とうとうこんなお話をする日がきてしまいました。
3月9日フニャ夫君とお別れをしました。
おそらくもっと前から異変はあったのでしょうが、
私たちが異変に気がついたのは3月1日だったでしょうか、その晩のことでした。
その日は旦那の遅番の日で、夜遅くに帰宅する旦那のご飯の支度をしてました。
その日のメニューは塩さば。
簡単に魚焼きグリルで焼き上げて…その時はまだ変わらぬフニャ夫君で、
チロちゃんとストーブの前の陣地の取り合いをしていた、本当にいつものとおりの日常でした。
結石事件以降、フニャ夫君は薦められてもあれほど大好きだった魚は頑として食べず、
魚の匂いがしても、コタツ机の下とか、私の寝室に行ったりして、
おそらく我慢していたのだと思いますが、その日は少し様子が違いました。
確かにその日の塩さばは魚屋さんが「これはおいしいですよ」と売り込んだだけあって、
いかにもおいしそうな匂いがしてきまして。
フニャ夫君がやけにそわそわしだしました。
「えらい珍しいなあ〜でもこれは塩さばやからな〜さすがにこれはアカンで〜」
なんて言っているうちに旦那帰宅。
旦那の遅めの晩御飯は終わって、洗い物は朝に残してお休み〜だったのですけども。
普段、魚料理の際は間違って食べてしまったらいけないので、
洗い物は翌日にするにしても、
残した骨やらは先にビニール袋の中へ厳重に入れてゴミ箱へ〜なんですけども、
その日も同じようにしたわけですが。
フニャ夫君は真夜中にゴミ箱をあさり、魚を出していた皿をあさろうとし…。
今までに無い出来事でした。
たまたま次の日がごみの日だったので、フニャ夫君がそわそわするものは外のゴミ捨て場へ。
フニャ夫君がものすごく納得のいかない顔をしていたので、
「明日、缶詰買うてきたるから、今日はこれで我慢しとき〜」
と、煮干をひとつあげたのでした。
翌日、仕事帰りに猫缶を購入しまして、
帰宅して早速チロちゃんと半分づつにしてフニャ夫君にあげると、
もう二人とも大喜びであっという間に食べた…のが、フニャ夫君のまともなご飯の最後でした。
その晩。
いつもフニャ夫君は私のベッドの右側でモミモミ〜としたあとに、
ベッドの右側にあるフニャ夫君ベッドでお休み〜とするわけなんですけども、
その日は少し違いました。
以前、チロちゃんが使うかな〜と思って、布製のドームのようなオウチをベッドの下に置いていたのですが、
フニャ夫君はその中に入っていて。
せっかく購入したのに、いままで誰も使わなかったので、
「やっと使ってくれるんか?居心地エエか〜?ゆっくりお休み〜」
なんて喜んでいたのですけども…。
今思えば、そのときすごく具合が悪かったのかもしれません。
次の異変は旦那が発見しました。
真夜中一回嘔吐したのです。
いつもとは違う嘔吐でなんだか黒いものがありました。
本なんかでは一度や二度くらいの嘔吐なら生理的なもの…とはありますが、なんか変だと思いました。
次の日…私は祖母のお見舞いに行く予定になってました。
従兄弟の自損事故によって祖母が入院して、色々あって、
なんとか三月中には退院の見込み〜ということで、
そして今年マンションの役員に当たっていたこともあって、
私の三月の予定が色々詰まっていたので、どうしてもその日にしかお見舞いに行けない。
気にはなっていたけど、祖母のお見舞いに行き、
戻ってきたところでフニャ夫君を病院に連れて行ったのでした。
フニャ夫君の病気は肝リピドーシスというもので、
その段階では特定はできなかったものの、おそらく糖尿病だろうという診断でした。
インスリン治療などが可能だと言われましたが。
延命は可能だとは言われましたが。
もちろん金銭的な問題もあるけれど。
完全に元気になるのであれば、とか。
色々話し合って、考えて。当初決めていた通り。
私たちはフニャ夫君とのさよならを決めました。
フニャ夫君が思うように動けなくなったら。
結石のときの治療が最後。
ご飯を変えるだけなら。
だけど、フニャ夫君は坂道を転げ落ちるように神経症を発症し。
この判断が正解なのかどうか、わかりません。
そもそも健康診断をサボらず行っていればこんなことにはならなかった。
ご飯だって知らず知らずのうちにあげすぎていた。
今から思うとここ一ヶ月ほどシッコの量も増えていたし、
お水もよく飲んでいた。
それは結石には良いことだと気にしていなかった。
全面的に私の責任です。
ここで決めたのは。
フニャ夫君のために仕事を休まない。
いつもの通りに暮らす事。
フニャ夫君がしたいようにすること。
これも正解だったかどうか判りません。
フニャ夫君はほぼ最後まで、
自力でトイレに行き。
ベランダに出て。
私のベッドで一緒に寝て。
ご飯を食べることが出来ない、
お水を飲み下すことが出来ない、
それ以外はいつもの通り。
私達のお仕事中はチロちゃんとお留守番。
チロちゃんはずっと寄り添っていてくれていたようです。
本当にいつもの通りです。
手が裏返ってしまって、動くのがやっとなのに、
夜になると私のベッドに登ってきました。
日中はどうしてもトイレの用事があるので、トイレがある私の部屋から動こうとはしなかったけれども、
ベランダに出たいときと、そして。
レインボーのファイアーダンスという曲が流れると居間に頑張ってやってきました。
以前まだ元気な頃、この曲が流れるとフニャ夫君は居間まで駆けつけてきたので、
どうやら音楽が好きらしいなあとは思っていたのですが、
もう自分の思うように歩けない、こんなときまでそこまでするほど好きだとは知りませんでした。
旦那はそれほど好きなら、この感じのレインボーいっぱい聴かせたろとレインボー三昧をしました。
するとこの曲が流れると、体の向きを変えてステレオのほうへ向いて耳をたてて聴いていました。
フニャ夫君は相当しんどかったろうに、ほぼ最後までものすごく機嫌が良さそうに見えました。
本当になんだか嬉しそうにしていたのです。
確かに病院で、なるべく楽になるように吐き気止めを打ってもらっていたけど。
このときはほとんど声も出せない、動けない、
水も飲めなければ食べることも出来ないのに、
フニャ夫君は最後まで優しく、嬉しそうだったのです。
3月9日。
その日はマンションの火災報知機の点検の日で。
これはフニャ夫君が一番嫌いで。
もちろんその日は私が在宅でないといけないので、元から休みを取っていました。
そして報知器の点検を終えて、
12時正午。
フニャ夫君はどうしてもチロちゃんのオウチのダンボールの箱に入りたがりました。
でももう力が無くて、入れなくて。
どうしても入りたいのなら入れたろと私は無理をして。
フニャ夫君の頭が箪笥の角にぶつけてしまい。
フニャ夫君は三回聞いたことの無い大声を出して。
三回大きな息をして。
それから、フニャ夫君はさよならをしました。
結果的に私は安楽死をさせてしまったかもしれません。
私は動かなくなったフニャ夫君にずっと謝っていました。
許してくれたかどうかも判りません。
さよならの時のためにかどうかは判りませんが、
虹の橋という話があります。
ペットたちの天国のようなお話なんですけども、フニャ夫君達はここの橋のたもとで待っていてくれるんだとか。
もちろんこの話でもいいのですけれども私達には違うお話があるのです。
かつて旦那が見た夢で、フニャ夫君がグリフォンのような神獣のような格好をしていたそうで。
そんなことから。
他の人からしたらちょっと逝っちゃっているようなファンタジーなんですけども。
フニャ夫君は神様からつかわされた神獣で、
私達が色々大変で辛かった時に、神様に
「早くあのオウチに行け〜」と言われて私達の前に姿をあらわして。
私達がうまくいくように、幸せになるようにフニャ夫君が頑張ってくれて。
もう大丈夫となったときにまた神様から
「また泣いている人がいるから早く行け〜急ぐんだ〜」
と呼び出されて。
フニャ夫君は私達のために教えを置いてくることにしました。
それは糖尿病になること。肝リピドーシスになること。
フニャ夫君の状態はまさしく旦那の重症急性膵炎ときとまったく同じようだったんです。
ちゃんと健康診断に行けという教えだったのでしょう。
確かに旦那はあれやこれやで、病院を先送りにしていて、
緊急的に針の使いまわしをしていたところだったのでした。
きっとフニャ夫君は今頃、また違う毛皮に着替えて、
次の泣いている人のもとへ駆けつけて出会いを果たしているのかもしれません。
私が最後に頭をぶつけてしまったせいで頭に妙なたんこぶを作っているかもしれませんが。
フニャ夫君の尻尾は二股というか鍵のようにまがりくねっていたんですけども、
あれも前のところから駆けつけるときになにかトラブルがあってそのままになっていたのかもしれません。
まあ。
フニャ夫君が幸せであれば。
もうしんどくなければもうそれでいいのです。
虹の橋のたもとでタンコブ作った〜と怒られても、
フニャ夫君がグリフォンで、今頃新しい人と出会って頑張っていても。
本当にフニャ夫君からいろんな事を教えてもらいました。
何より楽しく暮らしていくこと。
仲良くしていくこと。
食事には気をつけなければいけないこと。
健康診断は受けないといけないこと。
人に心配をかけないようにすること。
いっぱいありがとうを言っても足りない。
ごめんねをいっぱい言っても戻らない。
これからはちゃんと体のことも、もちろんチロちゃんの健康診断も。
フニャ夫君がさよならしても幸せに暮らしていくこと。
決して心配はさせないように。
ちゃんと頑張っていくから。
これはフニャ夫君がいなくなったから寂しい悲しいはあっても。
フニャ夫君がいてくれたからこそ、いてくれたという事実があるからこそ、
ずっと幸せに暮らしていくようにするから。
ちゃんと頑張っていくから。
最後に。
フニャ夫君を火葬しに行くときに
前の家に立ち寄り、庭に咲く花を集めて。
車の中で流した曲を。