2009年10月18日(日)撮影
旧小杉町のマンホール
中心に旧町章を配し、その周りに旧町の花「キク」と旧町の木「スギ」をデザインしたマンホールです。
旧町章は野球のボールの様に思えちゃいました。野球に縁のある土地かと。(笑)
射水市(旧小杉町)の豆知識
旧小杉町の町章
小杉町の「小」を円形に図案化し、周囲を「杉」の葉で包み、緑の中の町を象徴したものです。
射水市の概要
2005年11月1日、射水郡の全町村(小杉町、大門町、大島町、下村)および新湊市が合併して発足しました。
射水市の歴史
「射水」の地名は、古くから書物や地図にその名が記されるなど、長い歴史を持つ由緒ある名前です。
射水市は、富山県を代表する大河である神通川・庄川の間に広がる射水平野の大部分を占めています。射水平野は中小の河川や地下水に恵まれ、水の豊かな土地として古くから栄えてきました。こうした土地の様子を見た古代の人々は、この地を「出(い)ずる水(みず)」の地と呼び、この言葉から「イミズ」という土地の名が生まれました。
平安時代に完成したとされている地方の豪族などの系図をまとめた書物『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』に、伊弥頭(イミズ)という行政区域を支配した豪族「伊弥頭国造(いみづのくにみやつこ)」がいたと記されています。
また、行政区域としての「射水郡」という地名は、奈良時代を代表する歌人、大伴家持がまとめたとされる『万葉集』の中で初めて登場します。
漢字の「射水」という地名は、奈良時代から使われ始めました。当時の様子を伝える歴史書『続日本記(しょくにほんぎ)』によると、713年に朝廷が「畿内(近畿地方)・七道(北陸道を含む地方)諸国・郡・郷の名前を縁起の良い字に改めよ」との命令を出したといいます。この命令に従い、それまで「伊弥頭」・「伊美都」などさまざまだった地名表記が「射水」に統一されたと考えられています。
なお、奈良時代の射水郡は現在の射水市を中心に、高岡市と氷見市の大部分と、富山市の一部を含んでいました。
旧小杉町の花木<ツツジ>
※以上の情報は、射水市のホームページより引用しています。
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