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「子育てに悩み」母親が子供2人を殺害、奈良・天理 (8/28) 28日正午ごろ、奈良県天理市前栽町の会社員、佐々木修さん(38)方から、女の声で、「子供を殺した。駄目にしてしまった」と110番通報があった。天理署員が駆けつけたところ、佐々木さん方の居間で長男の崇君(4)と長女で生後4カ月の麻衣ちゃんが、座布団の上であおむけになって死んでいるのを発見。自宅にいた佐々木さんの妻の直美容疑者(35)が殺害を認めたため、同署は殺人の疑いで逮捕した。 直美容疑者は調べに対し「子供2人の体調が良くないことなど、子育てで悩んでいた。午前10時半ごろ、自宅居間でエプロンのひもを使って2人の首を絞めて殺した。一緒に死のうと思った」と供述。県警は29日に司法解剖して死因の特定を急ぐ。 調べでは、修さんは28日午前8時ごろに仕事のため自宅を出たが、その際、直美容疑者に変わった様子はなかった。午前11時ごろ、修さんの携帯電話に直美容疑者からの着信記録があったため、正午ごろに電話をかけたところ、殺害をほのめかされたという。 母殺害で高1長男ら逮捕/共謀の15歳高校生も(8/29) 北海道稚内市の病院臨時職員の女性(46)が自宅で刺殺された事件で、稚内署捜査本部は29日未明、殺人の疑いで高校1年の長男(16)と、長男の友人の高校1年の少年(15)を逮捕した。長男は「弁解することはない」、友人の高校生は「大変なことをしてしまった」といずれも容疑を認めているという。 調べでは、長男らは共謀して27日午後10時ごろ、自宅で母親の胸や首を刃物で刺すなどして殺害した疑い。母親はあおむけに倒れていた。死因は失血死。捜査本部は凶器を捜すとともに、動機について調べている。 長男は母親と2人暮らし。母親は離婚して約4年前、関東から出身地の稚内に戻ったという。長男と友人の少年は高校が別で、2人の家は約3.5キロ離れている。長男は柔道部に所属。校長は「クラスのまとめ役の1人。部活も勉強も一生懸命やる子だった。家庭内のトラブルも聞いたことがない」と話している。 母殺害で稚内の高1長男逮捕、50万円で友人に依頼 (8.29) 北海道稚内市の病院臨時職員の女性(46)が自宅で刺殺された事件で、稚内署捜査本部は29日未明、殺人の疑いで高校一年の長男(16)と長男の友人で高校一年の少年(15)を逮捕。調べに対し、長男は「数週間前、友人の少年に現金50万円を支払う約束で母親殺害を依頼した」などと供述。同本部は少年が実行役を務めたとみている。 調べでは、動機について長男は「離婚した父への不満を漏らすと、母がいつも父親をかばったので憎くなった」と供述。3年前に両親が離婚し、神奈川県から母親の実家がある稚内市に引っ越してきたことから、稚内での生活に不満があったとみて調べている。 また、父親に対しても強い憎しみを抱いており母親を殺害した後、父親のところへ行き父親も殺すつもりだったとも供述しているという。二人は中学校時代の同級生で別の高校に通うようになった春以降も仲が良かったという。 長男は28日午前零時ごろ、遺体の第一発見者を装って、隣人を通じて119番通報し、「玄関から金髪の男が逃げ出すのが見えた」などと証言していた。 高校1年の長男と、友人の高校1年の少年の間で殺害実行を決定したのは事件前日で、実行した少年に約束の金を殺害後に母親の貯金から引き出して支払う意向だったと、みられる。 ◇ 本能の崩壊現象 人間は、本能の壊れた動物と言われる。子殺しと親殺しとが頻発する日本では本能は一体、どうなってしまったのか。本能とは文学的に表現すれば、神より賦与されし才能。つまりは、学習・条件反射や経験によらず、生得的にもつ行動様式を指す。帰巣本能・防御本能・生殖本能などがある。 自然界には自ずと法則が存在する。植物しかり、動物しかり、人間もとより然り。動植物は自然界の法則から突出する事はない。ひとり人間のみ自然界の法則にむしろ挑戦する形で、文明なるものを創り出した。人の為せると書いて、偽りと読むように文化はもとより自然に背くものである。 旧約聖書の昔、「バベルの塔」にあるように神威に挑んだ人間は、神の怒りに触れ互いに意思疎通のできぬ異なる言語を与えられ、世界の各地へと離散させられた。 自然に背く者、神にあらがう者、エデンを追われし者、それがカインの末裔たる私たち人間なのだ。この上、本能まで失ってしまえば私たちは一体どこに向かって突き進むのだろうか。まるで、異常発生したネズミの大群が、死の大行進をするように、破滅へと突き進むほかないのか。 昨今のニュースにふれる時、暗澹たる思いに胸がふさがる。貧・病・争の古典的な殺人とは明らかに趣の異なる、得体の知れぬ不気味さを禁じえない。正常なヒトが、次の瞬間、異常なヒトに“変身”するかのような、あるいは、正常と異常との仕切りがとうに無くなってしまって、ヒトは正常と異常とをシームレスに生きているのだろうか。 人間のちっぽけで、さかしらな分別で、本来の能力・本能までも葬り去ってしまったのか。まるで、制御のきかぬ暴走列車が無人の荒野をゆくような事件が続いている。無秩序で無軌道になってしまったヒトのこころを、辛くも踏み止まらせるものが本能であるように思う。虚心に本能に回帰する時、別の風光が見えるのではあるまいか。 「初めに言葉あり、言葉は神と共にあり、言葉は神なり、言葉に命あり、命は人の光なり、光は闇に光り、闇はこれに勝たず」 (ヨハネ福音書) 私たちが語る言葉が空しく響くとき、そこに神はいない。人の言葉が人の心を打つとき、語る者は大いなるものに包まれている。神に離反した人間も、時として神に回帰する。「religion」の語源は、ラテン語で「結合すること」の意味がある「religare」だ。幕末期に「宗教」という訳語を用いた。また英語の「re」には、再び、新たに、原状に復す等の意味がある。「religion」という言葉は、一度は離れた者が、再び神との契約を結ぶ、「神と人との契約」関係に復帰する、という意味合いを持つと言える。
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「本能の崩壊現象」を拝読し、近頃の子殺し、親殺しの原因が奈辺のあるか、よくよく解りました。私は幼い頃から、「おのれを愛するように、人を愛しなさい」と教えられてきました。「私はよい羊飼い、仔羊の為なら、私の命を捨てるだろう」悲惨なことが行われないよう祈っています。
2006/9/1(金) 午前 9:59 [ kaz*_51** ]