スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル 柴犬ハルがお伝えします

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1948年 - 「無頼派」「新戯作派」とも呼ばれる「破滅型作家」の代表的な存在とされる作家、太宰治が、戦争未亡人の愛人、山崎富栄と東京都北多摩郡三鷹町(現:東京都三鷹市)の玉川上水へ入水。6月19日に遺体が発見される。
1952年 - スウェーデン軍のダグラス(現:ボーイング)DC-3輸送機が、ソビエト連邦のMiG-15戦闘機に撃墜される。
1953年 - 内灘闘争。石川県河北郡内灘村(現:石川県河北郡内灘町)のアメリカ軍試射場の無期限使用に反対して、村民と支援団体が坐り込みを行なう。
1955年 - ソビエト連邦初のダイヤモンド鉱山、ミール鉱山が発見される。ミール鉱山は、ソビエト連邦東部にあり、ソビエト連邦を構成するヤクート・ソビエト社会主義自治共和国(現在はロシア連邦を構成する共和国であるサハ共和国となっている)の西部にある深さ約525m、直径約1,250mの巨大な露天掘り鉱山である。50年近くに及ぶ操業を終え、現在では地下に坑道を掘り採掘している。周囲の永久凍土(少なくとも2冬とその間の1夏を含めた期間より長い間、連続して凍結した状態の土壌で、年平均気温-5℃以下では、凍土の融解は起こらず、連続永久凍土地帯が形成される)地帯では、さらに多くの露天掘り鉱跡があり、地下でダイヤモンド鉱山が操業している。露天掘りのピット(穴)や地下の坑道から出た大量の残土が川に流出して汚染するのを防ぐために、ダムも設けられている。
1963年 - 「小さな親切」運動本部が発足する。
1966年 - アメリカ合衆国最高裁判所が、ミランダ対アリゾナ州事件(強姦罪・誘拐罪の罪に問われたアメリカ人男性アーネスト・ミランダが、弁護人を同席させる権利があることを知らされないまま強要された自白内容を根拠に、アリゾナ州裁判所で有罪判決を言い渡された事件)の判決中で、後に「ミランダ警告(権利の告知[読上げ])」と呼ばれる告知を、逮捕時に行なうことを警察に義務付ける。
1967年 - アメリカ合衆国大統領リンドン・B・ジョンソンが、アメリカ合衆国で最も古いアフリカ系アメリカ人公民権運動組織、全米黒人地位向上協会(NAACP、主に1950年代から1960年代にかけて、アメリカの黒人[アフリカ系アメリカ人]が、公民権の適用と人種差別の解消を求めて行なった大衆運動の1つ)の首席弁護人であったサーグッド・マーシャルを、アフリカ系黒人で初のアメリカ合衆国最高裁判所判事に任命する。
1971年 - ベトナム戦争: アメリカの日刊新聞紙、ニューヨーク・タイムズがペンタゴン・ペーパーズ(ベトナム戦争、特にトンキン湾事件[1964年8月、ベトナム北部沖のトンキン湾で、ベトナム人民軍の哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射したとされる事件]に関する極秘報告書)を掲載。
1982年 - 中東・西アジアのアラビア半島に位置するサウジアラビアの国王、ハーリドが死去し、弟のファハドが第5代国王として即位する。
1983年 - 戸塚ヨットスクール事件(一般児童・青少年向けのヨットスクール、戸塚ヨットスクールで訓練生の死亡・傷害致死・行方不明といった事件が複数発生したもの)で、校長の戸塚宏が傷害致死容疑で逮捕される。1975年に世界記録を出したヨットマン(ヨットで特筆に値する活動を成遂げた人)、戸塚宏は1976年に、オリンピックでメダルを獲れるようなセイラー(ヨットを操作する人)を育成するためのスクールとして戸塚ヨットスクールを開校する。翌年の秋頃、不登校等の情緒障害児の更生に効果があると評判になり、マスコミで紹介されてからは、もっぱら情緒障害児の治療を目的とした活動へとシフトしていく。しかし、コーチ陣の過度の訓練や体罰が近因となり、死者5名(2名は傷害致死、1名は病死、2名は行方不明のままみなし死亡)を出す事件となる。
1983年 - アメリカ航空宇宙局(NASA)の惑星探査機「パイオニア10号」が、太陽系第8惑星、海王星の軌道を横断し、太陽系を脱出した初の人工物となる。
1987年 - 広島東洋カープの衣笠祥雄選手が、2,131試合連続出場を記録。メジャーリーグベースボール(MLB、大リーグ)ニューヨーク・ヤンキースのルー・ゲーリックの世界記録を更新する。
1996年 - 福岡空港ガルーダ航空機離陸事故。福岡空港からインドネシアの首都ジャカルタに向かっていたインドネシアの国営航空会社、ガルーダ・インドネシア航空865便DC-10-30型機が、エンジン故障により離陸を中断しようとしたが、滑走路内で止まり切れず、オーバーランして滑走路端の緑地帯で擱座。乗客260名、乗員15名の合わせて275名の内、乗客3名が死亡、乗客16名と乗員2名の計18名が重傷、91名が軽傷を負う。また、救助活動や消火活動に従事していた消防士の内、53名が漏洩していたジェット燃料に長時間接触したことによる化学熱傷を負う。
2000年 - 朝鮮半島の分断後55年で初の南北首脳会談。南北首脳会談は、大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の両首脳による首脳会談で、韓国の金大中大統領による対北宥和政策、太陽政策の結実と言えるもので、金大中はこの功績により、2000年にノーベル平和賞を与えられる。
2002年 - アメリカ合衆国が「弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)」を脱退する。
2002年 - 議政府米軍装甲車女子中学生轢死事件。韓国北部にある京畿道楊州郡(現:楊州市)で、駐韓アメリカ軍基地に帰ろうとしていた装甲車M88が、公道で事故を起こして女子中学生2名を死亡させる。
2004年 - 日本経済新聞でプロ野球球団オリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの合併が報じられる。プロ野球再編問題の発端。
2005年 - 少年に対する性的虐待疑惑で裁判にかけられていたアメリカのシンガーソングライター・エンターテイナー、マイケル・ジャクソンに全面無罪の判決が下る。
2010年 - 小惑星探査機「はやぶさ」が7年振りに地球に帰還。
2013年 - アメリカの情報工学者、エドワード・スノーデンが、香港の新聞社の取材やインタビューの中で、アメリカ国家安全保障局(NSA)による個人情報収集の事実を告発する。
 
1373年 - イングランド(後にイギリスが継承)とポルトガルの間で、英葡永久同盟が結ばれる。現在まで続く世界最古の同盟とされ、両国の歴史を通じて重要な意義を持つ。19世紀の半島戦争(19世紀初頭に、ナポレオン1世[ナポレオン・ボナパルト]率いるフランスとその同盟国が、イギリス、オーストリア、ロシア、プロイセン[現在のドイツ]等のヨーロッパ列強の対仏大同盟と戦った戦争、ナポレオン戦争の中で、スペイン軍、ポルトガル軍、イギリス軍の連合軍とフランス帝国軍との間に戦われた戦争で、日本では、スペイン独立戦争、又はスペイン反乱としても知られている)の際にもこの同盟に従って、イギリスはイベリア半島に出兵している。
1525年 - ドイツ人司祭で神学者のマルティン・ルターが、ローマ・カトリック教会が聖職者や修道女に課した独身主義に反して、元修道女のカタリナ・フォン・ボラと結婚する。
1587年 - 九州平定: 島津義久が降伏し、豊臣秀吉の九州平定が完了する。当時、畿内近国(近畿)、北陸、山陽、山陰、四国を平定して天下統一の道を歩み、1586年に「豊臣」氏に改めた羽柴秀吉は、九州平定をほぼ目前にしていた薩摩国(現在の鹿児島県西部)を本拠とする島津氏が帰順しないことから、九州攻めに踏切っている。緒戦では、豊臣秀吉軍は、中国地方や四国地方の大名を主力として進攻したが、戦線は膠着する。1587年に入り、豊臣秀吉軍の本隊が、20万を数える圧倒的な物量と人員で進軍を開始する。島津氏側の想像を超えた豊臣秀吉側の大軍に、殆どの武将は強烈な印象を受け、九州各地で島津氏側の軍勢は後退を余儀なくされ、島津氏の当主島津義久は、和睦を申入れることとなる。
1625年 - イングランドのチャールズ王太子(後のイングランド王チャールズ1世)が、フランス王アンリ4世の娘ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランスと結婚。
1774年 - 現在のアメリカ合衆国東北部にあるロードアイランドが、イギリスの北アメリカ植民地で初めて奴隷の輸入を禁止する。
1858年 - 中国清朝とロシアが天津条約に調印。さらに、同月中にアメリカ・イギリス・フランスも調印する。この条約は、広範囲な外国の特権を規定しており、それ以後の不平等条約の根幹となる。
1863年 - 南北戦争: 第二次ウィンチェスターの戦いが始まる。
1866年 - 元奴隷の権利を確保することが意図された、アメリカ合衆国憲法修正第14条が提案される。
1878年 - ベルリン会議開幕。ベルリン会議は、露土戦争(ロシア帝国とオスマン帝国[現在のトルコ共和国の前身]の間で起こった戦争)の結果起こった国際紛争解決のために、ドイツ帝国首相のオットー・フォン・ビスマルクが主催した国際会議である。イギリス、フランス、ドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、ロシア帝国、イタリア、オスマン帝国(現在のトルコ共和国の前身)の7ヶ国が参加し、 ヨーロッパの南東部、バルカン半島の新独立国の領域が決定される。
1886年 - ドイツ南東部、バイエルン州の南部に位置するシュタルンベルク湖で、前日に廃位させられたバイエルン王国(現在のドイツ南東部、バイエルン州の前身)第4代国王ルートヴィヒ2世の水死体が発見される。
1898年 - カナダで、ユーコン準州(カナダ北西部に所在し、西側はアメリカ合衆国のアラスカ州と隣接)が発足する。なお、連邦国家であるカナダは、10の州と3つの準州で構成されている。州と準州の違いは、連邦政府との関係にある。州政府と連邦政府は対等の関係にあり、その権限の分配については、憲法(旧イギリス領北アメリカ法)で定められている。一方、準州は連邦直轄領とされ、連邦議会が定めた連邦法に基づき、連邦政府のコントロールの下で自治権が認められている。
1913年 - 陸海軍省官制改正により、軍部大臣現役武官制(大日本帝国憲法において軍部大臣[陸軍大臣、海軍大臣]の補任資格を現役の武官[軍人]に限る制度)を廃し、大臣・次官の任用資格を予備役(現役を終わった軍人が一定期間服する兵役で、平常は市民生活を送り、非常時に召集されて軍務に服する)まで拡大する。
1916年 - 初の日本製戦闘機である会式七号小型飛行機が初飛行。日本帝国陸軍が試作した戦闘機(駆逐機)、会式七号小型飛行機は、木製骨組に翼のみ羽布張りの、小型軽快な双胴複葉機で、初飛行時には好成績を示している。1917年2月に本格的な飛行試験を開始したが、同年3月8日に所沢陸軍飛行場(埼玉県入間郡所沢町[現在の所沢市]並木に所在した、日本初の航空機専用飛行場)で飛行試験中、急降下から水平飛行に移った直後に空中分解する事故を起こし、開発は中止されている。
1917年 - 第一次世界大戦: ドイツ軍航空隊の双発重爆撃機ゴータ G.IVが、爆撃機による初めてのロンドン空襲(イギリスの首都ロンドンに対する、航空隊による戦略爆撃)を行ない、162名の死者を出す。ドイツ軍によるイギリス爆撃は、ドイツの鉄道車両、航空機製作会社、ゴータ車両製造会社製の双発重爆撃機ゴータ G.IV等が使用されたから、「ゴータの襲撃」とも呼称され、ロンドン市民を恐怖に陥れている。
1924年 - ガストン・ドゥメルグが、フランス第三共和政の第12代大統領に就任。
1924年 - 演出家の土方与志、劇作家・演出家の小山内薫らが築地小劇場を開場。築地小劇場は、日本初の新劇の常設劇場である。所在地は、東京府東京市京橋区築地2丁目で、現在の東京メトロ日比谷線築地駅から程近い、東京都中央区築地2丁目11番地に当たり、同所に記念碑もある。劇場の面積は100坪弱、平屋建てで、電気を用いた世界初の照明室を備えており、客席は400席 - 500席。高度な照明設備と優れた舞台を備えていたため、演劇の実験室としての役割を果たす。建物は1945年3月10日の東京大空襲で焼失したが、劇団は俳優の養成にも力を入れ、日本の新劇運動の拠点となり、築地小劇場は第二次世界大戦後の演劇界に活躍する多くの人材を輩出することとなる。
1931年 - ポール・ドゥメールが、フランス第三共和政の第13代大統領に就任。
1934年 - ドイツ国首相アドルフ・ヒトラーとイタリア王国首相ベニート・ムッソリーニが、イタリア北東部にあるベニスで初の会談を行なう。
1935年 - アイルランド系アメリカ人プロボクサー、ジェームス・J・ブラドックがボクシングヘビー級の世界王者になる。
1940年 - アメリカ海軍の戦艦『ノースカロライナ』が進水。
1942年 - アメリカで、戦略事務局(OSS、アメリカ軍の特務機関・諜報[国家の安全保障の観点から情報を収集する活動]機関であり、アメリカ中央情報局[CIA]の前身)と戦時情報局(OWI、戦争情報局とも呼ばれる、情報・プロパガンダ[宣伝]機関)が発足。
1944年 - 第二次世界大戦:ヴィレル・ボカージュの戦い。
1944年 - 第二次世界大戦: ナチス・ドイツ(国家社会主義ドイツ労働者党支配下のドイツ国)が、V1飛行爆弾(ドイツ空軍が開発したミサイル兵器で、空気取入れ口に設けられたシャッターを高速で開閉することにより、燃焼過程と排気・吸気が交互、かつ間欠的に行なわれる方式のエンジン、パルスジェットエンジンを搭載した、現在の巡航ミサイルの始祖と言える兵器とされる)によるイギリス攻撃を開始する。アドルフ・ヒトラーの政権掌握と、ナチ党政権下のドイツの体制維持に辣腕を発揮したドイツ国宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスは、正式名称が「フィーゼラー Fi 103」であるV1飛行爆弾を「報復兵器第1号」と命名し、対英報復を煽っている。

6月13日 誕生日

1724年 - ジョルジュ=ルイ・ルサージュ、物理学者
1773年 - トマス・ヤング、物理学者・考古学者
1831年 - ジェームズ・クラーク・マクスウェル、物理学者
1851年 - ジム・マトリー、米プロ野球球団経営者・監督
1863年 - ルーシー・ダフ=ゴードン、デザイナー
1864年 - ルドルフ・チェーレン、政治学者
1865年 - ウィリアム・バトラー・イェイツ、詩人・劇作家
1865年 - カール・ブロスフェルト、写真家・植物学者
1870年 - ジュール・ボルデ、細菌学者・ノーベル生理学・医学賞受賞者
1884年 - ブリル・クローン、医学者
1893年 - ドロシー・L・セイヤーズ、作家
1894年 - レオ・カナー、児童精神科医
1897年 - パーヴォ・ヌルミ、陸上競技/中・長距離
1899年 - カルロス・チャベス、作曲家
1901年 - 石河薫、女優
1911年 - ルイス・アルヴァレズ、物理学者・ノーベル物理学賞受賞者
1912年 - 小沢不二夫、作詞家
1915年 - ドン・バッジ、テニス
1915年 - 和歌森太郎、歴史学者
1917年 - アウグスト・ロア=バストス、作家
1920年 - 梅棹忠夫、生態学者・民族学者
1920年 - 岡田英次、俳優
1923年 - 船田譲、政治家
1926年 - 浜口喜博、競泳・俳優
1928年 - ジョン・フォーブス・ナッシュ、数学者
1929年 - 榎本憲一、社会福祉事業家・実業家・コムスン(福祉介護会社、2009年に解散)創業者
1929年 - 岡村泰孝、検察官・弁護士
1931年 - ベラ・スコバ、テニス
1934年 - シャーリー・ブルーマー 、テニス
1934年 - 石田雄彦、競輪
1935年 - クリスト、美術家
1935年 - サマック・スントラウェート、政治家・タイ王国第33代首相
1936年 - 岡部征純、俳優
1936年 - 井上美代、政治家
1936年 - 大工勝、プロ野球
1937年 - ラジ・レディ、計算機科学者
1938年 - 中本富士雄、プロ野球
1940年 - 水野彌一、アメリカンフットボール
1941年 - 桂菊丸、落語家・タレント
1941年 - 松村明仁、医師・厚生労働官僚
1944年 - 潘基文、外交官・政治家・国際連合第8代事務総長
1946年 - ポール・モドリッチ、生物学者・ノーベル化学賞受賞者
1946年 - 綿貫健輔、政治家
1947年 - 木樽正明、プロ野球
1947年 - 佐藤竹秀、プロ野球
1947年 - ジョセフ・ジャニアック、タクシードライバー・調教師・馬主
1948年 - 楢山芙二夫、作家
1949年 - 榊原良行、プロ野球
1950年 - 綾田俊樹、俳優
1951年 - 林俊典、プロ野球
1952年 - 宮脇敏、プロ野球
1952年 - 田坂都、女優
1952年 - 月光恵亮、音楽プロデューサー
1952年 - 市場博己、プロ野球
1953年 - ティム・アレン、俳優
1953年 - 梶山広司、体操
1954年 - 山田栄子(久村栄子)、声優・舞台女優
1954年 - 清水有生、脚本家
1956年 - 里見桂、漫画家
1956年 - 水岡俊一、政治家
1957年 - リナト・ダサエフ、サッカー
1957年 - 杉原満、アナウンサー
1958年 - 岸野靖之、サッカー
1958年 - 河井のどか、女優
1958年 - ドン川上、タレント
1959年 - 六月十三(窪田正義)、アニメゲーム原作者・脚本家
1960年 - 藤原芳秀、漫画家
1960年 - 山田邦子、タレント・司会者
1961年 - 宮脇康之、俳優
1962年 - シジマール、サッカー
1963年 - 松前公高、作曲家
1963年 - 大江光、作曲家
1964年 - 水島かおり、俳優
1965年 - 今中麻貴、アナウンサー
1965年 - 安藤尋、映画監督
1965年 - 岡本透、プロ野球
1965年 - 宍戸美和公、女優
1966年 - アルベルト城間、ミュージシャン 《DIAMANTES》
1966年 - 服部尚貴、レーシングドライバー
1966年 - スコット・クールボー、プロ野球
1966年 - グリゴリー・ペレルマン、数学者
1966年 - 藤原芳秀、漫画家
1968年 - 森口博子、歌手・タレント
1968年 - 河合美智子、女優・歌手・タレント
1970年 - リヴァース・クオモ、ミュージシャン 《Weezer》
1971年 - 柘植恵水、アナウンサー
1971年 - ジェイソン・トンプソン、プロ野球
1972年 - 石本美穂、漫画家
1972年 - ダレル・メイ、プロ野球
1972年 - 川本ゆかり、新体操
1972年 - 佐々木ユメカ、女優
1973年 - 藤井敬之、ミュージシャン 《音速ライン》
1973年 - ヴァチスト太田、女優
1974年 - 櫻井孝宏、声優
1974年 - ブライアン・スウィーニー、プロ野球
1974年 - 小井塚登、俳優
1974年 - 鳩山太郎、政治家
1975年 - 乾貴美子、タレント
1975年 - 面出哲志、プロ野球
1975年 - 玉木朋孝、プロ野球
1975年 - 井上鞭、ミュージシャン 《HIGHWAY61》
1976年 - CHANNEL、ミュージシャン(ヒップホップMC) 《元 INNOSENCE》
1976年 - 池田明美、競艇
1976年 - 池田浩美、競艇
1976年 - 菅谷俊二、実業家・オプティム(コンピュータソフトウェア関連会社)創業者
1977年 - ホセ・オーティズ、プロ野球
1977年 - 望月啓太、アナウンサー
1978年 - 市川実日子、女優
1978年 - 佐藤友亮、プロ野球
1978年 - 菊住守代司、ミュージシャン 《キャプテンストライダム》 
1978年 - 小山伸一郎、プロ野球
1978年 - 坂本雅仁、タレント 《アホマイルド》
1978年 - 藤田瞳子、女優
1978年 - 中島さなえ、作家
1978年 - リチャード・キングソン、サッカー
1979年 - ジャスティン・キング、ミュージシャン(ギタリスト)・音楽ディレクター・フォトジャーナリスト
1979年 - 中島さち子、ジャズピアニスト
1980年 - VOFAN、イラストレーター・漫画家
1980年 - 甲斐まり恵、アナウンサー
1980年 - 渡辺崇文、ミュージシャン 《INSPi 》
1980年 - マルクス・ヴィンケルホック、レーシングドライバー
1981年 - 下山亮太、ミュージシャン 《チン☆パラ》
1981年 - クリス・エヴァンス、俳優
1982年 - 杉本恵太、サッカー
1982年 - 鬼嵐力、大相撲
1982年 - 山ケイ、タレント 《相席スタート》
1983年 - 金村大裕、プロ野球
1983年 - 山本一徳、プロ野球
1983年 - 大島由香里、タレント
1983年 - 神山さやか、歌手
1984年 - 伊調馨、レスリング
1984年 - 桜瀬みつな、漫画家
1984年 - GORI、ミュージシャン 《BACK-ON》
1984年 - 松木里菜、モデル・女優
1984年 - 山本匠晃、アナウンサー
1985年 - TAKAYO(Takayo)、ミュージシャン 《元 ZONE》
1985年 - 南知里、タレント
1985年 - ペドロ・ストロップ、米プロ野球
1985年 - 鈴木貴雄、ミュージシャン 《UNISON SQUARE GARDEN》
1986年 - 家長昭博、サッカー
1986年 - 本田圭佑、サッカー
1986年 - メアリー・ケイト・オルセン、女優
1986年 - アシュレー・オルセン、女優
1986年 - ジョナサン・ルクロイ、米プロ野球
1987年 - 加賀美セイラ(加賀美聖良)、女優・歌手・モデル
1987年 - ジャスティン・ミラー、米プロ野球
1988年 - 古屋敬多、ミュージシャン 《Lead》
1988年 - 林慧、サッカー
1988年 - 生田竜聖、アナウンサー
1990年 - 向野澪、タレント
1990年 - 篠原慎平、プロ野球
1990年 - 小西つどい、女子プロ野球
1991年 - 川綱ゆめ、タレント
1992年 - 原優子、声優
1993年 - 阪本奨悟、俳優
1993年 - デニス・テン、フィギュアスケート
1993年 - ゴンサロ・ニコラス・マルティネス、サッカー
1993年 - 青山ひかる、タレント
1994年 - 矢神久美、タレント 《元 SKE48》
1995年 - 金子栞、タレント 《元 SKE48》
1995年 - 小森隼、パフォーマー 《GENERATIONS from EXILE TRIBE》
1995年 - 渡辺勇大、バドミントン

6月13日 記念日 その3

FMの日。
「F」がアルファベットの6番目、「M」が13番目であることに由来する。これは、情報を搬送波(情報[信号]を搬送する[送る]ための波[波動])の周波数(1秒間に繰返す波の数)の変化で伝達する変調方式(情報を記録・伝送する際、情報、及び記録・伝送媒体の性質に応じて、情報を最適な電気信号に変換する操作の方式)である「周波数変調(FM)」の起こりとは無関係で、制定年も不明となっている。ラジオには、AM放送とFM放送がある。発振機で発振したままの電波は、一様な正弦波(周期的変化を示す波動)である。何も情報が乗っておらず、受信しても「電波が有る/無い」しか分からない。発振機で発振したままの正弦波の「振幅」、つまり電圧の強さを、音声等により変化させて情報を載せる方法を「振幅変調」という。これが「AM」である。電波に音声を乗せる方法としては、最も古くに開発され、現在では、中波や短波の放送、航空無線等に使われている。発振機で発振したままの正弦波の周波数を、音声等により変化させて情報を載せる方法を周波数変調といい、これが「FM」である。AM方式より電波の幅が広く必要で、ラジオの回路も複雑になってしまうが、音質が良いために、音楽等を放送するのに適している。AM放送では、アナウンスを主眼に考えられており、20Hz〜7.5kHz位までの周波数の音声を電波に乗せるのに対して、FM放では、音楽まで考慮し、20Hz〜15kHz位までの周波数の音声を電波に乗せている。このため、FM放送の方が高音域まで聞こえる。また、ノイズは振幅の成分で混入してくるものが多いので、FM放送の方がノイズに強い方式となる。AM放送は、 526.5kHz〜1606.5kHzの中波の電波を使用して行なわれ、「中波放送」とも呼ばれる。それより高い周波数の短波でも、AM方式の電波を使用した放送が行なわれており、「短波放送」と呼ばれる。AM放送は、FM放送やテレビ放送がまだ無い頃、電波を使った最初の放送として始まった。そのため、報道、娯楽、音楽、教育等、放送で行なうもの全てが含まれた総合的な内容となっている。中波帯の電波は、夜間には電離層(地球を取巻く大気の上層部にある、電波を反射する性質を持つ層)で良く反射されるようになり、遠方まで届くようになる。FM放送は、76〜90MHzのVHF(超短波)の電波で行なわれている(1MHz = 1,000kHz)。VHF帯の電波は、殆ど電離層では反射されないため、送信所から見通せる範囲内への放送が主になり、1つの都道府県内に放送を行なう「県域局」という放送局が多くなっている。音質が良いことと、ノイズに強いことを利して、音楽番組が多くなっているのも、FM放送の特徴である。
無意味の日。
「無意味(む[6]い[1]み[3])」の語呂合わせ。意味とは、言葉(単語・用語等)が持っている概念のこと、ある行動や発言が持つ必要性、若しくは、それが行なわれた理由のこと、ある物(物体やシステム等)が存在する必要性や理由のこと、等の概念である。無意味とは、意味のないこと、或いは、価値なく、つまらないことや、また、そのさまをいう。英語の「ナンセンス(nonsense)」と同義で、あまり意味を持たない、或いは、間違った相手の考えを否定するような時に使用される。
いいみょうがの日。
古くから薬味として珍重されてきた「みょうが」。その全国1位の産地である高知県の園芸農業の生産者や関係者で構成され、生産者の経営安定と向上を基に、生鮮園芸品の消費地への安定供給を行なう高知県園芸農業協同組合連合会(高知市仁井田字新港に所在)が制定。1年を通じて栽培が盛んな「高知県産のみょうが」をより広くPRするのが目的。日付は、6月は「みょうが」の旬の時期で生産量が増えることと、13日を「1」と「3」で「いい(1)み(3)ょうが」と読む語呂合わせから。「みょうが」は、ショウガ科ショウガ属の多年草で、食用として利用される。東アジア(温帯)が原産で、日本の山野に自生しているものもあるが、人間が生活していたと考えられる場所以外では見られないことや、野生種がなく、5倍体(倍数性とは、生物の生存に必要な最小限の染色体の1組[ゲノム、生殖細胞に含まれる染色体、若しくは遺伝子全体]を何セット持つかを示す概念で、基本数 x = 11、2n = 5x = 55)であること等から、大陸から持込まれて栽培されてきたと考えられる。花穂、及び若芽の茎が食用とされる。通常、「花みょうが」や「みょうが」と呼ばれるものが花穂で、内部には開花前の蕾が3個から12個程度存在する。そのため、この部分を「花蕾」と呼ぶ場合もある。一方、若芽を軟白し、弱光で薄紅色に着色させたものを「みょうがたけ」と呼ぶ。独特の香りが好まれ、また、特有の紅色が目を楽しませる。これにより、香辛菜として蕎麦・素麺・冷奴等の薬味として利用される。その他、天ぷらや酢の物、味噌汁の具等、独立した食材としても用いられる。夏が旬の野菜である。 農家では、山椒やミツバ等と並び、果樹園・裏庭・屋敷林の木陰に、薬味として、育てておく代表的な植物である。俗に、「食べると物忘れがひどくなる」と言われているが、学術的な根拠はなく、栄養学的にそのような成分は含まれていない。逆に、近年では、香り成分に集中力を増す効果があることが明らかになっている。無機成分では窒素とカリウムが多く含まれ、食物繊維(粗繊維)が多い。名前の由来としては、大陸から主に香辛料として使われるショウガと共に持込まれた際、香りの強い方を「兄香(せのか)」、弱い方を「妹香(めのか)」と呼んだことから、これが後に「ショウガ」「ミョウガ」に転訛した、との説が有力である。東京都文京区に、茗荷谷という地名があるが、これは、江戸時代に早稲田(江戸牛込村字早稲田、現在の東京都新宿区の広域地名)からこの辺りまで広がる茗荷畑を見下ろす谷であったことに由来する。領地のために命を張った戦国武士等は、戦闘で命が残る「冥加」(神仏からの加護)にかけて、「茗荷」の紋を好んで使用した。その事例として、「影茗荷」「鍋島茗荷」等がある。また、みょうがの煮汁は、しもやけ(身体の一部が冷えたために、膨れて硬くなったり、その部分が痒くなったり、熱くなるような感覚を覚える現象)治療の民間療法に用いられた。

はやぶさの日。
2010(平成22)年6月13日、小惑星探査機『はやぶさ』は、宇宙空間約60億Km、約7年間の歳月を掛けたミッションで、世界初の小惑星サンプルリターン(地球以外の天体や惑星間空間から試料を採取し、持帰ること)や、電気推進エンジン(イオンエンジン)の長時間運行を始めとする数々の科学的偉業を成遂げ、地球に奇跡的な帰還を果たした。この偉業から学んだ「あきらめない心」「努力する心」の大切さを伝えていこうと、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の施設がある4市2町(秋田県能代市・岩手県大船渡市・神奈川県相模原市・長野県佐久市・鹿児島県肝属郡肝付町・北海道広尾郡大樹町)で構成する「銀河連邦」(本部:神奈川県相模原市)が制定。「銀河連邦」は、神奈川県相模原市の呼掛けて、1987(昭和62)年に発足し、2012(平成24)年で友好交流25周年を迎えた。 相互の発展と宇宙への夢とロマンを育むことを目的に、首脳サミット、銀河フォーラム、子ども留学交流等を行なっている。さらに、1995(平成7)年1月17日に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の発生を受けて、災害時に相互応援を行なう防災組織という側面も有するようになった。 なお、電気推進エンジン(イオンエンジン)は、電気推進と呼ばれる方式を採用したロケットエンジンの一種であり、マイクロ波(電波の中で最も短い波長域)を使って生成したプラズマ状イオンを、静電場で加速・噴射することで、推力を得るロケットエンジンである。イオン推進、イオンロケット、イオンスラスタ等ともいう。最大推力は小さいが、比較的少ない燃料で長時間動作させられる特徴を持ち、打上げられた後の人工衛星や、宇宙探査機の軌道制御に用いられることが多い。『はやぶさ』の正式名称は「第20号科学衛星MUSES-C」で、2003(平成15)年5月9日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究機関である宇宙科学研究所(ISAS)が打上げた小惑星探査機である。イオンエンジンの実証試験を行ないながら、2005(平成17)年夏に地球近傍小惑星(地球に接近する軌道を持つ小惑星)のグループの1つ、アポロ群の小惑星「イトカワ(25143)」に到達し、その表面を詳しく観測してサンプル採集を試みた後、この日に地球に大気圏再突入した。地球重力圏外にある天体の固体表面に着陸してのサンプルリターンに、世界で初めて成功した訳であるが、小惑星からのサンプルリターン計画は、国際的にも例が無かった。「イトカワ(25143)」は、平均半径が約160m、長径500m余りしかない小天体であり、これは、これまで惑星探査機が探査を行なった中で最も小さな天体である。『はやぶさ』は2010(平成22)年6月に地球へ帰還し、同年11月には、『はやぶさ』のカプセルコンテナ内に「イトカワ(25143)」の微粒子が多数存在することが明らかとなり、その後「イトカワ(25143)」の微粒子についての分析が進められている。『はやぶさ』の地球帰還とカプセルの大気圏再突入、カプセルの一般公開、その後の採取物の解析等は、日本を中心に社会的な関心を集めた。『はやぶさ』がミッションを終えてからも、ブームはしばらく続き、「イトカワ(25143)」探査の終了後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、小惑星探査機『はやぶさ2』をミッションとして立案し、2014(平成26)年12月3日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センター大型ロケット発射場から、人工衛星打上げ用液体燃料ロケット「H-IIAロケット」で打上げた。『はやぶさ2』は、地球近傍小惑星の 「リュウグウ(162173)」への着陸、及びサンプルリターンが計画されている。初の地球外天体からのサンプルリターンは、1969(昭和44)年のアポロ11号で、これは有人月探査であった。無人探査機によるものでは、翌1970(昭和45)年の旧ソビエト連邦の無人月探査機ルナ16号が初である。無人探査機で月の石を地球に持ち帰ることに成功したのは、ルナ16号が初めてであった。『はやぶさ』は、小惑星探査機として数々の新技術を実証しているが、初の小惑星探査機は、近接探査という意味では、1991(平成3)年に小惑星帯(アステロイドベルト、太陽系の中で火星と木星の間にある小惑星の軌道が集中している領域)の内縁近くにある小惑星「ガスプラ」を探査した、アメリカ航空宇宙局(NASA)の木星探査機ガリレオである。また、小惑星を専門とする初の探査機は、1996(平成8)年に打上げられたアメリカ航空宇宙局(NASA)の小惑星探査機NEARシューメーカーであり、これは、初の小惑星周回(ランデブー)と軟着陸を行なっている。そのため、『はやぶさ』は、初の小惑星から離陸・帰還した探査機ということになった。また、電気推進エンジン(イオンエンジン)をメインエンジンとする初の小惑星探査機は、1998(平成8)年に打上げられたアメリカ航空宇宙局(NASA)のディープ・スペース1号であり、『はやぶさ』はあくまで、新方式の電気推進エンジン(イオンエンジン)を実証した探査機である。複数の技術的なトラブルに見舞われ、帰還を絶望視されつつも、それを乗越えて地球への帰還を目指す『はやぶさ』の旅程は、多くの日本人に美談として受止められ、共感を呼んだ。『はやぶさ』は、「星の王子さまに会いに行きませんか」キャンペーンを実施し、国内外から149ヶ国約88万名の署名入りターゲットマーカー(灯台の役割を果たす装置)を積んでいたことで、投下成功のニュースには、多くの励ましのメールが宇宙航空研究開発機構(JAXA)に届けられた。ターゲットマーカーの大きさは直径10cm程で、周りに貼付けられた反射シートが、『はやぶさ』から発せられたフラッシュによって明るく輝く。これをガイドにして、『はやぶさ』は「イトカワ(25143)」に安全に着陸することができた。『はやぶさ』に対する反響の一環として、プラモデルや書籍、果ては日本酒等といったグッズも、無人探査機を扱った商品としては、例外的な売行きを示した。『はやぶさ』帰還後には、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に8社から映画化のオファーがあり、2011(平成23)年秋期から2012(平成24)年春期にかけて、『はやぶさ』を主題とした映画3作が相次いで公開された。日本国内で同じ題材の映画が3作品重なって競作されることは、非常に稀なことである。映画の他には、映画の原作となった著作や、探査機を萌え擬人化した漫画作品等が出版されている。

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