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7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成18年7月24日(月)昨楽日:13勝白鵬、横綱昇進なぜ見送りなのか?

 7月24日は、【劇画の日】です。

 1964年(昭和39年)に青林堂が劇画雑誌『ガロ』を創刊したことによります。
白土三平の『カムイ伝』をはじめ、数々の話題作がこの雑誌から生まれます。
『ガロ』は2002年(平成14年)12月号より、オンデマンド出版に移行している。

 編集者・長井勝一は終戦後、拾い集めた雑誌の中から漫画の頁だけを適当に
つなぎ合わせて、一冊の漫画本を仕立て上げ、露天で売っていた。そんなもの
でも、当時は結構売れたという。漫画は金になるとの確信から、彼は出版社を
興すが、漫画に対する情熱は白土三平に出会うまでは全くなかったらしい。

 白土三平は日陰の漫画を何とかして、日の当たる場所に引き上げたかった。
長井は白土の情熱に牽かれる形でのめり込んでゆく。1962年に長井勝一により
設立された青林堂は白土三平の「忍法秘話」などの貸本を出版します。そして
その資金をもとに「忍法秘話」に続く「カムイ伝」を連載するために1964年、
雑誌「月刊漫画ガロ」を創刊します。

 「カムイ伝」は当時の学生たちに受け入れられ、たちまち「ガロ」の人気は
上昇する。また水木しげるの「鬼太郎夜話」、林静一「赤色エレジー」などを
掲載。つげ義春、池上遼一、矢口高雄なども執筆を開始します。

 1970年代になると、古川益三、鈴木翁二、阿部慎一がデビューする。彼らは
「ガロ三羽がらす」と呼ばれ、すばらしい作品を残しました。またこの頃から
貸本時代から人気のあった永島慎二が執筆を開始。この他にも上村一夫、蛭子
能収、どおくまんなどが登場。

 1980年代に入ると、みうらじゅん、内田春菊、岡崎京子がデビュー。しかし
次第にガロ人気が低迷、ガロ存続の危機の中、1990年ついに青林堂はツァイト
に経営を譲渡、ガロはなんとか持ちこたえることができた。

 しかし1996年、長井氏の死去と共に「ガロ」は衰退への道を歩み始めます。
1997年に「ガロ」は休刊。その後1998年に復刊しますが、一年を待たずに再び
休刊。「青林堂」自体が窮地に陥る。しかし1999年、大和堂が青林堂の経営を
引継ぐことになる。同年12月10日、生まれ変わった青林堂から「ガロ」が復活
した。現在はオンデマンド出版の形をとる。

※ 1996年、長井氏が逝去されると、『ガロ』は2号にわたり氏の追悼特集を組む。
いずれも全編、氏への想いを語るもので、編集者・長井がいかに多くの作家を
育んできたかを如実に物語るものだった。終始、金策に苦労した編集者ではあった
が、とても幸せな編集者でもあったことが良く分かる、ある種せつない特集だった。

 氏の前に氏なく氏のあとに氏なからむ 劇画に殉ず長井勝一!

 長井勝一漫画美術館 http://www.freefactory.net/~nagai/
 『カムイ伝』『忍者武芸帖』『赤色エレジー』ホント、良かった。

イメージ 1

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「ガロ」と団塊の世代は完全に一致します。フォーク・グループの「ガロ」もここから命名したのでしょうかね。学生街の喫茶店は私の数少ないオハコです。

2006/7/25(火) 午前 11:55 kkiyoshijp


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