今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 2006年7月10日(月)昨日:巨人6連敗、敵地17連敗。

 今日7月10日は、フランスの小説家・プルーストの誕生日です。

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 ○ マルセル・プルースト(Marcel Proust、1871〜1922)

 幸福は身体にとってためになる。しかし、精神の力を発達させるものは悲しみだ。
           (身体を拒絶し、精神のみに依存した男の、ある種の錯誤…)

 父は、プルーストの小説の中の田舎町・コンブレーのモデルになったイリエ出身の
著名な医師で、当時のフランスにおける衛生学の権威。喘息についての研究も発表。

 母はユダヤ系の富裕な家に生まれた人、彼は幼年時代、母と祖母に溺愛されて育ち
ました。そのせいか、彼は異常ともとも言えるほど母に愛情を感じていました。早く
から上流社交界に出入りする一方、パリ大学に学んでベルクソンを聴講。文学に傾倒
して優雅な小品を雑誌に発表、ラスキンの芸術哲学に傾倒してゆきます。

 しかし、1903年と1905年に相次いで両親を失い、さらに追い討ちをかけるように、
持病の喘息が悪化。これを契機に彼は、コルク張りの部屋に殆どこもりきりになり、
社交を絶ち書き溜めた20余冊の手帳を資料に、大作「失われた時を求めて」を15年間
書き続け、完成と同時に倒れてしまいます。

 彼にはロベールという弟がいます。初期の秀作では、主人公に弟が登場するのに、
「失われた時を求めて」では完全に姿を消してしまいます。弟の誕生で、母の愛情を
独占できなくなったことが、マルセルの喘息発病の原因というのが通説とされている
が、兄弟仲が悪かったわけではなかった。医師として成功を収めたロベールは、忠告
を無視して、殆ど絶食しつつ創作を続けた兄・マルセルが死ぬと、その遺稿の整理と
「失われた時を求めて」の死後出版に尽力しました。

 7巻15冊からなる小説「失われた時を求めて」は、人間の内面の「意識の流れ」を
綿密に追うことにより従来の小説概念を大きく変革し、フランスの心理小説中の最高
傑作と呼ばれるに至る。彼は生涯を「失われた時を求めて」というただひとつの小説
に捧げ、そしてその小説によって彼の生涯は世界中の人々の心に刻み込まれました。

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 彼は写真に異常な情熱をもっており、友人の軍服姿が魅力的なので、自分も軍服を
着て写真を撮りたいと、只それだけの理由で一年間の志願兵になった。美青年と知り
合いになると、かならず写真の交換を申し出、馬車で散歩する高級娼婦の姿に憧れ、
手紙を書いて写真をねだる。また、小説で主人公の初恋の相手のモデルとされる女性
(友人のフィアンセだった…)の場合には、必死で写真を入手しようとし、ついには
女中をそそのかし、盗ませようとまでした。

 けれども、女性たちにそれ以上のことはせず、ただただ、写真を集め続けました。
そして、その膨大な写真のコレクションが、小説を書きはじめる時、「想像力が栄養
を汲みあげる貯蔵庫」として彼の手元に存在した。


 吉田 城『プルーストに愛された男』定価2,730円 青山社

 畢生の大作『失われた時を求めて』の背後には作者自身の愛恋と、その苦悩が影を
ひそめている。謎の女・アルベルチ−ヌとそのモデルとを綿密に究明、作家の生き身
と文学的構築の秘密に迫る。


 ミシェル・エルマン『評伝マルセル・プルースト』吉田城:訳 青山社

 コルク張りの部屋で内省に耽る伝説的なプル−スト像を一蹴、時代を生きた流動
する生命として再創造する。最先端の研究成果を駆使し、天才の思想心情と作品の
謎に迫った実存的評伝。

 原田 武 『プルーストと同性愛の世界』せりか書房

 フィリップ・アリエスは同性愛こそ「純粋状態でのセクシュアリティ」だと言う。
ジル・ドゥルーズは、プルーストにおいて同性愛が「愛の真実である」とみなした。
大作『失われた時を求めて』を精査しつつ、「同性愛」の多彩な世界を文化史的視座
から浮き彫りにする。
                              ペール・ラシェーズ墓地(パリ最大の墓地)
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 『失われた時を求めて』新潮文庫

 高校時代に、私もこの長編を読んだ。フランス文学の巨峰と言うのではなく、まったく別の意味で、この作品にアプローチしたのだが。安価な文庫本であったが7冊組なので、二度に分けて買ったのを覚えている。当時の私は学校の帰り、数寄屋橋でバスを降り、都電(今は荒川線のみ)に乗り換えていたが、ひと停留所あるいて銀座の書店に立ち寄ることもあった。二階の窓際の小さなスペースに、古びた椅子が一脚だけ据えてあり、二、三十分ほど時間を過ごすのが好きだった。

 『失われた時を求めて』は、私が想像していた内容とは全く違って、はじめて人間の意識の深層にふれるものだった。後に大江健三郎を読んだ時も同様だったが、「人間て、こんなふうに考えて、生きてゆくものなのか」と知らされ、少し暗澹たる重たい気分にさせられた。

 高校生の律儀さと言うべきか、読みづらい思いを何とか克服して最後まで読み通したが、私の心にどんなものが残ったのか、よくわからなかった。高校の時に読んだ長編は他に、『カラマーゾフの兄弟』のみ。『大菩薩峠』はさっさとギブアップしてしまった。今は欲しい本があるとbk1で検索して発注、ほんの二、三日で届いてしまう。ほんに便利だけれど、昔のように数軒の本屋を渡り歩いて、あれやこれやと本の背中を“にらめっこ”していた、のんびりした時代もやはり捨てがたい。身勝手なもんです。

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私は、故、辻邦生の愛読者ですが、彼はフランス文学者でもありますので、彼の紹介で『失われた時を求めて』を知り、新潮社から7巻本を購入しました。とても難しかった。主人公がマドレーヌと言うお菓子をお茶に浸して食べていると、不意に幼い時の自分が思い浮かぶと言う場面が記憶にあります。


2007/7/11(水) 午前 8:52 [ kaz*_51** ]


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