富士山の裾野市観光協会公式ブログ

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9月19日20日秋田県横手市で開催されるB-1グランプリ。
われらのすその水ギョーザ「すぅちゃん」すそのギョーザ倶楽部のライバル25のご当地グルメを
紹介します。第5回は行田ゼリーフライ研究会の「行田ゼリーフライ」です。
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行田市観光協会HPゼリーフライのサイト
http://www.tvg.ne.jp/kankougyoda/furai.html

概要 
標準的な作り方としては、おからと茹でた馬鈴薯を2対1の割合に、つなぎに鶏卵と牛乳を加えて混ぜ合わせ、コロッケのようにまとめるが、コロッケとは異なり小麦粉・鶏卵・パン粉による衣を着けないで素揚げしたものをソースにくぐらせたものである。いわゆる「おからフライ」の一種で、軽食として食べられることが多い。
主に行田市内の各地でスタンドやカウンター形式で売られている。なお、行田市内で単に「フライ」というと、これも行田独特の食品ではあるが全く別の食べ物となる。これはクレープとお好み焼きの中間的な粉食品なのに対し、ゼリーフライはおからとジャガイモの揚げ物で、まったく別々の食品である。

由来 
戦前農家で手軽に作られていたフライは、腹持ちが良いこともあって、昭和初期の行田で全盛期を迎えた足袋工場で働く女工さんのおやつとして人気がありました。その名の由来には、行田周辺が布の産地だったことから「布来(ふらい)」になったという説があります。そのほかにも、フライパンで焼くからフライ、「富よ来い」に引っかけてフライになったなど、いろいろな説があります。
この家庭料理がいつから店で売られるようになったのかは、確かな記録はありませんが、大正時代末頃、タバコを売りながらフライを売っている店があったそうです。現在、市内には30店ほどのフライ屋が点在しており、1枚300円位で食べられます。

行田市持田の「いっぷく茶屋」(現在は閉店)の先々代の主人が、日露戦争に従軍した際に戦地で中国人から「野菜饅頭」なる食品の作り方を教わり、これをアレンジして作り出されたものである。近所の祭で屋台を出し、販売していた。明治末期からあるが、他の地域にまで普及はしなかった。
日露戦争の戦地において伝えられた料理であることから、ロシアの伝統料理であるピロシキが類似料理として指摘できるが、実際にピロシキをモチーフにしたものであるかは不明。
名称の「ゼリー」であるが、ゼラチンで固めた菓子の「ゼリー」とは関係ない(ゼリーを油で揚げると、轟音と共にゼリーが蒸発してしまう)。一説には、形状や大きさが小判に近いので「銭」が訛って「ゼニーフライ」から「ゼリーフライ」となったとも言われるが、詳しくはよく分かっていない。地元では縁起担ぎに「銭富来」と当て字をする店もある。

wikipedia HP参照引用

ネーミングがチャーミングですが100年以上の伝統には貫禄さえあります。

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裾野市及び近隣市町の観光と裾野市民を応援するブログサイトです。
ブログ管理人の仕事の関係上、平日更新時間12:00位にいたします。    
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気象庁(台風情報) http://www.jma.go.jp/jp/typh/
ピンポイント天気(Weather News) http://weathernews.jp/index.html
本日の裾野市は曇天ですが過ごしやすい陽気です。
昨日は油断のあまり風邪をひいてしまいました。幸い新型ではないとの事、一安心です。
少々節々が痛みますが元気にやりたいと思います。
さて世の中は政権交代という一大局面を迎えてる9月ですが、
いよいよ今月はB-1グランプリが秋田県横手市で開催されます。
本年度が未だ4回目ということですが、すでにメジャーな大会になりました。
我裾野市からも「すその水ギョーザ」が連続入賞をかけ、出場いたします。
本当に応援したい気持ちになります。本ブログでも開設当初から応援していますが
現在は、参加26チームの紹介をしています。ぜひご一読ください。
尚、一昨日3776焼酎のコメントを頂きました。
鋭意取材中ですので9月後半に記載したく存じます。その代わり、YouTubeサイトで
動画を見つけましたので書庫「すそのの動画」にアップしました。ご覧ください。

それでは本日も良い日でありますように。
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書庫「すその水ギョーザ横手に挑戦」へ ↓JumpHere
http://blogs.yahoo.co.jp/susonokanko/folder/449054.html

*「すそのギョーザ」⇒9月3日「行田ゼリーフライ 行田ゼリーフライ研究会」をアップ
*「すそのギョーザ」⇒9月3日「大月おつけだんご 大月市おつけだんごの会」をアップ
*「すそのギョーザ」⇒9月1日「B-1厚木シロコロ・ホルモン 厚木シロコロ・ホルモン探検隊 」をアップ
*「すそのギョーザ」⇒8月29日「B-1 袋井宿たまごふわふわ 袋井市観光協会」をアップ
*「すそのギョーザ」⇒8月21日「B-1 富良野オムカレー 富良野オムカレー推進協議会」をアップ
*「すそのギョーザ」⇒8月19日「日本全国より26のB級ご当地グルメが横手に大集結!」をアップ

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書庫「観光協会情報」に「GT300kmレース」「会長 韓国へ!ピーアール!の旅」を記載
http://blogs.yahoo.co.jp/susonokanko/folder/363460.html
本年4月より裾野市観光協会会長を務めている斉藤会長が明日より3泊4日で韓国の仁川世界都市祝典にPRに行くことになりました。詳細は下記の通りですが、ほんと忙しい中ご苦労様です。帰国後に本ブログサイトでご報告があると思いますのでご期待ください。
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仁川世界都市祝典の出展ピーアール

富士山静岡空港開港年である本年、就航先である韓国(仁川世界都市祝典)へ出展し、
富士山地域の情報発信・魅力をアピールすることにより誘客を図ります。
出展は富士地区観光協議会(裾野市のほか、合計4市4町)で行います。

実施日/9月4日(金)〜10日(木) 裾野市の当番は9月5日(土)6日(日)
実施場所/仁川世界都市祝典会場(韓国・仁川市)
2009仁川世界都市祝典 (-インチョンせかいとししゅくてん)、
英称:Global Fair & Festival 2009 Incheon, Korea)は
仁川広域市で2009年8月7日から10月25日まで開かれる国際行事である。

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9月19日20日秋田県横手市で開催されるB-1グランプリ。
われらのすその水ギョーザ「すぅちゃん」すそのギョーザ倶楽部のライバル25のご当地グルメを
紹介します。第4回は大月市おつけだんごの会の「大月おつけだんご」です。
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大月市おつけだんごの会HomePage
http://www.geocities.jp/otukedango/

おつけだんご」は、他地域では、「すいとん」などとも呼ばれることもありますが、大月市内では、この呼び方が一般的です。大月の団子汁が「おつけだんご」となまった説や、味噌汁のことを「おみおつけ」とも言い、その中に小麦粉を水で溶いて一口大の団子にしたものを入れて煮込んだことから、「おつけの中の団子」で、「おつけだんご」と呼んだ説などがあります。
季節の野菜をふんだんに使い、小麦粉の団子を入れて食べます。家庭により調理法も、味も異なる地域の「おふくろの味」です。

市民アンケートでは、「子供のころ毎日食べた。」「おつけだんごを食べると母乳が良く出ると  いわれた」「戦中・戦後は何にも替えがたい大切な食べ物だった」など「おつけだんご」にまつわる様々な思い出や言い伝えの他、「子供のころ、母の作ってくれた味が懐かしい」など愛着の声が多数届きました。
HPより引用
すいとんは昔よく食べました。「所変われば名も変わる」言葉どおりですね。
それからぜひ紹介したいのが、「大月おつけだんご」が出てくる昔話。下段をお読みください。
大月桃太郎伝説
昔むかし、大月周辺がまだ海だった頃、岩殿山は、島で、赤鬼が住んでいたことから、「鬼ヶ島」と呼ばれていました。(岩殿山の岩は、全て水成岩で出来ています。)
  この赤鬼は、都留市にある九鬼山にいましたが、赤鬼のため、他の青鬼達から嫌われ、岩殿山に住みつき、自暴自棄になって大酒を飲んでは麓から金銀財宝を盗んだり、女や子どもをさらったり、牛や馬を食べたりして村民から恐れられていたといいます。
  ある日、百蔵山(桃倉山)から、特別大きな桃が転がって、桂川の流れにのり、川下の鶴島(上野原市)で洗濯をしていたおばあさんに拾われました。家に帰ってお爺さんと桃を食べようと割ったところ、男の子が生まれ、桃太郎と名付けられました。
 おばあさんに毎日作ってもらったおつけだんごを食べて、元気にたくましく成長した桃太郎は、岩殿山で悪事を働いては人々を困らせていた鬼の噂を聞き、退治してやろうと出かけました。
  おばあさんから、おつけだんごを餞別に作って貰い、道中それを分け与えて、犬目で犬を、鳥沢でキジを、猿橋で猿を家来にしました。
 岩殿山に着いた桃太郎が、大声で叫ぶと鬼は怒って手に持っていた石の杖を折り、一方を桃太郎に向かって投げつけました。それが、途中で落ちて地面に突き刺さり、地震を起こしました。その辺りを石動と言うようになり、石の杖は今でも鬼の杖 として残っています。
  その後、鬼は残りの杖を投げつけ、笹子の辺りまで飛んでいきました。こちらは、鬼の立石と呼ばれいます。激闘の末、桃太郎は鬼を山頂まで追い詰め、東の山に足をかけて逃げ出そうとしたところに、刀を振り上げ、ついに退治しました。
  今でも、退治された鬼の腸が固まったと言われる所は、鬼の腸と言われ、鬼の血と呼ばれるところには、赤い色をした土が残っています。
 桃太郎は、鬼が盗んでしまっておいた金銀財宝を岩殿山の洞窟から取り戻しました。今でも、この洞窟は権現洞窟と呼ばれています。
 猿橋には、「桃太郎ここらで伴を連れにけん犬目、鳥沢、猿橋の宿」という歌が残されています。

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