
しかし、私という「個」と教師の「人格」の前面対決を今振り返ってみて、私はそれを「体罰」だとは思っていませんし、私はむしろ叱りがいがあったのか、先生に贔屓される存在で、厄介でありながらも嫌悪感を示されたことはありませんでした。子供の悪さを、どっしり構えて対応してくれた感じでした。中には問題がある先生(ヒステリックで弱い子を拒絶したり・・)もいらっしゃいましたが、尊敬できる先生にも巡り合うことができ、今では、愛情を注いで下さっていたことに感謝する気持ちも持てるようになりました。
学校教育自体は、制度の問題なので今回は言及しませんが、教師と子供の関係で一番大切なのは、言うまでもなく「心と心」の関係であり「人格と人格」のぶつかり合いです。
10年も経っているので勿論当時とは様相が様変わりしており、事態は深刻化しているはずですが、それでも「肝心な部分」を確立できない問題の元凶を見据え、解決を試みようとしない限りは、いくら上辺だけの議論をしても無駄であると感じます。
ーPS−
昨秋、母校の中学校の体育祭のリレー練習を見かけました。
な、なんと、、
[男女混合リレー]やってましたぁ。
私なんかは体育だけは得意な人で、リレー選手として毎年かなり体育祭シーズンは燃えてたんですけど、女の子で足が速い子の「個性」ってどうなんですか?(敢えて今風な表現w)男の子の俊足には到底敵いませんよね。。面白くないですよねー。みんな混じってちゃ。血気盛んな幼少期から抑圧され、生気を失われている!と感じるのは、単に私が走るのが得意だから、とは思いません・・・
混合にしたところで、運動能力には個人差はある。学力だって皆一様ではない。この覆せない事実を隠す前に、皆での切磋琢磨の可能性を探るべきではないでしょうか。協力し合い、人間関係を学びつつ、能力向上を目指した方がいいのではないかな、と思います。
総理は「人生色々」で「格差社会」をスローガンに。一方、将来を担う子供達には「オンリーワンで穏健派」の人格形成を推進している。これは明らかに矛盾していると思います。
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「良い先生だったなあ」と懐かしく思い出すのって、大抵はゲンコツを食らわすような先生だったりするんですよね。
2006/3/26(日) 午後 4:58 [ teikokubungaku ]
teikokuさん、お久しぶりです。お元気ですか?読んでくださってありがとうございました。そうですよね。怒られたときのことは鮮明に覚えています。 昨日は皇室スペシャルをみました。ドキュメンタリー色の強い番組だったので、複雑な気持ちでした。最近は皇室の苦労話等が頻繁に取り上げられている印象を抱くのですが、ある種の意図に基づくような気がして不安です。teikokuさんが仰るように、雲行きは益々怪しくなっている、というか、怪しくされているように感じます。
2006/3/26(日) 午後 8:19
こんにちは、元気ですよ。日本のことを勉強していたら、世界のことをもっと知りたくなって世界史の大学受験用の参考書を高校生に混じって買ったりと、なんか自分でも可笑しくなっちゃうほど勉強好きになってます。 その皇室スペシャルですが、導入部分の雰囲気、女系推進派の高橋紘氏の顔も見えたことから、そこで見るのをやめてしまいました。いまが大事、これからが大事で、われわれ民草がしっかりとしなければ、偶然に「神風」は吹くのではないと、そんな思いで日々をおくっています。
2006/3/27(月) 午前 10:11 [ teikokubungaku ]
お疲れさまです。teikokuさん頑張っていらっしゃいますね。私も実は、ずっと前に世界史の本を買って一読したのですが、なかなか記憶できていません 涙 ですが、日本史だけでなく、世界史も知ることで幅広く考察できるという利点が生まれるし、すごく大事ですよね!
2006/3/27(月) 午後 5:57
偶然に神風は吹かない・・本当そう思います。いくら注意喚起しても、実践に移さなければ意味がないという、陽明学みたいなことがなかなかできないですよね。国民がしっかりとした知識をもった上で行動に移すことができるようになればいいのですが・・と言いつつ、私にはまだまだ知識も足りず苦悶中です 涙
2006/3/27(月) 午後 6:01