|
朝青龍関が廃業したことに良いも悪いもないないが、今の日本の縮図を見る様で何やら暗い気持ちになってしまう。
今の日本は少子高齢化型の人口減少社会。経営規模は拡大しないにもかかわらず、構成員の高齢化が進み、間接人員の肥大化圧力は弱まることがない。当然、規模が拡大しないのだから収益も拡大しない。にもかかわらず高待遇の間接人員が増えるのだから1人当たりの収益は減少することになる。誰も、収入減を甘んじて受けることはなく、ありとあらゆる手段を講じて減少幅を抑えるから、結果的に、社会的・経済的地位の低い直接人員が間接人員より余計に割りを喰うことになる。
財務会計・簿記等を知っている人には『馬の耳に念仏』の話。事業体で付加価値を産出しているのは直接人員。顧客は直接人員が産出した付加価値に対価を払うのであって間接人員の労働に対価を払っているわけではない。間接人員は直接人員にサービスを提供することで直接人員から収益の一部を分けて貰っているだけなのだ。つまり、直接人員の縮小は収益の縮小に直結し、間接人員の増加は費用の拡大を意味する。
事業規模が拡大しないとなれば経営上は、間接人員拡大と直接人員縮小を避ける為、将来、間接人員にならない安い直接人員の調達を増やすようになる。間接人員は経営の主体、自らをリストラすることはできないから勢い、直接人員から間接人員へ異動を抑制し、定年などの自然減に頼ることになる。
大相撲業の直接人員は現役力士。能力の割に採用コストが低く、現役を引退してからも親方(間接人員)として相撲業界に残りにくい外国人力士は、収益の拡大が止まった相撲界にとって、まさに打って付の労働力。さらに、年寄り株で親方に採用する引退力士を絞ることになる。
しかし、これには大きな問題がある。昨今の番付上位は外国人力士の独壇場。外国人力士は親方になかなかならないから、若い親方に占める番付上位は低下する。若い親方衆の番付上位者率が低下すれば、その言動に権威がなくなり、現役力士に対しての指導・監督力、ベテラン親方衆への進言力が低下する。
現役力士を指導・監督する立場の若い親方が指導される立場の力士の番付よりも大きく見劣りするなら、力士が素直に従うのは無理と言うもの。かと言って、番付で張り合えるベテランの親方では、同じ時間を共有していないため、なかなか分かりあえない。番付上位の現役力士を中心に指導・監督が行き届かなくなり、トラブルが続出することになる。
ベテラン親方が若い親方から時代遅れだから改めた方が良いと意見されても、若い親方の現役時代の番付が著しく低ければこれを聞き入れるのは相当に難しい。勢い、ベテラン親方の時代錯誤の部屋経営が野放しになり人権侵害を引きを起こすことになる。
問題の本質を解決しなけらば、同じことが繰り返されるだけなのだが、当事者は問題の本質が見えて居ないように感じる。
番付上位者ならば、既存親方衆と意見が合う合わないに関係なく引退すれば大概、親方になれたが、現状の様に番付上位を外国人力士に独占されると、年寄り株を購入するか借りるかしないと親方にはなれない。当然、購入先・借先の意向に従わなければならず、既存親方衆と対立する考え方は排除されることになる。
時代に合わせることが構造的抑制されており、自己改革は不可能な気がする。
|