|
このコーナーで、よく「福山市の観光をもっと育てよう。」という話をしていますよね。「経済的にも外から沢山の人が来れば、大きな経済効果がある。」といわれていますが、東京や大阪など国内からだけでなく、海外からも沢山の人が訪れるようなまちになれば、まちも潤うばかりでなく、雇用・働く場所も増えますし、まちもきれいになるし、楽しいまちになることは、他の観光都市を見ても明らかですよね。
こんな話をすると、「福山に観光なんて・とか、見るところ、行くところがないじゃん。」って多くの人が思うようです。確かに福山市だけでは、福山城や鞆の浦など限られています。しかし、私は、他の地域ともっと連携がとれれば、充分海外からも人を呼べると思います。というのは、自分が旅行をする場合には、3・4日以上の中長期の旅行では、結構広いエリアを移動しますよね。北海道にいく場合にも、沖縄にいく場合にも、一つの市だけを観光する事はあまりありませんよね。札幌から函館まで行ったり、沖縄でもあっちこっちいくでしょう。石垣島・久米島などその間島に渡る事もありますよね。だから、広島に来た人、尾道に来た人、倉敷に来た人に福山によってもらうように考えていくことが、福山の観光を高める事になるんだと思うんです。もちろん、駅前・田尻・鞆の浦・内海(うつみ)の整備が必要だと思いますが、宮島・原爆ドームなどを持つ広島、美しい瀬戸内海の島々・尾道・倉敷などとの連携で、外からの人を福山に呼ぶことは充分可能だといえますし、江戸時代に海路つまり、港から港へ船で移動したように、港から港へと観光船を結べば、この瀬戸内海は、世界的な観光地にする事も夢ではないと思うのです。
福山は、歴史と文化が本当にあるまちですよね。鞆が、「万葉の時代から潮待ちの港として栄えた鞆の浦」「万葉集に歌を残す大伴旅人、中世の足利尊氏、近世の朝鮮通信使、そして幕末の坂本龍馬など、歴史上の人物の多くが鞆の港に立ち寄った。」という物語があることは、よく話されている事です。しかし、福山自体も江戸時代からある意味メジャーだったわけです。江戸時代、福山市の歴史は,1619年(元和5年)水野勝成が備後10万石の領主となり,福山と命名したのが始まりといわれていますが、水野勝成は,徳川家康のいとこ(父の姉が徳川家康の母)です。(ちなみに、妹は加藤清正の正室で清正は義弟にあたる。)現在の福山上の位置に久松城を築いて、芦田川河口デルタを干拓,芦田川の治水工事とともに城下町として整備し,その後,水野氏 5代,松平氏 1代,阿部氏 はんせき版籍ほうかん奉還まで江戸が続き,今日の福山の礎が築かれました。また、教科書で習ったペリー来航を機に、1954年日米和親条約を締結したのは、福山藩主の阿部正弘だということも福山人としては誇りをもてる話だと思うのです。水野勝成や阿部政弘、由来のお土産なんかもっと有名なものがあってもいいんじゃないかと思うのですが。
福山のばらの歴史においても物語があります。福山が戦後の焼け野原からの復興をばらに託して、今のばら公園のところに市民が1000本のばらを植えたことから、ばらのまち福山となった」という物語です。中央公園にある母子三人像の話、「折りばら」といった近代の歴史も文化だといえます。
伏見町や繊維ビル跡地の再開発が今計画されています。駅前の活性化は、そのまちを観光地にするしかないと思います。さて、今の計画の根っこで、福山の観光のことが、議論されているのでしょうか? どうも?です。
一石とは
江戸時代、米の量を表す単位として「石」という単位が使われました。
一石が約150キログラムになるので、小笠原家15万石は、約22,500トンの米が獲れたことになります。
また、二つ目は、「市民がその物語を知り、過去から未来へ伝えるために、自分たちが何をすべきかについて、考えることができるか?」ということです。ばら祭において、福山のばらの物語を踏まえて「折りばら」や「ばら見」などのように今できることをして、広く市民にメッセージを伝えることをしていこうという動き・ムーブメントは、まさに、地域文化を育てることの一歩だと感じます。「鞆」においては、政治的な問題で、今はちょっと足踏み状態のようですが、後で後悔しないように、先程お話しをしたように、今はじっくりと「市民がその物語を知り、過去から未来へ伝えるために、自分たちが何をすべきかについて、考えることができるか?」ということを問う時期なのではないかと思います。その際、解決のヒントは、木村尚三郎先生がおっしゃっているように、「よそ者の意見を聞いてみる。」ということではないかと思います。
木村先生はおっしゃっています。 以前にこのコーナーで、地域文化を育てる要件として、文明学者で有名な東京大学名誉教授の木村 尚三郎先生が「じょ・ろう・がい」の町づくりが大切であるということ、つまり、ジョというのは、女性で、女性にとっては美しいまちが、ロウというのは、老人で、老人には安心できるまちが、そしてガイというのは、外人であり外人には分かりやすいまちというお話をしました。そして、「地域文化を育てるには、よそ者を排除してはならない」ということをお話しました。よその人からいろいろ言ってもらったり、外からの刺激がないと、文化は向上しません。自分のところの文化はよそ者には絶対に分からないだろうなんていう考えでは発展がないのです。「ばら」や「鞆」についても、福山の地域文化として私たちが、もっと意識して、誇りを持つべきであり、育てていくためには、もっと幅広い人(つまり、外のたくさんの人)の関心を高めて、多くの意見交換をすることが大切じゃあないかと思います。木村先生のおっしゃっている「じょ・ろう・がい」のまちづくりを念頭に観光のまちを番組を通じてでも、議論を深めて行きたいですね.
|