GO!GO!Bびんご〜今朝のひとこと&徒然エッセイ

経済・政治・社会・建築の気になる話題を独自の視点からチェックします。

レディオBINGO 地域

[ リスト | 詳細 ]

レディンオBINGO 福山FM777 GO!GO!Bびんご〜(AM 7:00〜AM 9:00) 
金曜日パーソナリティーの小林和浩の今朝のひとこと(毎週金曜日 朝7:30放送)
記事検索
検索

全1ページ

[1]

今週の火曜日(4月11日)に「協働のまちづくりシンポジウム」が開催されました。これば、㈳福山青年会議所主催で行われ、500人近くの人が会場に集まりって、大変有意義なシンポジウムとなりましたので、そこから少しお話をしたいと思います。
シンポジウムでは、羽田市長と福山JC理事長、そして、各再開発事業の地元トップをパネリストとして迎え、コーディネーターとして、日本政策投資銀行地域企画部参事役のもたに藻谷こうすけ浩介氏という方が入られて進められました。その藻谷さんという方が、浜松・大分・倉敷などの他都市のいろんな開発や駅前の問題点と福山の駅前再開発の問題を比較しながら、パネリストと意見交換をしていくものでしたが、大変わかりやすくまとめられていました。
どうも藻谷さんのお話では、「今のような計画だけでは、ちょっと再開発が成功するのは、難しいのでは・・・。」という感じでした。高い建物よりも、人が平面を歩けるまちが、にぎわうのだと言うお話だったようです。広島のシャレオのように、地下街や地下道に人を追いやって、地上の交差点を人が動けないようにすると、人の流れが減ってしまい、にぎわいがなくなってしまう。渋谷駅前の交差点のように、車と人がごたごたしている方が、面が繋がり人出が多くて、商業も発展するというお話もありました。また、いろんなまちを見ると、にぎわっているエリアは、大型店があるところではなくて、個性的で平面に新しい感覚の商店が集まったエリアだというお話もありました。私も、「なるほどなあ。」と感じましたが、リスナーの皆さんは、どうお感じでしょうか?
私から一つ、このシンポジウムで話にでなかったことで、ぜひ、再開発を担当されている方々に、考えていただきたいことがあります。それは、再開発と観光の関係です。
福山の商店街が閑散とし始めて、久しくなりますよね。郊外型のショッピングモールやレストランが増え、商店街に行く必要がなくなったし、商店街は、車を止めるのに不便だということは、時代の流れで仕方のないことなのかもしれません。特に、日常生活品は、郊外店舗で駐車場があるところが便利ですし、価格の安いものも溢れるくらい揃っています。
ところが、例えば、神戸・広島・福岡などは、まちがにぎやかですよね。なぜなんでしょう。理由は簡単です。大きな都市ということもありますが、魅力的な場所として、昔からより多くの人がより遠くから訪れているからだと思います。私の知人には、2連休のたびに大阪や神戸に出て買い物をする人がいますし、若い人は、日曜日に福山を出て、近場の行楽地や広島・倉敷・岡山に出てしまいますよね。「商店街の人は、福山の人にもっと市内特に、商店街にきてほしい。」とよく言われます。
そこで、考えていただきたいことがあります。それは、お客様としてのターゲットを、福山の人ではなくて、他のまちの人とすることです。観光客・行楽客を福山に呼び込んで、商店街で買い物をしていただくしくみ・仕掛けをつくるということです。
今の時代を考えてみると、夫婦共働きが多いですよね。そうすると、休みの日には、近場でもいいからどこかに出かけたいという夫婦やカップルが多いわけです。そんな人たちは、平日の買い物、日常生活品の買い物は、市内郊外の便利なお店で買い物をし、商店街には中々足を運ぼうとはしません。土日は、広島や倉敷・岡山に行きますし、時には、神戸・大阪・東京へも行くわけです。休みの日には、非日常を感じたいと思っているから、どうしても福山から外に出る人が増えてしまうのではないかと思います。
じゃあ、商店街はどんなお客様をターゲットにすればいいのでしょうか? 個人的な意見ですが、福山郊外の人・近隣都市に住んでいる人、そして、市内中心部のお年寄りではないかと思います。
福山の商店街が閑散としているのは、福山に来る人より、福山から出る人の方が多いからだと思うのですが、どうでしょうか? 福山に来る人を増やすには、今、改めて、福山が観光都市を目指すことが大切なことだと感じます。福山には、この番組でよくお話をしているように、鞆のようにすばらしい観光財産があります。鞆をもっと快適な空間、例えば、海を見て食事ができる場所であるとか、シーフードレストランなどカップルや家族が、ゆったりできるところを増やせば、団体旅行客だけでなく、近場の広島や倉敷岡山などからも、観光や行楽で福山に来る人を増やせるのではないでしょうか? 福山全体でもっと観光を考えて、また、駅前の再開発も、地元の便利さや、地元の買い物客をターゲットにするのではなくて、倉敷や広島、できれば大阪や神戸の人をターゲットに、個性的で魅力で、観光客を呼び込めるような再開発ができることを、願いたいと思います。

GOGOチェック(2006-4-14)

多くのリスナーの方もニュースなどでご存知かと思いますが、福山駅前は、今再開発の計画がいろいろと煮詰まってきています。福山駅前のバスターミナルと道路のエリア→ここは、バスターミナルが駅前の中央に移動して、駅前道路南から駅に来る迎えの車が地下にスロープでおりてUターンして駅前通を帰れるようになります。つぎに、福山駅南口の西からのアプローチ道路は、既に工事に入っていますが、駅の乗降客をピックアップする補助的な役割で、西から駅にアプローチできる場所で、その地下には、有料自転車置き場がきます。、そして、伏見町再開発(駅南口の東側、駅前の交番やピカデリーの映画館を含む一体)は、40階建ての高級マンション棟とホテル棟のほか、多数の店舗や1000台の立体駐車場も計画されていて、時間消費型スペースとなるようです。もう一つは、いわゆる繊維ビル東桜町の再開発ですが、こちらも21階建てのマンションや大型店舗クリニックモール、駐車場などが完備されるようです。

今年の夏は、毎日大変暑いんですが、1945年(昭和20年)の夏は別の意味で大変熱かったということは、リスナーの皆さんさんもご存知ですよね。福山市民として忘れてはならないことは、終戦の8月15日前の8月8日に、福山は空襲を受けて市内が焼け野原になってしまったということですよね。アメリカのB29 91機が南から北上して市街地に焼夷弾を落とし市街地の8割が焼失しました。毎年8月8日には、元市民会館のあった中央公園の母子三人像で、「福山空襲戦没慰霊式」が行われています。
8月8日の福山空襲の日と同時に忘れてはならないことは、福山の今の緑町公園のところに、歩兵第41連帯というのがあったということと、10代20代が大半のその連帯は、フィリピン・レイテ島へ出兵して米軍と激戦し、連隊長以下2300人がほぼ全滅したということです。フィリピンのタクロバン市が福山市と友好都市となったのは、タクロバン市がレイテ島の州都であり、こういった背景があるわけです。1980年10月19日に友好都市となったということですが、タクロバン市では、毎年10月20日にレイテデー(平和の集い)が開催され、戦没者の慰霊が行われているということです。YMCAは、レイテYMCAと福山YMCAが姉妹関係にあって今でも交流が重ねられているそうです。3年前に亡くなりましたが、福山市内に、土肥さんという方がいらっしゃいましたが、土肥さんは、亡くなる直前まで元厚生省の連隊遺骨収集団に同行され、毎年のようにフィリピンに戦友の骨を拾いにフィリピンを訪問されていたそうです。土肥さんは、昭和60年にフィリピンのタクロバン市の名誉市民にもなられています。福山市とフィリピンのタクロバン市が姉妹都市であることもリスナーの方は是非知っておいて頂きたいと思います。福山市とタクロバン市の交流が続いていないのは大変残念なことだといえると思います。
先月6月(2005.6)に「ばらオーナー会」が緑町公園で、老人福祉施設のお年寄りを招いたところ、その中に元福山41連帯の方(加藤国憲さん 87歳)がいらっしゃって、ローズヒルの頂上でばら見をした後、みんなの前で歌を歌わせてほしいとおっしゃられました。
加藤さんが歌われた歌は、41連帯の連帯歌だったのですが、元気よく歌われたのが印象的でした。8月は終戦の月ということで、新聞・テレビ・ラジオで日本の戦争の歴史に触れる機会は多いと思いますが、地元福山にも福山歩兵第41連隊の悲劇の歴史があり、現在その跡地は、ばら花壇ローズヒルがある緑町公園であるということ、また、そういった歴史の上に今日の福山があるということを教育も含めて後世に伝えていく必要があると感じます。

私が副会長をさせていただいている「Rose for Peace折りばらの会」が昨年より「福山空襲戦没慰霊式」において中央公園母子三人像に折りばらを献納しているのは、こういった戦時中の福山の先輩方に敬意を表するものなんですが、ぜひ、福山市内の多くの方々、特に子供たちにこのことを知っていただき、折りばらの献納の環が広がれば、福山らしい平和都市の事業になるのではないかと思います。
以上、今朝のニュースな言葉は、福山の夏・忘れてはいけないことでした。

このコーナーで、よく「福山市の観光をもっと育てよう。」という話をしていますよね。「経済的にも外から沢山の人が来れば、大きな経済効果がある。」といわれていますが、東京や大阪など国内からだけでなく、海外からも沢山の人が訪れるようなまちになれば、まちも潤うばかりでなく、雇用・働く場所も増えますし、まちもきれいになるし、楽しいまちになることは、他の観光都市を見ても明らかですよね。
こんな話をすると、「福山に観光なんて・とか、見るところ、行くところがないじゃん。」って多くの人が思うようです。確かに福山市だけでは、福山城や鞆の浦など限られています。しかし、私は、他の地域ともっと連携がとれれば、充分海外からも人を呼べると思います。というのは、自分が旅行をする場合には、3・4日以上の中長期の旅行では、結構広いエリアを移動しますよね。北海道にいく場合にも、沖縄にいく場合にも、一つの市だけを観光する事はあまりありませんよね。札幌から函館まで行ったり、沖縄でもあっちこっちいくでしょう。石垣島・久米島などその間島に渡る事もありますよね。だから、広島に来た人、尾道に来た人、倉敷に来た人に福山によってもらうように考えていくことが、福山の観光を高める事になるんだと思うんです。もちろん、駅前・田尻・鞆の浦・内海(うつみ)の整備が必要だと思いますが、宮島・原爆ドームなどを持つ広島、美しい瀬戸内海の島々・尾道・倉敷などとの連携で、外からの人を福山に呼ぶことは充分可能だといえますし、江戸時代に海路つまり、港から港へ船で移動したように、港から港へと観光船を結べば、この瀬戸内海は、世界的な観光地にする事も夢ではないと思うのです。

福山は、歴史と文化が本当にあるまちですよね。鞆が、「万葉の時代から潮待ちの港として栄えた鞆の浦」「万葉集に歌を残す大伴旅人、中世の足利尊氏、近世の朝鮮通信使、そして幕末の坂本龍馬など、歴史上の人物の多くが鞆の港に立ち寄った。」という物語があることは、よく話されている事です。しかし、福山自体も江戸時代からある意味メジャーだったわけです。江戸時代、福山市の歴史は,1619年(元和5年)水野勝成が備後10万石の領主となり,福山と命名したのが始まりといわれていますが、水野勝成は,徳川家康のいとこ(父の姉が徳川家康の母)です。(ちなみに、妹は加藤清正の正室で清正は義弟にあたる。)現在の福山上の位置に久松城を築いて、芦田川河口デルタを干拓,芦田川の治水工事とともに城下町として整備し,その後,水野氏 5代,松平氏 1代,阿部氏 はんせき版籍ほうかん奉還まで江戸が続き,今日の福山の礎が築かれました。また、教科書で習ったペリー来航を機に、1954年日米和親条約を締結したのは、福山藩主の阿部正弘だということも福山人としては誇りをもてる話だと思うのです。水野勝成や阿部政弘、由来のお土産なんかもっと有名なものがあってもいいんじゃないかと思うのですが。
福山のばらの歴史においても物語があります。福山が戦後の焼け野原からの復興をばらに託して、今のばら公園のところに市民が1000本のばらを植えたことから、ばらのまち福山となった」という物語です。中央公園にある母子三人像の話、「折りばら」といった近代の歴史も文化だといえます。
伏見町や繊維ビル跡地の再開発が今計画されています。駅前の活性化は、そのまちを観光地にするしかないと思います。さて、今の計画の根っこで、福山の観光のことが、議論されているのでしょうか? どうも?です。

一石とは
江戸時代、米の量を表す単位として「石」という単位が使われました。
一石が約150キログラムになるので、小笠原家15万石は、約22,500トンの米が獲れたことになります。



また、二つ目は、「市民がその物語を知り、過去から未来へ伝えるために、自分たちが何をすべきかについて、考えることができるか?」ということです。ばら祭において、福山のばらの物語を踏まえて「折りばら」や「ばら見」などのように今できることをして、広く市民にメッセージを伝えることをしていこうという動き・ムーブメントは、まさに、地域文化を育てることの一歩だと感じます。「鞆」においては、政治的な問題で、今はちょっと足踏み状態のようですが、後で後悔しないように、先程お話しをしたように、今はじっくりと「市民がその物語を知り、過去から未来へ伝えるために、自分たちが何をすべきかについて、考えることができるか?」ということを問う時期なのではないかと思います。その際、解決のヒントは、木村尚三郎先生がおっしゃっているように、「よそ者の意見を聞いてみる。」ということではないかと思います。

木村先生はおっしゃっています。 以前にこのコーナーで、地域文化を育てる要件として、文明学者で有名な東京大学名誉教授の木村 尚三郎先生が「じょ・ろう・がい」の町づくりが大切であるということ、つまり、ジョというのは、女性で、女性にとっては美しいまちが、ロウというのは、老人で、老人には安心できるまちが、そしてガイというのは、外人であり外人には分かりやすいまちというお話をしました。そして、「地域文化を育てるには、よそ者を排除してはならない」ということをお話しました。よその人からいろいろ言ってもらったり、外からの刺激がないと、文化は向上しません。自分のところの文化はよそ者には絶対に分からないだろうなんていう考えでは発展がないのです。「ばら」や「鞆」についても、福山の地域文化として私たちが、もっと意識して、誇りを持つべきであり、育てていくためには、もっと幅広い人(つまり、外のたくさんの人)の関心を高めて、多くの意見交換をすることが大切じゃあないかと思います。木村先生のおっしゃっている「じょ・ろう・がい」のまちづくりを念頭に観光のまちを番組を通じてでも、議論を深めて行きたいですね.

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事