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猫であるということを考える。
これまでの観察によると
ボクはどうもアレら長身のものとはちがうらしい。
食い物もちがうみたいだし、トイレもアレらは砂を使わず水で隠しているようだ。
手先の器用さは年齢差かと思っていたがどうも形が違う。
ボクのお手々は十分に器用では有るがボクをひょいと抱え挙げる様子は 体力差ではないと思う。
猫であるということ
家の中にいるねずみや鳥よりはボクは自由だと思う。
好きなベッドを選んで寝れるし扉が閉まっていない限りはどの部屋も出入り自由で おもちゃも山ほどあるのだからあの小さな籠よりはマシだろう。
猫であるということ
誰とも同じではない
ボクはこの世界にボクだけなのだろうか?
柔らかく甘いにおいのした母の記憶も 今では曖昧だ。
猫であるということ
食べていくにも遊びにも不自由はない。
適度なストレスも日々経験できるということは成長をしていくうえでの貴重な学習の場であると思う。
猫であるということ
受け入れるも受け入れないも無い。
ボクが全身に力をこめて 神に訴えてみたところで
指は長くならないし 尻尾も相変わらず長くフサフサしている
流されるままに
ありのままに
せめてオレさまモラルで後悔をしないように
ただ ひたすら 後悔をしないように
猫であるということ
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