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 平成18年8月23日(水)コメディアンの関敬六さん死去、享年78。


 映画「男はつらいよ」シリーズの常連で、テレビドラマの脇役として活躍したコメディアンの関敬六(本名・関谷敬二)さんが23日午前2時8分、肺炎のため東京都千代田区の病院で死去。78歳。栃木県出身。葬儀・告別式は26日正午から東京都葛飾区奥戸4の12の21、セレモ新小岩ホール。喪主は妻の関谷恵子さん。

 復員後、コメディアンを志し、1952年にエノケン劇団に入団。その後、東京・浅草のフランス座などで芸を磨き、渥美 清、谷 幹一とトリオを結成、熱演型のコメディアンとして頭角を現した。 映画「男はつらいよ」では、寅さんのテキ屋仲間として共演した。1996年8月、渥美が亡くなった直後、脳梗塞で倒れる。リハビリの末、舞台に復帰し、1998年、浅草の舞台小屋「木馬亭」で旗揚げした「お笑い浅草21世紀」に加わり、若手らを指導してきた。昨年来、持病の糖尿などが悪化し、入退院を繰り返していた。

 山田洋次監督:「渥美さんの最も心を許した友人で、渥美さんの死後は頭を丸め、何かといえばお墓を訪れ、墓石に向かって語り掛けていたといいます。今ごろ、渥美さんとうれしそうに手を取り合って再会を喜んでいるに違いありません。その笑顔が目に浮かぶようです。寅さんシリーズのレギュラーメンバーが、また一人消えてしまいました」。

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 ※ 渥美晩年の時期、「男はつらいよ」のロケ現場で、ファンの声援に対して少しも応えることのない渥美を、関敬六は叱責したと言う。 「お前なぁ、手を振るぐらいのことはしろよっ」すると、渥美は力なくこう言ったそうだ。「もうそんな事はどうでもいいんだ」。

 初期の寅さんとは違い、晩年の寅さんには生気がなかった。渥美は、NHKの番組取材でスーパーマンを例にとって上手いことを言っていた。「スーパーマンのロケ現場では、子どもたちが、スーパーマン飛べっ、スーパーマン飛べって、言うんだよね。でも、スーパーマン飛べないもんね」、そう言った渥美の横顔は、なにかとても淋しそうだった。

 コメディアンには、常に明るさが求められる。病魔に冒されてもなお、明るく振舞う体力が渥美には、残っていなかった。関敬六は、渥美の死に直面して深く思うところがあったのかも知れない。明るく振舞えないコメディアンは、飛べないスーパーマン。でも飛べないスーパーマンが飛ぼうとすると、余りにも悲しくなる。 それでも、黒柳徹子にだけは最後まで、飛べるスーパーマンを見せる努力をしたようだ。

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