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ドタバタ二転三転、組閣の舞台裏…森元首相の強権影響 2008/9/25 17:00 ブックマーク : 波乱は組閣前夜の23日夜から始まった。麻生首相が都内のホテルで、自民党の細田博之幹事長や公明党の太田昭宏代表と食事をしていたところ、ニューヨーク滞在中の森喜朗元首相から国際電話が入った。 森元首相はオーナーを務める町村派からの入閣が1人との情報を聞きつけ、「1人じゃダメだ」とまくし立てた。弱小派閥(20人)の領袖である麻生首相は、最大派閥・町村派(88人)の意向に逆らえない。麻生氏は「衆院1人、参院1人ではどうか」と提案したが、森元首相は衆院2人を譲らなかった。 24日も混乱は続いた。朝刊各紙には「入閣が固まった顔ぶれ」が掲載された。人事情報を一切漏らさない小泉内閣以来のスタイルは崩れたのだ。 総裁選で麻生選対の本部長を務めた鳩山邦夫氏は「法相」と報じられたが、2度目の法相就任に難色を示した。このため、麻生首相は鳩山氏を総務相に横滑りさせ、総務相起用を検討していた甘利明氏を国交相で処遇しようと考えた。 同日午後、首相指名選挙を控えた衆院本会議場でまた“事件”は起こった。町村派事務総長の中山成彬氏が、官房長官就任が内定していた河村建夫氏に近づき、ポスト差し替えを求めたのだ。 中山氏は、麻生首相から「行革担当相」を提示されたが、家族が公務員のため、公務員改革には不向きだという理由だ。 最大派閥として重要閣僚を求めたとの見方もあり、日経新聞は中山氏が河村氏に「首相指名選挙で町村派が『小沢一郎』と書いてもいいのか」と詰め寄ったと報じた。 最終的に中山氏は国交相になり、国交相を検討されていた甘利氏は空いた行革担当相に着任した。甘利氏は就任会見で「これだけ、ポストがいろいろ報道されたのは経験がない」と不満を漏らした。 福田改造内閣で、麻生派の鈴木恒夫氏が務めていた「文科相」には、同派の森英介氏の起用が検討されていたが、森氏は鳩山氏が固辞した法相に着任した。 麻生首相は24日夜の記者会見で、「(閣僚人事の)基本は適材適所」と語ったが、閣僚候補のポストが次々に変更され、振り回された夕刊フジを含む報道機関は記事を差し替え続けた。党内各派にしこりも残した。
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