なんちゃって主婦

やっと復活しました〜今年もよろしくで〜す。

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なんだかしばらく留守にしているうちに
すっかりブログの仕組みがあれやこれや変わっていてびっくりのすずです。
気がついたらもお年末…あっというまですね。

本当に今年は色々ありました。
去年からの流れだった、旦那大腸ポリープ見つかる(悪性)から始まって、
フニャ夫君とのさよならを筆頭に、私が難聴と更年期障害でへろへろになり〜の…。

いやね、最初は耳がおかしくて。耳になんか詰まっているような。
感じとしては耳の中がクラッカーが詰まっていてなんかパーンと飛び出しそうな感じ(無論そんなワケない)
耳鼻科に言ったらば、耳ヘルペスかも!えらいっこっちゃ!なんかデキモンできてる!って。
結局それはお仕事でしている耳栓の影響だっただけでヘルペスではなかったんですけども、
このとき聴力検査をして低音の聴力がコッソリ低下しているのがわかったのでした。
その聴力低下も健康診断ではわからない範囲で少し弱いだけではありますが、
年齢からしたら早すぎるとのことで。
どうやら知らない間に難聴になっていたようです。
軽い耳鳴りは普段からあったからまったく気がつきませんでした。

そこからちまちまと体調を崩すこと一ヶ月に一度のペース。
私のお仕事の配置転換に重なり旦那の勤務体制が日勤に戻り生活が変わったのに後押しされたのか、
やれ首が動かないだとか、じんましんが出たり、咳喘息が出たり、アレルギーがでたり。
食中毒で高熱出して数日動けなかったり、風邪も確かひいたし、
腰がぁ〜腰がぁ〜という事態になったり、またきつい偏頭痛に見舞われたり。
一ヶ月に一度のペースでお仕事を2、3日お休みする状態に。
休む類ではないものの、私の黄金だったお肌が急にボロボロになってビタミン剤に頼ったり、
なんか寝る前に動悸がして寝られなくなって救心をはじめて飲んだり、
最近こってりしたものが受け付けなくなったのか胸焼けがして整腸剤のお世話になったり。
なんとなくだるくて力が出ずに家事をサボってはお布団の中〜という出来事が増えました。

その度にあれやこれやと試してみました。
難聴にメチコなんとかが処方され、アレルギーで銀歯を金属ではないものに変えたり。
首や腰に針治療に通ったり、整腸剤や消化剤のお世話になったり。
じんましんやアレルギーで化粧水や洗顔料やら日焼け止めを変えたり。
元気が出なくて動きたいときにQPコウワゴールドやセントジョワーズのお世話になったり
あるいは、真夏の暑さもあったのか異常な大汗で人から
「更年期障害じゃないの〜?」と指摘されることしばしばで命の母にお世話になったり。
気がついたら膨大なお薬の量になってた…。

もしかしてもう年なんじゃないか、
もうお仕事するほどの体力ないのと違うやろか、
前よりのずっとずっとお仕事が楽になったのに。
もうすぐ私死んでしまうんやろか。もお長くないかも。
やっぱしお仕事やめたほうがエエかなあ。

もともとコレストロール値が高いということもあって定期的に通っていた町医者に(内科)に相談したら、
「ま、軽い更年期障害はあるやろな〜漢方試してみる?」
というわけで、その漢方がピタリと合ったのかやっとこのごろあれこれマシになりました。

本当に今年は色んな変革と健康がテーマな年でした。
初めてみた金環日食もあったし。
このごろはフニャ夫君がいない生活にも慣れてきました。
チロちゃんはさらにハゲチョロケが増えているというかわいそうなことになってますが、
本猫はいたって元気な様子…病院からもらった目薬で目やにや鼻水も回復したし、
ちょっと太め〜だからダイエット!と言われ、そのダイエットも成功したし、
女っぷりもおそらくぐ〜んと上がったことでしょう。
ただ〜やっぱり寂しいんかな〜と思うのは毎晩フニャ夫君の写真を見ていること。
PCでフニャ夫君の動画を流すと大慌てで駆けつけてきます。
別にPCの裏にフニャ夫君が隠れてるワケと違うんやで〜。
写真たてのフニャ夫君の裏にも隠れていないんやで〜。

そうそう。私のお仕事、今年の四月から移動になりまして
今までとは違う新しい環境でまったく新しいお仕事をしているわけですが、
来年また移動〜ということになりました。
その移動に先駆けて、応援と言う形で事実上の移動が今週あります。
年末の選挙みたく慌しい年末になりそうです。

来年もまたポツポツブログ〜かもしれませんが、また来年もよろしくお願いしますね。

                             イメージ 2
とうとうこんなお話をする日がきてしまいました。
3月9日フニャ夫君とお別れをしました。

おそらくもっと前から異変はあったのでしょうが、
私たちが異変に気がついたのは3月1日だったでしょうか、その晩のことでした。

その日は旦那の遅番の日で、夜遅くに帰宅する旦那のご飯の支度をしてました。
その日のメニューは塩さば。
簡単に魚焼きグリルで焼き上げて…その時はまだ変わらぬフニャ夫君で、
チロちゃんとストーブの前の陣地の取り合いをしていた、本当にいつものとおりの日常でした。

結石事件以降、フニャ夫君は薦められてもあれほど大好きだった魚は頑として食べず、
魚の匂いがしても、コタツ机の下とか、私の寝室に行ったりして、
おそらく我慢していたのだと思いますが、その日は少し様子が違いました。

確かにその日の塩さばは魚屋さんが「これはおいしいですよ」と売り込んだだけあって、
いかにもおいしそうな匂いがしてきまして。
フニャ夫君がやけにそわそわしだしました。
「えらい珍しいなあ〜でもこれは塩さばやからな〜さすがにこれはアカンで〜」
なんて言っているうちに旦那帰宅。
旦那の遅めの晩御飯は終わって、洗い物は朝に残してお休み〜だったのですけども。

普段、魚料理の際は間違って食べてしまったらいけないので、
洗い物は翌日にするにしても、
残した骨やらは先にビニール袋の中へ厳重に入れてゴミ箱へ〜なんですけども、
その日も同じようにしたわけですが。

フニャ夫君は真夜中にゴミ箱をあさり、魚を出していた皿をあさろうとし…。
今までに無い出来事でした。

たまたま次の日がごみの日だったので、フニャ夫君がそわそわするものは外のゴミ捨て場へ。
フニャ夫君がものすごく納得のいかない顔をしていたので、
「明日、缶詰買うてきたるから、今日はこれで我慢しとき〜」
と、煮干をひとつあげたのでした。

翌日、仕事帰りに猫缶を購入しまして、
帰宅して早速チロちゃんと半分づつにしてフニャ夫君にあげると、
もう二人とも大喜びであっという間に食べた…のが、フニャ夫君のまともなご飯の最後でした。

その晩。
いつもフニャ夫君は私のベッドの右側でモミモミ〜としたあとに、
ベッドの右側にあるフニャ夫君ベッドでお休み〜とするわけなんですけども、
その日は少し違いました。

以前、チロちゃんが使うかな〜と思って、布製のドームのようなオウチをベッドの下に置いていたのですが、
フニャ夫君はその中に入っていて。

せっかく購入したのに、いままで誰も使わなかったので、
「やっと使ってくれるんか?居心地エエか〜?ゆっくりお休み〜」
なんて喜んでいたのですけども…。
今思えば、そのときすごく具合が悪かったのかもしれません。

次の異変は旦那が発見しました。
真夜中一回嘔吐したのです。
いつもとは違う嘔吐でなんだか黒いものがありました。

本なんかでは一度や二度くらいの嘔吐なら生理的なもの…とはありますが、なんか変だと思いました。

次の日…私は祖母のお見舞いに行く予定になってました。
従兄弟の自損事故によって祖母が入院して、色々あって、
なんとか三月中には退院の見込み〜ということで、
そして今年マンションの役員に当たっていたこともあって、
私の三月の予定が色々詰まっていたので、どうしてもその日にしかお見舞いに行けない。
気にはなっていたけど、祖母のお見舞いに行き、
戻ってきたところでフニャ夫君を病院に連れて行ったのでした。


フニャ夫君の病気は肝リピドーシスというもので、
その段階では特定はできなかったものの、おそらく糖尿病だろうという診断でした。
インスリン治療などが可能だと言われましたが。
延命は可能だとは言われましたが。

もちろん金銭的な問題もあるけれど。
完全に元気になるのであれば、とか。
色々話し合って、考えて。当初決めていた通り。
私たちはフニャ夫君とのさよならを決めました。

フニャ夫君が思うように動けなくなったら。
結石のときの治療が最後。
ご飯を変えるだけなら。
だけど、フニャ夫君は坂道を転げ落ちるように神経症を発症し。

この判断が正解なのかどうか、わかりません。
そもそも健康診断をサボらず行っていればこんなことにはならなかった。
ご飯だって知らず知らずのうちにあげすぎていた。
今から思うとここ一ヶ月ほどシッコの量も増えていたし、
お水もよく飲んでいた。
それは結石には良いことだと気にしていなかった。
全面的に私の責任です。


ここで決めたのは。
フニャ夫君のために仕事を休まない。
いつもの通りに暮らす事。
フニャ夫君がしたいようにすること。
これも正解だったかどうか判りません。

フニャ夫君はほぼ最後まで、
自力でトイレに行き。
ベランダに出て。
私のベッドで一緒に寝て。
ご飯を食べることが出来ない、
お水を飲み下すことが出来ない、
それ以外はいつもの通り。
私達のお仕事中はチロちゃんとお留守番。
チロちゃんはずっと寄り添っていてくれていたようです。
本当にいつもの通りです。

手が裏返ってしまって、動くのがやっとなのに、
夜になると私のベッドに登ってきました。
日中はどうしてもトイレの用事があるので、トイレがある私の部屋から動こうとはしなかったけれども、
ベランダに出たいときと、そして。
レインボーのファイアーダンスという曲が流れると居間に頑張ってやってきました。

以前まだ元気な頃、この曲が流れるとフニャ夫君は居間まで駆けつけてきたので、
どうやら音楽が好きらしいなあとは思っていたのですが、
もう自分の思うように歩けない、こんなときまでそこまでするほど好きだとは知りませんでした。
旦那はそれほど好きなら、この感じのレインボーいっぱい聴かせたろとレインボー三昧をしました。
するとこの曲が流れると、体の向きを変えてステレオのほうへ向いて耳をたてて聴いていました。

フニャ夫君は相当しんどかったろうに、ほぼ最後までものすごく機嫌が良さそうに見えました。
本当になんだか嬉しそうにしていたのです。
確かに病院で、なるべく楽になるように吐き気止めを打ってもらっていたけど。
このときはほとんど声も出せない、動けない、
水も飲めなければ食べることも出来ないのに、
フニャ夫君は最後まで優しく、嬉しそうだったのです。

3月9日。
その日はマンションの火災報知機の点検の日で。
これはフニャ夫君が一番嫌いで。
もちろんその日は私が在宅でないといけないので、元から休みを取っていました。

そして報知器の点検を終えて、
12時正午。
フニャ夫君はどうしてもチロちゃんのオウチのダンボールの箱に入りたがりました。
でももう力が無くて、入れなくて。
どうしても入りたいのなら入れたろと私は無理をして。
フニャ夫君の頭が箪笥の角にぶつけてしまい。
フニャ夫君は三回聞いたことの無い大声を出して。
三回大きな息をして。
それから、フニャ夫君はさよならをしました。

結果的に私は安楽死をさせてしまったかもしれません。
私は動かなくなったフニャ夫君にずっと謝っていました。
許してくれたかどうかも判りません。


さよならの時のためにかどうかは判りませんが、
虹の橋という話があります。
ペットたちの天国のようなお話なんですけども、フニャ夫君達はここの橋のたもとで待っていてくれるんだとか。
もちろんこの話でもいいのですけれども私達には違うお話があるのです。

かつて旦那が見た夢で、フニャ夫君がグリフォンのような神獣のような格好をしていたそうで。
そんなことから。
他の人からしたらちょっと逝っちゃっているようなファンタジーなんですけども。

フニャ夫君は神様からつかわされた神獣で、
私達が色々大変で辛かった時に、神様に
「早くあのオウチに行け〜」と言われて私達の前に姿をあらわして。
私達がうまくいくように、幸せになるようにフニャ夫君が頑張ってくれて。
もう大丈夫となったときにまた神様から
「また泣いている人がいるから早く行け〜急ぐんだ〜」
と呼び出されて。
フニャ夫君は私達のために教えを置いてくることにしました。
それは糖尿病になること。肝リピドーシスになること。
フニャ夫君の状態はまさしく旦那の重症急性膵炎ときとまったく同じようだったんです。
ちゃんと健康診断に行けという教えだったのでしょう。
確かに旦那はあれやこれやで、病院を先送りにしていて、
緊急的に針の使いまわしをしていたところだったのでした。

きっとフニャ夫君は今頃、また違う毛皮に着替えて、
次の泣いている人のもとへ駆けつけて出会いを果たしているのかもしれません。
私が最後に頭をぶつけてしまったせいで頭に妙なたんこぶを作っているかもしれませんが。

フニャ夫君の尻尾は二股というか鍵のようにまがりくねっていたんですけども、
あれも前のところから駆けつけるときになにかトラブルがあってそのままになっていたのかもしれません。

まあ。
フニャ夫君が幸せであれば。
もうしんどくなければもうそれでいいのです。
虹の橋のたもとでタンコブ作った〜と怒られても、
フニャ夫君がグリフォンで、今頃新しい人と出会って頑張っていても。

本当にフニャ夫君からいろんな事を教えてもらいました。
何より楽しく暮らしていくこと。
仲良くしていくこと。
食事には気をつけなければいけないこと。
健康診断は受けないといけないこと。
人に心配をかけないようにすること。

いっぱいありがとうを言っても足りない。
ごめんねをいっぱい言っても戻らない。

これからはちゃんと体のことも、もちろんチロちゃんの健康診断も。
フニャ夫君がさよならしても幸せに暮らしていくこと。
決して心配はさせないように。
ちゃんと頑張っていくから。
これはフニャ夫君がいなくなったから寂しい悲しいはあっても。
フニャ夫君がいてくれたからこそ、いてくれたという事実があるからこそ、
ずっと幸せに暮らしていくようにするから。
ちゃんと頑張っていくから。


最後に。
フニャ夫君を火葬しに行くときに
前の家に立ち寄り、庭に咲く花を集めて。
車の中で流した曲を。


大好きな大好きなフニャ夫君。
出会って7年。おそらく少なくとも8歳か9歳。
本当はもっといてほしかった。
7年間本当にありがとう。
そしてお疲れ様。
お仕事も本当はあるかもしれないけれど、ゆっくり休んでね。
本当にいてくれてありがとう。
イメージ 1

                                                                           イメージ 3
ほんまお久しぶりです。
かれこれ一年近く???ご無沙汰でした。

去年、とうとうPCが、『半』ご臨終いたしまして〜。
コメントとかそのまんまで野ざらしで気にはなっておりましたが、
気がつけば日々が過ぎ行き…この度。
やっとPCを新調いたしまして、さらにさらに。
なんと私専用のノートPCを購入いたしました。

もうこれでPCが空くのを待ったり、書き込み待ちしたり、
iPod待ちをしたり〜が無くなりました。

いやはや最近のPCはすごいですね〜。
立ち上がりは速いし、表示も速いし、しかも無線ウフフ。
どこでもウフフで快適ネット環境になりました。

まだ使い勝手というものがいまひとつ飲み込めていないのですが、
まあこれもぼちぼちで行こうと思っております。

しばらくお留守にしてまして皆様にご心配かけましたことをお詫びいたしますね。


さて。
去年の出来事をちょっくら。

いつもならば元気にやっちょりました〜って書くところなんですけど、
元気が元気でもいろいろありました。

まず〜今年94になろうかという祖母が事故でいまだ入院中なんですわ。
しかも身内が運転する車に同乗していての、
運転手の居眠り運転の自損事故なんです。
幸いシートベルトをはじめエアクッションもあったので、
外見は無傷だったんですけど、
鎖骨やら内臓やらに衝撃が〜。
なんとか復活は出来そうみたいですが、年が年だけに。

あと旦那ポリープ切除する!!事件。
健康診断で血便…ほんの少し潜血があるということで、
大腸の内視鏡入れたところ、ポリープが発見されまして、
その場でチョッキンと切除したんですが、
病理検査というんかな〜ちゃんと調べたら
悪い子〜悪性がんの芽だったらしく〜。

たまたま膵炎やら糖尿病でかかりつけの病院があるがゆえ〜
主治医の岡田先生から
「40過ぎたら、いっぺんは突っこまな〜。」ってアドバイスにより…一念発起!
もし健康だったらたぶん健康診断でひっかかったくらいでは
おそらく検査は受けなかっただろうし〜。
しかも潜血は単に踏ん張った結果ちょっと出ただけで、
潜血がポリープの原因ではなく、
たまたま内視鏡入れたらポリープ見つかった〜てことで。

もう少しで「サヨナラ」になってしまうとこでした。

この二つが大きな事件で、結果なんとかセーフ〜な事件でした。

私のほうは、コレストロール高め〜で通院することとなり、
なんだか健康面がクローズアップされた年でした、ホント。


そうそう。フニャ夫君とチロちゃんは元気ですよ〜。
現在はストーブの前で仲良くしてはります。

では、今年もぼちぼちとよろしくお願いしますね〜。

一体何から書いたらいいのか…大変な事になりましたね。
としか、言えない!!

書き始めては書き直し書き直し。
言葉になりません。

あの日、お仕事中で、あともう少しで休憩だなあ〜と思っていたらあの地震。
ちょうどモニターを見ながらの細かい測定中で、画面が大きく揺れるので、
機械がおかしいかな〜と上司の方へ向いて報告しようとしたら、
同じくモニター測定していた上司の方から、
「地震だよな?」
と聞かれたとたん、体で揺れを感じました。
大きな大きな船に乗っているような揺れで、私は
「これは、でかい、遠い!あかん!」
と叫んでいました。
こちらの震度は3程度だったのですが、揺れの幅の大きさから、
遠い、ゆえにでかい、大変だと思ったのです。

関西淡路の時に私の居た場所は震度4で、細かく強い揺れでした。
神戸や西宮方面に親類がいて、被災したのですが、
あの地震直後、テレビをつけてもたいした被害がないように見えて、
その後、えらいことになってる!って判ったのですけど、
今回は仕事中で、
しかも仕事場には私物を持ち込んではいけないクリーンルームで作業をしているので、
休憩中に震度と地震が起こった場所がわかった程度で、
そのあと、普通に仕事を終らせて、
同僚と「すごい地震やったね」「すごいゆれた」
「〇〇さんが、どうやら震源地えらいことらしいっていうてたで」
「〇〇さん、車で出てたらしいしラジオで聞いたんかな〜」
「〇〇さんは運転中で全然気がつかなくて、ラジオで判ったらしいけど、
PCの仕事だからさ、見れたんとちゃうか?」
とかいいつつ、
家に帰ってテレビをつけて呆然となりました。
えらいことどころやない。

もうなんといっていいのか判りません。

でも、こちらでは普通に暮らせて、
土日明けて普通にお仕事で、
でも事態はひどいことに原発の問題まで。
同じ日本で起こっているのが信じられない思いです。


最近になって、米やら水やら電池やらカセットボンベなど売り切れやら、お一人〇本までになりました。

こっちでは節電もあまり意味がないそうで、物資も送るのも大口が窓口で、
ドコで物資を送ってくれるのか探したり。
事実上、募金しか出来る事がない。
はがゆいです。


そういう事態だのに、昨日温泉にいってきました。
予約をしていたし、被災地でもないのにキャンセルするわけにもいかず。

今年に入って、お仕事がすごく激務でした。
地震がなければ今回の記事で書こうと思っていた話です。
その激務のなか、インフルエンザで倒れる人がいたり、
身内の方で体調を崩されて、遠方の実家に帰る人がいたり、
ご不幸ごとがあって、お休みされたり、
他の部署から救援あったものの、その方もインフルエンザで倒れ、
気がついたら、何もないのが私一人。
いつ寝てるか判らないくらい忙しく、
二月の半ばあたりでやっと通常に戻り、
仕事量も三月には落ち着きそうということで、
ちょっと久しぶりに友人と温泉に行こう〜ってなったのでした。

なんだか、複雑な気持ちのままとりあえず温泉を堪能してきました。
今、長浜はNHK大河ドラマでイチオシの観光地になっています。
行ってきたのは長浜の温泉なのですが、
色々史跡やイベント会場を回るバスチケットもついていたので、
そのバスにも乗る事にしました。

元々連休ということもあって、バスは満員。
そのバスが信号で止まった時、
消防車色のトラックや、消防車関連の車が連なって隣のレーンに並びました。
大阪ナンバーの消防車色のトラックには「衣料」とか書かれた箱が積みきれないほど積載されていました。
助手席の消防士のお兄さんが運転席のカーナビを色々操作してまして。

私が乗っているバスの運転手さんが窓開けて
「高速乗るんやろ?あっちや!」
と声をかけました。
消防士の兄ちゃんはありがとうございますと返したとき、
バスの中から頑張ってね、とか色々声が聞こえました。
兄ちゃんは聞こえたのかどうか軽く会釈してくれました。

私も頑張ってと言っていました。


この記事が適切なのかどうか判りません。
でも、一刻も早い復旧と復興をお祈りします。
そして、これ以上ひどいことにならないように。

ものすごくお久しぶりになります〜って何回目なんやろ…。
前回は夏の終わりやった…とにかく明けましておめでとうございます。

ちょくちょく覗こうかなあ〜と思いつつあっという間に年明けてお正月…。
今回は今年…いや、去年の総まくりをしようかなあと。

去年の我が家のビックニュースといえばもちろん
「私のお仕事が決まる」
でしょうねえ〜。

あのリーマンショックでサクッと仕事が終ってから約一年くらい…。
本当に仕事の募集ってのが冗談ナシで何にもなかったっていう(笑)
何回か面接にも行きましたが、行った企業の中で、
「今までも募集かけても一人二人くらいしか来なかったのに、
今回は一人の募集に三十人以上も…本当に面接に忙しくて…」
というような状況の所もありましたっけ。

それが、なんの妥協もせずに望みどおりの条件でお仕事が決まったのは、
もう一発逆転、ものすごくラッキーでした。
しかも環境も良いし、誰でも一度はどないしようかなあ〜っていう人間関係も問題なし。
唯一、時給がかなり低めというのが少し残念なところではあったものの、
通勤が徒歩という楽さがあるからには気にならない部分だったけど、
その時給も、先日大幅にUPしました。全員…。
個人的には、まったく技術が追いついていない状況なのに、
いいのかしら?こんなに上がってしまって…。
とにかく幸運な年でした。

その他あった出来事といえば、
旦那のお仕事シフトが変更になり夜勤が加わって、
結果、A1Cが二桁になったり、
健康診断に引っかかったり〜の出来事。
まあそれも血糖値は最近収まりつつあるし、
健康診断の再検査も、まだ結果は聞いてはいないけど、
問題の箇所については、手術痕をニッシェと見たのではないかとかのことで、
おそらく問題なさそうな気配…。

健康診断の欄に『ニッシェ様』と書いてあったので、
会社か何かの名前だと思い、「ニッシェさまって書いてある」
と岡田先生に言ったら、
「ほう、なんかただれてるんかなあ〜」
とおっしゃり、名前だけで判るのってすごいなあと思い、
「それだけで判るなんてすごいなあ〜」
と思わず言ってしまったところ、
「そ〜りゃ僕、専門家やから〜」
と大笑いで突っ込まれ赤面のワタクシ…。
『ニッシェ様』とは『ニッシェよう』と読むとは知らなんだ。

あと、夏、本当に暑かったせいか、ダニノミ事件と重なって、ガス問題。
風呂に入ってシャワーで頭を洗っていると勝手に電気が切れて、
お湯が水になってしまう事件…。

ガスの給湯器そのものが元々古いのは判っていた為、
『早速買い替えか〜!』
と心配しましたが、夏の暑い時期を越えると、勝手に消える事件が少なくなり…
とりあえずしばし負担をかけないように様子を見ているところ…。

前の年に購入した中古車のローンが夏の終わりまであったこともあって、
いやおうナシに様子をみることにしましたが、
今のところなんともなさそうな…いずれは買い替えは考えないといけませんけどね。
しかし、地デジ化も考えないといけないので…
なんとかテレビ問題のあとにガス給湯器を持っていきたいなあと。

そうそう。この大晦日大雪でしたよね〜。
ウチもものすごく積もりました。
キケンだと思うのか、人も車も少なかったので、
思い切って大型ショッピングモールに出かけました。
睨んだとおり、お客が少なくてラッキー!
(お店の人にとっては最悪の大晦日だったかも〜???)
電器屋でちょっとテレビをゆっくり吟味しようと思ったら〜…。

地デジって雪に弱いんかなあ〜???
『受信できません』というテレビだらけで見比べそのものが出来ませんでした。
もしかして、地デジって受信が最悪なんじゃ…。
気象条件で左右されるってあんまし良くないと思うんだけどな〜。
特に異常気象で情報が必要そうな時には。
案外ケーブルテレビとかに加入するほうが確実に視聴できるんじゃないかなあ〜?
そうなると、もう地デジ対応のテレビそのものを買うより、
ケーブル加入やら受信機みたいなので充分やったりして。

そうそう。購入したものといえば、まずはベッドとパン焼き機。
パン焼き機はまだそんなに活躍はしてませんが、相当いい感じ。
本当に材料を入れるだけで出来るのかなと思ったけど、
当然ながらちゃんとパンは焼きあがり、ちょっと感動!
ベッド購入によって、今までニャンダー室(猫トイレと猫タワーと荷物部屋)だったところに、
私のベットが搬入!
やっと自室で寝ることができるようになりました。
旦那の部屋にもロフトタイプのベッドが入り、お部屋が幾分か広くなりました。
あとは本棚を待つばかり。

小さなものとしては、スチーム料理の入れ物。
これはかなり使えますね〜。
オーブン料理にも使えるとのコトで、これもホンマかな〜と思いましたが、
出来上がりも使い勝手も納得の品。
あと顔のコロコロ。
実はコレ、前から興味あったのですが、
あんまりにもアホらしいような気がして…でもどうやらエエらしい。
何より、フニャ夫君やチロちゃんがやたらお気に入りで、
自分の顔はさておきニャンダーズにコロコロしております。
どうやら、とても気持ちがいいらしく、私がコロコロしてくるとやってくるんですよ。
してくれ〜って…。
きっとすごく良いのは間違いないのでしょう。


購入したものはあと私専用のipodとか〜。
これは今年迎える結婚10周年記念の宝石のかわり〜(笑)
『結婚10周年でダイヤモンドやて〜』という何気ない言葉から
なぜだか『ipodやったらエエで』ということで購入と相成りました。
なかなか使い勝手がよく、アイフォンとかもエエかなあ〜と思うように…。


全体として、去年はとてもエエ年でした。
お仕事ですんごく大変で、旦那もシフトが変わって大変で、
更に、40という節目で介護保険もあるし、
ちょこちょこ親族で不幸事もあったしで、なんやかやと
慌しい一年だったのは間違いないけれど、
全体としては旦那もニャンダーズも私も健やかでとてもいい年でした。
こんな日がずっと続くといいなあとしみじみ感じた年でもありました。

願わくは今年もエエ年でありますように。
そして皆様にとってもエエ年でありますように。

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