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マンホール博物館
あなたの街のマンホールはどんなデザインをしていますか?

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2012年11月22日(木)撮影

熊谷市のマンホール

下水道の目的である水質保全の願いを込め、「荒川清流」をメインとし、背景には荒川で行われる代表的なまつり「さくらまつり」「花火大会」を描きました。中央の魚は熊谷にしか生息していないとされている、県の魚でもある「ムサシトミヨ」をユニークに表現したものです。
このデザインマンホール蓋は、平成8年から熊谷地区の下水道マンホール蓋として採用しています。

熊谷市の豆知識

概要
熊谷での人々の生活は、箕輪や塩の遺跡から旧石器時代の石器が発見されていることから、およそ2万2千年前に始まったと考えられます。奈良・平安時代になると、西別府や柴には古代の寺院が建てられました。中世では、豊かな穀倉地帯だった熊谷は、熊谷次郎直実や斎藤別当実盛等多くの武蔵武士の根拠地となりました。江戸時代には、熊谷宿は中山道の宿場として、また、明治初期には熊谷県の県庁所在地となり栄えていきます。大正から昭和にかけて、熊谷市は、関東大震災や先の大戦での空襲といった惨禍を克服して、以前にもまして復興を遂げ、発展しています。

市章
熊谷の名を円形に図案化したもので、上部右が「ク」を、同左が「マ」を、全体で「谷」を表わしています。大正8年(1919年)に、熊谷町の紋章として、一般に懸賞募集し、同11年7月から使用されたものです。
昭和8年(1933年)4月1日の市制施行後、市の紋章として引き継がれ、平成17年(2005年)10月1日の合併による新熊谷市においても引き継がれました。

市の木<ケヤキ>
ケヤキは大空に伸びる雄大さやたくましさを感じるという応募理由が多数寄せられました。市役所通りやスポーツ文化公園、妻沼聖天山を始め、公園や学校など、市内各所で見られ、多くの方に親しまれています。

市の花<サクラ>
荒川堤は古くから桜の名所として親しまれ、平成2年には「さくら名所100選」に選ばれました。開花の時期には、市内各所でサクラを楽しむことが出来ます。熊谷さくらマラソンやさくら祭などの行事も行われ、市民に広く親しまれています。

市の鳥<ヒバリ>
荒川や利根川の河川敷を始め、市内の農耕地に数多く生息しています。春の訪れを感じさせる美しいさえずりにより、多くの市民に親しまれています。

市の魚<ムサシトミヨ>
ムサシトミヨはトゲウオ科の淡水魚で、小鳥のように巣をつくって子育てをする魚です。熊谷市の元荒川源流と元荒川上流の一部にのみ生息しています。絶滅の危機にさらされ、学術的にも貴重な魚です。平成3年には清流のシンボルとして「県の魚」にも選ばれています。

※以上の情報は、熊谷市のホームページより引用しています。

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2012年10月5日(金)撮影

滑川町のマンホール

中央に町章をデザインし、周囲を町の魚「ミヤコタナゴ」をデザインしたマンホールです。

甘楽町の豆知識

町章
滑川町は、埼玉県のほぼ中央部、首都60km圏に位置します。東西約4.8km、南北約7.2km、面積約29.71平方キロメートル。全町域の60%がなだらかな丘陵地から成り、北東部には国営武蔵丘陵森林公園が広がっています。町の中央を滑川が、南東部を市野川が流れ、かんがい用水として約200個のため池が点在。滑川を境に、北部は農村地帯、南部は住宅と工業地帯です。人口は約17,000人。大きな空と豊かな自然、人と自然が共存する環境にやさしい都市「愛ふるタウン滑川」を目指しています。

市の木<マツ>

市の花<ツツジ>

市の魚<ミヤコタナゴ>

市の鳥<キジ>

※以上の情報は、滑川町のホームページより引用しています。

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2012年6月18日(月)撮影

蕨市のマンホール

中央に市章をデザインしたシンプルなマンホールです。
この記事をアップする際に気がついたのですが、市章の角度を間違えて撮っていました。
首を45度傾けて見たのが本当の市章です。(笑)

蕨市の豆知識

概要
蕨市は、古くから中山道の宿場町として栄え、にぎわいを見せていました。その後、機(はた)織物のまちとして栄え、経済の基盤を築きました。戦後は、首都圏の拡大とともに住宅都市として順調に発展し、現在に至っています。今でも蕨の歴史がしのばれる機まつりや宿場まつりなどの催しが行なわれています。
蕨市は成人式の発祥地です。終戦直後の混乱と虚脱感が大きかった昭和21年11月22日、当時の蕨町青年団が、20歳を迎えた成人者を招いて、今こそ、青年が英知と力を結集し、祖国再建の先駆者として自覚をもって行動すべき時と激励し、前途を祝しました。その趣旨と意義が高く評価され、昭和23年7月、国民の祝日として成人の日が制定されました。

市章
昭和34年4月1日制定
回りの円は蕨の「ワ」を、また円の中の右側にカタカナの「ラ」、左側に「ビ」をそれぞれ組み合わせて、「ワラビ」としたものです。市民みんなが仲良く輪を組んで、明るい町をつくろうという願いをこめて考案されたものです。大正4年7月28日旧蕨町の町章として制定。その後、昭和34年4月1日、市制施行と同時に市章に制定されました。

市の木<ケヤキ>
昭和54年11月3日制定
自然を愛護する心を高め、みどり豊かなまちづくりを推進するため、市制20年を記念して制定。
ケヤキは、ニレ科の落葉樹です。春に新しい葉とともに、うす黄みどり色の小さな花を開きます。武蔵野を代表する樹木です。

市の花<サツキ>
昭和54年11月3日制定
自然を愛護する心を高め、みどり豊かなまちづくりを推進するため、市制20年を記念して制定。
サツキはツツジ科に属する低木です。5〜6月にかけ て白や赤の花弁の美しい花を咲かせます。盆栽として 広く市民に親しまれています。

市の草花<ニチニチソウ>
平成元年11月3日制定
自然に親しむ心をはぐくみ、みどりのまちづくりを推進するため、市制30年を記念して制定。
ニチニチソウは、キョウチクトウ科の一年草で、日々次々と新しい花が咲くところからニチニチソウの名で呼ばれています。

※以上の情報は、蕨市のホームページより引用しています。

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2008年9月18日(土)撮影

さいたま市(旧岩槻市)のマンホール

デザインされている3つは、右が岩槻城址公園の朱塗りの八ツ橋、左が時の鐘、そして逆さまになっていますが上が黒門です。
岩槻は人形の町として有名で、岩槻駅前にはたくさんの人形店がありました。
今日は人形供養祭が行われていて、夕方のニュースで取り上げられていました。

さいたま市(旧岩槻市)の豆知識

岩槻城址公園
自然林に囲まれた起伏の多い公園(17.9ha)で、岩槻城址の土塁が今も残っています。約800本の桜が咲く県内有数の桜の名所です。園内の池には、朱塗りの八ツ橋が架けられています。

時の鐘
寛文11年(1671)に、当時の城主阿部正春が造らせたものです。「岩槻に過ぎたるものが二つある 児玉南柯(なんか)と時の鐘」とうたわれるほどでした。当時から岩槻のシンボルとして知られ、その鐘の音は九里離れた江戸まで聞こえたということです。そして、現在もなお、朝に晩に美しい響きで時を告げています。

黒門
岩槻城址公園内にある黒門は、門扉の両側に小部屋が付属する長屋門で、かつては岩槻城の城門として威風を誇ったものです。明治維新後に埼玉県庁の正門となり、後に知事公舎の正門となりました。昭和29年、岩槻市に払い下げられ、昭和45年、現在の岩槻城址公園内に移築されました。

※以上の情報は、さいたま市のホームページより引用しています。

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2008年5月27日(火)撮影

入間市のマンホール

これもまたまた消火栓のマンホールです。今回は小学校高学年用のデザインです。(ウソです!)
それにしても入間市は消火栓のマンホールのデザインだけで3種類もあるんですね!
でも雨水や汚水用のデザインマンホールは見つけられませんでした。無いのかなぁ???

入間市の豆知識

入間市のマンホールを参照ください。  http://blogs.yahoo.co.jp/suzuran401/39935944.html

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