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平成18年9月21日(木)昨夜:中日が劇的な逆転勝ちでマジックを13としました。 横浜7―9中日(20日・横浜)、3点を追う9回表、代打・立浪のヒットから始まる猛打攻勢。アレックス・オチョアの逆転打、そして二度目の打席の立浪の押し出し駄目押し点。そして、最後は岩瀬が締めて36セーブ目。中里の今季初勝利のおまけ付き。なんて、野球は … 、ビューティフルなんだ。 9月21日は、SF作家・H.G.ウェルズの誕生日です。 ◇ H.G.ウェルズ( Herbert George Wells )(1866年〜1946年) イギリス・ケント州ブロムリー生まれ。子供の頃に足を骨折して入院、たくさんの本を読み、そこから文学への興味が生まれた。ロンドンの理科師範学校に進学し、ハクスリーに出会う。この生物学者から大きな影響を受けています。(「ドクターモローの島」) 1895年、最初の作品「タイムマシン」を発表。かなりの評判となり、「ドクターモローの島」、1897年「透明人間」、1898年「宇宙戦争」と、わずかの間に名作を世に送り出す。 第一次世界大戦前夜である1913年に執筆し、翌年に刊行された「解放された世界」は、まだ原子力が現実のものと考えられなかった時代に、のちの第二次世界大戦における原子爆弾の惨害を「予言」したものとして、しばしば引用されます。 「解放された世界」 石炭、石油が枯渇し、原子力の開発により大量解雇など世界経済の混乱がつづく1950年代。世界の権力志向国家はそれぞれのエゴから、二大陣営にわかれて、地球規模の戦争状態を引き起こす。そのとき、すでに手にしていた最新の武器である核兵器を使用するのは、当然のなりゆきでもあった。世界の大都市が荒廃し瓦礫と化す中から、ようやく一群の目ざめた人びとが立ち上がった。そして、新しい秩序の形成を求めてスイスのブリサーゴに会する … 。 第一次世界大戦勃発直前の1914年に書かれた本書は、遠く1950年代に舞台を設定して、驚くべき洞察力で未来戦争を描いたSF作品。1914年の時点で今日の核戦争の危険性を予見した書。 「解放された世界」 …第四章より…(抜粋) さらにパリに接近すれば、警察の非常線にぶつかったことだろう。家に戻ろうとする人びと、家にもどって「危険区域内」から大切な品物を救いだそうとする必死の人びとを食いとめようとする非常線である。 「危険区域」は、かなりでたらめに決めてあった。たとえ非常線を通過して中に入ることを許されても、ここは、やはり轟音がひびき、たえず雷鳴のような音がとどろき、奇妙な紫がかった赤い光がさして、放射性物質の絶え間ない爆発のために、ふるえ、揺れつづけているのであった。ビルディングが幾区画も全体的に燃え立って猛烈な火を吹きだしていたが、そのふるえる火勢も、背後のネットリとした真紅の光とくらべると、青白い亡霊のようにしか映らなかった。 燃えつきた他の大建築の殻が、黒い窓跡を何列もひらいて、赤いモヤを背景にして、いくつもそびえ立っている。一歩すすめば、活火山の火口のなかへ一歩おりていくほどの危険がある。煮えたぎり、旋回する原子爆弾落下地点は、意外なときに、場所を移動したり、新しい土地にもぐりこんでいったりして爆発する。そのたびに、吹きあげられる土の固まりや排水管、石や煉瓦などが、いつ頭の上に飛んでくるともしれないし、いつ足元の地面が火の墓をひらかないともかぎらない。 こういう破壊地域に入りこんでいって、さいわい命を落とさずにすんだ者でも、もう一度冒険を繰りかえそうとする者はほとんどなかった。発光性の放射性蒸気が噴きだして、それが時に、爆弾落下地点から数十マイルも流れていって、これに触れた人を皆殺しにしたり、火傷させたりしたという話がいくつも伝えられている。パリの爆心地に発生した最初の大火災は、西へひろがり、海への距離の中程にまで達したのである。 さらに、この赤い光に照らされる廃墟の地獄のような中心部では、空気が変に乾燥していて、火ぶくれを発生させる性質があり、そのために皮膚や肺が痛み、これがまた、なかなか直らないのであった。これが、パリの最期の様相であり、これを、もっと大規模にしたのが、シカゴの状態だった。そして、同じ運命が、ベルリン、モスクワ、東京、ロンドンの東半分、ツーロン、キール、その他218箇所の人口密集地、あるいは軍需工場地域を襲ったのであった。 それぞれの都市は、赤く火を吹きあげながら燃えていたが、その火は時が来なければけっして消えることのない火であった。じつは、いまだに燃えつづけている都市も多い。火勢は既に弱まり、騒音も減少してはいくけれども、今日まで、これらの爆発はつづいている。世界中のほとんど全ての国の地図に、三つか四つ、あるいはそれ以上、赤丸がついている箇所があるが、これは直径20マイルの円をあらわすもので、原子爆弾が落下した位置、人びとが立ちのきを余儀なくされた死の地域を示したものである。この赤じるしの地域で、博物館、大寺院、宮殿、図書館、傑作を陳列した美術館、その他の巨大な人間の業績が滅び去ったのであって、その黒焦げになった残骸は、いまだに地下に埋もれたままである。いつの日か、未来の世代のものが発掘して調査することもあろう。 ……(抜粋おわり) 彼は、第一次世界大戦中、世界初の「反原爆運動」を行いました。しかし、彼の行為は周囲には理解されませんでした。何故ならそんな兵器は、まだ現実には存在していなかったからです。彼はたった一人で、「自分はなんて事をしてしまったのか」と悔恨の念に捉われ、まだ存在さえしていない核兵器の廃絶と、国際連盟のシステムなども発案し、世界の破滅を回避するあらゆる試みに着手しました。 「解放された世界」で彼は、当時まだ開発されていなかった核兵器とその戦争使用を予言した。彼は現実が、自分のフィクションの世界を追随することを懼れた。ウェルズは核兵器反対運動を行うが、核分裂が発見されるのは24年後の1938年。そして、広島に核爆弾が投下された翌年に、彼は逝去する。 ウェルズの危惧は、不幸にして的中する。彼のその小説に強い衝撃を受けた、工学学者のレオ・シラードは核物理学者へと転身し、やがて核分裂における「連鎖反応方式」を考案し、マンハッタン計画へとつながっていった。レオ・シラード、彼の名は、ルーズベルト大統領に原子爆弾開発を進言した人、として歴史に名を遺した。アインシュタインは図らずも彼に加担するかたちとなり、生涯これを後悔する事になる。 シラード自身は、爆弾に関する政治的決定に科学者の意見を尊重すること。そしてそれを使用せず〔秘密〕にしておくこと。もし日本に使用した場合、数年でソ連も核兵器を開発し核開発競争に突入することになるであろうことなどを、トルーマンに訴えている。 広島・長崎という「史上最大の過ち」を知ったシラードは、1947年、物理学から分子生物学へと転身。パグウォッシュ会議に参加するなど、核開発に反対する活動を続けた。 ◇ ウェルズのエピソード 第二次大戦勃発後の1941年に、何かを書き付けているウェルズに、友人が尋ねた。「何を書いてるんだい?」、彼は答えてこう言った。「僕の墓碑銘を書いてたとこさ」。 それには、こう書いてありました。 「God damn you all: I told you so.(くそったれ、言わんこっちゃない)」 ジュール・ヴェルヌと並び「SF小説の父」と称される。 「我々の真の国籍は『人類』である」 H.G.ウェルズ
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