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平成18年8月26日(土)昨夜:中日3連敗、阪神4連敗。お付き合い謝し奉るM28。 ◇ ウィリアムスお前もか 岡田監督悔いる継投失敗(8月25日) 岡田監督が自らの采配を悔いた。「福原には悪いことした。継投の失敗は出したもんの責任やんか」。2−0の7回2死、それまで快調にゼロを並べていた福原が、9番上原に安打を許したところで、即座に左腕ウィリアムスにスイッチ。これが裏目に出た。 脇谷にはストレートの四球。ここから3連打され降板。福原の球数は100球を超えたばかりで、まだ余力はあったはず。それでも細心を期して必勝パターンで臨んだ結果が … 。久保田が逆転2ランを浴びた前夜の悪夢が繰り返された。「そら、もうしょうがないよ」指揮官の言葉が寂しげに響く。長期ロードが終わり、7月30日以来となった本拠地甲子園で、観客から容赦ない罵声が飛び交った。 ※ 岡田監督、中々の頑固者、あくまでも「JFK」の形にこだわります。過去の栄光に固執すれば、明日の栄光を失う。 毎日を 捨てて生きるが 人生さ。9勝11敗で負け越した長期ロードを終え、甲子園帰還で最後の巻き返しをかける積りが … 。 対する巨人も、上原の100勝達成記録のかかる一戦だった。2点を先制された直後の7回表、2死ランナー無し。この時、一人でもランナーがあれば、上原がバッターボックスに立つことはなかった。その上原が2本目のヒットを打った。巨人、起死回生の反撃がここから始まる。岡田監督の後手に廻る采配ぶりは、かなり滑稽だった。その昔、「ベンチがアホやから…」と言って、球界を去った男がいたような … 。明暗を 分けて際立つ 巨阪戦。 「怪物」と並んだ「雑草」 上原執念で100勝達成(8月25日) 勝利への執念が逆転劇を呼んだ。2点を先行された直後の7回2死での打席。福原の速球に食らい付き、右前打で出塁した。福原はここで降板。流れは変わった。エースの気持ちに応えた打線はこの回5点を奪った。 「後ろが続いてくれた。きょうはみんなで勝った」と上原。援護に恵まれない試合が続いていただけにうれしかった。7回2死三塁でリリーフに託し、先発の役割を果たした。100勝はすべて先発登板だ。「誇りがある。スターターとしてのプライドがね」と言う上原は同期入団の松坂と並ぶ191試合目での到達に「比較してほしくないけど … 、大輔とは何かしらあるね」と苦笑いした。 子供のころにあこがれた甲子園での達成。自らを「雑草」と表現する男は「僕は甲子園とは無縁だったが、ここまでやれた。甲子園に出られない選手の励みになればいい」としみじみ語った。 1981年8月26日、「ベンチがアホやから…」発言で江本孟紀が任意引退処分。 阪神の江本孟紀が首脳陣を批判した形で、任意引退処分とされる。降板してベンチに腰を下ろして思わず口にした、「ベンチがアホやから野球がでけへん」の言葉が記事に書かれてしまいました。(ご本人は、否定しております。) ○ 江本孟紀(たけのり、1947年7月22日生まれ ) 高知商業高等学校から法政大学を経て、西鉄ライオンズからドラフト指名されるが、下位指名だった為に拒否。その後、社会人野球の熊谷組へ進み、1971年、ドラフト外で東映フライヤーズに入団するが、登板機会に恵まれず、中継ぎしか出番がなかった。翌1972年に南海ホークスへ移籍。 南海では野村克也監督兼捕手のもと、才能を開花させ、この年16勝をマーク。先発、中継ぎを無難にこなし、1973年のリーグ優勝(胴上げ投手)に貢献する。1976年に阪神タイガースへ移籍、先発として活躍するも、1981年8月26日の試合(対ヤクルト19回戦)で、江本が乱調でありながら、なかなか降板させない首脳陣に対して怒りが爆発。ようやく降板しベンチ裏でボヤいたひと言。 「アホか、ベンチは何を考えとるんや!そんなこっちゃ、やってられんわ!」と言った言葉を、そばで聞いた記者が「ベンチがアホやから野球がでけへん」と記事にし大問題となる。結局、責任をとる形で現役を引退する。プロ通算成績:113勝、126敗、19セーブ、オールスター出場5回。彼の持つ日本記録は、通算ボーク24。 ※ “いらち”やと、野球はでけへんっちゅうんやホンマッ。 1982年 フジテレビ、ニッポン放送野球解説者の傍ら、タレント活動も行い、映画、ドラマ、バラエティー出演、歌手デビュー、週刊誌コラムなど。1985年からは三田寛子とフジテレビ系ドキュメンタリー番組「なんてったって好奇心」の司会を務める。 1992年7月、第16回参議院選挙にスポーツ平和党より参議院比例代表選出で初当選。1995年、無所属に。1997年12月26日、フロムファイブの結成に参加。そのまま民政党、民主党に合流。1998年7月、第18回参議院選挙に、民主党より比例代表選出で再選。2004年、民主党を離党。大阪府知事選挙に立候補するも落選。 2005年、ニッポン放送の株式保有問題に関して、「ニッポン放送をホリエモンが買収するようなことがあれば、同局の解説から撤退する」ことを示唆する発言があった。
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