スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル 柴犬ハルがお伝えします

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

1948年 - イタリア共産党書記長パルミーロ・トリアッティが狙撃される。パルミーロ・トリアッティは、3発の銃弾を浴び重体に陥るも、一命を取留める。パルミーロ・トリアッティのリーダーシップの下で、イタリア共産党はイタリアで最大の党となり、ヨーロッパで最大の統治しない共産党になる。王政では閣僚を務めるも、共和制移行後のイタリアでは入閣することはなかったが、多くの地方自治体を運営し、大きな影響力を行使している。
1958年 - 7月14日革命。中東・西アジアに位置するイラクで、アブドゥル・カリム・カースィム率いるアラブ民族主義者らによるクーデターが起き、王政が打倒され、共和国が樹立される。
1958年−日本テレビ(現在の関東広域圏を放送対象地域としてテレビジョン放送を行なう特定地上基幹放送事業者、日本テレビ放送網)で、テレビ用に制作された国産初のアニメ作品であると考えられる『もぐらのアバンチュール』が放送される。モグラのくろちゃんが、夢の中で宇宙旅行に出掛けるというストーリーの『もぐらのアバンチュール』は、カラーテレビ放送の実験放送用として試作される。ただ、制作されていた事実は確認されていたが、実際に放映されたかどうかについては確認されておらず、これまでは未放映作品とされてきたところ、2012年になって、1958年当時の新聞のテレビ欄に、『もぐらのアバンチュール』についての記述が存在していることが確認されている。
1959年 - 朝日新聞が、熊本大学医学部の調査チームによる水俣病(化学工業会社、チッソの熊本県水俣市にある水俣工場が、水俣湾に流した廃液による水銀汚染の食物連鎖で起きた公害病)の有機水銀中毒原因説をスクープする。
1960年 - 岸信介首相が、池田勇人新自由民主党(自民党)総裁就任祝賀会からの帰路、暴漢の襲撃を受け重傷を負う。
1964年 - 品川勝島倉庫爆発火災。東京都品川区勝島で、株式会社宝組のニトロセルロース(硝化綿、着火すると激しく燃焼する綿状物質)蓄積倉庫から出火。爆発を伴なう火災により倉庫の壁が崩れ、下敷きになった消防職員18名、消防団員1名の計19名が死亡し、158名が負傷する惨事となる。
1965年 - アメリカの火星探査機マリナー4号が、太陽系第四惑星、火星に最接近。史上初めて、地球以外の惑星表面の撮影に成功する。
1967年 - 「世界知的所有権機関(WIPO)を設立する条約」が、スウェーデンの首都ストックホルムで調印される。世界知的所有権機関(WIPO)は、全世界的な知的財産権(無体物[情報]を客体として与えられる財産権)の保護を促進することを目的とする、国際連合の専門機関である。
1968年 - プラハの春: ワルシャワ会談が行なわれる。
1969年 - サッカー戦争: 中央アメリカ中部に位置するエルサルバドルの軍が、北東に隣接するホンジュラスに侵攻する。同年6月に行なわれた1970 FIFAワールドカップの予選で、両国が対戦した際の国民感情のもつれから国交断絶に至った経緯から、「サッカー戦争」の名称で知られているが、その背景には、両国間の国境線問題、ホンジュラス領内に在住するエルサルバドル移民問題、貿易摩擦等といった問題が存在する。この戦争の根本的な原因は、両国の経済成長モデルと農地問題に起因した国内矛盾にあり、寡頭支配層が国際紛争を引起こすことで、政情不安の高まりを一時的に回避しようとする狙いがあった、と考えられている。なお、1980年11月に行なわれた1982 FIFAワールドカップ予選で、両国の12年振りの国際試合が実現し、試合は2-1でエルサルバドルが勝利する。両国は、共に地区予選を勝抜き、2年後の1982年には、ソビエト連邦が、「アメリカの裏庭」とも呼ばれる中央アメリカ一帯において、アメリカに支援された軍事政権に対して抵抗運動を行なう反政府左翼ゲリラへの軍事、経済的支援を強化したことから、中米諸国を巻込んで勃発した中米紛争の最中に、揃ってワールドカップに出場している。
1969年 - アメリカ合衆国で、500ドル以上の高額紙幣が流通停止となる。
1970年 - 日本の呼称を「ニッポン」に統一することが閣議決定される。現在では、日本は、「にっぽん(ニッポン)」「にほん(ニホン)」と読まれる。どちらも多く用いられているため、日本政府は正式な読み方をどちらか一方には定めておらず、どちらの読みでも良いとしている。7世紀の後半の国際関係から生じた「日本」国号は、当時の国際的な読み(音読)で「ニッポン」(呉音)、或いは「ジッポン」(漢音)と読まれたものと推測される。いつ「ニホン」の読みが始まったかは定かでなく、仮名表記では「にほん」と表記され、平安時代には「ひのもと」とも和訓されるようになる。近代以降も「ニッポン」「ニホン」両方使用される中、1934年には文部省(現在の文部科学省の前身の1つ)臨時国語調査会が「にっぽん」に統一して、外国語表記も「Japan」を廃して「Nippon」を使用するという案を示したこともあったが、不完全に終わっている。結局、2009年6月30日に、政府が「『にっぽん』『にほん』という読み方については、いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はない」とする答弁書を閣議決定している。
1971年 - 南太平洋のほぼ中央部の洋上に位置するパプアニューギニアで、モーメントマグニチュード(Mw)8.3の地震が発生し、2名が死亡する。後の7月26日にも、モーメントマグニチュード(Mw)8.0の大きな余震が発生している。
1977年 - 日本初の静止気象衛星「ひまわり1号」が、アメリカ合衆国東南部、フロリダ州にある有人宇宙船発射場、ケネディ宇宙センターから打上げられる。
1982年 - ソビエト連邦国家保安委員会(KGB)スタニスラフ・レフチェンコ少佐が、アメリカ合衆国下院の秘密聴聞会で工作活動を暴露(レフチェンコ事件)。
1985年 - 北海道紋別郡興部町の興部駅で名寄本線(1989年に廃止)から分岐し、同郡雄武町の雄武駅までを結んでいた国鉄(日本国有鉄道、現在の北海道旅客鉄道[JR北海道])興浜南線(路線総延長19.9km)がこの日限りで廃止。
1992年 - コンピュータ技術者のジョリッツ夫妻(ウィリアム・ジョリッツ、リン・ジョリッツ)が、UNIXライクOSである『386BSD 0.1』をリリース。オープンソース(ソースコード[コンピュータプログラムの元となる一連の文字の羅列]を公開すること)OSの先駆けとなる。
1998年 - 趙治勲が本因坊戦10連覇を達成する。
2005年 - 第7回ワールドゲームズ(オリンピックの補完的な意味をもって行なわれるスポーツ競技大会)が、ドイツ西部にあるデュイスブルクで開幕。会期は7月24日まで。
2007年 - ロシアが、核兵器以外の通常戦力の削減について締結した軍縮条約、ヨーロッパ通常戦力条約に調印する。
2008年 - 東京スカイツリー起工式典が行なわれる。
2015年 - アメリカ航空宇宙局(NASA)の冥王星探査機「ニュー・ホライズンズ」が、太陽系外縁天体内のサブグループ(冥王星型天体)の代表例とされる、準惑星に区分される天体、冥王星とその最大衛星のカロンに最接近。距離は約13,000km。
2016年 - フランストラックテロ事件。フランス南東部に位置し、地中海、コート・ダジュール(風光明媚な保養地として知られる海岸)に面する、世界的に有名な保養地・観光都市である、ニースの遊歩道プロムナード・デ・ザングレで、花火の見物をしていた人々の列にトラックが突っ込む。フランスの検察当局はテロ事件として捜査し、この事件は、少なくとも84名が死亡し、202名の負傷者が出る惨事となる。
 
0756年 - 安史の乱: 軍人の安禄山らの蜂起により、中国唐朝の皇帝玄宗が皇妃、楊貴妃を伴なって都落ちする。
0794年 - 第50代天皇、桓武天皇の命を受けた武人(軍人)の坂上田村麻呂が、蝦夷(現在の宮城県中部から山形県以北の東北地方に相当する地域)征討に出発。坂上田村麻呂は4人いた征東副使(副将軍)の1人であったが、征討の中心的な役割を果たしたとされる。
1242年 - 鎌倉幕府第3代執権北条泰時の死去に伴ない、孫の北条経時が鎌倉幕府第4代執権に就任する。
1223年 - フランス国王フィリップ2世が死去。長男のルイ8世が国王に即位する。
1789年 - フランス革命: フランスの首都パリの民衆がバスティーユ牢獄を襲撃して占領し、政治犯を解放する。これがフランス革命勃発のきっかけとなる。
1790年 - フランスで「連盟祭」が開催される。ブルボン朝フランス王国第5代国王、ルイ16世が憲法への忠誠を誓う。現在の建国記念日(パリ祭)は、バスティーユ襲撃ではなくこの「連盟祭」を記念している。
1795年 - 『ラ・マルセイエーズ』がフランスの国歌となる。1792年、フランス軍の工兵部隊大尉ルージェ・ド・リールが、フランス軍ライン方面軍(フランス東部位置するライン地域の防衛軍)のための行進曲『ライン軍のための軍歌』を完成させる。工兵部隊大尉ルージェ・ド・リールは、一夜にして作詞作曲したというのが定説である。その後、『ライン軍のための軍歌』は、全国にパンフレットという形で流布され、フランスの首都パリで、民衆と軍隊がテュイルリー宮殿(17世紀から19世紀まで使用されていた宮殿)を襲撃し、ルイ16世やマリー・アントワネットら国王一家を捕らえ、タンプル塔(パリに所在した修道院で、複数の建造物で構成されるが、一際目立つ大塔があったために「塔」と表現される)に幽閉した事件、テュイルリー宮襲撃事件の約2週間前に、マルセイユ(フランス南東部の地中海沿いに位置する、フランス最大の港湾都市)の連盟兵(義勇兵)がパリに入城した時に口ずさんでいたことをきっかけとして、パリ市民の間で流行する。このために、元々の題名ではなく、現在の『ラ・マルセイエーズ』という形で定着し、さらに、1795年7月14日に国民公会(フランスの一院制の立法府で、諸委員会を通じて執行権をも握っていたので、同時に行政府の役割も担った革命政治の中央機関)で国歌として採用される。 
1804年 - オテル・デ・ザンヴァリッド(廃兵院、元は軍病院であった、フランスの首都パリの歴史的建造物の1つ)で、ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン1世)が初のレジオンドヌール勲章(名誉軍団国家勲章)授与を行なう。レジオンドヌール勲章は、ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン1世)によって制定されたフランスの栄典制度である。現在も、フランスの最高勲章として存在する。
1843年 - 越後国新潟(現在の新潟市)が天領(江戸幕府の直轄領)とされ、日本海交通の要衝である新潟港の管理を担当する遠国奉行(江戸以外の幕府直轄領の内、重要な場所に置かれ、その土地の政務を取扱った奉行)の1つ、新潟奉行が設置される。
1853年 - 黒船来航: 黒船(大型の西洋式航洋船のことで、語としては江戸時代の前から近世の日本で用いられたが、今日ではより狭く、幕末に来航した船、特に1853年、日本に来航したアメリカ海軍の東インド艦隊司令長官マシュー・ペリー提督率いるアメリカ海軍東インド艦隊のことを指すことが多い)を率いて来航したマシュー・ペリー提督が久里浜(現在の神奈川県横須賀市東部に所在)に上陸。
1853年 - ニューヨーク万国博覧会開幕、会期は翌年の11月1日まで。ニューヨーク万国博覧会は、アメリカ合衆国北東部のニューヨーク州ニューヨーク市で催された国際博覧会である。その趣旨は、世界中の工業製品の展示と同時に、ヨーロッパ諸国と比較してまだ若い国家アメリカの威信を誇示することである。
1865年 - スイスとイタリアの国境で、アルプス山脈に属するマッターホルン(標高4,478m)が、イギリスの登山家、エドワード・ウィンパーらにより初登頂。
1867年 - スウェーデンの化学者、アルフレッド・ノーベルがダイナマイトを発表する。ダイナマイトは、有機化合物の一種であるニトログリセリンを主剤とする爆薬の総称である。アルフレッド・ノーベルが最初に発明したのは、ニトログリセリンを珪藻土(藻類の一種である珪藻の殻の化石よりなる堆積物[堆積岩])に染込ませたものである。1875年にはニトログリセリンと、同様に爆薬である低硝化綿薬(弱綿薬)を混合してゲル状とし、珪藻土を用いた時と同様に安定化するのに成功する。これは、「ブラスチングゼラチン」と呼ばれる発明品であり、不活性物質である珪藻土の使用を止め、爆薬の威力を高めるものとなる。アルフレッド・ノーベルはこの製品を事業化し、巨万の富を築いたことから、「ダイナマイト王」とも呼ばれ、遺産をノーベル賞(物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、及び経済学の「5分野+1分野」で、顕著な功績を残した人物に贈られる世界的な賞)創設に使っている。
1867年 - 浦上四番崩れ。隠れキリシタンとして信仰を守り続け、キリスト教信仰を表明した浦上村(現在の長崎市に所在)の村民達が江戸幕府の指令により、大量に捕縛されて拷問を受ける。江戸幕府のキリスト教禁止政策を引継いだ明治政府の手によって村民達は流罪とされたが、このことは諸外国の激しい非難を受けることになる。欧米へ赴いた遣欧使節団一行が、キリシタン弾圧が条約改正の障害となっていることに驚き、本国に打電したことから、1873年にキリシタン禁制は廃止され、1614年以来、259年振りに日本でキリスト教信仰が公認される。
1881年 - アメリカ合衆国南西部、ニューメキシコ州フォートサムナーで、アメリカ西部開拓時代のアウトロー、ビリー・ザ・キッドが、友人でもあった保安官パット・ギャレットにより射殺される。
1889年 - フランスの首都パリで「第二インターナショナル」(社会主義者の国際組織)が結成される。
1899年 - アクレ州(アクレ共和国、正式名称アクレ独立国とも呼ばれる、現在は、南アメリカ東部に位置するブラジルの北西部に所在する州)が、南アメリカ中西部に位置するボリビアからの独立を宣言。アクレ州(アクレ共和国を称する国家)とボリビアとの紛争はブラジルの介入を招き、アクレ州は1903年にブラジル領となる。
1908年 - 桂太郎が第13代内閣総理大臣に就任し、第2次桂内閣が発足する。
1909年 - テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェークがドイツ帝国(現在のドイツ連邦共和国の前身)宰相に就任。
1917年 - ゲオルク・ミヒャエリスがドイツ帝国宰相に就任。
1920年 - 中華民国で、主導権を巡って北洋軍閥(中国の地方軍閥の総称)同士の戦争が起こる(安直戦争)。
1933年 - 強制的同一化: ドイツで、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党、ナチス)を除く全政治政党が禁止される。
1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: アメリカ海軍空母艦載機による北海道空襲。アメリカ海軍は、13隻の航空母艦(空母)から延べ3,000機以上もの艦載機を発進させ、留萌市以南の北海道の主要都市に、無差別爆撃と機銃掃射を行なう。特に、軍需産業の生産地であった室蘭市、釧路市、根室市への空襲は大規模なものとなる。

7月14日 誕生日

1454年 - アンジェロ・ポリツィアーノ、人文主義者
1777年 - 田能村竹田、南画(文人画)家
1800年 - ジャン・バティスト・デュマ、化学者
1801年 - ヨハネス・ペーター・ミュラー、生理学者・解剖学者
1810年 - 徳川斉荘、尾張国/美濃国/三河国尾張藩第12代藩主
1858年 - エメリン・パンクハースト、婦人参政権活動家
1859年 - ヴィリー・ヘス、ヴァイオリニスト
1862年 - グスタフ・クリムト、画家
1864年 - エドゥアルト・エンゲルマン、フィギュアスケート・建築技術者
1868年 - ガートルード・ベル、エッセイスト・情報員・考古学者・登山家
1874年 - アンドレ=ルイ・ドビエルヌ、化学者
1888年 - フリッツ・ゼルニケ、物理学者
1888年 - 里見、作家
1890年 - オシップ・ザッキン、彫刻家・画家
1891年 - ヴェルナー・リットベルガー、フィギュアスケート
1898年 - ハッピー・チャンドラー、弁護士・政治家・メジャーリーグベースボール(MLB)第2代コミッショナー
1907年 - アナベラ、女優
1910年 - ウィリアム・ハンナ、アニメーター・映画プロデューサー
1912年 - ウディ・ガスリー、シンガーソングライター
1913年 - ジェラルド・R・フォード、政治家・アメリカ合衆国第38代大統領
1917年 - 田中実、プロ野球
1918年 - イングマール・ベルイマン、映画監督・脚本家
1918年 - ジェイ・フォレスター、計算機科学者
1918年 - エグモント・ツール・リッペ=ヴァイセンフェルト、空軍軍人・エースパイロット
1921年 - ジェフリー・ウィルキンソン、化学者・ノーベル化学賞受賞者
1922年 - 大野達三、作家
1923年 - 福田歓一、政治学者
1926年 - ウォーリス・ディーステルマイヤー、フィギュアスケート
1926年 - 前田常作、洋画家
1926年 - 水木かおる、作詞家
1928年 - 渡辺浩二、実業家・中央化学(プラスチック製食品包装容器メーカー)創業者
1931年 - 伊上勝、脚本家
1933年 - 中村昌枝(河西昌枝)、バレーボール
1934年 - 筈見純、声優
1935年 - 根岸英一、化学者・ノーベル化学賞受賞者
1936年 - 鵜狩道夫、プロ野球
1937年 - 森喜朗、政治家・第85代・第86代首相
1938年 - ウィリアム・H・T・ブッシュ、銀行家
1938年 - 小出保子、絵本作家
1944年 - 久米宏、アナウンサー・タレント・司会者・ニュースキャスター
1945年 - 大澤孝征、弁護士・テレビコメンテーター
1946年 - 藤井健、歌手
1946年 - 塩田潮、ノンフィクション作家
1947年 - ダニー・ウォルトン、プロ野球
1947年 - 島津ゆたか、歌手
1947年 - 池田清彦、生物学者
1947年 - スティーブ・ストーン、米プロ野球
1949年 - 野村豊和、柔道
1951年 - 南部虎弾、タレント 《電撃ネットワーク》
1951年 - ウィリー・ウィリアムス、空手家
1952年 - 椎名和夫、作曲家
1952年 - 水谷豊、俳優
1952年 - 松崎泰治、プロ野球
1952年 - 開高道子、エッセイスト
1953年 - 岡田克也、政治家
1953年 - ドロテ、歌手・女優・テレビ司会者
1954年 - あいはら友子、女優・株式研究家・画家
1954年 - 旭堂南左衛門、講談師
1955年 - 扇一平、アナウンサー
1957年 - 外園正、プロ野球
1959年 - 永沢光雄、作家
1960年 - 五十嵐夕紀、歌手
1960年 - 小川文明、ミュージシャン・作曲家・編曲家 《すかんち》
1961年 - 斉藤慶子、女優
1962年 - 菅原正志、声優
1962年 - 原田マハ、作家
1963年 - 西川佳明、プロ野球
1963年 - 宮澤ミシェル、サッカー
1964年 - 椎名桔平、俳優
1964年 - 新谷博、プロ野球
1965年 - 松本孝美、モデル・タレント
1966年 - 藤咲あゆな、ジュニアノベル作家・アニメ脚本家
1966年 - 平石和男、競艇
1966年 - マシュー・フォックス、俳優
1966年 - マット・ヒューム、総合格闘家
1966年 - ラルフ・ウォルドマン、オートバイロードレース
1966年 - 下長智子、卓球
1966年 - タニヤ・ドネリー、シンガーソングライター
1967年 - 清水一哉、俳優
1967年 - 渡辺政仁、プロ野球
1967年 - 倉持陽一(YO-KING) 、ミュージシャン 《真心ブラザーズ》
1967年 - ロビン・ベンチュラ、米プロ野球
1968年 - 佐藤弘道、体操インストラクター・タレント
1968年 - デリック・メイ、プロ野球
1968年 - 小島光顕、サッカー
1968年 - ファン・ソンホン 〈黄善洪〉 、サッカー
1969年 - 桜庭和志、プロレス・総合格闘家
1969年 - 吉田康弘、サッカー
1970年 - ナタリヤ・ミシュクテノク、フィギュアスケート
1971年 - 福本ヒデ、タレント 《ザ・ニュースペーパー》
1972年 - 鈴木真仁、声優
1972年 - 谷口けい、登山家
1972年 - バジーリオ(バウデシー・バジーリオ・ダ・シウバ)、サッカー
1973年 - 池鍋了子、タレント
1973年 - 平野耕太、漫画家
1974年 - 羽生未来、女優
1975年 - ティム・ハドソン、米プロ野球
1975年 - 塚本洋、スポーツ指導者(プロ野球トレーニングコーチ)
1976年 - 福本誠、プロ野球
1977年 - 小寺右子、アナウンサー
1977年 - ヴィクトリア、スウェーデン王国王族
1978年 - アイビー・イン 〈尹馨〉 、女優
1978年 - 河合竜二、サッカー
1979年 - 本谷有希子、演出家・女優・作家
1979年 - 辻俊哉、プロ野球
1979年 - セルゲイ・イグナシェヴィッチ、サッカー
1979年 - ロビン・ゾルコーヴィ、フィギュアスケート
1980年 - 小山良男、プロ野球
1980年 - ライアン・フリードリック(クサノプチコン)、ミュージシャン(電子音楽)
1981年 - YOMI、ミュージシャン 《ナイトメア》
1981年 - 古谷拓哉、プロ野球
1982年 - 三好ジェームス、アナウンサー
1982年 - Mariko、ミュージシャン(チェリスト) 《Vanilla Mood》
1982年 - 福嶋洋、サッカー
1982年 - エンリケ・ゴンザレス、プロ野球
1982年 - 大石浩二、漫画家
1983年 - 重原佐千子、フリーキャスター・タレント
1983年 - アレクサンドル・シュービン、フィギュアスケート
1983年 - 琴弥山幸基、大相撲
1984年 - ニウマール(ニウマール・オノラート・ダ・シウバ)、サッカー
1984年 - サミール・ハンダノヴィッチ、サッカー
1986年 - 熊谷ちか、タレント
1987年 - 山室公志郎、プロ野球
1988年 - ジェームズ・ヴォーン、サッカー
1988年 - リース・ウィリアムズ、サッカー
1988年 - グラシエル・ジーン・タン、フィギュアスケート
1988年 - 西田あい、歌手
1989年 - 飛翔富士廣樹、大相撲
1989年 - メーガン・オスター、フィギュアスケート
1990年 - アンドレア・セクリン、サッカー
1991年 - 魚住有希、ミュージシャン 《LoVendoЯ(ラベンダー)》
1993年 - 山本彩、タレント・シンガーソングライター 《元 MAD CATZ、元 AKB48、元 NMB48》
1993年 - 中川義貴、サッカー
1994年 - ルーカス・ジオリト、米プロ野球
1995年 - 林愛夏、歌手・タレント 《元 ベイビーレイズJAPAN》
1997年 - 梨奈カロリーナ、モデル
1997年 - 垣田裕暉、 サッカー
2000年 - 阿部詩、柔道
2001年 - 久保史緒里、タレント・モデル 《乃木坂46》
2003年 - 藤本哉汰、タレント

7月14日 記念日 その6

ゼラチンの日、ゼリーの日(続き)。
ゼリーは、果汁、ゼラチン、砂糖の組合わせで作る簡素な生菓子を基本とする。これに、香料、果肉、乳製品、鶏卵、酸味料等を加えることで、多くのバリエーションが生まれる。ゼラチンの代わりに寒天を用いたものとして、ゼリー菓子(寒天ゼリーと呼ぶこともある)が存在しており、殆どが一口大であり、表面をオブラートで包んだり、砂糖をまぶしていることが多い。現在では、さらに殆どが個別包装されている。こうしたゼリー菓子は第二次世界大戦前から製造されており、茶菓子や駄菓子として普及している。また、大量調理を要求される学校給食では、一般的なフルーツゼリーを製造する際に寒天が用いられることが多い。近年の日本では、冷製スイーツの1ジャンルとして各種「ゼリー」が市販されている。これらの多くは、プラスチックのカップ容器入りで、フルーツやコーヒー等のフレーバーをもつ、水気の多い柔らかい製品である。菓子の分野だけでなく、高齢や障害により、嚥下障害(食べ物や水分を、口の中に取込んでから飲込むまでの過程が、正常に機能しなくなった状態)を持つ者に対し、液体によって咽せることなく水分を補給する為に、また、食事を食べ易くするために、ゼラチンやペクチン等を混合してゼリー状する、といった工夫にも用いられている。こうした高機能食品は、高齢化社会を迎える日本では需要が高まると予想されており、官民一体となった研究開発が進められている。
月でひろった卵の日。
山口県柳井市柳井に本社を置き、「果子乃季」の屋号で、山口県内に44店舗の和洋菓子製造販売チェーン店を運営する企業、あさひ製菓株式会社が制定。日付は、1987(昭和62)年7月14日にその1号店がオープンし、メイン商品の「月でひろった卵」が販売されたことから。「月でひろった卵」は、蒸しカステラの中からクリームがとろける、まろやかで優しい味わいの山口銘菓である。国産の高級な栗、地元・山口県産の新鮮で美味しい牛乳と卵、工場の地下から湧き出る名水「琴名水(きんめいすい)」を使って作られている。「月でひろった卵」は、1994(平成6)年の第22回全国菓子大博覧会(金沢菓子博)において、内閣総理大臣賞を受賞した。  
平成24年7月九州北部豪雨。
九州北部は度々集中豪雨に見舞われているが、2012(平成24)年7月11日から7月14日にかけて、九州北部を中心に発生した記録的な大雨により、各地で河川の氾濫や土石流が発生する等の大きな被害となり、気象庁は、この大雨を「平成24年7月九州北部豪雨」と命名した。対馬海峡から朝鮮半島付近に停滞する梅雨前線の南側に位置する九州北部に、東シナ海から暖かく湿った空気が流れ込み、発達した雨雲が、次々と連なる線状降水帯が発生した。線状降水帯とは、「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間に亘ってほぼ同じ場所を通過、又は停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50km〜300km程度、幅20km〜50km程度の強い降水を伴なう雨域」(気象庁が天気予報等で用いる予報用語)である。線状降水帯の実体は、複数の積乱雲の集合体であり、降水セル(雨や雪等の降水現象や、大小さまざまな規模の低気圧を構成する空気の塊)の一種とされる。7月12日未明から朝にかけては、熊本県の熊本地方と阿蘇地方、大分県西部で猛烈な雨が続き、熊本県阿蘇市阿蘇乙姫で、7月12日1時から7時までの6時間に459.5mmの雨量を観測する記録的豪雨となった。7月13日には、佐賀県と福岡県を中心に、7月14日には福岡県と大分県を中心に大雨となった。24時間雨量は、熊本県阿蘇市阿蘇乙姫で507.5mm(7月12日13時20分まで)、福岡県八女市黒木で486.0mm(7月14日11時30分まで)福岡県久留米市耳納山で392.0mm(7月14日7時40分まで) 等、以上を含む全8地点で観測史上1位の値を更新した。死者は、熊本、福岡、大分の3県で計30名、行方不明者も2名となっている。7月12日、九州地方整備局は、熊本県の白川で3ヶ所、合志川で6ヶ所、杖立川の1ヶ所の、合わせて10ヶ所で氾濫を確認した。7月14日6時50分には、大分地方気象台と国土交通省山国川河川事務所は、大分県中津市本耶馬渓町の青地区と耶馬溪町柿坂で、山国川が氾濫したとして氾濫発生情報を出した。7月14日13時20分頃、九州地方整備局は、福岡県柳川市大和町六合を流れる矢部川の堤防が約50mに亘って、支流の沖端川の高さ6mの堤防が約150mに亘って決壊した、と発表した。同日15時35分より、大型のクレーン2台を使って、堤防が壊れた場所にコンクリート製のブロックを置く等して、同日18時30分頃、市内への水の流れ込みが収まったが、周辺の住宅地や水田が浸水する被害が出た他、特別養護老人ホームに入所している高齢者と施設の職員が一時孤立した。7月14日、大分県日田市で、大雨による土砂崩れ等で道路が寸断され、少なくとも市内3ヶ所の地区が周りと行き来ができない状態になった。家屋全壊は、熊本県で209棟、福岡県で119棟、大分県で34棟等、合わせて363棟。家屋半壊は、熊本県で1,262棟、大分県で171棟等、合わせて1,500棟。床上浸水は、福岡県で1,513棟、大分県で990棟、熊本県で523棟等、合わせて3298棟。床下浸水は、福岡県、熊本県、大分県等、合わせて9,308棟。但し、床上浸水、床下浸水の数には、北陸等、九州以外での被害も含まれている。大分県では、7月1日から発生した大雨による被害と区別できないため、7月中の被害が全て計上されている。7月14日、九州自動車道では、福岡IC‐広川IC間の上下線とみやま柳川IC‐植木IC間の上下線、大分自動車道では、鳥栖JCT‐筑後小郡IC間の上下線と朝倉IC‐玖珠IC間の上下線、長崎自動車道では、鳥栖JCT‐嬉野IC間の上下線、西九州自動車道では、武雄JCT‐武雄南IC間の上下線で、それぞれ通行止めとなった。7月13日には、始発より、九州旅客鉄道(JR九州)の九州新幹線は、熊本駅と鹿児島中央駅の上下線で運転を見合わせた。九州のJR在来線は、久大本線筑後吉井駅 - 日田駅間、総延長21.2kmで路盤の流失等3件、橋脚沈下1件(隈上川橋梁)が発生し、日田彦山線添田駅 - 夜明駅間、総延長29.2kmで線路内への土砂の流入5件、路盤の流失等2件が発生(豊前桝田駅 - 彦山駅間の築堤崩壊等)した。豊肥本線肥後大津駅 - 緒方駅間総延長77.7kmでは、線路内への土砂の流入28件、路盤の流失等38件、倒木、冠水等10件が発生した他、いこいの村駅 - 宮地駅間の「泉川橋梁」の損傷、朝地駅 - 緒方駅間の「第一大野川橋梁」の線路流出等が発生した。また、豊肥本線では、7月30日に、立野駅 - 緒方駅間総延長68.1kmで、線路内への土砂の流入54件、路盤の流失等61件、倒木、冠水等15件と発表された。福岡県内陸部の筑豊地区で、九州旅客鉄道(JR九州)から継承した路線を運営する平成筑豊鉄道でも、田川線崎山駅 - 油須原駅間で法面崩壊、築堤崩壊、地盤陥没・緩み、道床流出、土砂流入、雨水流入、電路線障害が合わせて29ヶ所で発生し、油須原駅 - 田川伊田駅間で法面崩壊、地盤陥没・緩み、電路線障害が合わせて11ヶ所で発生する等の被害が出ている。

7月14日 記念日 その5

フランス建国記念日、フランス革命記念日。
1789(寛政元)年7月14日、フランスの首都パリの民衆がバスティーユ監獄(元々は要塞で、ヴァロワ朝第3代国王シャルル5世[在位:1364年 - 1380年]の治世下に建てられ、フランス革命前には政治犯や精神病者を収容した牢獄として使われていた旧体制[アンシャン・レジーム]支配の象徴とされた建物)を襲撃して占領し、多くの政治犯を解放した。これが、世界史上の代表的な市民革命で、前近代的な社会体制を変革して近代ブルジョア社会を樹立した革命とされる、フランス革命の始りとなった。1787(天明7)年に中世フランス王国の王朝、カペー朝の支流である近世フランス王国の王朝、ブルボン朝の王権に対する貴族の反抗に始まった擾乱は、1789(寛政元)年から全社会層を巻込む本格的な革命となり、政治体制は絶対王政(王が絶対的な権力を行使する政治の形態)から立憲王政(制限君主制とも呼ばれる、君主[王]の権力が憲法により規制されている政治の形態)、そして共和制(人民、又は人民の大部分が統治上の最高決定権を持つ政体)へと移行した。さらに、1794(寛政6)年のテルミドール反動(フランス革命政府を支配していたフランス革命期にできた政治党派の1つジャコバン派であるジャコバン派がクーデターで倒れ、ジャコバン派の中心人物であり、フランス革命期の政治家で、史上初のテロリスト[恐怖政治家]・代表的な革命指導者とされるマクシミリアン・ロベスピエールらが処刑された事件)の後に退潮へ向かい、1799(寛政11)年にフランス革命期の陸軍軍人・政治家ナポレオン・ボナパルト(後のフランス第一帝政皇帝ナポレオン1世)によるクーデターと帝政樹立に至る。一般的には、1787(天明7)年の貴族の反抗から1799(寛政11)年のナポレオン・ボナパルトによるクーデターまでが革命期とされている。フランスの王政と旧体制(アンシャン・レジーム)が崩壊する過程で、封建(上位の君主が、臣下に対して、その領地支配を認め、爵位を与え、臣従[貢納・軍事奉仕等]を義務付ける社会制度)的諸特権が撤廃されて近代的所有権が確立される一方、アッシニア紙幣を巡って混乱が起こった。なお、アッシニア紙幣とは、1789(寛政元)年12月19日から1796(寛政8)年3月10日までの間、フランス革命期のフランス、及びその姉妹共和国で使用された紙幣である。元々は土地債券(債券とは、国、地方公共団体、政府関係機関、株式会社等が多くの投資家から均一条件で大量の資金を借入れる場合に発行する一種の債務証書で、その発行者に対する債権を表示した有価証券である)で、利子付きであり、担保も設けられた公債であったが、歳入と正貨の著しい不足から、不換紙幣(本位貨幣[正貨たる金貨や銀貨]との兌換が保障されていない法定紙幣)として強制流通(貨幣において、額面で表示された価値で決済の最終手段として認められる効力が強制通用力で、法律により強制通用力が付与された貨幣を、通貨、或いは法貨[法定通貨]という)されることになった。しかし、激しい物価上昇(インフレーション)を引起こして、経済と革命とを大混乱させ、最終的には廃止された。革命によって生まれたフランス第一共和政は、ナポレオン・ボナパルト独裁による執政政府の開始によって約10年で終わった。さらに、ナポレオン・ボナパルトによるフランス第一帝政を経て、ナポレオン・ボナパルトの失脚後にはブルボン朝が復活した(フランス復古王政)。なお、当時のフランスでは度量衡(さまざまな物理量の測定、或いは物理単位のことで、字義的には、度は「長さ」及び「さし[ものさし]」、量は「体積」 及び「枡[升、ます]」、衡は「質量」及び「秤[はかり]」を表わしている)が統一されていなかったが、世界で共通に使える統一された単位制度の確立を目指して、1791(寛政3)年に「メートル法」が定められた。フランス以外の国家でも、度量衡の単位の統一に悩んでおり、「メートル法」に興味を持ち始めた。1867(慶応3)年のパリ万国博覧会(フランスの首都パリで開催された国際博覧会で、42ヶ国が参加し、会期中約1,500万名が来場した)の際、パリに集まった学者の団体が、「メートル法」によって単位の国際統一する決議を行なった。1875(明治8)年、「メートル法」を導入するため、各国が協力して努力するという主旨の「メートル条約」が締結された。「メートル法」は定着までには時間を要したが、今日では、国際的に定めた単位系である国際単位系(SI)として、世界における標準的な単位系となっている。なお、国際単位系(SI)は、「メートル法」の後継とされているが、「メートル法」が発展したものでもある。公式に建国記念日として祝われるのは、翌1790(寛政2)年同日の「連盟祭」である。1880(明治13)年から祝日となった。このフランス共和国の成立を祝う日が、日本で「パリ祭」と呼ばれているのは、フランスの映画監督・脚本家・映画プロデューサー、ルネ・クレールが監督した1932(昭和7)年のフランス映画『Lu Quatorze Juillet(7月14日)』の邦訳名が『巴里祭』であったことに因む。映画の原題は、端的に「7月14日」というものである。しかし、それだけでは日本人には馴染みがないため、『巴里祭』という邦題となった。この日には、フランス各地で1日中花火が打上げられる。また、パリでは軍事パレードが開催される他、慣例として、消防士達はダンス・チームを組んで市民に披露する。 
ゼラチンの日、ゼリーの日。
東京都中央区日本橋本町に本部を置く業界団体、日本ゼラチン・コラーゲンペプチド工業組合(2015[平成27]年に日本ゼラチン・コラーゲン工業組合と改称)が、2004(平成16)年に「ゼラチンの日」を、2005(平成17)年に「ゼリーの日」を、それぞれ制定した。ゼラチンがフランス料理によく使われることから、フランス革命の日をその記念日とした。また、ゼラチンがゼリーの主材料となることから、同じ日を「ゼリーの日」としている。なお、この時期は、ゼラチンやゼリーの消費が増えることもその理由の1つ。ゼラチンは、動物の皮膚や骨、腱等の結合組織の主成分であるコラーゲン(たんぱく質の1つ)に熱を加え、抽出したものである。日本では、主に食品や医薬品等に使われる純度の高いものをゼラチン、日本画の画材や工芸品等の接着剤として利用する精製度の低いものを膠(ニカワ)と称している。中国から日本に膠が伝わったのは、日本に伝存する最古の正史『日本書紀』等の記述から第33代天皇、推古天皇の時代、「膠墨」としてもたらされたものと考えられている。奈良時代以降、製墨原料、建築・指物用接着剤、織布の仕上げ剤、医薬品(造血剤)等の材料として普及した。20世紀に入り、フィルムや印画紙に吸湿性の低い高純度のゼラチンが必要になったことから、洋膠(ゼラチン)の技術導入が始まった。食材としての伝来は遅く、明治時代以降、欧米の食文化の到来と共にゼラチンとして知られることになったが、食用のゲル化剤としては和菓子等に用いる寒天や葛粉等、多糖類系統のものが既に広く用いられていたこともあり、1935(昭和10)年頃、国内で食品にできるだけの純度に精製する技術が確立して後、ようやく食品用ゼラチンが普及することとなった。ゼリーの語源は、ラテン語(古代ローマ帝国の公用語であり、中世から近代の初めに至るまで、カトリック教会を中心とする全ヨーロッパの知識層の、言わば共通の文語として用いられた、ギリシャ語と並ぶ西ヨーロッパの古典語)の「凍る、固まる」を意味する「ゲラーレ」が由来とされている。また、フランス語の「ジュレ」も同じ語源から来ている。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事