スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル 柴犬ハルがお伝えします

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1962年 - 東京都豊島区の池袋駅 - 杉並区の荻窪駅間を結ぶ本線と、中野区の中野坂上駅 - 杉並区の方南町駅間を結ぶ分岐線(通称は方南町支線)から構成される、帝都高速度交通営団(営団地下鉄、現在の東京地下鉄[東京メトロ])丸ノ内線が全線完成する。なお、新宿駅 - 荻窪駅間と中野坂上駅 - 方南町駅間は、開業当時は荻窪線と呼ばれており、池袋駅 - 新宿駅間を丸ノ内線と呼称していたが、1972年4月1日に荻窪線を丸ノ内線と名称統一し、現在に至っている。
1963年 - 愛知大学山岳部薬師岳遭難事故。富山市南東部に位置する標高2,926mの山で、飛騨山脈(北アルプス)立山連峰の主要峰である薬師岳において、冬山訓練を行なっていた名古屋大学登山部員が、同年1月より行方不明となっていた愛知大学山岳部員数名の遺体を発見する(後に5名と判明)。愛知大学山岳部の13名は、1962年末から翌1963年1月初旬までの予定で、薬師岳の登頂に挑んだが、天候の急激な悪化による猛吹雪から連絡を絶つ。後に昭和38年1月豪雪(サンパチ豪雪)と呼ばれる、第二次世界大戦後の日本の中でも、特に激甚な被害をもたらした極端な豪雪のため、捜索は困難を極め、1月末には一旦打切られる。名古屋大学登山部員による遺体発見の後、5月までに計11名の遺体と遺品が発見され、残り2名は10月になって発見されている。
1965年 - アメリカが、世界初の2人乗り宇宙船「ジェミニ3号」を打上げる。
1976年 - 児玉誉士夫邸セスナ機特攻事件。大物右翼のフィクサー(正規の手段によらず、意思決定の過程に介入する資金、政治力、人脈等を持つ人物)と呼ばれていた児玉誉士夫の私邸(東京都世田谷区等々力に所在)に、小型航空機(パイパー社製PA-28機)が突入して爆発炎上する。この火災で、児玉誉士夫邸の2階一部が類焼し、家政婦が負傷する。突入したのは、東京都中部にある調布飛行場を離陸した2機の内の1機で、航空事故ではなく、覚悟の特攻という自爆テロ行為とされる。操縦していたのは、俳優の前野光保(当時29歳)で、かつては、右翼の運動家であった児玉誉士夫を尊敬していたが、1976年2月に発覚した、アメリカの航空機製造大手のロッキード社(現在はロッキード・マーティン社)による、主に同社の旅客機の受注を巡って明るみに出た世界的な大規模汚職事件、ロッキード事件に絡んで起訴された児玉誉士夫に対し、裏切られたと感じた前野光保は、児玉誉士夫を「利権屋」と断じ、「天誅を下すべき」との思いから特攻に及んだという。
1986年 - 南岸低気圧(概ね毎年1月から4月にかけてよく発生する、日本列島南岸を発達しながら東に進んでいく低気圧で、日本に寒気を運ぶことが多い)の通過により、関東地方で、この時期としては季節外れの記録的な大雪となり、最深積雪は栃木県日光と山梨県河口湖で75cm、横浜で10cm、東京都心で9cmを観測する。南岸低気圧は、日本列島の太平洋側に大雪や大雨を降らせることが多く、特に、東京を含む関東地方南部における大雪の殆どは、南岸低気圧によるものと言われている。強風と着雪により、神奈川県内で送電線の鉄塔6基が倒壊し、最長50時間以上の停電が発生、断水も加わり約3,000,000名に影響する。また、東京都西東京市田無町に所在する、西武鉄道新宿線田無駅では、パンタグラフに付着した雪の除雪のため、停車中の列車に後続列車が衝突し、204人が負傷する。この事故は、大雪のためブレーキが利かなくなったことが原因とされる。
1996年 - 中華民国(台湾)初の総統直接選挙(1996年中華民国総統選挙)で李登輝が当選する。政治の民主化を推進させた李登輝は、外交では、今までの「中華民国は中国全土を代表する政府」という建前から脱し、「現実外交」を展開している。
1998年 - ロシアの大統領ボリス・エリツィンが、燃料エネルギー相セルゲイ・キリエンコを第一副首相に昇格させ、首相代行に任命、組閣を指示する。
1999年 - 南アメリカ中央南部に位置するパラグアイの副大統領、ルイス・マリア・アルガーニャが暗殺される。
1999年 - 能登半島沖不審船事件。日本海中東部に位置する佐渡島西方沖の日本領海内で、海上自衛隊の対潜哨戒機ロッキードP-3Cオライオンが不審漁船を発見。海上保安庁と海上自衛隊が追跡し、威嚇射撃を行なう。自衛隊への初の実戦命令となった海上警備行動(防衛大臣が、海上における人命、若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要があると判断した場合に命ぜられる、自衛隊の部隊による海上における必要な行動)が発令される事件で、自衛隊の歴史上も重要なものとなる。3月21日から、日本海の能登半島東方沖の海上で、不審な電波発信が続けられているのを各関係機関が一斉に傍受したことを受け、京都府舞鶴市の海上自衛隊舞鶴基地から護衛艦3隻、『はるな』『みょうこう』『あぶくま』が緊急出港する。同時に、警察庁から日本海側各県の警察に対して、沿岸の警戒強化を呼掛ける「KB(KOREAN-BOAT)参考情報」が発せられる。3月23日の朝、対潜哨戒機ロッキードP-3Cオライオンが不審漁船を発見し、海上自衛隊による追跡が始まる。海上保安庁は、巡視船艇15隻、及び航空機12機を動員し、追跡は夜まで及んだが不審船は停船せず、挑発するように逃走を続ける。その後、不審船が増速したため、威嚇射撃が指示され、海上保安庁の巡視艇が、20mm機関砲で曳光弾(発光体を内蔵した特殊な弾丸で、射撃後、飛んで行く間に発光することで、軌跡が分かるようになっている)を50発発砲する等、海上保安庁の巡視艇群による威嚇射撃が大規模に行なわれる。不審船は威嚇射撃に反応したためか、大きく増速して逃走。巡視艇の燃料不足や、不審船の巡視艇のレーダー探知距離外への離脱等から、一旦は追跡打切りの方針に傾く。しかし、一時的に追手との距離が開いたために、日本側が追跡を断念したと見たのか、不審船が突然停止したことにより、海上警備行動の発令が決断される。海上自衛隊の護衛艦群の警告射撃と、対潜哨戒機ロッキードP-3Cオライオンが搭載する対潜爆弾による警告爆撃が開始され、護衛艦『みょうこう』による不審船に接近しての立入り検査も企図されたが、結局、不審船がその後も高速で逃走し続けたことで、日本の防空識別圏(各国が防空上の必要性から、領空とは別に設定した空域)を越えたため、追跡は断念されている。
2001年 - 旧ソビエト連邦の宇宙ステーション「ミール」が、南太平洋上の大気圏で廃棄処分される。
2008年 - 土浦連続殺傷事件。東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線荒川沖駅の構内で、殺人容疑で指名手配中の男性被疑者が通行人を刃物で切付け、2名が死亡し、7名が重傷を負う。
2009年 - 野球の世界一決定戦、第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝。日本代表チームが2連覇を達成する(現地時間)。
2009年 - フェデックス80便着陸失敗事故。中国南部、広東省広州市にある広州白雲国際空港から成田国際空港(成田空港)に向かっていた、フェデックス(アメリカに本社を置く世界最大手の国際貨物航空会社)80便マクドネル・ダグラスMD-11F型貨物機が強風の中で成田空港にアプローチ中、2回バウンドして爆発・炎上。乗員2名が死亡する。この時、事故機にはポーポイズ現象が発生していたとされる。ポーポイズ現象とは、航空機の着陸時に接地と縦ゆれを繰返す現象であり、重量の軽い軽飛行機ではみられるが、MD-11型のような大型機では比較的まれな現象である。
2013年 - 公共交通機関を利用する際に運賃等として利用できる共通乗車カード、Suica・PASMO・Kitaca・TOICA・ICOCA・SUGOCA・nimoca・はやかけん・manaca・PiTaPa間で、乗車カード相互利用が開始される。
2015年 - イタリアの大手タイヤメーカー、ピレリが、中華人民共和国の国有化学大手、中国化工集団公司に買収される。
2018年 - 韓国の元大統領李明博が、収賄や背任、職権乱用等の容疑で逮捕される。

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1274年 - 幕府や諸宗を批判したとして佐渡国(現在の新潟県佐渡市)へ流罪されていた仏僧、日蓮が鎌倉幕府に赦免され、佐渡から鎌倉へ帰る。後に日蓮は、甲斐国波木井郷(現在の山梨県南巨摩郡身延町)に身延山久遠寺を開山。法華経の読誦・広宣流布を行ない、弟子信徒を教化育成し、更には日本に迫る蒙古軍の退散、国土安穏を祈念する。日蓮は、「南無妙法蓮華経」の題目を唱え(唱題行)、妙法蓮華経に帰命していく中で、凡夫の身の中にも仏性が目覚めてゆき、真の成仏の道を歩むことができる、という教えを説き、法華宗(日蓮宗)の祖となる。
1336年 - 豊島河原合戦。第96代天皇、後醍醐天皇に反旗を翻した足利尊氏を総大将とする反乱軍が、新田義貞と北畠顕家を総大将とする後醍醐天皇軍とが、摂津国豊島河原(主に大阪府箕面市を流れる箕面川の下流で、大阪府箕面市と大阪府池田市の境界を接する河原と見られている)で合戦を繰広げるが、勝敗が付かず、川の両岸で睨み合いが続いた後、後醍醐天皇軍側として参戦した楠木正成が西宮(現在の兵庫県西宮市)へ赴き、背後から足利尊氏軍を襲い、西宮に合戦地が移ったとされる。
1400年 - 東南アジアのインドシナ半島東部に位置するベトナムで、胡季犛(ホー・クイ・リ)が陳朝(ベトナムの王朝)第13代皇帝、少帝から皇位を簒奪し、陳朝が滅亡する。
1585年 - 天正遣欧少年使節が、ローマ教皇グレゴリウス13世に公式謁見する。天正遣欧少年使節は、九州のキリシタン大名、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された4名の少年を中心とした使節団である。イタリア出身のイエズス会(キリスト教、カトリック教会の男子修道会)員アレッサンドロ・ヴァリニャーノが発案したもので、1590年に帰国する。使節団によってヨーロッパの人々に日本の存在が知られる様になり、使節団の持帰ったグーテンベルク印刷機(ドイツ出身の金属加工職人・印刷業者、ヨハネス・グーテンベルクが発明した印刷機)によって、日本語書物の活版印刷(活字を組合わせて作った版である活版で印刷すること)が初めて行なわれ、キリシタン版と呼ばれるようになる。
1633年 - 江戸幕府が、奉書船(将軍が発給した朱印状に加えて、老中の書いた奉書という許可証を持った船)以外で海外渡航した日本人の帰国を禁止する。
1775年 - アメリカ独立戦争: 弁護士で政治家のパトリック・ヘンリーが、「自由を与えよ。然らずんば死を与えよ」という発言を含む演説を行なう。北アメリカ大陸に設立されたイギリス領植民地、バージニア植民地(現在のアメリカ合衆国東部のバージニア州とウェストバージニア州、アメリカ合衆国中東部のケンタッキー州の全域等を領域とした)における、イギリスの支配に異議を唱える者達の代弁者となったパトリック・ヘンリーは、バージニアはイギリスの支配に異議を唱えるニューイングランド地方(現在のアメリカ合衆国北東部地域)の抵抗運動に参加すべきことを訴えて演説を行なったが、その結びとしたのがこの発言で、歴史に記憶される名文句となる。
1801年 - ロシア皇帝パーヴェル1世が暗殺される。東ヨーロッパの君主国で、啓蒙専制君主(理性による思考の普遍性と不変性を主張する思想、啓蒙思想を掲げて「上からの近代化」を図った君主)の代表の1人とされ、ロシア帝国の領土を、隣国のポーランドやウクライナに拡大し、大帝 (ヴェリーカヤ)と称されるエカチェリーナ2世の崩御を受け、エカチェリーナ2世の第1皇子であるパーヴェル・ペトロヴィチが、パーヴェル1世として即位するが、短気で猜疑心の強い性格のパーヴェル1世は、エカチェリーナ2世との確執から、エカチェリーナ2世時代の政治を全否定する政治路線を採り、次第に廷臣から離反され、ついには軍によるクーデターを招くこととなる。 
1806年 - アメリカで、白人アメリカ人で初めて陸路での太平洋への探検を行なったルイス・クラーク探検隊(発見隊)が復路の探検に出発する。
1887年 - 官報(国としての作用に関わる事柄の広報、及び公告をその使命とする政府の機関紙)で「創設所得税法」と呼ばれる「朕、所得税法ヲ裁可シ、茲ニ之ヲ公布セシム(明治20年3月23日勅令第5号)」が公布される。導入の当初は、所得金額300円以上の高額所得者のみを納税義務者としていたことから、「名誉税」とも呼ばれる。大正時代中期以降に基幹税としての姿を整え、1923年に発生した大正関東地震(関東大震災)後の頃には、所得税が税制の中心的存在と認識される。現行の「所得税法(昭和40年3月31日法律第33号)」は、1947年に制定された「所得税法(旧法、昭和22年3月31日法律第27号)」を全部改正して制定されたものである。
1914年 - アメリカ海軍のネバダ級戦艦(アメリカ海軍で初めて三連装砲塔を搭載した艦)の2番艦『オクラホマ』が進水する。1916年5月2日に就役した『オクラホマ』は、1927年9月から1929年7月にかけて近代化改修を施されている。1941年12月8日(日本時間)、日本海軍が休日である日曜日(現地時間)を狙って、太平洋中央部の洋上に位置するアメリカ合衆国自治領、ハワイ準州(1959年8月21日、完全なアメリカ合衆国領としてハワイ州が成立し、今ではアメリカ合衆国50番目の州として認知されている)のオアフ島南部に所在する入り江の1つで、湾内にアメリカ海軍の軍事拠点(軍港)等が置かれている真珠湾を奇襲攻撃(空爆)し、約3年6ヶ月に及ぶ太平洋戦争(第二次世界大戦対米英戦)の火蓋が切って落とされた(真珠湾攻撃)際、真珠湾を母港としていた『オクラホマ』は、日本海軍の艦載機編隊から集中攻撃を受け、転覆沈没する。その後は、最低限の処理が行なわれたのみで、真珠湾内にて横転着底状態のまま放置され、1944年9月1日に退役扱いとなる。
1919年 - イタリアで、第一次世界大戦の復員軍人のベニート・ムッソリーニが「戦士のファッショ(後のファシスト党)」を結成。
1935年 - ソビエト連邦が、満州国(現在の中国東北部に存在した国家)に東清鉄道(ロシア帝国が満州北部に建設した鉄道路線)を有償譲渡する協定の調印が行なわれる。
1942年 - 第二次世界大戦: 日本軍がインド洋の北東部分の湾、ベンガル湾の洋上にあるアンダマン諸島を占領。
1945年 - 第二次世界大戦: アメリカ軍の沖縄上陸作戦開始に伴ない、ひめゆり学徒隊(大日本帝国軍の看護要員として戦場に動員された女子学生隊)に動員令が下る。
1945年 - 赤石村雪泥流災害。3月22日23時頃、青森県西津軽郡赤石村(現:青森県西津軽郡鰺ヶ沢町)で雪泥流(大量の水を含んだ雪崩[スラッシュ雪崩]が、斜面から渓流へと流下する際に、渓岸や河床の堆積物を浸食し土石流[土砂が雨水等と混合して、河川・渓流等を流下する現象]化するもの)が発生し、川が堰き止められ、天然ダムが形成される。この天然ダムが、翌3月23日未明にかけて決壊し、下流の大然集落を雪を伴なった泥流が襲う。大然集落は、山で狩猟を行なう「またぎ」の住む集落であったが、全21戸の内の20戸が流失し、87名が死亡する等、集落は壊滅状態となる。この年は雪が多く、3月に入って雪や雨の日が続いていたことから、上流の山の地盤が緩んでいたという。
1950年 - 世界気象機関(WMO)が設立される。
1951年 - 解散寸前のプロ野球団広島カープ(現:広島東洋カープ)が、広島県や中国新聞等の再建策提出で存続を決定。
1953年 - 中国からの引揚げ第1船となる客船『興安丸』(総トン数7,079t)が、京都府舞鶴市にある舞鶴港に入港する。
1956年 - 南アジア、インドの西隣に位置するパキスタンが、世界初のイスラム教徒による共和国となる。

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3月23日 誕生日 その2

1961年 - 出光ケイ、テレビキャスター・スポーツジャーナリスト
1961年 - 武正公一、政治家
1962年 - 松村和子、歌手
1962年 - 夏まゆみ、振付師
1962年 - 山賀博之、アニメ監督
1962年 - スティーヴ・レッドグレーヴ、ボート競技
1963年 - ミチェル(ホセ・ミゲル・ゴンサレス・マルティン・デル・カンポ)、サッカー
1964年 - 大木裕之、映像作家・現代美術家
1964年 - 中島京子、作家
1964年 - 速水今日子、女優
1965年 - トニーニョ(アントニオ・ジョルジ・セシリオ・ソブリホ)、サッカー
1965年 - 皆川ゆか(皆河有伽)、作家・漫画原作者
1965年 - ペーター・シールゲン、騎手・調教師
1965年 - 太田治、ラグビー
1966年 - 大沢逸美、歌手・タレント・女優
1966年 - ゲレン大嶋、ミュージシャン(三線[三味線に似た弦楽器の一種]奏者)・作曲家・ラジオDJ 《coco←musika》
1967年 - 七瀬なつみ、女優
1967年 - ジェリー・ブルックス、プロ野球
1968年 - SABE、漫画家
1968年 - 国吉伸洋、アナウンサー
1968年 - 戸田弥生、ヴァイオリニスト
1968年 - デーモン・アルバーン、ミュージシャン 《Blur》
1968年 - フェルナンド・イエロ、サッカー
1968年 - 古舘寛治、俳優
1969年 - 林壮一、ノンフィクション作家
1970年 - 松永政行、体操
1970年 - 瀬川晶司、将棋
1970年 - 天方直実、シンガーソングライター
1971年 - 天山広吉、プロレス
1971年 - ヤスミン・ゴーリ、モデル
1972年 - 亀岡慎一、キャラクターデザイナー
1972年 - ジュディット・ゴドレーシュ、女優
1972年 - タケル、キックボクシング
1972年 - ジョー・カルザゲ、ボクシング
1972年 - ヨナス・ビョークマン、テニス
1973年 - ジェイソン・キッド、バスケットボール
1973年 - イェジー・ドゥデク、サッカー
1973年 - 沢松奈生子、テニス
1973年 - 篠田陽介、政治家
1974年 - マーク・ハント、格闘家
1974年 - 平松一宏、プロ野球
1974年 - 穂高あゆみ(麻生あゆみ)、元女優
1975年 - 峰倉かずや、漫画家
1975年 - 辻栄蔵、競艇
1976年 - マルキーニョス(マルコス・ゴメス・デ・アラウージョ)、サッカー
1976年 - ミシェル・モナハン、女優
1977年 - マキシム・マリニン、フィギュアスケート
1978年 - ワルテル・サムエル、サッカー
1978年 - 北清水雄太、ミュージシャン 《サスケ》
1978年 - 小島智子、チアリーダー
1979年 - マーク・バーリー、米プロ野球
1979年 - 姜暢雄、俳優
1979年 - 川畑宏美、バスケットボール
1981年 - 本田武史、フィギュアスケート
1981年 - 梅佳代、写真家
1981年 - 加藤健、プロ野球
1981年 - 辻本健司、ミュージシャン 《Chicago Poodle》
1981年 - 根建太一、タレント 《囲碁将棋》
1981年 - トニー・ペーニャ・ジュニア、米プロ野球
1982年 - 佐藤友則、騎手
1983年 - 松下省伍、ミュージシャン 《MONOBRIGHT》
1985年 - ベサニー・マテック・サンズ、テニス
1986年 - 水瀬葵、タレント
1986年 - 小田原彩、タレント
1987年 - 一色雅、タレント
1987年 - あんどうさくら、声優
1988年 - 桜木睦子、タレント
1988年 - 平田良介、プロ野球
1988年 - 古谷有美、アナウンサー
1988年 - 灘坂舞、タレント
1988年 - 小野塚彩那、フリースタイルスキー
1988年 - デリン・ベタンセス、米プロ野球
1988年 - 古谷有美、アナウンサー
1988年 - 安枝瞳、モデル・タレント
1989年 - 山田弘喜、プロ野球
1989年 - 西田麻衣、タレント
1989年 - イ・デウン 〈李大恩〉、プロ野球
1989年 - 遠藤一星、プロ野球
1990年 - 芦野李沙、バレーボール
1990年 - ダイヤモンド酒井理絵、キックボクシング
1990年 - ハイメ・アルグエルスアリ、レーシングドライバー
1990年 - ユージェニー・オブ・ヨーク、・グレートブリテン=北アイルランド連合王国王族
1991年 - 川島絢子、タレント
1991年 - 千賀健永、タレント 《ジャニーズJr./Kis-My-Ft2》
1991年 - 鳥海汐里、タレント
1992年 - カイリー・アービング、バスケットボール
1993年 - 横山和生、騎手
1994年 - 川口翔平、俳優
1994年 - ニック・パウエル、サッカー
1995年 - オザン・トゥファン、サッカー
1996年 - 仲西彩佳、タレント 《元 HKT48》
1996年 - ほのか、モデル・タレント
1997年 - 藤本紗羅、タレント 《元 AKB48》
1998年 - 佐野勇斗、歌手・俳優 《EBiDAN/M!LK》

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1338年 - 後光厳天皇、北朝第4代天皇
1543年 - 上井覚兼、武将(島津氏家臣)
1638年 - フレデリクス・ルイシ、植物学者・解剖学者
1689年 - ヨハン・アダム・クルムス、解剖学者
1749年 - ピエール=シモン・ラプラス、数学者
1769年 - ウィリアム・スミス、地質学者
1823年 - ジョージ・ヘンリー・ウィリアムズ、裁判官・政治家
1826年 - レオン・ミンクス、作曲家
1829年 - ノーマン・ポグソン、天文学者
1834年 - ユリウス・ロイプケ、作曲家・ピアニスト・オルガニスト
1835年 - 松方正義、政治家・第4代首相
1858年 - ルートヴィッヒ・クヴィデ、歴史学者・平和主義者・ノーベル平和賞受賞者
1862年 - 本野一郎、外交官
1873年 - 秦佐八郎、細菌学者
1878年 - フランツ・シュレーカー、作曲家
1881年 - ロジェ・マルタン・デュ・ガール、作家
1881年 - ヘルマン・シュタウディンガー、化学者・ノーベル化学賞受賞者
1881年 - エゴン・ペトリ、ピアニスト
1881年 - ギャビー・クラバス、米プロ野球
1882年 - エミー・ネーター、数学者
1881年 - ヘルマン・シュタウディンガー、化学者・ノーベル化学賞受賞者
1881年 - ロジェ・マルタン・デュ・ガール、作家
1883年 - 北大路魯山人、陶芸家・書家・料理研究家
1884年 - 徳川家正、外交官・政治家・徳川宗家第17代当主・第13代貴族院議長
1887年 - フアン・グリス、画家
1887年 - ヨゼフ・チャペック、画家・作家
1887年 - 岩田祐吉、俳優
1893年 - フランツ・フォン・ヴェチェイ、ヴァイオリニスト・作曲家
1894年 - 吉田甲子太郎、翻訳家・児童文学者
1900年 - エーリヒ・フロム、精神分析学者
1901年 - 森澤信夫、印刷技術者・実業家・モリサワ(印刷機メーカー)創業者
1901年 - 橘家円蔵 〈7代目〉、落語家
1905年 - ジョーン・クロフォード、女優
1905年 - ララ・アンデルセン、歌手・女優
1905年 - ポール・グリモー、アニメーター・映画監督
1907年 - ダニエル・ボベット、薬理学者・ノーベル生理学・医学賞受賞者
1908年 - アルヒープ・リューリカ、航空機技術者
1910年 - 黒澤明、映画監督
1912年 - ヴェルナー・フォン・ブラウン、ロケット技術者・宇宙工学者
1912年 - 杉森久英、作家
1913年 - 麻生三郎、洋画家
1915年 - ヴァシリ・ザイツェフ、陸軍軍人
1919年 - 水戸光子、女優
1920年 - 川上哲治、プロ野球
1921年 - ジェイムズ・ブリッシュ、SF作家
1924年 - 高瀬文志郎、天文学者
1925年 - 潮健児、俳優
1926年 - 若杉嘉津子、女優
1926年 - 土井君雄、実業家・カメラのドイ(写真用品店チェーン「カメラのドイ」展開企業、2003年に倒産)創業者
1926年 - 島京子、作家
1929年 - 犬塚弘、ミュージシャン・俳優 《元 クレージーキャッツ》
1929年 - 村松剛、評論家
1929年 - 津本陽、作家
1930年 - 大脇照夫、プロ野球
1931年 - 戸川昌子、推理作家・歌手
1931年 - ヴィクトール・コルチノイ、チェス選手
1932年 - 辻真先、推理作家・脚本家
1933年 - ヘイス・アラン・ジェンキンス、フィギュアスケート
1933年 - フィリップ・ジンバルドー、心理学者
1933年 - 畑中正一、免疫学者
1933年 - 宍戸游子、エッセイスト
1934年 - マーク・ライデル、映画監督・俳優・映画プロデューサー
1936年 - 山田智彦、作家
1936年 - マークス寿子、作家
1937年 - ロバート・ギャロ、生体臨床医学者
1937年 - 黒田夏子、作家
1938年 - 佐藤文隆、宇宙物理学者
1938年 - 南原幹雄、作家
1938年 - 石上滋夫、プロ野球
1939年 - ボリス・ティシチェンコ、作曲家
1940年 - トミー・ビロッティ、マフィア
1942年 - ミヒャエル・ハネケ、映画監督
1942年 - 森山加代子、歌手
1943年 - 松本照夫、プロ野球
1943年 - 中村多仁子、体操
1944年 - マイケル・ナイマン、作曲家
1944年 - コロムビア・ローズ 〈2代目〉 、歌手
1947年 - 鳥塚しげき、ミュージシャン 《元 ザ・ワイルド・ワンズ》
1949年 - 江畑謙介、軍事評論家
1949年 - 福本潤一、政治家
1949年 - 田原アルノ、声優
1950年 - コリンヌ・クレリー、女優
1950年 - 新井政彦、作家
1951年 - 中村英子、女優
1952年 - 児島美ゆき、女優
1952年 - 数住岸子、ヴァイオリニスト
1952年 - キム・スタンリー・ロビンソン、SF作家
1953年 - チャカ・カーン、R&B歌手
1954年 - 堀秀行、声優
1954年 - 山田耕大、脚本家
1954年 - 小中肇、映画監督
1955年 - モーゼス・マローン、バスケットボール
1956年 - 山本恭司、ミュージシャン 《BOW WOW》 
1956年 - 長田渚左、ノンフィクション作家・キャスター・女優
1956年 - 剛竜馬、プロレス
1956年 - ジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ、政治家・ポルトガル共和国第117代首相
1956年 - 瓦林智、CMディレクター
1957年 - 浅田彰、哲学者
1957年 - アマンダ・プラマー、女優
1959年 - 伊倉一恵、声優
1960年 - きゃんひとみ、アナウンサー・タレント・ラジオパーソナリティ
1960年 - 城谷光俊、俳優
1960年 - 多和田葉子、作家

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3月23日 記念日 その3

ほけんショップの日。
日本初の生命保険、損害保険の隔てなく、複数社の保険商品を取扱う来店型の保険代理店(ほけんショップ)がオープンした日が、2000(平成12)年の3月23日。保険会社直販が中心の保険の流通が大きく変化したこの日を記念して、東京都渋谷区渋谷に本社を置き、「ほけんの窓口」等を展開する株式会社ライフプラザホールディングスが制定。保険ショップ事業、訪問相談事業、通信販売事業、保険募集パートナー事業、銀行アライアンス(提携)事業を手掛けている株式会社ライフプラザホールディングスは、2012(平成24)年に、社名をほけんの窓口グループ株式会社と変更した。そして、2014(平成26)年には、日本屈指の巨大総合商社であると共に、アジア有数のコングロマリット(異業種複合企業体)でもある大手総合商社、伊藤忠商事株式会社が、ほけんの窓口グループ株式会社の発行済株式の24.2%を取得して、ほけんの窓口グループ株式会社を、「持分法」という方法(投資会社が、被投資会社の資本、及び損益の内、投資会社に帰属する部分の変動に応じて、その投資の額を連結決算日毎に修正する方法)で親会社の連結決算に加わる、持分法適用関連会社とした。保険ショップとは、複数の保険会社の商品を販売する代理店の店舗である。従来の保険の代理店は、特定の保険会社の商品を取扱い、企業や商店、個人宅等へ営業に行き、契約を取ってくる訪問販売が主であった。しかし、企業のセキュリティーが強化され、外部の人間が気軽に会社内等に入ることができなくなってきたことから、代理店の経営が厳しくなった。そこで登場したのが保険ショップで、複数の保険会社の商品の中から、個人に合った商品を提案するスタイルとなった。訪問販売はせずに、必要とする人が自らショップへ赴く訳である。保険ショップが急増した背景は、景気悪化等による保険見直しのニーズに加え、1996(平成8)年の保険業界自由化に始まり、2002(平成14)年に保険業や銀行業等の代理店業務が解禁になる等、規制緩和の影響も大きいとされる。保険制度は、偶然に発生する事故(保険事故)によって生じる財産上の損失に備えて、多数の者が金銭(保険料)を出し合い、その資金によって事故が発生した者に金銭(保険金)を給付する制度である。保険の対象とされる保険事故には、交通事故・海難事故・火災・地震・死亡等、様々な事象があり、人間生活の安定を崩す事件・事故・災害等の危険に対処する。保険関係の設定を目的とする契約を保険契約といい、保険契約の当事者として、保険料の支払義務を負う者を保険契約者、保険事故が発生した場合に保険金を支払うことを引受ける者を保険者という。保険者として保険事業(保険業)を営む会社を保険会社といい、日本では「保険業法(平成7年6月7日法律第105号)」により規制されている。日本では、保険に関しては「商法(明治32年3月9日法律第48号)」の第2編第10章等に定められており、「保険法」という名の法律はなかったが、「商法」の規定に今日的見直しを行なった「保険法(平成20年6月6日法律第56号)」が2008(平成20)年5月30日に成立、同年6月6日に公布された。日本にも、古くから社倉・義倉(地域の役所や民間が主体となった万一に備えた倉庫)、頼母子講(たのもしこう、金銭の融通を目的とする民間互助組織)、抛銀(なげがね、投銀とも称する、貿易に投資された貸付金)、海上請負(廻船問屋や船主が、積み荷の運送中に生じた損害を負担する代わりに高い運賃を取るもの)等、保険に類似した仕組みはあった。しかし、今日の保険は、明治維新の時に欧米の保険制度を導入して始まったものである。1859(安政6)年には、開港したばかりの武蔵国久良岐郡横浜村(現在の神奈川県横浜市)で、外国人を対象に、外国保険会社によって火災保険や海上保険の引受けが始められた。1867(慶応3)年には、著述家・啓蒙思想家・教育者の福沢諭吉が、西洋旅行のための実践的なガイドブックとされる『西洋旅案内』の附録の中で、「災難請合の事 イシュアランス」として「生涯請合」(生命保険)、「火災請合」(火災保険)、「海上請合」(海上保険)の仕組みを広く紹介した。また、日本を代表する文豪の1人である作家・評論家・英文学者、夏目漱石も、保険制度の普及をその著書で薦めている。1879(明治12)年には東京海上保険会社(現在の東京海上日動火災保険株式会社)が、1881(明治14)年には明治生命保険会社(現在の明治安田生命保険相互会社)が創立され、本格的に保険が行われるようになった。保険商品は、保険約款に基づいて締結される保険契約である。保険約款とは、保険会社が定めた契約条項であり、契約の基本的な内容を定めた普通保険約款と、普通保険約款の規定を変更、又は補完している特別約款(特約)から成り、契約者は約款上の個々の条文について、保険会社との間で変更の個別交渉を行なうことはできない。保険会社は経営上、多数の契約を迅速に締結する必要があるため、この契約方式を採用している。 一方で、保険契約者・被保険者にとって不利な条項となるおそれもあるため、「商法」等の法律により保険約款の内容を規制(立法)、内閣府の外局である金融庁による保険約款の認可・届出制(行政)、解釈が分かれる場合は「作成者不利の原則」により契約者を保護、著しく不当な条項は裁判で無効(司法)、といった規制が講じられている。主な保険商品には、終身保険、養老保険、個人年金保険、定期保険等の生命保険(生保、第一分野)と、火災保険、海上保険、自動車保険、傷害保険等の損害保険(損保、第二分野)、そして、両者の中間位置するものとして、両分野に属するもの、或いは、どちらにも属さないものを分類した第三分野保険(第三分野)がある。団体保険とは、会社や官公庁等の団体に所属する者全体を保障する、生命保険の一種である。団体と生命保険会社で直接契約を行ない、単一の契約で、その所属員が一括して保障されるようになっている。大量処理によって運営コストが節約できるため、個人保険よりも安価に保障が得られることが多い。団体保険には、団体定期保険(会社等で被用者の死亡保障を目的とした定期保険商品)や総合福祉団体定期保険(企業が弔慰金等の財源として加入する団体定期保険で、基本的に所属員全員が加入し、団体が保険料を負担する)等の他、団体信用生命保険も含まれている。団体信用生命保険は、融資を受け、返済途中に返済者が死亡、或いは高度障害状態になった場合、保険金でローンの残額が返済される仕組みで、住宅ローンに付くものが典型的な形態であるが、その他のローンに付保するものもある。保険料は、ローン開始時に一括支払いする方法や、ローン金利に上乗せする方法がある。。最近では、返済者がガンや心筋梗塞等になった場合も、保険金の支払要件とする商品も現れている。なお、「9」と「29」で「ク(9)リニック(29)」と読む語呂合わせから、保険ショップ「保険クリニック」を全国展開する株式会社アイリックコーポレーションが、「保険クリニック」のオープン15周年を記念して制定した「保険クリニックの日」は、9月29日とされている。
焼肉開きの日。
3月第4土曜日。神奈川県横浜市西区みなとみらいに本社を置く、焼肉のたれ等、さまざまな調味料食品の製造販売を行なう企業、エバラ食品工業株式会社が制定。卒園、卒業、入学、新学期、新生活のスタート等、お祝いの機会が多い春休みに、焼肉を囲んで新たな門出を祝って欲しい、との思いが込められている。日付は、春休みの最初の土曜日となることが多い3月の第4土曜日としている。

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