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今回がひこにゃん最終話になります〜。
お城を後にして、次は西の丸三重櫓へ向かいます〜。
とはいえ、お城ばっかり写真撮っていて、西の丸が無い…ハレ???…。
コレで終っては仕方ないので、この際色々一夜漬けの薀蓄などをならべてみようかなあ〜と。
まず、そもそも櫓って何?と思いまして、今回記事を書くにあたってざっくり調べてみました。
どうやら元々は戦闘の防壁であり、主に武器庫として使われていたみたい…。
この三重櫓というのは、比較的新しいタイプのもののようです。
一階から三階に上がるのに、普通二階を通るのが当たり前なんだけど、
この三重櫓は、一階から直接三階に行けます。
この建物の真ん中にハシゴみたいな階段があるんです。
それが、一つは二階へ続いているのですが、交差したハシゴ階段が一階から直接三階へ続いてます。
だったら、二階から三階に行くのはどうするのか…。
それは二階にはいけなかったので判りません。ロープが張ってあって行けなかった…
なぜならば〜ここでは展示会があったんです。
だから余計な所へいかないようにしてあったんですね。
この時期は「彦根と北近江の城」という展示会だったのだけど…暑くて痛くて…覚えてない(泣)
というのは、お城から出て気づいたんだけど、足の親指が靴擦れしてイタタ…。
「サンダルなんか履いてくるから靴擦れするねん!(怒)」
「せやけど、コレウォーキング専用のサンダルなんやで、7000円もしたんやで〜」
とか言いつつ、櫓の中は当然お城と同様冷房なんかは無く、ムワ〜と暑い…。
と、見ると見慣れたものが!家にある同じ冷風機!
よくみると櫓の中で何台も置かれて、パワフルに設定されて、扇風機と共にゴゴオ〜と言うてます。
しばし、この冷風をスカートでもって独り占め〜ボワボワ〜!!
今までも太鼓門櫓と天秤櫓も展示会があったけど、どこも冷房無し〜。
天秤櫓では、オコサマ用なのか「レゴ展」がありました。
こちらは、別の場所に展示してあった彦根城のレゴ。
14日で作ったそうで…すげえ。
暑さでボケてきたか、だんだんなんだか良く判らんようになってきました。
チケットをみたらあと2つなんか見れるところがあるらしく〜
『玄宮園』『開国記念館』という、四隅の2つが残っていました。
下は全部見たあとのチケットね!
三重櫓にいた係員のオジサンに聞くと、
「階段下りて、玄宮園の庭を回って左に歩いて行ったら開国記念館がありますよ〜」とのこと。
庭に入ったとこで四隅の一つを?据ぎってもらって〜テクテクテクテク、サクサクサクサク…
既に何のための庭かも考えず、ひたすら足の靴擦れを労わり、汗をフキフキ、フキフキ…
庭園内の木陰のベンチに腰掛けて〜しばし休憩〜汗を拭って、頭のタオルを巻きなおし〜。
てなことをしていたら、後からきたカップルの女性が私を見て、
どうやら、彼女の顔に電球マークがピカリ!
カバンからゴソゴソバンダナを出して〜なんと私の真似をしてバンダナを頭に巻こうとしてました。
やっぱり、私は時代を先取るオンナなんや〜。
そうそう。この格好が涼しいんですよ〜。これからきっと流行る筈!
庭をサクサク回って、井伊直弼像の前のベンチで一休み&水分補給〜。
ここで、旦那、
「あ。水道あるなあ〜顔洗ってくるわ〜。タオル貸して〜」と私のタオルを…
あの、ソレ私の汗拭き用のタオル…ま、えっか〜。
それよりも、旦那、長袖なんです。長袖シャツに半袖シャツの重ね着…。
私ならとっくに暑くて昇天してそうだけど、旦那はここでやっと「暑くて汗かいた〜」みたい。
私は既に、お昼ゴハン前からトイレに行く度、何度も顔洗ってるんですけど〜???
何故だ〜???
さてさて、三重櫓の係員のオジサンの案内どおり、最後の見るべき館、
開国記念館に入りまして、チケットの最後の一片が切り取られました。
感想?クーラーが入っていて涼しかった…。
どうやら私の頭はとっくにとろけていた模様…。
ここで、例の城の断面模型があったところです〜。
サービスカットでもう一度どうぞ〜。
ここでは、井伊直弼の特集をしたNHK番組が放映されてました。
井伊直弼は、江戸末期に明治維新に関わったエライ人です。
なんといっても井伊家は、江戸時代初期に直政が彦根藩を受領してから、
明治維新になるまで、お引越しが全く無かったエリート中のエリート。
歴代ずっと重役できて、明治維新後も華族として続いた家系なんです。
その中で、直弼は大老になったのが最後やったっけ???
日本史専攻ではなかったので、あまり詳しい事は語れるような知識はありませんが…。
桜田門の変というのは、
江戸のお屋敷から400mあまりにある桜田門までオカゴの行列で行っていたところを
水戸浪士らに襲われて暗殺されたという事件。直弼は春雪に倒れました。
しかし実のところ、
井伊直弼自身、暗殺計画があるというのはさんざん周りから忠告されて判っていたそうなんですけど、
大丈夫と過信していたのか、もともと殺されてもいいつもりで政治をしていたのかは謎ですが、
攘夷や〜とかいう水戸藩から飛び出した浪士一党に行列ごと襲われたのです。
攘夷派ってなんやろ〜って調べたら、要は武力でもって侵略を阻止すべし〜という考え方なんやろか。
直弼はどうやら、開国は免れないと考えていたようです。
まあ、政治的にいえば、かなり政治色が悪目に濃く、安政の大獄を行なって邪魔者を処罰するとかして、
目的の為には手段を選ばず〜的な、かなり無理矢理な采配をしてたみたいだけど、
この様々な布石は、後の明治維新のほぼ無血開国に役立ったのではないかと思います。。
結局のところ、おそらくこの方は真に日本の安寧を願っていた人ではないかな〜って私は思います。
私がお城が好きな理由を今回色々考えてみたのだけど、
リクツはさておき、お城には夢があると思うんです。
もともとのお城はそりゃ多少は使っていたでしょうけど、
どちらかといえば、藩主の看板みたいなもので、
実際ここのお城は、生活や政治の場というより、
大事なものを収納する蔵みたいな使われ方をしていたみたいです。
ですので、トノサマの気分になろうと天守閣に登ってみても、
おそらく、実際のトノサマは天守閣にはほとんどいなかったでしょう。
しかし、城を作る時、当時の新藩主が色んな夢と希望を持って建築された…という感じがするんですね。
かの安土城も、ちゃんと出来ていれば、城下町に楽市楽座があるはずでした。
当時の藩主は、心のどこかで、生き生きと生活する庶民の姿を思い浮かべながら、城を建設して、
子孫にもその思いを託したのではなかろうか…なんて私は妄想するのです。
開国記念館のお向かいに馬屋というのがあって、それも重要文化財なんですけど、
私の大切なオミアシがイタタなので、帰ることにしました。
…といっても、実は、まだ旦那の『重要』&『目玉』があったんです。
駅前のアルプラザというデパートみたいなとこで『近江鉄道collection』!
彦根駅で、『近江鉄道ミュージアム』!
しかし…どちらも五時半を過ぎちゃってたので、入館出来ず〜。
「フク〜。なんで八時くらいまでやってへんねん!せめて七時やろ!それが五時て〜!」
と、誰かさんが煙を出しているので、こんなところを覗いてみました。
彦根駅前のアルプラザの最上階でやっている鉄様ならではのツウのお店…。
『和(なごみ)』というお店やったかな?
営業時間は鉄様でにぎわっているのではないでしょうか?
しかしここも既に閉店したようで、もう電車は走ってません。ですのでレールだけ…。
だんだん日が暮れてきました。暑い夏の日が沈んでいきます。
帰ってからゴハンを作るのも大変だし〜ゴハン食べて帰ろうちゅうことで、
ここのアルプラザ内の中華屋さんへいきました。
…旦那、もしかしてこの景色見たいがために「ここがいい」と決めたんかな?
JR彦根駅です。旦那がこれも重要というので続けてどうぞ〜。
近江鉄道ですよ〜。
さて、お土産といえるようなものはほとんど買わなかったんだけど、
「フニャ夫君にお土産買おうか〜」
と言うてお買い上げしたものがあります。
フニャ夫君のお友達ですよ〜。可愛いひこにゃんです。あとひこにゃんクッションを買いました。
で、コレ見たフニャ夫君を予想してみました。
旦那…フク〜と怒ってケンカをしかける…。
ニョ〜ボ〜…ねこじゃらしみたく遊んでしまう…。
答え…ひこにゃんにびっくり〜「ヒャ〜!」と言うて、本当に飛び上がってピュ〜と逃げてしまいました。
フニャ夫君のお友達なんやで〜逃げんでもエエのに〜。
この旅日記はこれでおしまいです。
最後に、彦根城400年祭のHPを張っておきますね。
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