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2018年7月16日(月)
理事長の加計孝太郎(六七)が初めて、この地を訪れたのは二〇〇六年のことだ。
高台の更地に立つと瀬戸内海が一望できた。「見晴らしもよくて、いい場所ですね」。 加計は一目で気に入ったようだった。
「少子化で大学の学生集めは大変だが、獣医学部ならば、どこも志願者は二十倍ぐらい
ある」。 市長の越智忍(六〇)=現県議=に、自信たっぷ
りに持論を説いた。 後日、岡山市の学園本部に招かれた越智は、大学から中高、専門学校まで傘下に収める一大私学グループを目の当たりにする。 「学生のニーズをつかみ、学園を発展させてきた手腕に、教育者というより経営者の
面を強く感じた」。 加計にそんな印象を抱いた。
〇一年に父から学園の経営を引き継いだ加計は事業を拡大し、大学や学部の新設を進めた。 〇四年、千葉県銚子市に開校した千葉科学大学もその一つ。
誘致した当時の銚子市長、野平匡邦(七〇)は加計のことを「国家資格に直結させた特定の理工系学部のみを選択するという経営哲学を持ち、大学経営をビジネスとしてとらえていた」と話す。
若者人口の減少に悩む今治市にとって、大学誘致は長年の悲願だった。 獣医学部が開校した一帯は、今治市などが一九八〇年代から計画を進めてきた大規模開発エリア。 広島県尾道市と橋で結ぶ「しまなみ海道」の開通の開通を見越し、住宅地や商業施設と共に大学開設が想定されていた。
しかし、バブル開発は縮小し、大学誘致は難航した。 夕オルと造船の街だけに繊維や造船の学科を検討したこともある。
市内の短大を四年制にする話も出た。 ベテラン市議は「来てくれるなら、どこでもよかった」と振り返る。
あきらめかけていた二〇〇六年ごろ、手を挙げたのが加計学園だった。 今治市出身で、後に学園事務局長となった渡辺良人が、地元県議と高校の同級生だった縁で話が進んだが、市企画課長だった渡辺徹(六二)は「獣医学部と言われ、最初はピンとこなかった」と語る。 文部科学省の規制で、獣医大学の新設が認められないことさえ知らなかった。
いかに規制の壁を越えるか。
学園と市が目を付けたのが、規制緩和を目的に小泉政権が導入した構造改革特区制度だった。
(敬称略、肩書は当時) ◆
その後、ボトムアップからの構造改革特区制度では岩盤規制を崩せないと安倍晋三と加計孝太郎は考えたはず。
その件は(3)に入ると核心となる安倍政権が肝いりで作った「国家戦略特区」という安倍案件のトップダウン方式の記事に入るはずだ。
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2018年07月16日
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朝日新聞がこの時期、
なぜ小沢一郎氏を取り上げるのか。
問題は何かを問いかけているのだ。
野党が結集することが重要なのはリベラル派でなくてもよく分るはずだが、核心は小泉純一郎氏と会談を重ねていることにある。
自民党内に反安倍の潮流を起こし、自民党内を分裂させることにある。
その戦略に小泉進次郎氏の動きを父親と連携し、気運を盛り上げ、マスコミが騒ぎ出せば、モリカケ問題の収束は安倍晋三を辞めさせることと同時に安倍晋三にくっ付いていたら自分の当選が危うくなると自覚すれば一気に政局になる。
それを朝日は示唆している。
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