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平成18年9月10日(日)昨夜:連夜の延長戦で逆転負けか、と危惧するも勝った。 1951年9月10日、黒澤明監督『羅生門』がヴェネチアで金獅子賞獲得、日本初。 黒澤明監督の「羅生門」は、1950年8月26日、全国大映系で公開された。 国内評価は最悪だった。スタンダード、モノクローム、1時間27分。 原 作:芥川龍之介(原作「藪の中」「羅生門」、今昔物語より翻案) 脚 本:黒澤 明・橋本 忍 監 督:黒澤 明 撮 影:宮川一夫 録 音:大谷 巌 音 楽:早坂文雄 美 術:松山 崇 照 明:岡本健一 多襄丸(盗賊) :三船敏郎 金沢武弘 :森 雅之 真砂(武弘の妻):京マチ子 杣売<とまうり>:志村 喬(杣売:薪売り、杣は国字で森の意、杣人は樵) 旅の法師 :千秋 実 下人(盗人) :上田吉二郎 巫女 :本間文子 放免<ほうめん>:加藤大介(放免:検非違使庁に使われた下部<しもべ>) (釈放された囚人<ほうめん>が犯罪人の捜索や護送などに当たったもの。) ◇ 物語は、まさに「藪の中」 降りしきる雨、荒廃した“羅城門”の下、杣売と旅法師が座り込む。 杣売「わかんねえ、さっぱり、わかんねえ…」。 下人が一人、雨宿りのために駆け込む。 杣売「わかんねえ、さっぱり、わかんねえ…」。 下人は二人に近づき、「何がわかんねえんだ?」 旅法師「今日のような恐ろしい話は初めてだ…」 杣売と旅法師は「こんな不思議な話は聞いた事が無い」と下人に語り始める。 杣売「三日前だ。わしは山へ薪を切りに行った。」 森の中へ深く入って行く杣売。(この時のBGMボレロは賛否両論。私は支持派) (限られたスタジオのスペースの中、レールを8の字様にクロスさせ、山の奥に 分け入ってゆく雰囲気をかもし出した。志村は下を見ずにレールを跨ぐ。) 杣売が足を止めた先に、男が死んでいる。慌てふためき山を駆け下りる杣売。 これよりは杣売と旅法師との二人による“事の顛末”が語られるが、もとより 他人が他人の身の上を語り、事件当事者も自身に都合の良い事ばかりを述べる。 舞台は、検非違使<けびいし>の裁きの庭(検非違使:平安時代の警察兼裁判所) 多襄丸(盗賊)の証言 俺が森の中で昼寝をしていると、通りかかった男女があった。その時、たまたま風が吹きわたり、笠の垂れ布がひるがえり、女の顔が見えた。瞬間、俺は女を手に入れる腹を決めた。 跡を付けて行き、男を「この先に刀などを沢山隠してある。安く売り渡したい」と騙し、離れた場所へ連れて行って縛り上げた。そして女をそこへ連れて行った。すると女が短刀を抜き、いきなり切りかかってきた。俺はこんな気性の激しい女は見たことが無い。しかし、力の差は歴然。男の目の前で手篭めにしてやった。 俺が立ち去ろうとした時、しばらく泣いていた女が顔を上げた。「どちらか一人死んで! 私は生き残った男に連れ添いたい」。 俺は男の縄を解き、戦った。男も立派に戦った。そして俺が勝った。しかし、気が付いてみると女の姿はどこにも無かった。 真砂(武士の妻)の証言 男は私を手篭めにした後、立ち去りました。私はしばらく泣いていました。そして、夫を見ると … 、 私はその時の夫の目を思い出すと今でも体中の血が凍るような気がします。その目は、私をさげすんだ冷たい光だったのです。 「やめて!そんな目で私を見るのは…」「私を殺して下さい!」、私は短刀を差し出しました。それでも夫は黙って私を見つめるだけで何もしません。「やめてそんな目で私を見るのは … 」 私は恐怖と絶望のあまり気を失いました。 気がついた時、夫の胸に刺さった短刀が冷たく光っていたのでございます。私はさまよい、池に身を投げましたが死に切れなかったのです。この愚かな私は一体、どうすればよろしいのでしょうか。 (羅城門の場面挿入) 下人「俺にもなにが何だかわからなくなった」 杣売「嘘だ!あの女の話も、死んだ男の話も…」 下人「死んだ人間が話すのか?」 旅法師「巫女の口を借りて話す。私には死人まで嘘を言うとは信じられない」 金沢武弘(武士)の証言:霊媒師による降霊 (※ 子供の頃、この時の映像がなんども何度も夢に出てきました。 わが人生最初の恐怖体験でした。) 男は妻を手篭めにすると、そこに腰をおろし色々と妻を慰めだした。「自分の妻になる気はないか。俺はお前のためならどんなことでもする」。その時、うっとりと顔を上げた妻の顔 … 、私はあの時ほど美しい妻の顔を見たことが無い。その時、私の妻は何と返事をしたか、「どこへでも連れて行ってください … 」 二人は立ち去ろうとした。その時だ、あ〜、これほど呪われた言葉が、一度でも人間の口を出たことがあろうか、「あの人を殺してください!」 妻が私を指差して言ったのだ。 「あの人が生きていては、私はあなたと行くわけにはまいりません。あの人を殺してください!」 男はそれを聞くと妻を突き飛ばし、足で踏みつけた。「おい、この女をどうするつもりだ。殺すか? 助けるか?」、私はこの言葉で男の罪は許してもいいと思った。 「きゃー!」と、妻は隙をみて逃げた。男は追ったがやがて見失ったらしく戻ってきた。そして、刀を奪うと立ち去ってしまった。 私は妻の短刀で自分の胸を刺した … 、静かだ … 、やがて、そっと誰かが近づき私の胸から静かに短刀を引き抜いた … 。 (羅城門の場面挿入) 杣売「嘘だ!男の胸に短刀など無かった!あの男は太刀で刺されたんだ!」 下人「おめえはどうやら一部始終を見ていたらしいな。話せよ」 (この下人、悪党だが登場人物の中で唯一、嘘をつく必要の無い設定) 杣売(とまうり、焚き木売り)の証言 多襄丸は女の前に手をついて言った、「俺の妻になってくれ! 妻になると言ってくれ!」 多襄丸はしつこく迫った。やがて、女が言った。「無理です。女の私に何が言えましょう」 「そうか、男同士で決めろというのだな」 多襄丸は武士の縄を解いた。 「待て!俺はこんな女のために命を賭けるのはごめんだ」と武士は言った。 「二人の男に恥じを見せ、何故自害しようとせん!こんな女は欲しけりゃくれてやる!」 多襄丸も急に嫌気が差し立ち去ろうとする。「待って!」と女。「来るな!」と多襄丸。 女、号泣する。 「泣くな!」と武士。 「まあ、そんなに未練がましくいじめるな。女は所詮このように他愛無いものなのだ。」と多襄丸。 すると、泣いていた女の声がいきなり、狂ったような嘲笑に変わった。 「ハハハハハハッ
… 、他愛無いのはお前達だ。夫なら何故この男を殺さない。賊を殺してこそ男じゃないか。お前も男じゃない。多襄丸と聞いた時、この立場を救ってくれるのはお前しかないと思った … 、お前達二人は小利口なだけだ。男は腰の太刀に賭けて女を自分の物にするものなんだ」。
面目をつぶされた二人は、刀を抜いた。男達は口ほどにも無くだらしない。お互いに怯え、剣を交えるや、さっと逃げる体たらくであった。多襄丸がやっとの思いで武士を刺した時、女は悲鳴を上げて逃げ去った。多襄丸にはもはや、女を追う気力は無かった。 (羅城門下の場面に戻る) 下人「どうやら今の話が一番本当らしいな」 杣売「わ、わしは嘘は言わねえ」 下人「だが、どこをどう信じようって言うんだ!」 その時、羅城門の奥の方から赤子の泣き声が聞こえてきた。行って見ると捨て子だ。下人はすかさず赤子の脇に添えてあった着物を持ち出した。「何をする!」杣売が下人に掴みかかった。 下人は小馬鹿にしたような顔で、「へっ、こうでもしなきゃ、生きていけねえ世の中だ。そう言うおめえはどうなんだ。検非違使の目は誤魔化せても、俺は誤魔化されねえぞ。あの女の短刀はどうしたんだ。てめえが盗まねえで誰が盗むんだ!」 杣売「・・・・」 「どうやら、図星らしいな」、下人は悪態をつき、嘲笑いながら、まだ雨が降りしきる中を立ち去った。 (※ 芥川の「羅生門」では、「外には、唯、黒洞々たる夜があるばかりである」で終わるが、黒澤は以下の名場面を加えた。このシーンについても賛否両論があるようです。名作はとかく、批判の俎上にのせられるものだ。) 羅城門の下、赤子を抱いた旅法師と杣売がぼんやり立ち尽くしている。やがて雨が止んだ。杣売が、旅法師の抱く赤子へ手を差し出す。旅法師はとっさに身を引き、「この上、この子からも身包み<みぐるみ>剥ぐつもりか!」と一喝する。 杣売「うちには子供が六人いる。六人育てるも七人育てるも同じ苦労だ … 」 旅法師「私は … 、恥ずかしいことを言ってしまったようだな」と赤子を渡す。 杣売「無理もねえ、今日という今日は、人を信じられねえのも無理はねえ」。 旅法師「お主のおかげで私は人を信じていくことが出来そうだ」。 杣売が赤子を大事そうに抱え、羅城門を後にする。 その姿には、雨上がりの薄日が差している。(終) ※ このラストシーン、フレームが微妙に傾いている。不安げに見つめる旅法師の千秋実も、意図的に姿勢を傾けているように見える。全編の「曖昧さと不安」を象徴する名ショットだった。) ◇ 当時の『羅生門』に対する評判は? 「わかんねえ、さっぱりわかんねえ」で始まる映画『羅生門』。当時の人々にとっても、分からないものだった。大映の社長だった永田雅一は、試写の途中で、席を立ったと言う。曰く、「なんや、サッパリわからん」。昭和25年当時の観客にとっても、この映画の意味が、さっぱりわからなかったらしい。この映画の後に、松竹で『白痴』を撮った黒澤は暫く映画界から干されてしまった。 『羅生門』がベネチア映画祭でグランプリを取らなかったら、後の大御所・黒澤明は存在しなかった。『七人の侍』や『生きる』『用心棒』を観られなかった。ベネチア映画祭でグランプリ、米国でアカデミー特別賞を受賞したとたんに、“手の平返し”が始まり、絶賛の対象となる。 今日、『羅生門』を観ると、テーマも筋立ても単純で、わかりやすい映画です。昭和25年当時の日本の、状況というものを、垣間見るのも興味深いことです。 ◇ モノクロならではの影像美 森の中の木漏れ日の美しさ、木立の向こうにちらちらと太陽が顔を見せる描写、大きな鏡をレフ板替りに使ったコントラストの強い映像。宮川一夫のカメラが作り出す艶のある影像は今日、なお美しい。カメラの前で木の葉ををゆらゆらと動かして、昼寝する多襄丸の顔に、木漏れ日の揺らぎを投影させ、森に吹き渡る涼風を描写するなど、見事な技術が冴える。 1982年、ヴェネチア国際映画祭50周年を記念して、レ・パブリカ新聞が歴代のグランプリの中で最も優れた作品を決めるイベントを企画した時、「羅生門」が選ばれました。つまり、「羅生門」は、「グランプリ中のグランプリ」というわけです。
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黒沢明の「羅生門」これほど素晴らしい映画はないと思っています。映画が原作(芥川龍之介)を超えたという稀な映画です。!!
2006/9/10(日) 午前 10:18 [ ピッピ ]
つまり、ひとつのはずの事実が、それに関わった当事者の数だけ事実の数があるということ。事実というものは決して一面的なものではないということを「原作」テキスト以上に「映画」映像がわかりやすく表現してくれた稀な映画であったと思っています。^^
2006/9/10(日) 午前 10:24 [ ピッピ ]
私はまだ若い頃、この映画を見ました。そして、これがグランプリに選ばれた事は、戦後意気消沈している日本人にどれだけ勇気を与えた事でしょう。因みに私は昭和5年生まれです。
2006/9/15(金) 午前 9:41 [ kaz*_51** ]