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平成18年7月29日(土)只今、朝生「激論!昭和天皇と靖国神社」放送中 昨夜:中日が巨人戦7連勝、佐藤充は無傷の8勝目。 東京の夏を鮮やかに彩る「第29回隅田川花火大会」 29日夜、隅田川の桜橋と駒形橋近くの2会場で開かれた。約2万発が打ち上げられ、夜空を舞う大輪の花々に約95万8000人(主催者発表)の見物客が魅了された。(写真は、屋形船が浮かぶ蔵前橋付近) 1186年7月29日、静御前、男児を出産。 吉野山で源義経と別れた愛妾・静は、その後捕らえられ、母・磯禅尼(いそのぜんに)と共に、鎌倉の源頼朝のもとに送られ、義経の行方について詰問される。別れた後の義経の行動を彼女が知る由もなく、尋問されても成果はなかった。しかしその後、彼女が妊娠していることが分かったために、京には戻してもらえず、そのまま鎌倉の安達清恒の家に軟禁された。頼朝の曰く、「生まれてくる子の父は関東(鎌倉幕府)に背いて反乱を企てた上、逐電した男。もし生まれた子が女児であれば母親に返してやれ。だが男児であれば、将来何をするか分かったものではない。さっさと殺してしまうに越した事はない」。(頼朝自身、清盛の温情によって生き延びた身。義経の男児に対する危機感は当然か。) しかしこの日、静が産んだのは男児であった。頼朝は安達清恒を遣わし、その子を鎌倉の由比ヶ浜に捨てることを命じた。頼朝の命を受けた清恒に対し、静はこれを拒絶。わが子を抱きしめていつまでも泣き叫んだ。声を荒げて迫る清恒に、磯禅尼はこのままでは、静まで殺されかねない、と危惧したため彼女から赤子を取り上げて清恒に手渡す。当時、由比ヶ浜は死者の葬送の場であった。この時、静十九歳。 鶴岡八幡宮社前で白拍子の舞を命じられた静は、敵陣のさ中、豪胆にも
「義経恋いし」と唄う。義経を慕う歌に、頼朝は激怒するが、
吉野山 峰の白雪踏み分けて 入りにし人の あとぞ恋しき妻・北条政子のとりなしで救われる。 しづやしづ 賎(しず)のをだまき繰り返し 昔を今に なすよしもがな ※ 2005年のNHK大河ドラマ『義経』では、石原さとみが静を演じた。 義経…滝沢秀明、磯禅師…床嶋佳子、頼朝…中井貴一、北条政子…財前直見。 |

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畑裕子の遺稿『女たちの義経物語』を一周忌前の2月に出版することになりましたので、お知らせします。
源義経が元服した近江国鏡宿(現・滋賀県蒲生郡竜王町鏡)の傀儡女を語り部として、義経の母・常磐御前、義経の妻・静御前など義経の女たちを物語る歴史小説です。
2015/1/31(土) 午後 11:27 [ 歴史&環境&公徳心ツアー ]