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オヤジの旅(韓国編2002.7.26−7.29)
元々旅が好きで、東南アジアを中心にあちこち旅をしているが、10年前の結婚以来停滞気味であったが、子供が多少は分別の付く年頃になったことをきっかけに、最近バックパッカーの旅行記等を読みあさり、若いバックパッカーに負けじとばかり、新たな旅を企てているオヤジである。もう50代に手が届こうとしているにもかかわらず、欠かさない日々のトレーニングの成果か、20代並の体力にモノを言わせ、向こう見ずの中にもこだわりを持った道中記をぜひ一読していただきたい。
関釜フェリー(セオンギー号)は韓国だった
海外旅行といえば当然航空機。オヤジは既に40回くらいの海外旅行経験があるが、船で入国するのは、もう30年も前、当時沖縄がアメリカの信託統治下にあり、渡航するには総理府発行のパスポートが必要だった時代に鹿児島から沖縄に旅だった以来である。車は右側通行で紙幣はドル札、高校生であるにも係わらずジョニ赤の旨さがわかった妙に世間連れしているガキであった。
下関のフェリー乗り場に着くと大きな荷物を持ったおばさん、なにやらそこいら中走り回っている団体旅行の韓国小学生、乗船切符売り場では、韓国語が飛び交う。ほとんどないに等しい出国審査を済ませ、2等船室に入ると割り当てられた10数名のうち、日本人(在日韓国人は含まず)らしいのは、オヤジと威勢の良いおばさんに無理矢理「この桃はうまいよ。食べなさい。」とばかりに桃を勧められ、嫌々ながら食べていたひ弱そうな学生のみ。おそらくこの船の乗客の95%が韓国人か。それにしてもオヤジにはなぜか桃は回ってこない。
船の旅については、古くは東京―高松ルートの船腹に太陽のマークが懐かしいサンフラワー、また、東京―沖縄―石垣島の南西諸島航路等で利用しており、いずれの場合も風呂があった。
この船も例外ではなく、大きな浴槽が2つ。ただ違うのは韓国の親父たちの傍若無人な風呂の入り方。周囲を省みずに威勢良く手桶で湯をかけるわ、タオルでびしびし体を打つわ、着替え室には衣類を無造作に脱ぎ捨ててあるわ、大まかといえばそれまででやはり国民性だろうか。それでも風呂好きなオヤジはぬるい風呂でも入れたことに満足し、アサヒドライ500ml缶220円の風呂上がりのビールを楽しむのであった。周囲のおばさんたちがキムチの臭いを充満させながら持ち込んだ弁当を広げる中、持参した柿の種・ピーナッツと11年前に韓国を旅行した際に使い残した1,000ウォンで船の売店で購入したクラッカーをつまみに晩酌兼夕食でほろ酔い状態。フェリーのディーゼル機関の音は子守歌代わりとなっていた。
こだわりの宿オリンピックユーステル
11年前に泊まったオリンピックパークテルを1泊予約していたものの、もう1泊は現地でどうにかなるだろうとたかをくくっていた。「地球の歩き方」によると安い韓式旅館もあるようだし、個室よりはできればバックパッカーの集まるところがよいと思っていた。過去に海外での個人旅行の宿としては、グァム大学のドミトリー、ホノルルのインターナショナルYH、マウイ島のB&B等、異国人の中に一人という環境は心地よいものであるが、二段ベッドはまだしも、深夜に泥酔いで帰ってくる奴がいたり、冷水のみのシャワーはいただけない。少々値段は高くても(韓国のYHは韓式旅館に比べたら2倍も高い、それでも22,000ウォン)1流ホテルのサービスが受けられるオリンピックユーステルに決める。ここはホテルの1室に2段ベッドが2つのドミトリー方式。それ以外のホテル共用設備の利用は通常ホテル利用者と変わらない。場所はソウルの観光名所から少し離れており1988年に開催されたオリンピック公園の中にあるので静かなのがよい。オヤジにとって最大の魅力は、日課であるジョギングを公園内でできると言うこと。また、ホテルの内のトレーニングジムには各種トレーニングマシーンに15mプール、サウナ付きの風呂があり6,000ウォン。韓国では高めだが、日本で同等のホテル施設を利用するに比べれば格段に安い。今回は、体力が弱っていたのでジムの使用はやめにしてプールと風呂を利用する。風呂は日本の健康ランドの小型版、サウナにジャグジー、数種類の風呂があり、韓国人もあつい風呂が好きなことを発見。
ダースベイダーとの対面
彼とは今回のオリンピックYHで彼の息子と共に同室になった。年齢は50代後半から60代前半。彼自身はテキサスで英語講師をしており、今回は韓国で同じく英語講師をしている息子を訪ねる傍ら観光旅行だそうだ。英語教師らしく話を引き出すのがうまいので、話し下手なオヤジもつい引き込まれてしまい、子供の話も含めてよく話した。ただ、心臓にトラブルを抱えているらしく、就寝時に常に酸素呼吸器を使用し、その寝息はスターウォーズのダースベーダーの呼吸音そっくりである。朝のウォーキングと日曜のミサを欠かさない熱心なクリスチャンでもある。オヤジがアメリカ本土はカリフォルニアとアラバマに行ったことがあるというと、アラバマが日本人の旅行地としてはまれで且つ、テキサスの隣ということで盛り上がった。社会問題にも興味を持っているらしく、韓国と北朝鮮の問題、ネバダ州ユッカマウンテンの廃棄物処理場を上院が可決した問題等を真剣に話すのは少しうんざりだった。また、このあと旅行する予定であるという韓国北東部のリゾート、ソクラサン(雪岳山)の情報をガイドブックから英訳してやったりもした。オヤジが出発する時には祈ってくれた気のいい男であった。
韓国国営鉄道に乗る
シンガポールの地下鉄・サンフランシスコのケーブルカー等を除き海外で本格的に鉄道旅行をしたことのないオヤジは、今回の釜山―ソウル間の鉄道旅行を楽しみにしていた。
行きの釜山発ソウルのセマウル号については、あらかじめ日韓共同切符購入時に予約をしており、値段もフェリー込みで9,000円と、単独で買った場合の約30,000ウォンよりかなりお得であった。また帰りは現地で釜山駅の観光案内所でハングル読みでソウルー釜山と書いてもらい、セマウルは取れなかったが急行にあたるムングファ号を21,800ウォンで予約することができた。ちなみにセマウルとは朴政権下でのセマウル(新しい村)運動から、またムングファとは韓国の国花であるムクゲの花という意味だそうだ。行きのセマウル号は今のところ韓国第一級列車としての品位誇示のためか、制服の車掌とアテンダントの丁重な出向があり、少し古くなったが流線型の車体を持ち、全指定の座席は前後の間隔が広々としており、4時間10分の道のりが少しも苦にはならなかった。
近い将来、現在線路を建設中である高速鉄道ができるまではその品位を保ち続けるだろう。
車窓からの風景はハングルの看板と田んぼと果樹園のミスマッチがなければ日本の都市郊外の風景と変わりはなく、特に洛東江に沿って走る大邸(テグ)あたりまでの景色は美しい農村である。車内で弁当を購入したが、いろいろに味付けされた肉類・ポッサムキムチ・デザートにミネラルウォーターが付6,000ウォン。ご飯も温かくておいしかったし、昼時なのに余り売れていなかったのは理由があるのだろうか。
ムングファ号の外見は前部が斜めにカットされた直線的なデザインで何やら大陸横断鉄道を思わせる荒々しい風貌はオヤジ好みである。座席間隔はセマウルほど広くはなく、全車指定・立席可なのも日本並、ソウルー釜山全行程の利用者より、近距離での利用者が多いようで乗客は頻繁に変わっていた。その様な中オヤジがメモを取っていると何時か隣の席の老婦人が日本語で話しかけてきた。
彼女は半島を日本が統治していた時代に日本人子女の女学校とは知らずにソウル(当時京城)の女学校を受験した。学年で半島人は自分一人だけであり、半島人はランクが下と見られていたので同級生を見返してやろうと、懸命に勉強し、その甲斐あって成績順に編成されている12クラスのうち、最上級のクラスで級長を務めるまでになり、同級生に一目置かれる存在になった。以前は学校で日本語を教えていたが、今は退職して個人で普通の日本語学校で教えない丁寧語を特に力を入れて教えた甲斐があり、昨年の日本人ガイド試験に教え子の中から5人の合格者を出した。また、日本より約40年遅れて現在建設中である釜山―ソウル間を2時間半で結ぶ高速鉄道の話になると、韓国人は日本人のように目標に向かって一致団結することが不得意な国民性のためだという。彼女自身は、現在昌寧郊外に別荘を持っており、この秋にも日本へ行きたいらしい。このような戦中派の話を聞くと、当時の人々の時代・考え方等を後の世代に伝えるのがオヤジ世代の役割であるとつくづく思うのであった。
ーその後、2004.4.1からフランスのTGVをベースにした韓国国民念願の高速鉄道KTS(Korean Train Express)が開通し、ソウルー釜山路線を2時間半で繋ぐこととなった。オヤジはこちらの方にも大いに興味があり、機会があったら乗ってみたい。
屋台は観光用?
旅の楽しみの一つに本場で食べる料理がある。インド・タイ・韓国等の料理が最近では日本でも食べられるが、どこか日本にこびていて荒々しさのない日本的エスニックフードに成り下がっている。オヤジは東南アジアでは本場の味を求めて、現地の人が普通に食べている屋台での食事をモットーとしていた。ところがここ韓国では少し様子が違う。韓国の屋台は博多の屋台同様観光化され、味・値段共に明らかに質が落ちているのが前回10年前の体験としてあり、ガイドブックでもかなりぼられたとの情報があった。東大門・南大門等の市場にもかなり出ていて、食べている人もかなりいたがちょっとした煮物等の1品料理が3,000〜4,000ウォンと高め。かといって焼き肉・鍋料理等の腰を落ち着けて大人数で食べるような料理店には入りづらい。そこでよく利用したのが、韓国版ファーストフードショップ。ビビンバブ・麺類が中心だが全品キムチ付きしかも値段は3,000〜7,000ウォンくらいでリーズナブル。ガイドブックに乗っているような店には及ばないが、チョンメン(冷麺)は、3,000ウォンの割にはいい味を出していた。
また、今回重宝したのが列車やフェリーで食べる時用の弁当・おにぎり・キンパブ(海苔巻き)、そしてビールを購入したLG25という店名のコンビニ。品揃えは日本より少し寂しいが、値段はおにぎり400ウォン、ビール500mlで2,000ウォンと日本より大分安めであった。
ピンクバーバーに迷い込む
オヤジは旅に出ると髪を切りたがる癖がある。ホノルルのチャイナタウン、マレーシア等で髪を切り何となく現地の人風の髪型で帰ってきて、周囲の失笑を買っている。今回も床屋を探し比較的繁華街である東大門(トンデムン)あたりならはずれはないだろうと、万国共通?の赤・青・白の床屋の看板のある2階を目指して階段を昇った。するとドアは開いているもの店内は薄暗く日本の床屋の雰囲気ではない。店を間違えたかと帰ろうとすると女性に呼び止められ、言葉はわからないが中に入るように言われる。店に入ると初老の男性が既に椅子に座っている。ノースリーブで二の腕も露わな30代後半から40代前半くらいの女性は、なれた手つきでオヤジの頭を刈り始め、慣れた手つきでシェービングクリームもなしに揉み上げをすり下ろす。一通り散髪がすむと「マッサージ?」との発言。
ムム、これは尋常のマッサージではないと直感。そう言えば韓国の床屋には、その手のサービスをしてくれる店があると聞いたことがあるが、その様な店とはつゆ知らず、してもらいという気も起こるが、一応断り、10,000ウォンを渡し、お釣りを請求すると2,000ウォンしか返さない。約束が違うとばかりに再度請求するとやっと渋々1,000ウォンを返した。
店から出て階段を下りると暑い夏の日差しを受けながら、少し悔いの残るオヤジであった
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