スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル 柴犬ハルがお伝えします

今日は何の日

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2623ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

1948年 - 内務省(現在の総務省、国家公安委員会、警察庁、国土交通省、厚生労働省等の前身)国土局の業務を引継いで設置されていた建設院が省に昇格して、建設省(現在の国土交通省の前身の1つ)が発足。
1951年 - 朝鮮戦争: 開城(北朝鮮[朝鮮民主主義人民共和国]南部に所在)で、朝鮮戦争の休戦会談が開始される。
1962年 - 当時世界最大のタンカー『日章丸』が進水。3代目となるこの『日章丸』は、全長291.0m、総トン数74,869t、満載排水量163,360tで、その単機最大出力28,000馬力の蒸気タービンは、タンカーに搭載されたものとして、当時世界最大であり、竣工後は中東のペルシャ湾から出光興産徳山製油所への原油輸送に従事する。後の1978年に解体されている。
1962年 - アメリカ合衆国が、世界初の能動型通信衛星「テルスター1号」を打上げる。
1966年 - 特撮テレビ番組『ウルトラマン』第1回の放送となる『ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生』が放送される。
1969年 - 「同和対策事業特別措置法(同対法、昭和44年7月10日法律第60号)」公布。
1972年 - 月刊『ぴあ』創刊。
1973年 - 南北アメリカ大陸に挟まれた、カリブ海域の洋上に位置する群島、西インド諸島にあるバハマがイギリスより独立。
1973年 - 南アジアの、パキスタン領東パキスタンであったインドの東に位置するバングラデシュを承認する決議が、パキスタンの国民議会を通過する。
1973年 - 石油やホテルビジネス等、関連会社で40社を保有したアメリカの実業家ジャン・ゲティの10代の孫、ジョン・ポール・ゲティが、イタリアの首都ローマで誘拐される。後に身代金が支払われ、ジョン・ポール・ゲティは解放されている。誘拐犯一味として9名が逮捕されたが、2名を除いて証拠不充分で無罪となり、身代金の大半は戻らずに終わる。2017年には、このジョン・ポール・ゲティ誘拐事件が描かれた、アメリカとイギリスの合作による長編スリラー映画『ゲティ家の身代金』が公開され、全米2,074館で封切られ、大ヒット作となっている。
1976年 - イタリア北西部のセベソにある除草剤トリクロロフェノール製造工場で爆発事故が発生し、住民にダイオキシン(発癌性等の毒性が特に高く、環境汚染による人間の健康や生態系への影響が最も懸念されている有機塩素化合物)の被害が多数発生する(セベソ事故)。
1978年 - アメリカのニュース番組制作会社、ABCニュースの報道番組『ワールド・ニュース・トゥナイト』が放送開始。
1978年 - アフリカ北西部に位置するモーリタニアで無血クーデター。大統領モクタル・ウルド・ダッダが失脚する。
1985年 - フランスの核実験阻止の為に活動していた環境保護団体、グリーンピースの『虹の戦士』号が爆破され沈没、死者1名を出す(レインボー・ウォーリア号事件)。フランス情報機関、対外治安総局(DGSE)の犯行とされる。
1991年 - ボリス・エリツィンがロシアの初代大統領に就任。
1995年 - 東南アジアのインドシナ半島西部に位置するミャンマーの軍事政権が、1989年以来続いていた、ミャンマーにおける非暴力民主化運動の指導者で政治家のアウンサンスーチーの自宅軟禁を解除。アウンサンスーチーは、ビルマ(ミャンマーの旧名)の独立運動を主導し、その達成を目前にして暗殺された「ビルマ建国の父」こと、ビルマの独立運動家、アウン・サンの娘である。2016年には、外相、大統領府相を兼任(当初は、教育相と電力エネルギー相も兼任していた)、さらに、新設の国家顧問にも就任し、事実上のミャンマーの首相と紹介されることもある。
1997年 - 針原川土石流災害。鹿児島県出水市境町針原地区で、7月7日から降り続いた雨により大規模な土砂崩壊が発生し、建設中の砂防ダムを超えて下流の集落に達する。この土石流(土砂が水[雨水や地下水]と混合して、河川・渓流等を流下する現象)により、21名が死亡、13名が負傷している。
1998年 - 日本最初の立体商標が登録される。立体商標とは、立体的な形状からなる商標をいう。立体商標は、商品や商品の包装そのものの形状としたり、役務(サービス)を提供するための店舗や設備に設置することにより使用され、商品や役務の提供元を需要者に伝達し、他者が提供するそれらと区別するための標識としての機能を果たす(出所表示機能、自他商品識別機能)。立体商標と区別して、平面的な商標を「平面商標」と呼ぶことがある。立体商標は、一般の平面的な商標と同様に、条約、及び世界各国の国内法令によって保護されている。日本では、商品を購入し、或いは役務(サービス)の提供を受ける需要者が、その商品や役務の出所(誰が提供しているか)を認識可能とするための標識(文字、図形、記号、立体的形状、色彩、音等)をいう、商標の使用をする者に、独占的な使用権(商標権)を与えることにより、業務上の信用の維持を図って産業の発達に寄与すると共に、需要者の利益を保護することを目的とする「商標法(昭和34年4月13日法律第127号)」と、公正な競争と国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止を目的として設けられた「不正競争防止法(平成5年5月19日法律第47号)」の2つの法律で、立体商標の保護を図っている。日本における登録立体商標の例としては、ペコちゃん・ポコちゃん人形(株式会社不二家)、カーネル・サンダース立像(日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社)、ホンダ・カブ(本田技研工業株式会社)等がある。「不正競争防止法」の商品・営業表示として認定された立体的形状として、株式会社かに道楽の「動くかに看板」(大阪地方裁判所判決昭和62年5月27日)等がある。
1998年 - 寝台特急「サンライズ出雲」(東京駅 - 出雲市駅間)と「サンライズ瀬戸」(東京駅 - 高松駅間)の運行が始まる。「サンライズ出雲」と「サンライズ瀬戸」は、岡山駅まで併結運転され、2015年には、JRグループで唯一の定期寝台特急であり、JR在来線の定期旅客列車としては最長走行距離列車となる。翌2016年には、JR線で最後の定期運行(臨時を含めて、定期的な運転で移動を目的とする列車を含む)を行なう寝台特急列車となっている。
2003年 - 香港にある無料高速道路、屯門公路からバスが転落。死者22名、負傷者20名の大惨事に(屯門公路2階建てバス転落事故)。
2003年 - 新潟少女監禁事件(新潟県三条市の路上で誘拐された当時9歳の少女が、2000年1月28日に新潟県柏崎市の加害者宅で発見されたことにより発覚した誘拐監禁事件)の最高裁判所判決。懲役11年とした原審を破棄し、懲役14年とし、この判決は確定している。
2004年 - 日本の最大手移動体通信事業者、NTTドコモが「おサイフケータイ」(携帯電話に搭載された非接触型ICカードの技術[FeliCaチップ]を使って、携帯電話をかざすだけで料金の支払い等が可能なサービス)のサービスを開始。
2005年 - 西ヨーロッパのフランスとドイツの間に位置するルクセンブルクで、欧州憲法批准の是非を問う国民投票が行なわれ、56.5%の賛成により可決。
2005年 - 宇宙航空研究開発機構 (JAXA) が、X線天文衛星「すざく」を打上げる。
2007年 - メジャーリーグベースボール(MLB、大リーグ)のMLBオールスターゲームで、シアトル・マリナーズのイチローがMLBオールスターゲーム史上初のランニングホームランを放ち、日本人初のMVPに輝く。
2016年 - 第24回参議院議員通常選挙。
2018年 - タムルアン洞窟の遭難事故: 東南アジアに位置するタイの北部、チエンラーイ県のタムルアン森林公園内にあるタムルアン洞窟で、6月23日に洞窟内に閉込められた13名全員の救出が完了する。

-048年 - ローマ内戦: デュッラキウムの戦い。
0645年 - 乙巳の変。乙巳の変は、第34代天皇、舒明天皇の第2皇子で、後に第38代天皇、天智天皇となる中大兄皇子、中臣鎌子(後の藤原鎌足、日本の歴史における最大氏族「藤原氏」の始祖)らが、宮中で大和朝廷の実質的な最高権力者であった豪族、蘇我入鹿を暗殺して、蘇我氏(蘇我本宗家)を滅ぼした飛鳥時代の政変である。その後、中大兄皇子は体制を刷新して大化の改新と呼ばれる改革を断行する。俗に、蘇我入鹿が殺された事件のことを指して「大化の改新」と言うこともあるが、厳密には、クーデターである「乙巳の変」の後に行なわれた一連の政治改革が「大化の改新」である
1170年 - 現在の岩手県南西部にある平泉を中心に、出羽国(現在の山形県の日本海沿岸地域、庄内地方と、北東部を除く秋田県)を含む、現在の東北地方一帯に勢力を張った豪族、奥州藤原氏の第3代当主である藤原秀衡が、鎮守府将軍に任命される。現在の青森県、岩手県、宮城県、福島県、秋田県北東部に相当する陸奥国に置かれた古代日本における軍政を司る役所、鎮守府の長官、鎮守府将軍は、平安時代中期以降、武門の最高栄誉職と見なされたが、鎌倉幕府の成立で、征夷大将軍(一般的に将軍と呼ばれる)が武家の首長職として常置されるに及び、鎮守府将軍の権限と地位は、その中に吸収されることとなる。
1205年 - 畠山重忠の乱: 武蔵国の有力御家人(鎌倉殿[鎌倉幕府]と主従関係を結び従者となった武士)畠山重忠とその一族が、武蔵国二俣川(現在の神奈川県横浜市旭区、保土ケ谷区に所在)で、鎌倉幕府初代執権(執権とは、将軍を助け政務を統轄した役職で、鎌倉幕府の事実上の最高責任者となっていた)、北条時政の策謀により、北条時政の次男で、後に鎌倉幕府第2代執権となる北条義時率いる大軍に攻められて滅ぼされる。鎌倉幕府内部の政争で、北条氏による有力御家人排斥の1つとされる。
1460年 - 薔薇戦争: ノーサンプトンの戦い。
1553年 - 財政改革やプロテスタント(キリスト教新教)政策を推進した、イングランドの貴族で政治家のノーサンバランド公ジョン・ダドリーが、カトリック(キリスト教旧教)のメアリー王女(後のメアリー1世)の即位を防ぐために、初代サフォーク公爵ヘンリー・グレイの娘であるジェーン・グレイ(数奇な縁でイングランド史上初の女王として即位したが、在位僅か9日間でメアリー1世により廃位され、その約7ヶ月後に斬首刑に処される)のイングランド女王即位を宣言するが、後の7月19日に即位を宣言したメアリー1世により、逮捕・処刑される。
1584年 - 八十年戦争: オランダ独立国家(ネーデルラント連邦共和国)の事実上の初代君主、ウィレム1世(沈黙公)がスペイン方のフランス人により暗殺される。
1804年 - 象潟地震。出羽国(現在の山形県の日本海沿岸地域、庄内地方と、北東部を除く秋田県)を中心として津波を伴なう大地震が発生。死者366名、家屋全壊5,500軒余り等の被害を出す。かつては潟湖(砂州等により、外海から隔てられた水深の浅い水域)であった現在の秋田南西部にある象潟湖が、地震による海底隆起で陸地になる。国の天然記念物で、国の名勝にも指定されている「象潟」の名は、この地震発生前は潟湖であったことに由来する。
1821年 - アメリカとスペインの間のアダムズ=オニス条約が発効。アメリカが、フロリダ(現在のアメリカ合衆国東南部に位置するフロリダ州)を獲得する。
1888年 - 大阪の朝日新聞社が買収した『めさまし新聞』が、『東京朝日新聞』(現在の朝日新聞東京本社発行による朝日新聞)に改題して新創刊。
1890年 - ワイオミング準州が州に昇格し、アメリカ合衆国44番目の州、ワイオミング州(アメリカ合衆国西部の山岳地域にある州)となる。
1908年 - オランダの物理学者、ヘイケ・カメルリング・オネスが、ヘリウム(無色、無臭、無味、無毒で最も軽い希ガス元素で、全ての元素の中で最も沸点が低く、加圧下でしか固体にならない)の液化に初めて成功する。ドイツの機械技術者、カール・フォン・リンデらが開発した冷却機と3重構造の魔法瓶を用い、外側から順に液体空気、液体水素を入れて温度を下げ、最終段階はジュール=トムソン効果(多孔質壁を通して圧力差を保ちながら膨張させた時に温度が変化すること)によって、0.9K(-272.25℃、記号の「K」はケルビンで、熱力学温度[絶対温度]の単位である)という低温を達成し、ヘリウムの液化を実現。これが、当時の世界一の低温となる。
1911年 - 日本人初の国際オリンピック委員会(IOC)委員となった柔道家・教育者の嘉納治五郎が、日本のオリンピック参加に向けた組織・体制整備の一環として、日本のスポーツ競技連盟、協会、及び各都道府県の体育協会を統括する団体である「大日本体育協会」を設立する。1948年、現在の名称である「日本体育協会(JASA、日体協)」に変更される。日本オリンピック委員会(JOC)は、発足以来協会内の委員会という位置付けであったが、1989年に独立している。
1912年 - 東京府東京市麹町区有楽町(現在の東京都千代田区有楽町)の数寄屋橋際(現在、複合商業施設「有楽町センタービル(通称:有楽町マリオン)」がある場所)で、日本初のタクシー会社「タクシー自働車株式会社」が設立される。開業は同年8月5日からとなる。本社前で、T型フォード(フォード・モデルT、アメリカの自動車メーカーであるフォード・モーター社が開発・製造した自動車)を6台使用して、旅客営業を開始している。
1925年 - インドの神秘家(宗教家)メヘル・バーバーが悟りを得て、以降1969年に亡くなるまでの44年間声を発しなくなる。
1927年 - 「岩波文庫」創刊。「岩波文庫」は、文芸・哲学・自然科学・社会科学等、広範なジャンルの本を廉価で人々に提供しているドイツの「レクラム文庫」を模範とし、書物を安価に流通させ、より多くの人々が手軽に学術的な著作を読めるようになることを目的として創刊された、日本初の文庫本のシリーズである。現在のような「文庫本」のスタイルを完成させたという意味で、「岩波文庫」の発刊は日本出版史上、大きな意義がある。
1932年 - 日本共産党が機関紙「赤旗」紙上で、『日本における情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ(32年テーゼ)』を発表。
1939年 - イェドヴァブネ事件。ポーランド北東部にある小さな町、イェドヴァブネで、非ユダヤ系住民達が、がユダヤ人達を虐殺する。
1940年 - 第二次世界大戦: フランスのヴィシー政権が第三共和政憲法を廃棄し、フィリップ・ペタンを国家主席とすることだけを定めた新憲法を採択。
1940年 - 第二次世界大戦: バトル・オブ・ブリテンが始まる。バトル・オブ・ブリテンは、第二次世界大戦におけるドイツ空軍とイギリス空軍の戦いの内で、ドイツによるイギリス本土上陸作戦の前哨戦としてイギリスの制空権の獲得のために行なわれた一連の航空戦を指し、戦略目標を達することなく、独ソ戦を前にしてドイツ国指導者兼首相(総統)アドルフ・ヒトラーによって中止される。
1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 仙台空襲。日本の遥か南海上、東の北西太平洋と西のフィリピン海の境界の洋上に位置する、マリアナ諸島のテニアン島から飛来した、アメリカ軍の戦略爆撃機ボーイングB-29スーパーフォートレス約123機が、宮城県仙台市を約2時間に亘って空爆する。焼夷弾10,961発による絨毯爆撃と高性能爆弾8個により、仙台市中心部は焦土と化す。7月中に仙台市役所の防衛課が纏めた調査報告によると、被災戸数は11,933戸、被災人口は57,321名、死者は987名、重傷者は260名、軽症者は1,423名、行方不明者は50名であったが、戦時中の調査であり、どこまで正確かは不明とされる。

7月10日 誕生日 その2

1961年 - 鴻野淳基、プロ野球
1961年 - ジャッキー・チュン 〈張学友〉 、歌手・俳優
1961年 - 木村竹志、プロ野球
1963年 - 武方直己、アナウンサー
1964年 - 高橋雅裕、プロ野球
1964年 - 村山由佳、作家
1964年 - 松谷竜二郎、プロ野球
1965年 - アレック・マパ、俳優(喜劇俳優)・作家
1965年 - 黒田茂夫、経営者(昭文社[地図等の出版社])
1965年 - 星野美香、卓球
1966年 - 東博樹、サッカー
1966年 - 森下卓、将棋
1966年 - 土平ドンペイ、俳優
1967年 - 沢村一樹、俳優
1967年 - リー・スティーブンス、プロ野球
1968年 - チバユウスケ、ミュージシャン 《The Birthday、元 THEE MICHELLE GUN ELEPHANT》 
1968年 - 高山トモヒロ、タレント 《元 ベイブルース》
1968年 - 木内レイコ、声優
1968年 - 杉江勇次、気象予報士
1969年 - 増本庄一郎、タレント・俳優・脚本家・映画監督 《元 インパクト》
1970年 - 角田久美子、アナウンサー
1971年 - 竹下慎太郎、プロ野球
1971年 - 桂林寛、競艇
1971年 - GEN CHAMAC、ミュージシャン 《GELUGUGU》
1972年 - しんがぎん、漫画家
1972年 - 小堀敏夫、タレント 《ガッポリ建設》
1973年 - みずしな孝之、漫画家
1973年 - ターキー、ミュージシャン 《GO!GO!7188》
1973年 - 伊勢華子、作家
1973年 - 米林宏昌、アニメーター
1976年 - 若の里忍、大相撲
1976年 - リュドヴィク・ジュリ、サッカー
1977年 - 北原奈々子、タレント
1977年 - 鳥羽の山喜充、大相撲
1978年 - 小泉孝太郎、俳優
1978年 - 佐藤夕美子、女優
1978年 - 柴崎行雄、アナウンサー
1978年 - 武田勝、プロ野球
1978年 - TETSUYA、ミュージシャン 《GELUGUGU》
1978年 - 琴国晃将、大相撲
1978年 - 斎藤義典、アマチュア野球
1979年 - 韓盛治、ミュージカル俳優
1980年 - 志村正彦、ミュージシャン 《フジファブリック》
1980年 - 道本卓行、ミュージシャン 《SPLAY》
1981年 - 小森田友明、サッカー
1982年 - 中山敦支、漫画家
1983年 - 内田智也、サッカー
1983年 - 角田誠、サッカー
1983年 - キム・ヒチョル、歌手 《スーパージュニア》
1983年 - ガビ(ガブリエル・フェルナンデス・アレナス)、サッカー
1983年 - 中西雅哉、ミュージシャン 《THE ORAL CIGARETTES》
1984年 - 田中圭、俳優
1984年 - 七條祐樹、プロ野球
1984年 - マルク・ゴンサレス、サッカー
1985年 - マリオ・ゴメス、サッカー
1985年 - もとき、ミュージシャン 《ジン》
1985年 - マリオ・ゴメス、サッカー
1985年 - 中村北斗、サッカー
1985年 - 山本海人、サッカー
1985年 - 渡部あきのり(牛若丸あきべぇ)、ボクシング
1985年 - ラム・アスカ、ミュージシャン 《元 ピストルバルブ》
1985年 - 加藤真輝子、アナウンサー
1985年 - 松中みなみ、タレント
1986年 - 石川雄洋、プロ野球
1986年 - 山田親太朗、モデル・俳優・タレント
1986年 - 後藤祐樹 (ユウキ) 、歌手 《元 EE JUMP》
1986年 - パク・ビョンホ 〈朴炳鎬〉 、米プロ野球
1987年 - 矢崎広、俳優・声優
1987年 - 宇津木めぐみ、タレント
1987年 - ジョニー・ジアボテラ、米プロ野球
1987年 - 松井佑介、プロ野球
1987年 - 中原恵司、プロ野球
1987年 - グレゴリー・インファンテ、米プロ野球
1988年 - 花形綾沙、俳優
1988年 - 森島孝浩、プロレスレフェリー
1989年 - 林丹丹、女優
1989年 - 虎南有香、タレント・モデル・歌手・女優 《元 中野風女シスターズ》
1989年 - 山本斉、プロ野球
1990年 - 河地優太、ボウリング
1990年 - 原隆二、ボクシング
1990年 - 千代の国憲輝、大相撲
1990年 - ユーナン・オケイン、サッカー
1990年 - エレナ・ルンガルディエル、ノルディックスキージャンプ
1991年 - 前田敦子、歌手・タレント・女優 《元 AKB48》
1991年 - 大翔丸翔伍(川端翔伍)、大相撲
1991年 - 石川俊輝、サッカー
1991年 - ニキータ・カツァラポフ、フィギュアスケート
1992年 - 三宅ひとみ、タレント 《元 アイドリング!!!17号》
1992年 - 椋木えり、タレント
1992年 - 三好晃祐、声優
1992年 - 佐藤玲、女優
1993年 - 新垣桃菜、タレント 《JK21》
1993年 - 八木俊彦、俳優
1993年 - 木之前葵、騎手
1994年 - 勝田梨乃、タレント 《元 SUPER☆GiRLS》
1994年 - 岩見雅紀、プロ野球
1995年 - 新垣佑斗、タレント 《関西ジャニーズJr./Hey! Say! 7 WEST》 
1997年 - 加藤玲奈、タレント 《AKB48》
2004年 - 村重マリア、子役・タレント・女優
2001年 - 森田ひかる、タレント 《欅坂46》
2002年 - 池間夏海、子役・モデル・タレント・女優 《元 ロリポップ》

1205年 - 北条政村、鎌倉幕府第7代執権
1419年 - 後花園天皇、第102代天皇
1509年 - ジャン・カルヴァン、神学者・政治家・キリスト教指導者
1759年 - ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ、画家
1789年 - 梁川星巌、漢詩人
1792年 - ジョージ・ダラス、政治家
1809年 - フリードリッヒ・アウグスト・クヴェンシュテット、地質学者・古生物学者
1830年 - カミーユ・ピサロ、画家
1834年 - ジェームズ・マクニール・ホイッスラー、画家
1835年 - ヘンリク・ヴィェニャフスキ、ヴァイオリニスト・作曲家
1839年 - アドルファス・ブッシュ、実業家・アンハイザー=ブッシュ社(アメリカの大手ビール製造会社、主力のビールのブランド名はバドワイザー)共同創業者
1847年 - 物集高見、国文学者
1851年 - フリードリヒ・フォン・ヴィーザー、経済学者
1856年 - ニコラ・テスラ、電気技師・発明家・交流発電機発明者
1869年 - カンドー・カールマーン、鉄道技術者・電気工学技術者
1871年 - マルセル・プルースト、作家
1883年 - 相馬御風、詩人・評論家
1883年 - サム・ウッド、映画監督
1886年 - 高島象山、易者
1888年 - ジョルジョ・デ・キリコ、画家
1888年 - 賀川豊彦、社会運動家
1888年 - 今和次郎、民俗学者
1890年 - 川島正次郎、政治家
1894年 - 武知勇記、政治家
1895年 - カール・オルフ、作曲家
1896年 - 小西得郎、プロ野球
1897年 - 花菱アチャコ、漫才師 《エンタツ・アチャコ》
1900年 - 金丸重嶺、写真家
1902年 - クルト・アルダー、化学者・ノーベル化学賞受賞者
1903年 - ジョン・ウィンダム、SF作家
1903年 - ヴェルナー・ベスト、法学者・法務官僚・警察官僚
1904年 - 大庭さち子、作家
1907年 - 吉行あぐり、美容師
1910年 - 井上幸治、歴史学者(西洋史)
1912年 - 西塚十勝、騎手・調教師
1915年 - ソール・ベロー、作家
1917年 - 市田夏生、プロ野球
1920年 - オーウェン・チェンバレン、物理学者・ノーベル物理学賞受賞者
1920年 - 飯田龍太、俳人
1920年 - 的場徹、特撮監督
1922年 - 伊藤淳二、経営者(カネボウ[繊維・化粧品・食品等のメーカーで、2008年に消滅し、クラシエホールディングス等に継承される]、日本航空)
1922年 - 村山新治、映画監督
1923年 - 飯田善国、彫刻家・現代美術家・詩人
1924年 - ボボ・ブラジル、プロレス
1924年 - 加藤朝雄、実業家・王将フードサービス(中華料理チェーン店「餃子の王将」運営会社)創業者
1925年 - マハティール・ビン・モハマド、医師・政治家・マレーシア第4代・第7代首相
1928年 - ベルナール・ビュフェ、画家
1929年 - 森山京、児童文学作家
1930年 - 左右田一平、俳優
1930年 - 和久峻三、弁護士・作家
1930年 - 石黒忠、プロ野球
1930年 - 川瀬宏之、プロ野球
1931年 - 来宮良子、声優
1931年 - 三船正俊、プロ野球
1931年 - アリス・マンロー、作家
1932年 - 市田ひろみ、服飾研究家・エッセイスト・女優
1933年 - 山之内秀一郎、経営者(東日本旅客鉄道[JR東日本]、宇宙航空研究開発機構[JAXA]初代理事長)
1934年 - 米倉斉加年、俳優
1934年 - 君野健一、プロ野球
1936年 - 平吉毅州、作曲家
1936年 - 西大立目永、アマチュア野球
1937年 - 牛場靖彦、危機管理コンサルタント
1937年 - 若生照元、プロ野球
1938年 - リー・モーガン、ミュージシャン(ジャズトランペット奏者)
1939年 - 石田博三、プロ野球
1939年 - 太田枝雄、プロ野球
1939年 - 菅野光亮、作曲家
1941年 - 岩尾孝幸、プロ野球
1941年 - 村田邦彦、実業家・ピエトロ(食品メーカー・レストランチェーン)創業者
1943年 - アーサー・アッシュ、テニス
1944年 - 土屋紘、プロ野球
1945年 - 松島トモ子、女優
1945年 - 森功至、声優・ナレーター
1945年 - バージニア・ウェード、テニス
1945年 - ハル・マクレー、米プロ野球
1946年 - 城島明彦、作家
1946年 - 江波戸哲夫、作家
1946年 - ケーシー・ランキン、ミュージシャン 《元 SHOGUN》
1947年 - 折戸伸弘、脚本家
1947年 - 川端民生、ミュージシャン(ベーシスト)
1948年 - 筒井ともみ、脚本家
1948年 - 榎本直樹、プロ野球
1949年 - 鈴木いづみ、作家
1950年 - 森田孝子、エッセイスト
1951年 - 阿辻哲次、中国文学者
1951年 - 天現寺竜、俳優
1951年 - 大杉久美子、歌手
1952年 - 一龍斎春水(麻上洋子)、声優・講談師
1952年 - 西弘美、陸上競技/長距離
1952年 - 桂文太、落語家
1953年 - 憲仁親王妃久子、皇族(高円宮家当主)
1953年 - 神林長平、SF作家
1953年 - 伊藤政則、音楽評論家
1954年 - ニール・テナント、ミュージシャン 《Pet Shop Boys》
1954年 - 吉村よう(吉村傭)、声優
1954年 - 森まゆみ、雑誌編集者・ノンフィクション作家
1954年 - 平田英之、プロ野球
1954年 - ジョン・サイズ、調教師
1954年 - アンドレ・ドーソン、米プロ野球
1955年 - 野崎昌一、アナウンサー
1955年 - 矢崎和彦、経営者(フェリシモ[通信販売会社])
1956年 - 大川浩、プロ野球
1958年 - 布施博、俳優
1958年 - フィオナ・ショウ、女優
1959年 - バーベQ和佐田、ミュージシャン 《爆風スランプ》
1959年 - 五十嵐麻利江、声楽家
1960年 - まるはま、イラストレーター

7月10日 記念日 その6

日本なまずの日。
鹿児島県の最南端、大隅半島の東部に位置し、有明湾と呼ばれることもある志布志湾に面する、鹿児島県肝属郡東串良町岩弘に所在する、内水面養殖業(なまず養殖)と、なまず生産管理業を手掛ける企業、日本なまず生産株式会社が制定。一部の地域で、かば焼きにして食べられているなまず。なまずを食べると産後の肥立ちが良いとも言われ、暑い夏のスタミナ食としてふさわしいことから、日本固有の真なまず(日本なまず)を、幅広い世代に食べてもらうのが目的。日付は、7月10日の「7」と「10」で、「な(7)まず(10、十[じゅう])」と読む語呂合わせから。なお、7月2日の「7」と「2」で「な(7)まず(2)」と読む語呂合わせから、なまずを活用してまちおこしを行なっている全国の自治体等で開催する全国なまずサミットが制定した「全国なまずサミット・なまずの日」は、7月2日とされている。マナマズとも呼ばれる日本なまずは、日本に分布する3種のナマズ属種の1種である。他の2種(ビワコオオナマズ、イワトコナマズ)が、琵琶湖と関連水系のみに生息する日本固有種であるのに対し、マナマズの分布は、東アジア広域に亘り、日本においても現代では、北海道と沖縄等の離島を除く全国各地の淡水・汽水域に幅広く分布している。日本在来の淡水魚は雑食のものが多いため、在来魚としては数少ない、大型の肉食魚である。大きな体をくねらせてゆったりと泳ぎ、扁平な頭部と長い口ヒゲ、貪欲な食性を特徴とする。日本におけるなまずは、古代から食用魚として漁獲された他、さまざまな文化に取入れられた歴史をもつ。神経質でデリケートな性格から、暴れたり飛跳ねることも多く、日本では中世以降地震と関連付けられ、浮世絵(江戸時代に成立した、当代の風俗を描く風俗画で、平安時代の国風文化の時期に発達した日本的な絵画、大和絵の流れを汲み、総合的絵画様式としての文化的背景を保つ一方で、人々の日常の生活や風物等を多く描いている)を始めとする絵画の題材にされる等して、人間との関わりを深めてきた。なお日本では通常、なまずに「鯰」の字を当てるが、中国では(日本語でアユを意味する)「鮎」を当てる。「鯰」はなまずに当てるために日本で作られた国字(漢字に倣って中国以外の国で作られた漢字体の文字)である。現代の日本では、マナマズは北海道と沖縄諸島を除く全国に分布しているが、本来の生息域は西日本に限定されていた、とみられている。縄文時代の貝塚等、全国各地の遺跡から、ナマズ目魚類の骨格が出土しているものの、古い時代のものは滋賀県より西の地域に限られている。人為的な移植によって、江戸時代中期には関東地方に、後期には東北地方に、順次分布を広げていったと推察されている。マナマズは水質汚濁には比較的強いが、河川や用水路の護岸化により繁殖場所を失い、日本での生息数は年々減少しているものとみられている。マナマズの外観は、大きく扁平な頭部と幅広い口、及び、長い口ヒゲによって特徴付けられ、これらは、ナマズ目の魚類全般に共通する特徴である。体は全体的に左右に平たく側扁するが、頭部は上下につぶれたように縦扁している。鱗がなく、体表はぬるぬるとした粘液で覆われている。目は小さく背側寄りについており、腹側からは見えない。体色や斑紋は変異に富み、個体によってさまざまである。全長60cm程度にまで成長し、一般に雌の方がやや大きい。口ヒゲは、上顎と下顎に1対ずつ、計4本ある。仔魚の段階では下顎にもう1対あり、計6本の口ヒゲをもつが、成長につれ消失する。下顎は上顎よりも僅かに長く突出す。背鰭は小さいが、臀鰭の基底は非常に長く、尾鰭と連続する。外見だけで雌雄を鑑別することは難しいが、雄の尾鰭は中央部がやや凹んでいる。東アジア地域では古くから、マナマズを食用魚として利用してきた。世界のナマズ目魚類の総漁獲量は、1990年代以降急激に増加しており、その大半は、アジア地域でのナマズ類養殖業の普及によるものである。マナマズもまた、主要な養殖魚種の1つとなっている。マナマズは白身魚で、日本では、天ぷら・たたき・蒲焼き・刺身等にして利用される。ナマズ食の歴史は古く、平安時代末期に成立したと見られる説話集『今昔物語集』に調理をしていた記述が残る他、江戸時代に商業取引が行なわれた記録が残る。しかし、現代の日本に於いては、必ずしも一般的な食材とは言えない。なまずの食味や利用に関しては、江戸時代以降の資料が幾つかあり、1695(元禄8)年に書かれた、日本の食物全般について、性質、能毒、滋味、食法その他を詳しく説明している本草(中国で発達した医薬に関する学問)書『本朝食鑑』によれば、なまずは味は良いものの、膾や蒲鉾として利用されるに過ぎないとされる。一方で、長崎の出島(現在の長崎市に所在した、鎖国時代の日本の対外貿易窓口)のオランダ商館医として来日したドイツ人医師、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトが長崎に滞在した期間に採集した膨大な動物標本や、江戸 時代後期の長崎の画家、川原慶賀等の日本人絵師が描い た下絵を元に、オランダ国立民族学博物館(ライデン博物館)の3名の研究者によって、1850(嘉永3)年に作成された博物書『日本動物誌』には、なまずはあまり食用にされず、むしろ薬用に用いられる、との記述がみえる。稲作等の農業が盛んであった埼玉県吉川市は、古くは舟運で栄え、なまず料理を始めとする川魚料理で知られる。埼玉県では、1970年代から水産試験場(農林総合研究センター水産研究所)が、種苗生産と養殖の技術開発を行なっている他、茨城県でも養殖技術の開発が行なわれている。稲作等の農業が盛んであった埼玉県吉川市は、古くは舟運で栄え、なまず料理を始めとする川魚料理で知られる。埼玉県の東南部に位置し、東京都心から約20km、江戸川と中川に挟まれた水と緑が豊かなまちで、自然堤防等を除き全体的には、起伏の少ない平坦な低地である。この埼玉県吉川市は、「なまずの里よしかわ」として、特産のなまず料理をアピールしている。現在、話題となっているウナギ味の養殖「ウナギ味のナマズ」とは、近畿大学がマナマズの養殖方法を工夫することによって、食味をウナギの味に近付けたなまずである。食味の調整として「餌のコントロール」と「水質のコントロール」の2点が重要であることを特定し、それらのコントロール方法を開発した。ウナギは天然種が絶滅の危機にありながら、養殖技術も確立されていないため、近い将来一般の人は食べることすらできなくなることが懸念されているが、この研究が商業化に発展すれば、代用としてのナマズ食が普及する可能性もある。今後は、直営の料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」や提携した料理店等で、「ナマズの蒲焼き」のような形で不定期に客へ提供し、商業化を目指すという。2013(平成25)年4月26日、西日本旅客鉄道(JR西日本)大阪駅北側の再開発地区、大阪駅北地区(うめきた)内の複合商業施設『グランフロント大阪』の北館「ナレッジキャピタル」6階に、近畿大学と、その関連会社で、近畿大学のベンチャー企業であるアーマリン近大、及び、大阪市に本社を置く大手総合飲料メーカー、サントリーグループと、和歌山県との連携による養殖魚専門の料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」(大阪店)が開店した。「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」では、水産研究所が育てた「近大マグロ」等の養殖魚を中心とした魚料理を始め、近畿大学水産研究所が所在する和歌山県の協力を得て、和歌山県産の食材に拘った料理を提供している。店舗開発、運営等については、飲食ビジネスに精通したサントリーグループがパートナーとなった。大学が、研究の成果として自ら生産したものを、産官学が連携して、専門料理店で消費者に直接提供するケースは、日本の大学では初の試み、とのことである。

全2623ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事