答他伊奈の小説庫

記事投稿期日、8月31日まで。

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吉田藩日記 5

吉田藩の時も瓦町、船町、呉服でした。

字の通り瓦を作っていた人たちが集まり、船が出入りした町であり、呉服店が集まっていた町です。

伝馬町もありますので馬の乗り替え場所だったのかもしれません。


仁連木、小池、天王、横須賀は村でした。


十一月二日

「時習館御剣術定日ニ付被為入相済、学寮おいて録三郎講釈有之御聴聞被遊候」

時習館には寮があったようです。広い敷地ですから可能です。

録三郎が誰なのか分かりません。


お金の単位。

金千疋。(きんせんひき)

鎌倉時代から江戸時代の銭貨の数えかた(通貨単位)百疋=一貫だそうです。

「吉田藩日記」のはじめからお金の単位は疋でした。

古典にはよく疋が出てきまして意味が分からずにいました。

「吉田藩日記」には両、文、朱はあまり出てきません。

金弐百疋とかの表示です。




十二月六日

父忌服之覚

忌五十日 十二月より正月二十六日

服十三ヶ月 十二月六日より来巳十二月迄

右之通忌服請申候

十二月六日   足立善蔵




明治元年、喪に服すのに十三ヶ月だったようです。

平安時代は喪に服している間は家に引きこもっておりましたが、明治元年はどうだったのでしょう?

服忌令(ぶっきりょう)という法令がありました。

実の親ですと十三ヶ月なのです。

その間髪やひげを剃らないとあります。これでは城仕えもできません。家にいるのでしょう。

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月番で書かれた日記もあります。でも少し内容が違います。目録が中心の事務的な日記です。

毎日の食事の記録はないです。


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