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平成18年8月7日(月)昨夜:竜虎譲らず、5.5差のまま。 8月7日は司馬遼太郎の誕生日です。(1923年生まれ) ○ 司馬遼太郎(1923〜1996) 大阪生れ。1942年、大阪外語大学蒙古学部に入学。その翌年、学生の徴兵猶予が停止、大阪外語大学を仮卒業で学徒出陣し、兵庫県加古川の戦車第19連隊に入営、見習い士官として牡丹江の戦車第一連隊に赴任。1945年、内地に帰還、終戦を迎える。 1946年、新日本新聞に入社するも、1948年に倒産、産経新聞社京都支局に入社する。1953年、文化部勤務となり、文学、美術の担当となる。勤務のかたわら、寺内大吉らと同人誌「近代説話」を創刊し、1955年、「名言随筆・サラリーマン」を本名で発表し、翌年、「ペルシャの幻術師」で第8回講談倶楽部賞を受賞。 その後、「戈壁の匈奴」などを発表、「梟の城」で、第42回直木賞を受賞しました。「風神の門」など伝奇性に富む作品を書いていたが、その後「龍馬がゆく」「城塞」等で史実をもとに現代的な解釈を加えた、歴史小説の新分野を開拓した。 ほかに,明治維新政府の抗争を軸に江藤新平の悲劇を扱った「歳月」、大村益次郎の生涯を描いた「花神」や、秋山真之や正岡子規らの人間群像を通じて明治日本の夜明けを描く「坂の上の雲」などの力作がある。 1972年には、「世に棲む日日」を中心とした活動で吉川英治文学賞を受賞。1976年、日本芸術院恩賜賞。1982年、「ひとびとの足音」で第33回読売文学賞を受賞。1993年、文化勲章を受章。 人間の能力はそれが属している社会の質に影響される。
司馬遼太郎『人間の集団について』
噂は、それを語る人によって、人々は信じるか信じないかを決める。
司馬遼太郎『項羽と劉邦』
無明長夜であるからといって、路傍に腰をおろすこともなるまい。 おれは歩きつづけてゆかねばならん。
司馬遼太郎『竜馬がゆく』
人間にとって、その人生は作品である。
司馬 遼太郎
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