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懇親会中も「万全対応」=写真公開には注意
安倍首相
今更遅いっちゅうの!
安倍晋三は懇親会の写真をツイッターで公開した西村康稔官房副長官に対して、「発信等については注意し、慎重に対応するよう」指示したことを明らかにした。って何を今さら言ってんのか。
安倍晋三がやってきたモリカケ問題を見れば誰だって、俺は嘘を流していないから慎重に対応して事実をツイッターでもFBでもブログでも国民に知って欲しいと、流しただけだっちゅうの! このドアホめが!
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2018年07月17日
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日刊ゲンダイDIGITAL
小泉&小沢の“異色タッグ”は 政界再編の起爆剤になるのか
「政界は敵味方がしょっちゅう入れ替わる」「敵を倒すために協力することもある」―。これは、“変人”による“剛腕”との共闘宣言なのか。
15日、自由党の小沢一郎代表が主宰する政治塾に講師として招かれた小泉純一郎元首相の発言が、政界に波紋を広げている。 「挑発的な発言は、明らかに安倍総理に対する当てつけです。小泉さんが主張する脱原発を無視して、再稼働に邁進する安倍総理のことを快く思っていない。『誰のおかげで総理大臣になれたと思っているんだ』と苦々しい思いでいるんじゃないですか。事実上の倒閣宣言ですよ」(自民党ベテラン議員) 講演後、小沢氏と並んでぶら下がり取材に応じた小泉氏は、「総理が原発ゼロに舵を切れば与野党一緒に実現できる」「野党が一本化して、原発ゼロを争点にすることに気づけるかだ」などと持論を披露。 まるで野党が政権を取ることを期待しているような口ぶりだった。
それにしても、かつての宿敵同士が肩を並べて脱原発を訴える光景には、隔世の感がある。夜は2人で冷やの日本酒を酌み交わしながら意見交換をしたという。30年ぶりの会食は3時間に及んだ。
■進次郎議員も同調の可能性 野党がバラバラで無力な現状では、安倍1強体制は変わらない。
小沢氏が命を懸ける政権交代も、小泉氏が訴える原発ゼロも、実現できないのだ。
立場は違っても、2人の利害は安倍政権打倒で一致している。
「世論の多くが賛成している脱原発は再編の軸になり得るし、野党結集が進まない中で、小泉元首相の存在は刺激材料になる。 野党共闘と距離を置いて独自路線を行こうとしている国民民主党などの保守系も、小泉元首相と組むことになれば、乗ってくる可能性があります。
小泉氏は『選挙には関わらない』と明言しているので、野党の大会には出席しないにしても、脱原発の集まりには来るでしょう。 息子の進次郎議員も東日本大震災の被災地に通う中で、脱原発の思いを強くしているという話もあるし、小泉親子が見ている方向は基本的に同じです。
自民党内にも“反安倍”的な動きがあり、小泉・小沢のタッグが野党結集にとどまらず、与野党を巻き込んだ政界再編の起爆剤になることも考えられます」
(政治ジャーナリスト・鈴木哲夫氏)
多くの国民は安倍政権に飽き飽きしている。まずは来年の参院選に向けて、野党が小異を捨てて、原発ゼロでまとまれるかどうかがカギだ。 ◆
前にも書きましたが、安倍晋三を降ろすには野党が一つに結集できても、簡単には安倍政権は倒れないと見る。
それは自民党の内部のことは全く知らないし、どうでもいいことだと思っていたが、
2012年の自民党総裁選では、林芳正、石原伸晃、町村信孝、石破茂、安倍晋三が立ったが、その時に私は、AKB的発想で見れば、安倍晋三だろうと予想した。
その通りになったが、国会議員は次の選挙で当選できるかを考える。
民衆は視覚的印象に惑わされる。
それは石破茂は1回目の投票では勝ったが、250票に届かず上位2名の決選投票になった。
そのまんま東が言った「石破さんでは????)というのが真実でしょう。
ここがミソ。
決戦は国会議員による投票ですから、自分が選挙で当選するにはポスターの顔がどっちが良いか。
そう考えたはずで、石破茂では当選できない。
それが安倍晋三に入れたという単純なAKB選挙そのものを踏襲したわけです。
2015年は確か野田聖子とやり合うかと思ったら、「オナゴじゃ勝てねえよ」と思ったのか無投票じゃなかったでしたっけ。
そこで、小沢一郎氏と小泉純一郎氏の作戦は自民党内やパンピーに人気のある小泉進次郎氏が党内で波紋を広げる。
マスコミは視聴率の数字が欲しいから進次郎氏が何か安倍総理に歯向かう発言をすればこぞって取り上げる。
そのマスコミの動向を見ながら、矢継ぎ早に次の発言を放つ。
何も新党を作らなくても良い。
自民党総裁は石破茂でも岸田なんとかでも良い。
安倍晋三さえ降ろせば、次の政権は永くは持たない。
自分に出番が回り、自民党総裁になっているか、政局が混乱し自民党が分裂するか。
どちらにしても小泉進次郎は与党でも良いし、野党とでも連携出来る環境を整えてさえおけば押し出されるように総理大臣になれる。と考えているはず。
そのために親父には頑張ってもらい、安倍晋三を降ろすことに旗を振って欲しいというところだろうか。
そうじゃなかったら小沢一郎氏と握手をすることなどないと思うんだが・・・
(岡目八目の戯言)
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モリカケ問題の社説と
投稿記事
東京新聞
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【社説】
森友・加計問題 解明になぜ背を向ける
森友・加計問題をこのまま幕引きさせるのか。 行政の自浄能力が失われた中、国権の最高機関である国会の責任は極めて重い。
国民また国会をだまし続けた責任を追及し、真相究明を果たすべきだ。
一連の森友問題をめぐっては、国有地の大幅な値引き売却に対する背任や決裁文書を改ざんした虚偽有印公文書作成などで財務省幹部ら三十八人が告発された。 しかし、大阪地検特捜部は五月末に嫌疑不十分や嫌疑なしで全員を不起訴とした。 財務省が六月初めに公表した調査報告では、当時理財局長だった佐川宣寿(のぶひさ)・前国税庁長官が「政治家名が記載された文書を外に出すべきではない」と発言し改ざんを主導▽安倍晋三首相が夫妻の関与を全面否定した国会答弁を契機に、森友側との交渉記録を廃棄した−と佐川氏に責任を押し付けた。 佐川氏がなぜ改ざんしたのかという核心については「そこが分かれば苦労しない」(麻生太郎財務相)と述べ、まるでひとごとのような態度で終わらせてしまった。 不起訴処分への不満から検察審査会への審査申し立てが相次ぎ、検察判断への期待は残っている。 とはいえ国会こそが率先して真相究明に臨むべきである。何より佐川氏の虚偽答弁により国会は一年余りもだまされ続けた当事者なのである。 立憲民主党は、三月の衆参両院予算委での佐川氏の証人喚問に虚偽証言があったとして議院証言法違反で告発することへの協力を自民党側に求めた。告発には予算委の出席者の三分の二の賛成が必要で、事実上自民党が採否を握る。 しかし、同党の森山裕国対委員長は「佐川氏の人権に関わる話だ」と告発に後ろ向きである。 また、加計学園の加計孝太郎理事長が先月の会見で国会への招致について「お待ちしています」と答えたにもかかわらず、森山氏は「必要ない」と一蹴した。 各種世論調査で森友・加計問題の真相究明を望む声は大多数を占めるが、そうした国民の思いになぜ背を向け続けるのか。強大な国政調査権を死蔵させ、解明を妨げる自民党の姿勢は国会の権威をおとしめるものだ。 国民の財産である国有地を九割引きで売り払っても、公文書を改ざんしたり国会で虚偽答弁をしても、ほとんど咎(とが)を受けない。 これではモラルなき退廃した社会に陥りかねない。
政権を握る自民党にその危機感がないことこそが危機である。
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「権力の内幕」
(3)
2018年7月17日(火)
愛媛県今治市に獣医学部を新設しようと、加計学園や市が動きだしたのは2006年。
動向に神経をとがらせていたのは獣医師でつくる「日本獣医師会」だった。
〇七年二月、東京・赤坂の料亭。
元衆院議員で獣医師会顧問の北村直人(七一)は、加計学園理事長の加計孝太郎(六七)と向かい合った。
「今治市に獣医学部をつくりたいんです」。
そう語る加計だったが、北村には獣医学教育への熱意は感じられなかったという。
「親しい政治家はいるんですか」と水を向けると、予想外の答えが返ってきた。 「安倍晋三さんです」。
時の首相の名前だった。
北村の脳裏に加計学園の名前が刻み込まれた。
この頃、農林水産省では獣医学部開設の布石が打たれようとしていた。 獣医師の需給見通しを探るため、有識者による検討会が発足。
農水省関係者は「獣医師が足りないとの結論が出るよう上から指示されていた」と証言する。
だが、「獣医師は足りている」と獣医師会が待ったを掛けた。
検討会の報告書は明確な表現を避け、両論併記となった。
学園と市が構造改革特区で学部開設に挑んだのは、報告書が出て半年後の〇七年十一月。 以来、毎年のように特区を申請したが、大学の設置認可を握る文部科学省に阻まれた。
元同省幹部は「真剣に取り合う雰囲気でもなかった」と話す。
獣医学部開設の動きはいったん下火となったが、一二年末、獣医師会に再び危機感が高まる。
安倍の二度目の首相就任だ。
翌年三月の理事会では「安倍政権に代わり、文科相からの指示で担当局長、課長が規制緩和の方向に転換しつつある」と危ぶむ声が上がった。
北村は「安倍さんが総理に返り咲き、再び加計側の動きが活発になった」と言う。
「麻生会長へ相談し、文科省に抗議の声明文を提出していただいた」「麻生会長も総理と会談され、説明を尽くされている」。 理事会の議事録からは、自民党の獣医師問題議員連盟会長で副総理の麻生太郎(七七)の政治力で、対抗したことがうかがえる。
北村は一四年三月、東京・南青山の日本獣医師会で、加計と再び対面した。 うつむく加計に「安倍さんに言われて来たんですか」と尋ねると、加計は顔を上げた。 「獣医学部をつくりたい」。
面会は十五分足らずで終わった。
北村は加計が「仁義を切りに来た」と感じた。
加計はその後、政界への接近を強める。 相手は安倍の側近の文科相、下村博文(六四)だった。
(敬称略、肩書は当時) ◆
大分詳しく裏側を書いているようで続きを早く読みたい。
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