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人間の人格と写真

また、久々の投稿になりました。
 
年明け以来、長男の大学受験であちらへふらふら、
こちらへふらふら蛇行しながら日々を過ごしてきたので
いろいろな経験をさせていただきました。
 
さて、最近特に強く感じているのですが、
「多重人格」というキーワードです。
いわゆる専門病理用語で表される典型的な
症状とは言えないのだけれど…
 
人間は誰しも複数の人格をその心の奥に抱えているのでは
ないかなと感じられます。
 
特にそれは家族内の問題、長男の受験問題が一つの例ですが
兄弟の問題、親子の問題でも
「感情」が一つの引き金になって
「物わかりのいい人格」から一転
「攻撃的な人格」が表に出てくる。
そしてその次には嘆き悲しむ「弱虫の人格」へと
 
一日のうち3,4回転換するのではと思うくらいです。
 
それは、建物や写真を撮るときの感覚に似ています。
 
「太陽の光」や「角度」「風の強さ」や「木々、樹木のざわめき」が
絶えず変化する中で、「特別な一瞬」を切り取ろうとする時に
持つ
【無常の自然と人間】とでも言う感覚でしょうか。
 
そんなゲーム感覚で人間的な葛藤を遠い視点から
振り返ってみると、
「人間って、つまらないことで物事を決めつけようと
しているんだな。」と実感できます。
 
【無常の中に恒久の真理を求める】
 
偉そうなことは言えませんが、
目の前で起きる様々な事態には
このような考えの軸で対処していけばよいのではないかと
思います。

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元日の所感

あけましておめでとうございます。

しばらく投稿しなかった本ブログですが、
なかなか応援の対象になる「リアルな人材」と
遭遇できなかったこともあり、暫らくは応援対象探しが
トーンダウンしておりました。

元日だからというわけでもありませんが、
益々これから世界を視野に入れて新たな事業に
挑戦する日本人が必要になると感じています。

私が応援する立場をとるのは、今のポジションで
自分自身が世界に飛び出していくステージには
いないという自己評価もありますが、
何も先入観や偏見を持たない若年層の方が
行動力ははるかに持っているものと確信するからです。

ぜひ、今年は日本以外の市場で挑戦する或いは
海外の現地で自身の感性で見聞分析する若い挑戦者に
現れて頂きたい、と祈っています。

そのような跳躍する姿に触れられれば、私自身も勇気づけられ、
自分なりの新たな挑戦ができると信じています。
日本人は「歴史」について、どれくらい興味をもっているでしょうか?

学校で勉強する「教科」としての「歴史」は暗記が目的になっています。

暗記を目的とすると、「面白さ」が失われます。なぜ面白くないかと言えば

「単なる事象の記録」を正確に「回答する」だけの学問にしてしまうからでしょう。

本当は歴史は「複眼的に学ぶ」と面白いのに。

歴史は「無数の人間の生きざま」が集積してうねりや潮流を作るところに

感情を動かされる面白さがあります。ですからNHKの

「大河ドラマ」大作の映画、今人気の「坂の上の雲」などが人気を博します。

歴史上の人物、特に語り伝えられる「偉人や英雄」がどんな時に

どのような行動をとったか、その言動は今を生きる人間にとっても

大いなる「知恵の引き出し」となります。

自らいろいろな書籍を当り、今の価値観で歴史を読まず、当時の価値観を

想像することを良しとする。そんな歴史好きの若者を

私は応援します。

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私は決して外国語のプロ(通訳レベルの技術を持つ)
では無い。 でも、外国語を学ぶのは好きだ。

何故、好きかと言うと、外国語を習得すると
大勢の人が知らない情報を先んじて知ることができるし
発想や考え方の背景の違いを理解することができる。

あまり、人には言わないが、友人や知り合いが
「何故、(外国人の)は、〜みたいなことをするのかな?」
なんて疑問を持っている様なのに、自分だけがその理由を
知っている「優越感」を持てるのは快感ですらある。

私は小学校にいきなり入学していった「保育園・幼稚園」に
入らなかった子供たちなので、小学校での成績は暗記力に
頼っていた偏ったものだった。
でも、「英語」という科目は、みんな中学校から勉強を始める。
だから、授業が始まる前にもらっていた英語の教科書だけは
授業開始前にほぼ1冊読み終わっていた記憶がある。

英語に関しては「戦略的に」勉強する人を応援します。
戦略的とは「書かれている英語」「話す英語」から利用度の高い
情報を抽出するための英語学習ということです。

それにしても、今なお、英語ドラマのDVDを買ったり、英語教材を
買ったり、私の英語学習中毒はなかなか治らない。
要するに英語を含めた外国語学習は知性を刺激するからだ。

私は自営業者という分類で不動産業を日々行っていますが、

同じ自営業の方から、「ネット営業は如何ですか?」とか
「ブログやツイッターは営業への効果はどうなんでしょう?」
と良く聞かれます。また、同じ業界で例えば賃貸営業専門の方から
「売買仲介の動きは如何ですか?」「消費者過保護の方向へ
法律改正はどう影響があるんでしょうか?」とも聞かれます。

質問が質問だけに(つまらないので適当に)「そうですねー。」と
うなづくと、「やはり、まだ時期が早すぎますかね〜。」
「政策が偏りすぎますよね〜。」と環境や外部要因のせいにして
批判めいた発言に移っていきます。

どうも、こういう会話をする人たちは「認識できる世界がとても狭い」
中で仕事をしている様な印象を受けます。

ネットの世界でも「〜はどんなんですか?」みたいに学生口調で
DMを送ってきたりする方もいて、「オレは学生か、そもそも、
そんなに、あなたと馴れ馴れしい質問を受ける関係か?」と
びっくりする事も多々あります。

良く分からないうちに、こんな質問の受け答えをしていたのですが、
ある時、気がついたのです。
なんで、こういう質問をしてくるかというと、彼らは
アカウンタビリティ(自分の決定、行動に責任を持つ)を持っていないか
持とうとしていない事で共通しているようでした。

例えば、代理店の店長的立場にあるのに、本部の意向や指示に
100%沿って行わなければならない業務がほとんどである人や

会社組織の部門長であるが、他部門との連携や横断的な仕事には
興味が持てない人。
或いは中小企業の代表者の子息でNo.2という立場にあり、
真の意味でのアカウンタビリティや権限を譲渡されていない。
また、参謀的職責という意識もNo.1との間に共有されていない。

確かにそうです。組織の中の「立場」がリスクや失敗を許せない
土壌があるかもしれません。私も会社勤めをしていましたから、
組織の中の権限には限界があることも理解できます。

それでも、私は組織の中の人間であろうと、自分で責任を全て
とれる事業主という立場にいようと、言えることがあると思います。

スティーブ・ジョブスが言っているように
「みなさんに与えられている時間には限りがあります。
他の人の人生を生きて時間を無駄にしないでください。
他人の意見という雑音にあなたの内なる声をかき消されないように
してください。そして、一番大切なこと。どうか勇気を以て
自分の心と直観に従ってください。」というアドバイスです。

「間違い?」「失敗?」
現場に身を置いて、汗と泥と血まみれになっているのなら
構いません。自分の内なる声に従い、決断・行動していることなら
良いではないですか。
敬意を払われるべきは、言葉で批判する人物ではなく、
勇敢に奮闘して、間違いを犯し、失を繰り返す人です。

そのような人間ほど努力している、と言うことの証明です。

私は【間違いを犯し失敗を繰り返す人】を応援します。

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