スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル 柴犬ハルがお伝えします

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7月14日 記念日 その3

ひまわりの日。
1977(昭和52)年7月14日、日本初の静止気象衛星(GMS)「ひまわり1号」がアメリカ合衆国東南部、フロリダ州のフロリダ半島東岸にある、アメリカ航空宇宙局(NASA)のフィールドセンター(業務を執行する施設)の1つ(ロケット発射場)、ケネディ宇宙センターから打上げられた。「ひまわり」は、気象事業の国際的な標準化と改善、及び調整、並びに各加盟国・地域間における気象情報・資料の効率的な交換の奨励を主な業務としている国際連合の専門機関の1つ、世界気象機関(WMO)と、科学とその応用分野における国際的活動を推進することを目的として設立された非政府組織(NGO)、国際科学会議(ICSU)が共同で行なった地球大気観測計画(GARP)の一環として計画されたもので、得られた気象情報を日本国内だけでなく、東アジアや太平洋地域の他国にも提供している。「ひまわり」が登場するまでは、日本はアメリカの気象衛星プログラム「TIROS-N/NOAA」の写真画像を購入していた。宇宙開発事業団(NASDA、現在の宇宙航空研究開発機構[JAXA])の初期の衛星は、初代理事長島秀雄の意向で花の名前を付けており、気象衛星「ひまわり」の愛称も、植物のヒマワリから来ている。植物のヒマワリの花は、常に太陽に向かって花を咲かせ、時間と共に太陽を追尾し向きが変化すると言われている (実際にそのように動くのは、芽生えから開花前のつぼみの時期までである) 。このため、いつも地球を同じ方向から見ているという意味と、1日に1回地球を回るという意味で「ひまわり」と名付けられた。なお、昭和初期から中期の鉄道技術者の島秀雄は、「デゴイチ」の愛称で知られる貨物用蒸気機関車D51形の設計に関与し、1930年代には逸早く気動車の開発を推進して、普及に努めている。第二次世界大戦後、長距離用電車(80系電車)の計画を立案、電車自体に懐疑的であった当時の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による妨害を排しながら、1950(昭和25)年に至り、16両の長大編成を組んだ80系電車による電車列車「湘南電車」の運行を実現している。これは、国鉄の動力分散化普及における重要なターニングポイントとなった。新幹線計画では、国鉄(日本国有鉄道、現在のJRグループ)総裁の十河信二、新幹線総局長の大石重成らと共に、その実現に大きく貢献した。島秀雄は、国鉄退職後、宇宙開発事業団(NASDA、現在の宇宙航空研究開発機構[JAXA])初代理事長に就任する。人生初めての鉄道畑以外の仕事であったが、研究者達を大いに励ましたという。そして、国鉄時代の新幹線の時と同じく、最先端高性能の技術より安全性信頼性を重視したロケット・人工衛星開発の信念を貫いた。「ひまわり」の1号から5号までの正式名称は「GMS」(Geostationary Meteorological Satellite:静止気象衛星)、6号と7号は「MTSAT」(Multi-functional Transport Satellite:運輸多目的衛星)である。8号から正式名称が「Himawari」となり、「ひまわり」は愛称から本名になった。「ひまわり1号」は1989(平成元)年6月30日に運用を終えた。「ひまわり2号」以降は、宇宙開発事業団(NASDA)が開設し、現在は宇宙開発事業団(NASDA)が航空宇宙技術研究所(NAL)、宇宙科学研究所(ISAS)と統合して誕生した宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、鹿児島県の種子島に設置、運用している、大型ロケットの射場、種子島宇宙センター(TNSC)から打上げられている。2017(平成29)年7月時点で、気象観測を行なっている衛星は、2014(平成26)年10月7日に打上げられた「ひまわり8号」であり、2015(平成27)年7月7日より運用されている。また、2016年(平成28)年11月2日には、「ひまわり9号」が既に打上げられており、2022(令和4)年から運用を開始する予定である。「ひまわり9号」は、7号以前の「ひまわり」に比べて、観測バンド数が大幅に増えたため『静止地球環境観測衛星』とも呼ばれ、運用時期以外は全て「ひまわり8号」と同じものとなっている。「ひまわり9号」の目的は、日本、及び東アジア・西太平洋域内の各国における天気予報、台風・集中豪雨、気候変動等の監視・予測、船舶や航空機の運航の安全確保、地球環境の監視で、現在は軌道上で待機している。2022(令和4)年からは、現在運用中の「ひまわり8号」と交代して、2028(令和10)年まで運用される予定、とされる。
しんぶん配達の日。
毎日、様々なニュースを届け、文字・活字文化の一端を担う新聞の戸別配達制度。その制度を支えて、早朝から雨の日も雪の日も、新聞を定時に配達するために汗を流している新聞配達所の所長、従業員にスポットライトを当てたいと、新聞販売所の全国組織として1954(昭和29)年7月に設立された、東京都中央区日本橋人形町に本部を置く公益社団法人、日本新聞販売協会が制定した。日付は、1977(昭和52)年のこの日、日本初の静止気象衛星「ひまわり」が打上げられたことに因み、気象衛星が地球を回って情報をもたらすことと、新聞の配達が戸別に回って社会の知識、情報を提供することの共通のイメージから。なお、日本の新聞、放送、通信の企業・個人で構成する業界団体、日本新聞協会が制定している「新聞配達の日・新聞少年の日」は、新聞週間中(10月15日〜10月21日)の日曜日であり、日付が異なる。新聞配達とは、日本独自のシステムである新聞販売店が行なう業務全般を指す。基本業務は、朝刊と夕刊の配達に分けられる。他に、重大な事柄や突発的な事件が発生した時に、臨時に発行される号外を配達する場合もある。新聞を配達する前には、新聞へ折込みチラシを入れる必要がある。これは、新聞販売店が地元企業や折込み業者等と契約しているもので、薄利多売の新聞販売店にとっては貴重な収入源となっている。基本的には、チラシは朝刊に入れるものであるが、夕刊にも入れる場合もある。また、どこの新聞にどのチラシを入れるかは、契約により決まっており、同じ販売店でも、新聞の種類によってチラシの量が違うことが顕著である。主として、新聞販売店に積み重ねているチラシ折込み済の新聞を、原動機付自転車やオートバイ、又は自転車へ積替え、目的の家の前に停めて新聞受へ投函する。例外として、集合住宅(マンション)や住宅過密地において、肩からぶら下げた紐で新聞束を支えて徒歩で配達する地域もある。オートバイは、前バスケットとリアキャリアを備えた新聞配達仕様がメーカーにより設定されている。自転車の前籠に新聞を筍状に積み上げるテクニックもあり、タケノコと通称される。前籠に重量が掛かるため、運転には慣れと技術を要する。雨や雪の日には、新聞が濡れないようにビニールシートへ梱包して配達する販売店が殆どである。これは手作業となるために、部数に比例して準備時間が必要になる。そのため、実際に配達の作業に取掛かる時間が遅くなってしまう。新聞販売所は減少傾向にあり、新聞配達業界全体の従業員も、販売所と同様に減少傾向にある。従業員の中の、大学生や専門学校生等の学生の比率は約14%、18才未満の少年の比率は約6%となっている。 

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