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今日、夕方に棚田の畑に顔を出して、春への準備として米糠を畝に振り撒いていたところ、
丁度お隣の地主さんがいて、会話をした。
「米糠を撒いても肥料成分が無いから、野菜は大きくならんで。
やっぱり化性肥料もいるんと違うかなぁ〜」
さすが、お百姓さん、米糠が肥料の役割を果たさないという事を知っているのだ
(僕はそこまでは知らなかった)。
でも、それでいいのだ。
俺自身、米糠で野菜を育てるつもりは全く無い。
米糠には畑の生命活動を活発にしてもらう事を目的にしているのだから!!
また野菜は大きければ良いというものではない。
大切なのはその生命力だ。
人間も同じだ。
現に俺は1日1食(たまに2食)で、一般の人以上に動ける自信がある。
毎日仕事前に身体を動かして(今は田畑を整える作業をしているが、それが一番大変だ)、
それでも全く疲れは溜まらない!!
菜食に変えて身体は若干細くなったが、瞬発力も持久力も周りの同世代と比べて負ける気は
微塵もしない!!
若い奴らに負ける気もしない!
多分、肉食をすれば、一気に身体は弱くなって行くだろうが(笑)
俺の中である程度結論が出ている事がある。
それは世の中の逆に真があると言う事。
学歴が必要と言われていれば、俺には必要が無い。
仕事は就職するものと思われていれば、俺は自分で作りあげる。
現代栄養学が正しいと言われていれば、俺は動物性を殆ど摂らない少食を目指す。
部分に、結果に捉われる現代医学が主流であれば、全体を、原因を診る綜合医療を目指す。
農業の大規模化に対しては自らの生活を満たす程度の自給農。
お金は儲けるものと言う考えに対して、お金は結果として入ってくるもの。
また沢山稼ぐことが良いと思われているなら、如何にお金だけに依存しない生き方をするか。
物質的な豊かさに対して心の豊かさ。
そして最後に、ナヨナヨした中身のない音楽に対しては感情のこもった骨のある音楽だ(笑)。
・・・っと言うか、別に世の中に反抗して反対に行ってるわけではない(いや、もともとは
そうやったけな? 笑)
とにかく“結果的”に何故か少数派、「逆」に感覚的に惹かれてしまうのだ(苦笑)。
そうすると、やっぱり馬鹿にする連中も出てくる。
仕方の無い事だ。多数派(主流派)は自分たちが正しいと思い込んでいるから。
しかし、経験的にそれでも自分を貫き通すと、そういう人間の殆どは頭を下げてきたり、
味方になったりする(笑)。
最近で言うなら親父だ。
旧帝国大学医学部卒でエリートまっしぐらの親父でさえ今までの自分の過ちに気づき、
俺に誤りに来た。
俺は自分が勝ったとか自分が正しいとか言うつもりも思うこともない。
ただ、自分の感覚に従って黙々とやってきただけ。
いつかはわかるだろうと思って、ただ実践してきただけ。
何かを示すには言葉は要らないと思う。
必要な事は実践。
ひたすら信じる事をやり続けること。それで十分だと思う。
・・・と言うことで、自然農に関してもただ実践するだけ!
冬が農閑期などと言うのは、農業に関して、とりわけ自然農に関して言うなら、
それはその土地の環境が整った時の話で、やり始めでそれが整っていない時、
冬場は春に向けての一番重要な時期だ。
この時期に、どれだけの知恵を働かせてやるかで春からの結果が違ってくる。
特に自然農は“農法として捉えても”思いっきり世の中の逆を行った方法だ(あくまでも
世の一般常識を多数派とした時に)。
いくら生活がかかっていないと言えども、農業初心者と言えども、
舐められるのは好きではない。
俺は一生自然農をやって行くつもりなのだ。
例えば、あの棚田が他の人の眼に触れないような場所にあれば、今よりのんびり出来るかも
しれない。何を言われるわけでもないし。
ただ、あの棚田では沢山の人の眼が向けられる。
そうであれば、やはり何かを示す必要がある。
別に人の眼を気にしているわけではない。
世の中の逆をする事はもう慣れたものだ(笑)。
ただ、自然農を“こんなもんか”とは思われるような事だけはしたくないのだ。
去年は小さい田んぼではあったが、個人的には結果を出した。
周りも「ホンマに肥を置いてないのか!?」
「1本植えでこんなになるの!?」
とビックリさせてやる事ができた(笑)。
ただ、畑に関しては、自分の知恵不足・柔軟性の欠如で結果を出せなかった。
しかし、今年は違うぞ!!
今年は結果を出すために(いや、結果を出すのは野菜たちで、俺はその手助けをしているだけだ)、
最低限の事はやってきた(つもり 笑)。
周りの連中よ、見ときやがれ!!
っと、ケンカを売ってるわけではない(笑)。
びびらせてやるのが好きなだけだ(笑)。
明日も出来る事をやる!!
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