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ネットで別所哲也さんが結婚し、子供ができたことを知りました。 お子さんは10月出産予定でしたが早産で産まれたらしく1100gだそうです。 このニュースを読んで、私も昔の事を思い出しました。 私の長女と次女も超未熟児で生まれました。 長女は27週、次女は33週のときでした。 とくに長女は、妊娠7ヶ月に入ったばかり。 そして別所さんのBABYと同じぐらい小さい1026gで生まれました。 あの当時は初めての妊娠、出産で戸惑うことばかり。 なので今の別所さんの気持ちがわかる気がします。 幸いなことに、今は長女も次女もすくすくと育ちサッカーをしているぐらい元気。 出産の経緯を知ってる人が見ると驚くと思います。 別所さんのニュースでは産気づいた奥さんを救急車で搬送するとき、 受け入れ先がなかなか見つからなかったとのこと。 時々、こういうニュースを見ると医療体制が不安になりますね。 でも、無事出産し今はお子さんもNICUへいるとの事。 まだ、子供を抱くことはできないけど、体を触ると暖かかったと書いた記事を読んで、 ほんとうに自分の事のように思い、涙しました。 私も、かかりつけの産婦人科にはNICUがなくその時の、担当医が あちこち連絡し、やっと県立病院へ搬送されました。 わが子が産まれても、すぐには抱っこできなくてとっても辛かったのを覚えています。 それに別所さんの奥様はアメリカ国籍でまだ手続き中だとか。 私も国際結婚ということもあり、結婚の手続きに時間がかかっていて まだ完全には終わっていませんでした。 それでも主人の上司やNavy Hospitalの方の協力により、 生後12日目に県立病院からNavy Hospitalへ移動しました。 そこで、初めて日本とアメリカの医療の違いを知りました。 出産後、日本の病院では医療を優先という立場からか、 子供を抱くことはできませんでしたが、 軍病院へ移動してからは、カンガルーケアーを大事にしていたため、 すぐに抱っこし、母乳をチューブでですがあげることができました。
★★パパが抱っこし、母乳をあげる様子★★
(今はどうかわかりませんが、あの当時は) そして東アジアでもNICUは沖縄にしかないそうで、軍人の方と結婚し、 低体重で産まれた子供達があちこちから来ていました。 私が娘を産んだ当時には、横田や横須賀、そして韓国の軍病院からも 搬送されてきた子供もいました。 (あの当時の子供達はみな元気だろうか?) 私たちの娘のように、超未熟児で生まれた子供達は、一昔前なら 助からなかったかもしれない。 でも、今は医療の技術が進歩し、本当に感謝です。 こうやって、日本とアメリカの病院にて救われた小さな命が 今は元気いっぱいに育っています。 別所さんのニュースを知り、今、当たり前に私の前にいる娘が 元気でいることは本当に感謝するべきことなんだと改めて感じました。 ありがとうございます。 そして、1日も早く別所さんと奥様がわが子を抱けるように、
そして家族3人で一緒に暮らせる日が1日も早くきますように影ながら祈っています。 |
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ウワ。。すっごい写真だ!!!すごいね〜涙が出ちゃう。。で、そのあとにあの、スーパーサッカーの写真見ると、なんか。。。人間の、子供の生命力のすごさに脱帽したよ。。。なんか、パパもママも若い(笑)で、本当に小さいんだね(涙)。。でも 今が信じられない。。。素晴らしいね。。ぽち
2009/8/8(土) 午後 6:34