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私事で恐縮ですが、ときどきこのブログに登場してきた父のことです・・・。
まだまだ気持ちの整理がついていないのですが、私も歳をとり、いろんなことを忘れがちになってきたので
今おもうことを残しておけたら、とおもいます。
そして、また思いだすことがあったら、この場を借りて、振り返れたら、とおもっています。
父の慢性心不全が少しずつ進行し、とうとう今年二月半ばに亡くなり、もう四十九日も過ぎた。
天国で、母にも会えて、そろそろ居心地もよくなってきたころかな。 よくよく考えれば、母が亡くなってからもう八年三ヶ月が過ぎていて、
家のことを何もできなくて、いつもどこか具合悪そうに、ヨボヨボしてた父が そんなに長いこと、よくがんばってきたな、と。 母が亡くなってから、兄のところに子供ができ、私にも子供ができ、
父には、孫を見せてあげることができた。孫をかまう父は、 私にとって今まで見たことのない表情をしてとてもうれしそうだったので、 もっと一緒に居させてあげたい、 もっと一緒にいろんなことをさせてあげたい、と思うのだったが、 楽しみと同時に疲労感も押し寄せどっと体に応えているのも感じ取れたので いつも短時間しかいられなかった。 死というのが、甥(6歳)には、もう十分わかり、
きっと時間が過ぎ、親戚と離れたときにそっと泣くんだ。息子(3歳)は、まだ よく分かっていないと思うけど、最後、「おじいちゃんが目をあけなかった」と。 お通夜の翌日、告別式の祭壇をみて「おじいちゃん、ごはん食べなかった」と。 納骨のとき、母のと並ぶ骨壷を、みんなが「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ぶのをみて、 キョトンとしてたけど、
ベッドにいたおじいちゃんと、車のおもちゃで遊んだこと、 最後、手をつないで送ったことを、ずっとずっと覚えていてくれたら、と思う。 甥が、
私たち家族4人(父、母、兄、私)と飼っていたペットのジミーが楽しい食卓を囲んでいる絵を描いてくれたこと、
息子が、 パンダやコアラなど動物の折り紙に顔を書いたり、ロールケーキの絵を描いてくれたこと、
それを棺にいれて、花をいっぱい入れて、 甥も息子も一緒に棺に手を添えてくれたこと、とてもうれしかった。 そして、最後、お正月にお見舞いにいったとき、たまたま会話のなかで、
小さいころ上野動物園にいったときパンダの前で、大人と子供がわかれて 見学するようにゾーンが分かれるところで、 兄は子供ゾーンにひとりでいけたけど、私はひとりでいけないので、 父が肩車してくれて大人ゾーンで一緒に見たことを、 私が息子に話していたら、父は「そんなこと覚えてるの?」って、 ちょっと嬉しそうだった。 息子と過ごしていると、そんな些細なこと、いっぱい思い出すんだ。 子供とお風呂から出て、髪の毛をタオルで拭いてあげるとき、とか 夜なかなか寝る支度をできない息子に声をかけるとき、とか。そんな話、父と もっともっといっぱいしたかった。単に普通に育てる、ということが どんなに大変か分かってきた今、ほんとにほんとに、いっぱい、ありがとう。 もっと、いいたかった。ありがとう。 天国で、お酒のんで、囲碁やって、美味しいもの食べて、のんびりしてね。
タバコは、せっかくやめられたのだから、やめておこうね。
今年も、目黒川の桜はキレイだったよ。これからも毎年見に行くよ。天国から一緒に見ててね。
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そうでしたか…
大変でしたね。すずらんさんも、少しは余裕が出来てきましたか?
お父様、孫と遊びながら すずらんさんとお兄さん育てていたころを思い出していたでしょうね。
親孝行しましたね(*^_^*)
こうしてたくさん思い出してあげることが供養になる、と聞きました。
息子さんにも、忘れないようにいっぱい話してあげてくださいね!
2013/4/10(水) 午前 0:42
お父様のご逝去、お悔やみ申し上げます。文章をよみながら涙が出ました。
私も自分が親になって初めてわかるようになったこと、ありがとうって思うようになったことが山ほどあって、それと同時に親の老いにも気づかされるようになって、ずっとずっと元気でいてほしい、いっぱいいっぱい感謝の気持ちを伝えたい、そう思う毎日です。
すずらんさんの想いはきっとお父様に伝わっていたとおもうし、息子くんの心にも何かが残ると思います。人は死んでも、たいせつな人の心のなかでずっと生き続けるんでしょうね。またお父様との話、聞かせてください。
2013/4/10(水) 午後 3:27 [ 木の実 ]
nariccoさん、ありがとうございます。 父がこだわっていた一人暮らし、ヘルパーさんたちのサポートを受けながら昨春までがんばっていましたが、初夏に老人ホームへ入居、その後療養型ホームに転院しており、私は殆ど何もサポートしてあげることなく、そして、特に年明けからは、こんなにも急に症状が悪くなってるとも思わず、お見舞いも満足にいけず、何も力になれませんでした。
私も歳をとったのかな、なんだか無性に悲しかったけど、、、ほんとそうですね、息子にも、父のこといっぱい話してあげようとおもいます、ありがとう。
2013/4/10(水) 午後 11:50
木の実さん、ありがとうございます。今となっては、もうどこに行っても会えないのだけど、きっともう、どこに行かなくても繋がっていられるのでしょうね。私達親子は何かにつけぶつかることも多く素直になれないこともいっぱいあったけど、なんだかんだやっぱりルーツはここにあって、ベースとなってるんだな、とおもいます、大事にしないと。
皆様、どうかご家族大切に、これからも親孝行なさってくださいね。
2013/4/10(水) 午後 11:57
私も半年前に母を、2年半前に父を見送りました。きっと囲碁してる…碁石を骨壷に入れました。母は父にお茶を出しに行ったのだわ。
2013/4/12(金) 午後 9:18
めーちゃんさん、ありがとうございます。ほんとそうですね。・・・母と会えるね、とおもうと少しほっとします。でもきっと、囲碁に夢中すぎて、母の呼び掛けに返事もしないで、すぐ喧嘩になってるんじゃないか?とも(笑)。
2013/4/16(火) 午前 1:07
大変だったのですね・・
仕事と子育てとお父様のお見舞いと・・すずらんさんもだいぶお疲れのことと思います。
すずらんさんのような素晴らしいご家族にめぐまれて、お父様もよい人生だったのでは。ご冥福をお祈りいたします。
私の父も、何とか一人暮らしをしていますが、やはり、年のせいとか持病のこともあり、だんだんきつくなっているようです。
かといって、我が家でいっしょに暮らすのはまた難しく、今後のことについては、本当に悩ましいです。
お互いに、よいと思える方法はないか、模索中です。
2013/4/16(火) 午後 4:55
そにあさん、ありがとうございます。
お父様、心配ですね。きっと、遅かれ早かれ、誰にでもいつか迎える課題なんですよね。
うちは兄がいますが、一緒に暮らすというのは、親子共々現実的に無理というのは分かっていて、少し歩けるうちに何度か老人ホームを見学したことはありましたが、それもやはり本人は嫌そうだったので、こちらも無理強いせずに、ギリギリまで一人暮らしをしていました。(続)
2013/4/21(日) 午前 10:13
(続)昨春くらいから、さすがに、ワンルームでもトイレに行けないくらい動けなくなり、兄と私とで親が受け入れられそうなホームを探して、渋々入居となりました。それでも調子のよいときは、自由にホーム内を動き回って囲碁仲間もつくって新しい過ごし方を見出しつつあったのですが、やはり時々呼吸困難の症状がでて、ホーム内では処置しきれない自体になると救急搬送騒動となり、その都度、知らない病院を連れまわされるのがストレスになってしまっていたようです。昨夏からは、いわゆる療養型施設・・・なんらか患っている方が同居する形の施設でしたので、特にインフルエンザやノロが心配される時期、パンツトレーニング中の幼児連れのお見舞いはなかなか難しくなって、父のことは殆ど病院任せになってしまっていました。最後に会った正月からあんなに急激に症状が進んでいるとは知らず、ほんとに親不孝な娘でした。
長くなりましたが、そにあさんもお父さんとよい過ごし方を見出せますように。この週末のような突然の寒暖差は応えるとおもいますので、どうぞお大事になさってください。
2013/4/21(日) 午前 10:14