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吉田城のことを調べていましたら、小さな城が周りにあることが分かりました。
三河・二連木城
三河・行明城
三河・牛久保城
三河・一色城
三河・赤岩城
三河・瀬木城
三河・伊奈城
三河・牧野城
三河・石巻山城
三河・森城
三河・月ケ谷城
三河・八幡村城
三河・野口城
お城といっても平屋立てだと思いますが。
赤岩城は赤岩寺のあるところです。
低い山になっている奥に城があったようです。今、城はありません。
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明治は七月一日からです。
吉田藩の役人たちが忙しかったようです。
七月十二日
「奥様八時過より埋御門外大川江御小舟ニ而御名流シ物被遊候」
大川というのは今の「とよがわ」です。まだ吉田藩ですので「とよがわ」とは言われていなかったようです。川に舟を浮かべて涼しんだということと思います。吉田城から夕方中州を見ますと金色に輝いて見えることから金色島(こんじきじま)と言われていました。
七月二十四日
「流行病気ニ付五社幵深川稲荷社江御祈祷被仰付」七月から流行り病が広がっていたようで家臣の身内も亡くなっています。
それで五社稲荷へ祈祷となったのです。
流行り病が何か書いてありませんが、夏ごろ流行るものってなんなのでしょう。
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