スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル 柴犬ハルがお伝えします

今日は何の日

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7月9日 記念日 その1

西暦(グレゴリオ暦)AD2019年 平成31年(1月1日 - 4月30日) 令和元年(5月1日 - 12月31日)  
昭和94年 大正108年 明治152年 皇紀2679年 干支 己亥(つちのと い)
第2火曜日 旧暦   6月 7日、赤口(丁未)、月齢  6.3
グレゴリオ暦で年始から190日目、年末まであと175日。
誕生花 ギボウシ・ボダイジュ。

二十四節気・雑節等
上弦。
半月。月と太陽の黄経差が90°となる日。

ジェットコースターの日、ジェットコースター記念日。
1955(昭和30)年7月9日に開園した後楽園ゆうえんち(東京都文京区後楽に所在する、現在の東京ドームシティアトラクションズ)に、ジェット機に因んで、「ジェットコースター」という名前が付けられたローラーコースターが登場して人気になる。ここから、「ジェットコースター」という名称が一般的に使用されるようになり、この日が「ジェットコースターの日」と定められた。このジェットコースターは、全長1,500m、最高時速55kmであった。なお、後楽園ゆうえんちは開園後、施設のリニューアルを繰返してきたが、2003(平成15)年5月1日に、後楽園ゆうえんち北側部分の再開発による、ショッピングセンターと日帰り入浴施設、及び新設アトラクション等で構成した複合施設「ラクーア」の開業に合わせ、それに先立つ、2003(平成15)年4月17日には、遊園地全体が入場無料のフリーゲート化され、同時に「東京ドームシティアトラクションズ」という名称に変更され、「ラクーア」開業による新規アトラクションの導入により、大人指向のアミューズメントパークへ変貌を遂げた。ローラーコースターは、日本では「ジェットコースター」と呼ばれることが多いが、ジェットエンジン等は使われていない。乗客がいる列車自体に基本的に動力等は存在せず、一般的には、チェーンリフトによってレールの最高到達点まで車両を巻上げ、ここから下りの傾斜を走らせることで、位置エネルギーを運動エネルギーに転換して速度を付ける。そして、ある程度下ったら、再び傾斜を駆け上がらせて、運動エネルギーを位置エネルギーへと転換する。この間、運動エネルギーは、摩擦や空気抵抗等の要素によって減衰しているため、第二の山以降では、頂上が徐々に低い位置に置かれる。この動作を繰返すことで、ローラーコースターは進んで行き、最後に車両に取付けられた金属板を、レールに設置されたブレーキパッドで挟んで摩擦を起こし、運動エネルギーを、主に熱エネルギーとして放出して停止させる。その由来は、アメリカのトロッコである、ロシアの氷の滑り台から発展した、等、諸説がある。現在のローラーコースターの基となったのは、アメリカ人のラ・マーカス・トンプソンが1884(明治17)年に、アメリカ合衆国北東部のニューヨーク州ニューヨーク市郊外、コニーアイランド(アメリカの遊園地発祥の地と言われる)で建設したもので、翌年には特許を取得した。初期のローラーコースターは木製で、今日にも木製のコースターは、少数ではあるが現存し稼働している。日本では、1890(明治23)年の第3回内国勧業博覧会(現在の東京都台東区に所在する上野公園で開催された、日本国内の産業発展を促進し、魅力ある輸出品目育成を目的とした、政府主導の博覧会)で「自動鉄道」(ローラーコースター)が初上陸し、秋には、大阪の今宮臥龍館(現在の大阪市天王寺区近辺の地域に所在)に移設した。1925(大正14)年には、多摩川園(東京都大田区田園調布にあった遊園地で、1979[昭和54]年に閉園)に常設の「陸上波乗」(ローラーコースター)が設置された。1935(昭和10)年には、あやめ池遊園地(奈良市あやめ池北にあった遊園地で、2004[平成16]年に閉園)に設置されている。さらに、1952(昭和27)年12月には、宝塚新温泉遊園地(後の宝塚ファミリーランド、兵庫県宝塚市にあった遊園地で、2003[平成15]年に閉園)に「ウエーブコースター」という名前で常設された。これは、初の国産コースター(舞台装置やエレベーターのメーカー、三精輸送機[現:三精テクノロジーズ]製)とも言われる。ローラーコースターの車両が急降下を始める際、前方の車両が先に下り始めると、後方の車両は、それに引っ張られるように加速しながら下る。その際に、ゼロGやマイナスGが発生するため、乗客は強烈に引込まれたり、上方向に飛出されるような感覚となるので、一般的に、後方の座席の方が怖いとされる。なお、車両の連結が長ければ長い程、怖さも増す。スリルを求めるマニアの間では、後方の座席を好む人が多い。また、ローラーコースターのループや旋回は、直径が小さい程怖いとも言われる。同じ速度でループを通過した場合、直径が小さい程、減速せずに回転して、強いGが発生するため、スリルは高くなる。水平旋回の場合も、直径が小さい程減速せず、Gも強くなる傾向にある。
ウィンブルドン選手権。
ウィンブルドン選手権は、イギリスの首都ロンドン南西部のマートン区にある地区、ウィンブルドンで開催されるテニスの四大国際大会の1つである。日本語では、便宜上「全英オープン」と呼ばれる場合もある。ウィンブルドンは、素晴らしいヴィクトリアン様式(ハノーヴァー朝グレートブリテン=アイルランド連合王国[イギリス]第4代女王、ヴィクトリアの時代である、1837[天保8]年から1901[明治34]年までの時期に建築された建造物)の家々と、現代的な住宅、低層アパートが入り交じった住宅街をもつ、裕福な郊外の町であると見做されている。1870年代、ウィンブルドンの丘の麓で、全英クロッケー・クラブが年に一度、その選手権大会を開催するようになった。しかし、クロッケー(芝生のコートで行なわれる、イギリス発祥の球技で、日本におけるゲートボール[5人1組の2チーム対抗で行なわれる、日本発祥のスポーツ]の原型である)の人気は弱まり始め、新しいスポーツのローンテニス(テニスの正式名で、イギリスでは、芝生[ローン]のコートが多いところから、この名称となった)が普及し始めるにつれ、そして、幾つかあった芝生の内、初め1つだけをテニス用に取っておいた後、全英クラブは1877(明治10)年7月に、同クラブにとって最初のローンテニス選手権大会を開催することを決めた。19227(大正11)年までに、テニスの人気は高まり、同クラブの小さなグラウンドでは、最早増え続ける観客の数に対処しきれなくなる程になった。そして、同クラブは、オール・イングランド・ローンテニス・アンド・クロッケー・クラブと改称し、ウィンブルドン・パークに程近い、新しい場所に競技場を移転した。ウィンブルドン選手権は、毎年、ウィンブルドンに位置するテニス競技場であるオールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブを会場とし、原則として、6月最終月曜日から2週の日程で開催される。開催期間中の第1週と第2週の中間に位置する日曜日をミドル・サンデーと呼び、この日を休養日として設ける伝統がある。この伝統は、一貫して遵守されてきたが、1991(平成3)年には、ミドル・サンデーに試合が行なわれた。雨天による日程の消化不良が深刻化したためであった。1997(平成9)年と2004(平成16)年、2016(平成28)年も、同様の理由からミドル・サンデーに試合が行なわれた。この時期のウィンブルドンは雨が降り易く、試合が中断されることが多い。

7月8日 できごと その2

1947年 - ロズウェル事件: ロズウェル陸軍飛行場(後のウォーカー空軍基地で、アメリカ合衆国南西部、ニューメキシコ州の南東部に所在していたが、1967年に閉鎖)が、プレスリリースで「ロズウェル付近の牧場で'空飛ぶ円盤'を回収した」と発表。しかし、その数時間後、このプレスリリースは訂正され、「ロズウェル陸軍飛行場職員が回収したものは、'空飛ぶ円盤'ではなく、気象観測用気球であった」とされる。
1948年 - アメリカ合衆国空軍が、初めて女性兵士を採用する。
1948年 - ソビエト連邦の航空機設計機関であるイリューシン設計局が開発した、双発亜音速ジェット軽爆撃機イリューシンIl-28型機が初飛行。イリューシンIl-28は、北大西洋条約機構(NATO)の用いたNATOコードネームでは、「ビーグル」と呼ばれる。軽快で扱い易く、安価で維持が楽であるため、ソビエト連邦のみならず共産圏に広く普及する。ソビエト連邦では、1960年までに3,000機程で生産を終了したが、中国では最近まで生産を続けており、現在ではソビエト連邦を継承したロシア連邦や中国でも退役し、僅かに北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)で少数が戦術爆撃機として現役である。
1950年 - 連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が、警察予備隊(後の保安隊、現在の陸上自衛隊)の創設と、海上保安庁の増員(海上警備隊)を日本政府に指示。海上警備隊は、後に保安庁警備隊として海上保安庁から独立し、現在の海上自衛隊へと発展している。日本の平和と秩序を維持し、公共の福祉を保障するため、国家地方警察及び自治体警察の警察力を補うものとして設けられた警察予備隊は、実質的には、対反乱作戦を遂行するための準軍事組織、若しくは軍隊である。1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争(朝鮮民族の分断国家である大韓民国[韓国]と朝鮮民主主義人民共和国[北朝鮮]との間の、朝鮮半島の主権を巡る国際紛争)により、日本駐留のアメリカ陸軍部隊が朝鮮半島に移動したことで、日本における防衛兵力・治安維持兵力が存在しないこととなり、対反乱作戦部隊を想定して、警察予備隊が発足している、
1950年 - 警視庁が、イギリスの作家・詩人であるD・H・ローレンス作で、作家・詩人・翻訳家、伊藤整訳の『チャタレイ夫人の恋人』を猥褻文書として発禁処分とする(チャタレー事件)。猥褻と表現の自由の関係が問われたチャタレー事件では、1950年9月13日、翻訳者の伊藤整と出版社社長が、当該作品には猥褻な描写があることを知りながら共謀して販売したとして起訴され、第二審(東京高等裁判所)では両名とも有罪判決とし、後の1957年に最高裁判所が上告を棄却し、有罪判決を確定させている。
1956年 - 第4回参議院議員通常選挙が行なわれる。
1957年 - 砂川事件。特別調達庁(後の防衛施設庁、2007年に防衛庁の防衛省昇格に伴ない、外局として統合され廃止される)東京調達局が強制測量をした際に、基地拡張に反対するデモ隊の一部が、東京都立川市に所在する在日アメリカ空軍立川飛行場(立川基地)の立入り禁止の境界柵を壊し、基地内に数m立入る。後に、デモ隊の内23名が検挙され、その内の7名が「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法(日米安全保障条約に基づく刑事特別法、昭和27年5月7日法律第138号)」違反の罪に問われ起訴される。
1965年 - 1963年の大列車強盗の犯人の1人、ロナルド・ビッグズが、イギリスの首都、ロンドンにあるワンズワース刑務所を脱獄。
1966年 - 中部アフリカの内陸にあったブルンジ王国(現在のブルンジ共和国に相当)で、王太子ンタレ5世が父王ムワンブツァ4世を廃位させる。9月1日に国王(ムワミ)に即位。
1967年 - 韓国中央情報部(KCIA)が、東ドイツ(ドイツ民主共和国)において北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)大使館と接触しスパイ活動をしていたとして、194名の韓国人を逮捕したと発表(東ベルリン事件)。
1969年 - アメリカのコンピュータ関連企業、IBMによって開発されたトランザクション処理(トランザクションと呼ばれる不可分な操作から構成される情報処理)システム『CICS』が発売となる。
1983年 - 永山則夫連続射殺事件(1968年10月から11月にかけて、東京都区部・京都市・函館市・名古屋市において発生した、拳銃による連続殺人事件)に関連して、最高裁判所は原審の無期懲役の判決を破棄して差戻すことで、いわゆる永山基準を示す。永山基準とは、殺害された被害者の数が複数であること等をその内容とし、この基準が以降の死刑判決の適用に広く影響を与えている。
1988年 - 南インドにあるケーララ州の湖に掛かる鉄橋で、急行列車が脱線し湖に転落する。死者107名。
1990年 - 1990 FIFAワールドカップ(第14回イタリア大会)の決勝戦で、西ドイツ(ドイツ連邦共和国)がアルゼンチンを降し優勝する。
1991年 - 十日間戦争(スロベニア独立戦争): 中央ヨーロッパに位置するスロベニアの政府が勝利宣言を発する。
1994年 - STS-65ミッション(再利用可能な宇宙実験室、スペースラブを搭載し、第2次国際微小重力実験室[IML-2]として多数の科学実験を行なった有人宇宙飛行)で、スペースシャトル「コロンビア」が打上げられる。日本人女性初の宇宙飛行士向井千秋が搭乗する。日本は、水棲生物実験装置を搭載し、金魚、メダカ、イモリを使う実験を実施する。メダカの実験は、宇宙での交尾、産卵活動を観察。このメダカの実験では、43個の卵が確認され、8匹がふ化し、文字どおり「宇宙メダカ」が誕生している。
1999年 - 「中央省庁等改革基本法(平成10年6月12日法律第103号)」と「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(地方分権一括法、平成11年7月16日法律第87号)」が成立。
2005年 - 東南アジアのマレー半島南端に位置するシンガポールで開かれていた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、2012年ロンドンオリンピック(第30回オリンピック競技大会)からの野球・ソフトボールの実施競技除外を決定。
2008年 - 大阪市中央区道頓堀に所在する食堂ビル『大阪名物くいだおれ』が閉店。1959年に建設された食堂ビル『大阪名物くいだおれ』は、建物の老朽化や周辺環境の変化等を理由に閉店を決める。「くいだおれ太郎」と呼ばれる、チンドン屋の格好をした広告宣伝用の人形は、1990年代頃から、大阪の町を代表する観光名物として人気があり、大阪を象徴するオブジェ(動く看板)の1つとなっている。食堂ビル『大阪名物くいだおれ』の閉店と共に、「くいだおれ太郎」の展示は中断されたが、翌2009年、近隣の「中座くいだおれビル」に移設され、現在では、ビルの正面で連日、「くいだおれ太郎」と観光客等との記念写真の撮影が実施されている。
2009年 - 西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線(JR宝塚線)塚口駅 - 尼崎駅間で2005年に発生した列車脱線事故「JR福知山線脱線事故」に関して、神戸地方検察庁が、西日本旅客鉄道(JR西日本)の山崎正夫社長を、業務上過失致死傷罪で神戸地方裁判所に起訴する。
2014年 - 2014 FIFAワールドカップ(第20回ブラジル大会)の準決勝第1戦が、ブラジル南東部にあるベロオリゾンテのミネイロン・スタジアムで行なわれ、ブラジルがドイツに1-7の惨敗を喫する(ミネイロンの惨劇[ミネイラッソ])。
2016年 - アメリカ合衆国と韓国が、在韓米軍にTHAADミサイルの配備を決定する。アメリカ陸軍により、敵弾道ミサイルが、その航程の終末に差掛かり、大気圏に再突入の段階で、ミサイル防衛により迎撃・撃破するために開発した弾道弾迎撃ミサイル・システム、THAADミサイルは、大気圏外での交戦に特化しており、低高度での弾道ミサイル、或いは、通常航空機との交戦は、最大射高10,000m以上の防空システムで、野戦においては、軍団や方面隊直轄の防空火力として運用され、要撃機を補完する国土防空手段としても運用される、パトリオットPAC-3等、従来型の高・中高度防空(HIMAD)用ミサイル・システムに任せることとなる。

7月8日 できごと その1

1099年 - 第1回十字軍・エルサレム攻囲戦: 中世に西ヨーロッパのキリスト教、主にカトリック教会の諸国が、聖地エルサレム(現在のイスラエル東部に所在)をイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍、十字軍が、エルサレムの城外を巡る「裸足の行列」を始める。十字軍は3日間の断食を耐え、「裸足の行進」を行ない、聖職者がトランペットを吹き鳴らし、兵士らが讃美歌を歌って歩く奇妙な光景に、エルサレムの守備兵は当惑し嘲笑ったという。最終的には、十字軍がイスラム王朝であるファーティマ朝軍を破り、聖地を占領することに成功する。
1247年 - 宝治合戦。鎌倉幕府第5代執権北条時頼が、反乱を起こした鎌倉幕府の有力御家人で、幕府評定衆の三浦泰村を討ち、三浦氏が滅亡する。
1497年 - ポルトガルの航海者、ヴァスコ・ダ・ガマ率いる船団が、インド航路開拓のため、ポルトガルの首都リスボンを出港する。
1709年 - 大北方戦争: ポルタヴァの戦いが行なわれる。
1775年 - アメリカ独立戦争: 第二次大陸会議が、イギリス王ジョージ3世にオリーブの枝請願を送る。大陸会議は、流血沙汰を避けるために植民地の不満を軽減してくれるよう、国王に対する最後の注意喚起としてオリーブの枝請願を作成するが、イギリスはこの申し出を拒む。オリーブには、ユダヤ教、及びキリスト教の正典である『旧約聖書』の最初の書、『創世記』での「ノアの洪水」の逸話で、「その時代の人々の中で正しく、かつ全き人」「神と共に歩んだ」とされたノアが放った鳩が、オリーブの葉を銜えて帰ってきたということから、平和の象徴としての意味が込められている。
1776年 - アメリカ合衆国北東部、ペンシルベニア州フィラデルフィアで、アメリカ独立宣言の朗読が行なわれ、アメリカの独立、並びにアメリカ独立戦争を連想する上で、最も突出したシンボルの1つとされる「自由の鐘」が鳴らされる。「自由の鐘」は、独立、奴隷制の廃止、合衆国内の国民性と自由において、最も親しみのある象徴の1つであり、国際的な自由の偶像としても用いられる。
1815年 - ナポレオン1世(ナポレオン・ボナパルト)の百日天下(約100日間の一時的支配)が終わったことにより、亡命生活を余儀なくされていたルイ18世が、フランスの首都パリに帰還して国王に復位する。
1833年 - ロシアとオスマン帝国(現在のトルコ共和国の前身)が、ウンキャル・スケレッシ条約に調印。ロシアがオスマン帝国への軍事支援を引受け、オスマン帝国はロシアへの援助義務を免除する代償として、ロシア艦隊にダーダネルス海峡(地中海に繋がるエーゲ海と黒海に繋がるマルマラ海を結ぶ狭隘な海峡)、及びボスポラス海峡(トルコのヨーロッパ部分とアジア部分を隔てる海峡)の独占的航海権を与えさせる。
1853年 - 黒船来航: 東インド艦隊(11835年に設立されたアメリカ海軍の艦隊で、中国清朝、及び日本との交渉のためにアジアに派遣された艦隊である)司令長官マシュー・ペリー率いるアメリカ海軍所属の東インド艦隊艦船(黒船)4隻が、江戸湾の浦賀(現在の神奈川県横須賀市東部に所在)に来航する。黒塗りの船体の外輪船は、帆以外に外輪と蒸気機関でも航行し、帆船を1艦ずつ曳航しながら、煙突からはもうもうと煙を上げており、その様子から、日本人は「黒船」と呼んでいる。江戸湾に入る船舶の監視・積荷の検査、相模国(北東部を除く、現在の神奈川県の大部分)浦賀の民政裁判等を担当した浦賀奉行が応対に当たった末に、近隣の久里浜(現在の神奈川県横須賀市に所在し、当時は小さな漁村であった)に上陸することとなる。このため、マシュー・ペリー上陸の記念碑や記念館は久里浜にあるが、一般に来航地は浦賀とされる。
1859年 - スウェーデン=ノルウェー王オスカル1世が死去。子のカール15世(ノルウェー王としてはカール4世)が即位する。
1864年 - 池田屋事件。京都三条木屋町(三条小橋、現在の京都市中京区に所在)の旅館「池田屋」に潜伏していた、周防国/長門国長州藩や土佐国土佐藩等の尊王攘夷派志士達を、京都守護職配下の治安維持組織である新選組が襲撃する。尊王攘夷派志士達の多くは、死亡したり捕縛されたりし、新選組の名は天下に轟くことになる。また、池田屋事件により、逸材達が落命して明治維新が1年遅れたとも、逆に、尊攘派を刺激してしまい、維新を早めたとも言われる。
1868年 - 北越戦争: 長岡城(現在の新潟県長岡市に所在)が陥落。
1868年 - 明治政府が奈良県を設置する。
1881年 - 著述家・啓蒙思想家・教育者の福澤諭吉門下で、三河国豊橋藩藩士から文部官吏となった阿部泰蔵らが、有限明治生命保險會社(後の明治生命保険相互会社、現在の明治安田生命保険相互会社の前身の1つ)を設立する。
1889年 - アメリカの経済関連の出版社、ダウ・ジョーンズ社が発行する国際的な影響力を持つ日刊経済新聞『ウォール・ストリート・ジャーナル』が創刊される。『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、経済新聞としてはアメリカ最大の発行部数を誇り、世界や全米各地の経済活動、金融に関するニュース記事を掲載している。新聞の名前は、アメリカ合衆国北東部、ニューヨーク市にある経済活動の中心地「ウォール街(ウォール・ストリート)」に由来し「ジャーナル」の通称で呼ばれる。1940年代までは、経済、及び金融関連の分析記事基調の記事のみを扱ってきたが、1950年代以降は、一般的な経済ニュースも網羅する内容へと変化させ、飛躍的に購読者数を伸ばす。
1912年 - 第三次日露協約が調印。内蒙古(中国北部に所在)の権益地域を、ロシアと日本で分割することを協約する。
1914年 - 中国の政治家・革命家、孫文らが、東京で中華革命党を結成する。
1916年 - 封鎖突破船(戦時に敵国によって封鎖された国家等に対し、戦争遂行に必要な資源・需品・武器等を封鎖を破って輸送する船)の任を負ったドイツの商用潜水艇『ドイッチュラント』が、海上封鎖を潜り抜け、アメリカ合衆国東部、メリーランド州にあるボルチモアに到着する。
1921年 - イラク南東部にある港湾都市バスラで、日本等では世界最高気温とされる、気温58.8℃を記録。
1932年 - 世界恐慌: ダウ平均株価(アメリカ合衆国の代表的な株価指数)が、世界恐慌期間中の最安値を記録。
1934年 - 岡田啓介が第31代内閣総理大臣に就任し、岡田内閣が発足する。
1937年 - サーダーバード条約が締結される。サーダーバード条約は、トルコ、イラン、アフガニスタン、イラクのイスラム教国4ヶ国が結んだ国境相互不可侵、及び内政不干渉条約である。イランの首都テヘラン近郊のサーダーバード離宮で調印されたため、この名がある。
1937年 - ドイツの作曲家、カール・オルフ作の世俗カンタータ(単声又は多声のための器楽伴奏付の声楽作品)『カルミナ・ブラーナ』が、ドイツ中西部に位置するフランクフルトで初演される。
1939年 - 国家総動員体制の確立を内容とする国民の徴用に関する法令、「国民徴用令(昭和14年7月8日勅令第451号)」が公布される。内地では7月15日、外地では10月1日より施行される。国家総力戦(国家が、戦争遂行において有する国力を総動員して戦う形態の戦争)遂行のため、国家の全ての人的・物的資源を、政府が統制運用できる(総動員)旨を規定した「国家総動員法(昭和13年4月1日法律第55号)」に規定されていた、国民の産業への徴用、総動員業務への服務協力、という内容に基づくもので、一部地域では、「白紙」等と呼ばれる。

7月8日 誕生日

1593年 - アルテミジア・ジェンティレスキ、画家
1621年 - ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ、詩人
1830年 - フレデリック・ウィリアム・スワード、政治家
1836年 - ジョゼフ・チェンバレン、政治家
1838年 - フェルディナント・ツェッペリン、陸軍軍人・発明家・企業家・飛行船技術者
1839年 - ジョン・D・ロックフェラー、会社経営者・慈善家
1840年 - 岩村通俊、政治家
1840年 - マヌエル・デ・アリアガ、政治家・ポルトガル共和国初代大統領
1841年 - ヴィンチェンツォ・ラグーザ、彫刻家
1854年 - 海山太郎(六代友綱親方)、大相撲
1857年 - アルフレッド・ビネー、心理学者
1862年 - ハンク・オーデイ、米プロ野球
1867年 - ケーテ・コルヴィッツ、版画家・彫刻家
1872年 - 佐佐木信綱、歌人・国文学者
1882年 - パーシー・グレインジャー、ピアニスト・作曲家
1885年 - エルンスト・ブロッホ、哲学者
1885年 - 小泉軍治、柔道
1894年 - ピョートル・カピッツァ、物理学者・ノーベル物理学賞受賞者
1895年 - イーゴリ・エヴゲーニエヴィチ・タム、物理学者・ノーベル物理学賞受賞者
1900年 - ジョージ・アンタイル、作曲家・ピアニスト
1901年 - 渡辺大陸、アマチュア野球・プロ野球監督
1903年 - 杉狂児、俳優・歌手
1904年 - アンリ・カルタン、数学者
1906年 - 村上実、アマチュア野球・プロ野球監督・経営者(能勢電気軌道[現:能勢電鉄])
1907年 - 小林三造、実業家・サンスター文具(文具メーカー)創業者
1908年 - ネルソン・ロックフェラー、政治家
1908年 - 東山魁夷、画家
1911年 - 藤田五郎、ドイツ文学者
1911年 - 由利聖子、児童文学作家
1912年 - 渡邉包夫、古文書鑑定家
1918年 - 清水秀雄、プロ野球
1918年 - 飯塚毅、税理士・実業家・TKC(会計事務所・情報サービス業)創業者
1919年 - ヴァルター・シェール、政治家・ドイツ連邦共和国(西ドイツ)第4代大統領
1920年 - 伊夫伎一雄、経営者(三菱銀行[現:三菱東京UFJ銀行])
1921年 - 多田文久三、プロ野球
1922年 - 山田俊雄、国語学者
1926年 - エリザベス・キューブラー・ロス、精神科医
1926年 - 星野英一、法学者
1927年 - 北村崇郎、アメリカ文学者
1928年 - 西山辰夫、俳優
1929年 - ジョン・B・マッケズニー、物理学者
1931年 - 加藤有芳、脚本家
1931年 - 田中恭一、実業家・メニコン(コンタクトレンズ総合メーカー)創業者
1933年 - 小野寺克男、プロ野球
1937年 - 永島慎二、漫画家
1938年 - 小沢さとし、児童文学作家
1938年 - 今津光男、プロ野球
1939年 - 橋本淳、作詞家
1939年 - 吉行理恵、作家・詩人
1940年 - 金子正明、レスリング
1941年 - 南将之、バレーボール
1941年 - ガイ・ミッチェル、プロレス
1942年 - 三枝成彰、作曲家
1943年 - ジョージ・カルバー、プロ野球
1945年 - 大谷昭宏、ジャーナリスト・評論家
1945年 - 大木凡人、タレント・レポーター
1946年 - 水野誠一、経営者(西武百貨店)・政治家
1947年 - 元谷芙美子、経営者(APAホテル[新都市型ホテル事業・総合リゾート事業展開企業])
1947年 - 牧憲二郎、プロ野球
1948年 - 小坂忠、シンガーソングライター・作曲家・ゴスペル(アメリカ発祥の宗教音楽)歌手
1948年 - 山下司、プロ野球
1950年 - 河あきら、漫画家
1951年 - 橋詰直道、地理学者
1952年 - 山下康、ミュージシャン 《元 ヒカシュー》
1953年 - 岡井大二、ミュージシャン 《元 四人囃子》
1953年 - 平松秀敏、プロ野球
1954年 - 本城丸裕、俳優
1955年 - 伊藤健三、アナウンサー
1956年 - 中村有志、タレント
1957年 - 麻生圭子、作詞家・エッセイスト
1958年 - ケビン・ベーコン、俳優
1958年 - 木村育生、実業家・ゼネラル通信工業(現:インボイス、企業向け通信料金一括請求サービス運営企業)創業者
1959年 - 川口和久、プロ野球
1959年 - ロバート・ネッパー、俳優
1959年 - 石田英司、テレビ局社員・ニュース解説者
1959年 - 西田昌史、シンガーソングライター・音楽プロデューサー 《元 EARTHSHAKER》
1959年 - 杉山茂樹、スポーツライター
1960年 - ドン・中矢・ニールセン、キックボクシング
1960年 - 西浦敏弘、プロ野球
1960年 - 関浩、将棋
1961年 - 三谷幸喜、劇作家・脚本家・演出家・俳優・映画監督
1961年 - アンディ・フレッチャー、ミュージシャン 《Depeche Mode》
1962年 - 中川いさみ、漫画家
1963年 - 桜沢エリカ、漫画家
1963年 - 宮川とん子、漫才師 《宮川青丸・とん子》
1964年 - 八代英輝、国際弁護士・タレント・テレビコメンテーター
1964年 - 佐々木敦、評論家
1965年 - ジェローム・ウォルトン、米プロ野球
1965年 - 久世星佳、女優
1967年 - クラウス・チュッチャー、政治家
1967年 - 大西健晴、声優
1968年 - ビリー・クラダップ、俳優
1968年 - マイケル・ウェザリー、俳優
1968年 - 三嶌誠司、競艇
1968年 - 陶山章央、声優
1969年 - SUGIZO、ミュージシャン 《元 LUNA SEA》
1969年 - アーニー・ヤング、プロ野球
1969年 - 安永亜衣、女優
1969年 - 宮内敦士、俳優・声優・ナレーター
1970年 - 斎藤英津子、アナウンサー
1971年 - 西靖、アナウンサー
1971年 - 小城錦康年(十四代中立親方) 、大相撲
1971年 - 野々垣武志、プロ野球
1971年 - カレン・プレストン、フィギュアスケート
1972年 - 谷原章介、俳優
1972年 - ヒライケンジ、タレント
1972年 - なるみ、タレント 《元 トゥナイト》
1974年 - 西川美和、映画監督・脚本家
1975年 - アマラ、歌手
1975年 - 柳沢真由美、声優・ナレーター
1975年 - 桝本壮志、放送作家
1976年 - 柴田博之、プロ野球
1976年 - \Cuスタ平、シンガーソングライター
1976年 - 小松宏司、アナウンサー
1976年 - 難波英樹、ラグビー
1977年 - クリスティアン・アッビアーティ、サッカー
1977年 - 入江徹、サッカー
1978年 - ホリエアツシ、ミュージシャン 《STRAIGHTENER》
1979年 - 寺地貴弘、テニス
1979年 - 陶山隼、歌手・ミュージシャン・作曲家・編曲家
1980年 - ロビー・キーン、サッカー
1980年 - 戸崎圭太、騎手
1981年 - アナスタシア・ミスキナ、テニス
1981年 - 鈴木繭菓、タレント
1981年 - 鈴木啓太、サッカー
1981年 - 藤島豊和、ゴルフ
1981年 - 大貫さん、タレント 《タカダ・コーポレーション》
1981年 - 江島啓一、ミュージシャン 《サカナクション》
1981年 - 千田純生、漫画家
1982年 - 富澤清太郎、サッカー
1982年 - 井下田真実、モデル
1982年 - 吉原功兼、アナウンサー
1982年 - 岩崎慧、ミュージシャン 《セカイイチ》
1982年 - レニエル・ピント、プロ野球
1983年 - 根元俊一、プロ野球
1983年 - 柳瀬明宏、プロ野球
1983年 - 中津真莉(中津真莉子)、女優・声優
1983年 - 近藤一樹、プロ野球
1983年 - 宮本卓也、サッカー
1983年 - アリ=ペッカ・ヌルメンカリ、フィギュアスケート
1983年 - ジョン・ボウカー、プロ野球
1984年 - 田代沙織、タレント
1984年 - 藤岡勇貴、アナウンサー
1985年 - 田坂祐介、サッカー
1985年 - ジェイミー・クック、ミュージシャン 《Arctic Monkeys》
1986年 - cotton、ミュージシャン 《元 ピストルバルブ》
1986年 - ハイメ・ガルシア、米プロ野球
1986年 - リーヴァイ・ミューエンバーグ、フリーランニング選手
1987年 - 枡田慎太郎、プロ野球
1987年 - クリスチャン・フリードリック、米プロ野球
1988年 - ヨーハン・クリスチャン・カン、俳優
1988年 - 若ノ鵬寿則、大相撲
1988年 - クセニヤ・シュミリナ、フィギュアスケート
1988年 - ジャーネイル・ヘイズ、陸上競技/短距離
1989年 - 利麗、タレント・モデル
1989年 - 天明麻衣子、アナウンサー
1990年 - アレクサンドル・マキシム、サッカー
1991年 - 寺嶋由芙、タレント 《元 BiS》
1992年 - 冨岡健翔、俳優
1992年 - 塚原頌平、プロ野球
1992年 - スカイ・フェレイラ、シンガーソングライター・モデル・女優
1992年 - クリスチャン・デムーロ、騎手
1994年 - 溝口恵、モデル
1994年 - 石橋静河、ダンサー・女優
1996年 - 古畑星夏、モデル・女優
1996年 - 吉田嵩、プロ野球
1998年 - ダリア・スピリドノワ、体操

7月8日 記念日 その5

七転八起の日。
熊本県阿蘇市赤水でキクイモ商品を始め、縁起を担ぐ「くまモンの起き上がりこぼし」等を販売する食品加工業者、阿蘇壱番屋が制定。2016(平成28)年4月14日以降に、熊本県と大分県で相次いで発生した地震、熊本地震からの復興の気持ちを込めて、何度でも起き上がる心意気を表わす「くまモンの起き上がりこぼし」で、多くの人に勇気と励ましを送ることが目的。日付は、7月8日の「7」と「8」で、「七(7)転八(8)起」の数字に因んで。北アメリカ原産で、世界中に外来種として分布しているキクイモには、通常の芋類と異なり、デンプンは殆ど含まれない。塊茎を食用とする他、健康食品として顆粒やお茶として加工され、市販されている。くまモンは、熊本県庁が2010(平成22)年から「くまもとサプライズ」キャンペーンにおいて展開している、熊本県PRマスコットキャラクターで、2011(平成23)年の第2回ゆるキャラグランプリ王者となった。公式にキャンペーンキャラクターとして、コミカル、かつ軽快な動きでPR活動をすることもあれば、大阪市内の観光地を中心に、神出鬼没な行動を行なう場合もある。PRでイベントに出張する機会が増えたことから、くまモンを追掛けるような熱烈なファンも生まれており、くまモンをきっかけとして知合った友人、ファン仲間を指す、「くま友」という言葉も存在する。くまモンの日本国内での使用・流通においては、熊本県の許可があれば、個人、又は企業で、ロゴとキャラクターを無料で利用することができる。
防犯カメラの日。
東京都港区浜松町に本社を置く、2001(平成13)年創業の、防犯カメラの開発、販売、アフターサービスまで手掛ける防犯カメラ専業メーカー、株式会社日本防犯システムが制定。防犯カメラの必要性、重要性を多くの人に考えてもらう機会を作り、防犯カメラの認知度を高めるのが目的。日付は、7月8日の「7」と「8」、を「な(7)くなれ犯罪(は[8]んざい)」と読む語呂合わせから。様々な目的で監視を行なうためのビデオカメラ、監視カメラの主な用途としては、防犯、防災、計測・記録等がある。防犯目的の場合は防犯カメラと呼んだり、防災目的の場合は防災カメラ等と呼ばれる。広義には、カメラ単体ではなく、撮影した映像の伝送・処理、記録、表示機能を含むシステム全体を指すことがある。当初は、単なる画像の撮影と保管のみを行なうものであったが、近年では、続々と画像処理システムを組合わせたものが登場している。防犯カメラの主な用途は、店舗等の各種施設内や、敷地内の監視、街頭、鉄道の駅、空港、学校、個人住宅、及び踏切の監視サービスとなっている。一般の目に触れるものとしては、防犯を主な目的として、商店(小売店)や銀行等の金融機関、エレベーター、公的機関の天井等、様々な場所に仕掛けられているものがある。目的は、金融・公的機関の場合、侵入者や不審者の監視・記録はもちろん、従業員の背任行為を抑止するためでもある。施設内だけでなく、市街や盛り場の道路等に、監視カメラが取付けられることも増加しつつある。学校の通学路や校門への監視カメラ設置も行なわれている他、校内への監視カメラ設置も進んでいる。
昭和42年7月豪雨。
昭和42年7月豪雨は、1967(昭和42)年7月に発生した水害(豪雨災害)である。この年は、年始から異常気象が続いた。年始の寒波、春先の高温多雨、5月から6月の異常渇水、それに続いて、梅雨期は6月末から7月上旬の短い期間、そして、7月以降はまた渇水・旱魃となり、8月には、主に山形県と新潟県下越地方を中心に被害が発生し、死者104名を出す羽越豪雨が発生している。そして、この年の台風発生数は39と、歴代最も多い年であり、昭和42年台風第34号が10月28日に日本上陸、と気象記録が残る年である。この年の短い梅雨の間に発生したのが、この昭和42年7月豪雨である。この豪雨災害は、集中豪雨として西日本の各地を襲い、被害は24府県に及び、死者行方不明者は350名を、建物被害は30万戸を超える大惨事となった。時間最大雨量は、長崎県佐世保市の125.1mm、一日最大雨量が兵庫県神戸市の361.1mmで、幾つかの都市では、災害直後の応急的な生活の救済等を定めた「災害救助法(昭和22年10月18日法律第118号)」が適用されている。特に、背後に山地がある港町では、大雨による土砂災害が発生し、人的被害を拡大させた。この災害を機に、土砂災害等に対するハード対策に関する法律とされる、いわゆる砂防三法の1つ、「急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(急傾斜地法、昭和44年7月1日法律第57号)」が、1969(昭和44)年に制定された。6月末に梅雨前線が発達し、7月6日語呂から太平洋沿岸に停滞していた。7月初めに昭和42年台風第7号が発生し、7月8日には、沖縄の西250km付近で、台風は熱帯低気圧に変わり、暖湿気流を南から梅雨前線に送込み、北からは、冷たく乾いた空気が前線に流れ込んだことから、前線は活発な活動となった。7月9日、五島列島付近で、その熱帯低気圧は温帯低気圧へと変わり、前線上を北部九州から関東に向かって速い速度で進んだ。期間降水量は、兵庫県神戸市・長崎県佐世保市・長崎県県福江市(現在の長崎県五島市)・広島県呉市で300mmを超えた。1日降水量は、北部九州から近畿地方まで、広い範囲で100mmを超える異常な記録を出している。1時間降水量は、特に長崎で特異点が見られ、そのデータから、太平洋ベルト地帯(京浜・東海・中京・阪神・瀬戸内・北九州間に帯状に伸びた、人口・工業の集中した地域)上で激しい雨が降っていたと分かる。降水量が多く被害が大きかった、九州北部の長崎県佐世保市、中国地方の広島県呉市、近畿地方の兵庫県神戸市では、港湾都市(佐世保港・呉港・神戸港)、その内、佐世保と呉は軍港(佐世保鎮守府・呉鎮守府)として開港し、近代以降に急速に発展した都市であること。良質な港、つまり、入り江に発達した都市であり、平野が狭く、背後に丘陵、或いは山地が迫っていること。狭い平野を土地開発したため、住宅地のすぐ傍に渓流や急傾斜地があること、という共通点があり、この3都市付近に豪雨域が停滞したため、記録的な豪雨となる。土砂災害が発生して民家を襲い、人的被害を拡大させた。長崎での被害は、被害の中心が佐世保市であったことから、「佐世保水害」とも呼ばれている。佐世保市の被害状況は、死者29名、負傷者270名、被害総額約74億3千万円。兵庫での被害は、被害の中心が神戸市であったことから、1938(昭和13)年の阪神大水害や、1961(昭和36)年の昭和36年梅雨前線豪雨(三六災害)と共に、「昭和の三大水害」と言われている。先の大水害以降、神戸市では対策が取られていたことにより、先の災害よりは被害が小さかったものの、被害は大きく、神戸市だけで死者77名、家屋全壊流出361戸、家屋半壊376戸、床上浸水7,759戸等を出している。この豪雨により、兵庫県南東部、神戸市の市街地の西から北にかけて位置する山塊である六甲山、特に、南面となる表六甲で河川氾濫、及び土砂災害が集中し、神戸市街地を襲った。市内に向かって鉄砲水が発生し、最大で1m規模の濁流が襲い、土砂災害は、六甲山系で約2,500ヶ所と言われている。とりわけ、六甲山沿いの、現在の神戸市中央区にある住宅地を土砂が襲い、生埋め被害を多数引起こした。


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