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私の社会人生活スタートの場所、南武線:武蔵新城。ここに会社の寮がありました。 この新城には最初から不思議な縁がありました。 まず私の母が九州から上京して最初に暮らしたのが同じ武蔵新城。 それから学生時代から付き合っていた妻の自宅に一番近い会社の寮が新城寮。 一応全国ありとあらゆるところに配属される可能性があって、でもなぜか30分もかからない場所に 暮らすことになったわけです(結果、「ごぉ〜る!」)。 武蔵新城近くにはいくつかの大きな商店街があります。 特に駅南のアーケード街は隣接するマルエツやSEIYUと比較しても全く劣らない いや、どちらかと言うと勝る商店街です。 一方で駅北側には「はってん会」という商店街がありますが、発展していませんでした。 寮はこちら側にあったので毎日通るわけです。良く立ち寄ったのは「レコード(→死語)屋さん」。 当時、森高千里がブレイク直前で(ミニスカートで17才を歌っていました)、お金持ちの同期の 部屋でコンサートのレーザーディスク(→死語)を見ておりました。 その商店街に「シマ食」という食堂がありました。 普通の家庭料理を食べることのできるお店。 初めての一人暮らしの中で、一番大切な食生活を守ってくれたお店です。 ご夫婦で切盛りされていましたが、昼の一番忙しい時間に良く「夫婦喧嘩」をして、奥様が 出て行っちゃうんです(20分くらいすると帰ってくるのですが)。 私の一番のお気に入りは「ナス焼き」。ここでナスが食べることができるようになりました。 結婚してからも武蔵新城で暮らしていたのですが、子供ができて妻が家事に大変なときも ここに来ていました。 今日はここで部下が「飲み会」を開催してくれ、約20年ぶりの訪問となりました。 はってん会はちょっと発展。レコード屋はなくなっていました(あのマスターどうしたのかな?)。 実は部下が昨日電話して予約してくれたのですが、本当は「定休日」だったそうです。 でも事情を説明したら「ぜひきてください。お店を開けて待っています。」と。 少し遅れてお店に到着。緊張しながら扉を開けたら 「おひさしぶり!」 の声。あまり昔と変らない旦那様の顔がありました。 そしていつもベソかきながらお店を出て行ってしまう奥様にも再会。 思わず涙が出てしまいました。 店内は改装されていました。またメニューもかわった気がします。 ところが、当時の料理を次々と出してくれたのです。どれもこれも懐かしい味。 (最高に懐かしかったのが「ハムエッグ」。キャベツが隠れている独特の姿は当時のまま) なんか入社した頃の光景が次々と浮かびます。 あの頃の自分って・・・あひゃひゃひゃ・・・若かったなぁ。楽しかったなぁ。 帰りの新幹線で今はどうかと考えましたが、結構今も楽しいかなぁ。楽観的ですね。 ここが「はってん会」です。ちなみに「シマ食」は現在「手作りキッチン シマ」と改名されています。http://hw001.gate01.com/sunadokei/8tenkai/8tenMAP06.html そしてその「ご夫婦」。 今度は明るい時間にゆっくりあちこち訪問してから行きたいなと思います。 あ〜、しあわせだぁ。
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今夜は本体の人事部長と池袋でお呼び出しの呑み。。。
多分、目標設定の事で。。。何やら。。。(>。≪)ゾゾ
こう云うシチュエーションの場所っていいですよね。。。
2008/2/15(金) 午後 5:54
いいお話ですね。僕も社会人スタートした寮近くへ散策をしょうかなぁ。(笑)
2008/2/15(金) 午後 8:10
イコ太さま:それはたいへん!池袋というのがディープっぽくて◎です。
私の目標は「恙無く過ごす事」です。
2008/2/15(金) 午後 8:48
goodlifeさま:人の縁は大切だなと改めて思いました。時間が経つと意外なことに気づくかも知れませんよ。
2008/2/15(金) 午後 8:50
久々にコメントします。はってん会を通って通勤通学していましたよ。本当に発展しない商店街でしたね。昔はスタンプカードとかあったのですけど。入口の八百屋さんと本屋(みどりや)以外はなじみがありませんけど。。。
2008/2/25(月) 午後 4:08
トラックバックありがとうございます。私も87年から2年半、この商店街を通って通勤していました。新城駅の地上駅舎懐かしいです。踏切が鳴ってからダッシュしても電車に乗れましたよね。はってん会ではないですが吉兆というラーメン屋さんがなくなっていてショックでした。
2008/2/26(火) 午前 1:24