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中国政府より、習近平・国家副主席が2009年12月月14日に来日するに際し、期限である1ヶ月前を切った11月下旬に「天皇陛下との会見」の申請があったのに対して、宮内庁より困難である旨の回答が再三なされたにもかかわらず、鳩山由紀夫内閣総理大臣より平野博文内閣官房長官へ会見実現の指示があり、同長官より宮内庁に正式な要請が行われ、会見が実施された。
個人の見解では、12月10日、民主党の小沢一郎幹事長訪中の厚遇のお返しに、民主党が強行したと考えている。この行為は、日本国憲法の主旨である『天皇陛下の政治的利用の禁止』に抵触していると思う。
小沢一郎幹事長は、「天皇陛下との会見」を「公的行為」を「国事行為」と勘違いしていたことは認めたが「憲法との理念と考え方は、天皇陛下の行動は内閣の助言と承認によって、行われなければならない」と述べている。
う〜〜ん。性質が悪い。目的と手段を錯綜させて自分の行為を正当化しようとしているように感じる。
憲法の主旨は、先の大戦の反省に鑑み、『天皇陛下の政治的行為の禁止』と国家権力による『天皇陛下の政治的利用の禁止』であると、個人的には理解している。よって、国家元首たる天皇陛下が行わなければならない政治的行為を「国事行為」として制限し、内閣の助言と承認によって行われなければならないとしている。
天皇陛下の政治的行為を制限することで専制政治が復活することがない様、また、天皇陛下の宗教的権威・社会的権威を時の権力者が利用し独裁政治を行う事ができない様にしていると考えられる。
憲法は国家権力行使を制限する法律。国家権力行使の正当化に使われる時、国民は大概不幸になる。
時の内閣が「公的行為」を天皇陛下に強要できるのだとすれば、これ選挙に使わない手はない。選挙期間中に内閣から天皇陛下へ「公的行為」を命令し、各地で実施して貰うこともできそうである。小沢幹事長ならやりかねないから怖い。
現政権のやっていることの中身は、前自民党政権とほとんど変わりがない。呼び名を変える、定義を変えるだけで何もしていないのと同じことになっている。ただ、目的と手段をごちゃ混ぜにし、自らの正当性を主張することが続くのであれば、前政権の時よりも国民生活はより厳しくなると覚悟しなければいけなそうである。
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