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平成18年7月28日(金)昨夜:天敵・下柳をKO、虎を3タテ、4.5差! 自民党は28日夜、東京・紀尾井町の赤坂プリンスホテルで、9月の総裁選に向けた討論形式の「東京ブロック大会」を開いた。「ポスト小泉」候補の安倍官房長官、谷垣財務相が出席し総裁選に向けた論戦が事実上スタート。写真は会場の拍手に手を振って応える安倍官房長官(右)と、「消化試合と言われたくない」谷垣財務相のお二人。 7月28日は、【乱歩忌】。江戸川乱歩の命日。1965年(昭和40年)に逝去。 『D坂の殺人事件』『怪人二十面相』『パノラマ島奇談』『黄金仮面』 『押絵と旅する男』などの作品群を残し、名探偵・明智小五郎を生み出す。 探偵小説界の巨人、享年71。彼のペンネームが、アメリカの怪奇小説家・ エドガー・アラン・ポーのもじりなのは有名。乱歩が敬愛した谷崎潤一郎は この二日後、乱歩の告別式の日に世を去った。 子供の頃、何と言っても「怪人二十面相」が大好きで、江戸川乱歩の同シリーズをあらまし読んだ。少年向け探偵小説『少年探偵団』に使われる「BDバッジ」というものが欲しかったものだ。(Boy's Detective) 意味もなく近所の道端に、パン屑を撒き犯人追跡の気分を味わったりした。 名探偵・明智小五郎よりも、彼の有能な助手・小林少年に憧れた。そして中学校に進学すると、同級生に小林君がいた。彼も非常に頭脳明晰で、同校から日比谷高校に進学できたのは二人だけだったが、その内の一人だった。わたしは、努めて小林君に近づき、彼からいろいろなことを学んだ。なにより勉強の楽しさを教わった。乱歩は子供時代の私にとり、多くのものを与えてくれた“ちょっと変”な伯父さんだった。 ※ 弟はつらいよ! 大阪府守口市八島町に大正時代、江戸川乱歩が書斎として使った家が今も残っているが、老朽化が進んでいる。かつては開放されていたが、この家の所有者が亡くなり今は開放されていない。「心理試験」や「人間椅子」などの初期の作品を含む21作品がこの家で執筆されており、そのほとんどが1925年(大正14)に創作された。1980年1月にこの家に乱歩が住んでいたことが判明したもの。江戸川乱歩寓居の跡、と書かれた看板が掲げられており、明智小五郎の登場する「D坂の殺人事件」もここで創作。 1984年(昭和59年)3月に起こったグリコ・森永事件の犯人は、「かい人21面相」を名乗った。子供時代に、私と同じように「怪人二十面相」に胸躍らせたであろう少年が、一体なんの因果でこんな風になったのか。確かに犯行そのものは、怪人二十面相と同様に、殺人をせずに目的を達している。2000年に時効となった、この事件は犯罪の形態に関して、その後の事件に多くの影響を与えた。 犯人像として、「キツネ目の男」が世間に流布され、いち時期、警察は 宮崎学氏を徹底マークした。後手にまわる捜査陣に対して、犯人側の プロフェッショナルぶりが際立つ事件だった。 |

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子供の頃、同じような体験をしています。貸本屋でこのシリーズを借りて読んだ後は、いつも小林少年に変身していました。
2006/7/28(金) 午前 10:38