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今からちょうど120年前の4月9日に愛鷹山の山火事から同地区に飛び火し、区内の大多数の家屋が焼失したそうです。それ以降、10年ごとに火災予防の意味を込め、清水にある秋葉神社から祭司をお招きし、祈願しているとのことでした。
写真は区長であるL眞田の家から隊列を組み、出発直前の大橋市長夫妻の姿です。
当日は朝から雨が降り続ける生憎の天気でしたが、夕方には小止みになったものの、霧がかかり、霧雨に打たれながらの行列となりました。
眞田区長宅から祭事が行われる専修院まで関係役員・僧侶・来賓の隊列が進みます。
120年前の大火をきっかけにしてこの祭事が始まった歴史的経緯について語られました。
区関係者・来賓が並び、秋葉神社祭司により、神事が執り行われます。
霧雨の中多くの区民、一般参加者がその進行を見守ります。
神事も進み、祭壇前に組まれた護摩木に火が放たれ、赤々と燃えています。
護摩木には各人が事前に願い事と願主名をを記入してあります。それを神前で燃やすことによって、願いがかなうといういわれがあるそうです。
神事を行っている隣では、井桁に組まれた薪が積み上げられ、その上にヒノキの葉が被せられています。
お炊きあげの儀式とでもいうのでしょうか、周囲を四方オシメを付けた縄で囲まれ、神域であることを示しています。
よくどんど焼きなどで行われるようなものです。
山伏さんの手により、こちらにも火が点けられました。火の手は一気に燃え上がり、周辺は炎と煙そしてヒノキの葉がバチバチと燃える音に包まれました。L小泉の姿が見えます。
夕闇が訪れ、赤々と燃え盛る火の手が天にも届きそうです。この頃になると、周囲をより多くの区民、そして見物客がぐるりと囲み始めました。
いよいよ火渡り祭と呼ばれる行事が始まります。
火の手もようやくおさまり始め、残った「おき」の上を素足で歩きます。疾しい心のある人は熱く感じ、熱さを感じずに渡りきれた人は無病息災で過ごすことができるといういわれがあるそうです。
まず、最初に山伏さんがまだ赤々とおき火が残る中淡々と渡っていき、周囲から「おー!」という歓声が響き渡りました。
山伏さんに続き、眞田区長が足早に駆け抜けます。
薄闇でフラッシュを焚くと白くなってしまうため、ぼやけてしまったこと、お許しください。
大橋市長の渡る姿です。やはり足早に駆け抜けましたが、最後の付近で若干よろけそうになりましたが、大丈夫だったようです。
観光協会会長の立場で、来賓として招かれていたL斉藤です。みなさん無事に渡り切りました。
その後、区民一般客など次々に行列をなしてめいめい火の上を渡っていきました。
もちろん私も参加し、無事渡りきることができました。
10年に一度という奇祭に参加でき、大変貴重な体験をすることができました。この機会を与えていただいたL眞田に感謝いたします。
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