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みなさん、自分の一番古い記憶って、どんなものですか? 私は、自分ではどちらがより古いのか、判別がつかない記憶が2つあります。 一つは、家の土間で一人で遊んでいる時の事です。 砂遊びの道具をガチャガチャやっていたら、不意に、ねずみの子供が現われるのです。直径2cm位のふわふわのまんまるい子ねずみが、それも2匹!とっても綺麗なグレーです。 私は思わず、そばにある砂遊び用の金のふるいをかぶせ、一挙に2匹をゲット! 大喜びで、すぐにお家らしき物を空き箱で作り、そこで飼うのですが、本当に生まれたての子ねずみだったので、見る見る生気を失い、翌日には死んでしまいます。 もう一つの記憶も、多分同時期だと思いますが、こちらはちょっとスピリチュアルです。 3才か4才のある日、ヤマハ音楽教室の初日の事です。 一人一人、机に向かって座っていると、ノートのようなものが配られます。 開けてみると、5本ずつ線が引いてあります。そう、幼児用のとっても太い五線譜です。 それを見た途端、私はとても不可思議な気持ちになり、「何だったっけ???」と思いました。 すると先生が、ピアノで ド の音を弾き、その音符の書き方を教えてくれたのです。 「あ、そうだった、そうだった!!!」 ど、れ、み、ふぁ、・・・すぐに、どの音、どの和音を弾いても、音符が書けるようになりました。
どう考えても、理解したのではなく、音符の書き方を思い出した、としか思えません。 以来、先生が「ドミソ」を弾いても「シレソ」を弾いても、すぐに出来てしまい、音楽教室はとても退屈だった覚えがあります。 スピリチュアル的に言うと、多分、前世で楽譜を書いていたのでしょう。 思い出したのは、楽譜の書き方だけで、後は何もわからないのですが。もしそれが本当だとしたら、今努力する事は決して無駄にはならないのではないか、と思うのです。 もう年だから、今から何かやっても・・・なんて考えなくても、今努力しておけば、また今度きっと役立つ!そう思うと、やる気も起きてきます。 実はそう思って、JAZZ武者修行も、取り組んでいます。 |
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JAZZ SPARROW★すずめ の、自己紹介のページです。
実際のすずめの姿や背景を、書いていきたいと思います
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台風が来ているようです。 台風が来ると、子供の頃の事を思い出します。 子供の頃は、台風が来るとワクワクしていました。学校が休める上に、実家が電気屋だったので、アルバイトで大忙しだったのです。 今は、電気製品は大型電気店かスーパーで買いますが、一昔前は、なんでも町の電気屋さんでした。 まず、台風が近づくにつれ、懐中電灯や電池が売れ始めます。 値段が判り易いように、POPみたいな物を作ったり、お釣りを渡したり、威勢良く「ありがとうございました!」なんて言ってみたり・・・なかなかの働き者です。 暴風圏内を外れると、すぐに海へ走っていきます。 魚や、貝、ゴミ・・・いつもは無いいろんなものが、砂浜に打ち上げられているのを見に行くのです。 つぶさに点検してまわり、綺麗なものは拾って帰ります。 台風が通り過ぎると、別のバイトが入ります。 台風のせいで、アンテナが倒れるので、それを立て直すのです。 子供に何が出来るかって・・・? もちろん、ほとんどの作業を父がやるのですが、1人ではどうしても出来ない事があります。 アンテナを屋根に固定するために、4方から針金を張るのですが、その時、アンテナをしっかり支えておかなくてはならないのです。父が針金を張り終わるまでの間、屋根の真ん中で、アンテナをまっすぐ持って立っているのが私の役目です。 台風の後の屋根の上はとても気持ちが良く、この仕事は大好きでした。下を友達が通ったりすると、「○○ちゃん!」とか呼びかけたりして、でも友達はどこから呼ばれたのか分からず、首をかしげながら通り過ぎます。何だか、魔法使いになったような気分でした。 でも今は、台風も大雪も、もうあまり好きではありません。
一体いつ、台風が好きではなくなったのかなぁ・・・・。 |

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すずめは、神戸生まれです。神戸の、海のそばで育ちました。 子供の頃は、水着を着て浮き輪をしたまま、海まで走っていったものです。 この街は、人口が多い割りに土地が狭く、海も山も繁華街もすぐ近くにあって、とても便利ではいからです。 大学で愛知県に来ました。この大学は、当時回りに田んぼと畑しかないところで、それはそれでとても楽しい暮らしでした。 その後、瀬戸市ー逗子市ー横浜市、と移動し、結局また瀬戸に戻ってきました。 神戸にいる間は、神戸がとても好きでしたが、外に出ると、考えは変わっていきました。 神戸も横浜も、街のサイズが大きすぎて、全体がどうなっているのか、とか、みんなは何を考えているのか、とかは分かりませんでした。逗子は把握しやすい大きさだったような気がしますが、今ひとつ共通項がありませんでした。 瀬戸は、今は不況で大変ですが、陶器という地場産業があります。 これが、へそとなって街全体をつないでいて、どこへいっても陶器の話をすれば、それが共通語になるのです。 小さな街なので、どこで何が起こっているのか、すぐにわかります。 神戸や横浜で「市民祭」があっても、何の興味も湧きませんでしたが、瀬戸の「市民祭」に出かけると、街中の人が来て楽しんでいるような気がします。 それから、ここではお年寄りが、ものすごく元気です。 ちびまるこちゃんの世界に近い個性的な人が多くて、日常的に面白いことが起こります。 この楽しさが忘れられず、ここに戻ってきました。 瀬戸の暮らしは、他のどこよりも、自分がちゃんと生きているな という気がします。
多分これからもずっと、ここにいるのだと思います。 |
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「歌川陶房」は、夫と2人でやっています。 窯を作るにあたって、まずどんな名前にするかを考えました。 地名からつける・・・これは、この辺り窯は山ほどあるので、難しそうです。 名字をそのままつける・・・杉本では、ちょっと硬いかな〜? いろいろ考えて結局、趣のある名前にしよう、ということになりました。 私の父は、15才で叔父の家に養子に入りましたが、元の名前が、歌川国雄でした。おじいさんは、絵描きだったそうです。 その先を辿っていくと、・・・歌川国次・・・歌川国一という方が出てきます。 歌川といえば、浮世絵です。 歌川広重(安藤広重)、歌川豊国、歌川国芳、3大浮世絵師がいらっしゃいます。 歌川一門の系図を見ると、お弟子さん達は皆同じ、歌川の名字を頂くようです。 うちの先祖の歌川さんは、歌川豊国さんの弟子だったそうで、そういえば実家に浮世絵がありました。 歌川(SONG+RIVER)、という響きも素敵だし、ある意味先代さんみたいなものだ、というわけで、夫婦で歌川家の墓参りをして、「歌川陶房」を作る報告をしてから、窯開きをしました。 絵の好きな先代さんたちは、歌川陶房を、面白がって見てくれているかもしれません。
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JAZZ SPARROW★すずめ は、本職は陶芸家です。 陶器の町、愛知県瀬戸市で、「歌川陶房」という屋号で、仕事をしています。 その傍ら、数年前からゴスペルを教えています。 このゴスペル、実は習いに行ったはずだったのですが、しばらくすると教えることになっていました。 今年は、もうひとつ講座を持つ事になり、現在2箇所でゴスペルを教えています。 歌を教えるのは、やってみて初めて解ったのですが、とても幸せな仕事です。 なぜなら、歌が上手くなると、とても嬉しいので、生徒さん達はレッスン後、とても幸せそうに帰っていくからです。 人が幸せになるお手伝いができる、とは、思っていませんでした。 でも、教えているだけではなく、違った形で自分も勉強しなくてはと思い、2年前に、JAZZの門をたたきました。 その修行の様子を、書いておこうと思って作ったのが、このブログです。
修行がどこまで続くのか、自分でも見当がつきませんが、出来る限りの努力をするつもりです。 |

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