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10月11日、賽銭泥棒が延暦寺に放火 1956年10月11日、比叡山延暦寺に賽銭泥棒が放火すると言う、罰当たりなとんでもない事件が起きました。これにより大講堂、そして本尊の大日如来像などが焼失しました。その後、比叡山東麓(大津市坂本)にあった讃仏堂を移築して、今日の形になっている。 大講堂:僧侶が経典の講義を受けたり、互いに問答する修行の場。本尊は 大日如来で法然、親鸞、栄西、道元、日蓮などの等身大の尊像を安置。 強盗重ねて、妻に「給料」袋、「会社、辞めたと言えず…」 2006/10/11 京都府警田辺署は10日までに強盗致傷などの疑いで京都府京田辺市河原東久保田、無職・戸田稔容疑者(36)を逮捕、送検した。 戸田容疑者は昨年暮れ頃から、奪った金を毎月15万〜25万円ずつ「戸田様」と書いた封筒に入れ、給料袋と偽って妻に渡していた。「昨年秋に会社を辞めたことを言えなかった」と供述している。妻には夜の仕事をしている事にし、河原などで暇をつぶして、翌朝帰宅していたもよう。 ※ あまりにも人間的な犯行、崩れゆく砂上の楼閣を、いち日延ばしにやり過ごす。「砂上の楼閣」に価値を見出すか否かは、もはや問題ではなく、問題の先送りこそが、最も重要なテーマとなってゆく。 若かりし時、人は、「人間は何のために生きているのか?」「如何に生きるべきか」と未熟な脳細胞を駆使して、それなりに真摯に考察して、「みんな悩んで大きくなった」。 今は「そんな時代も、あったね」と、ビール片手に笑い飛ばす。つまらぬ事を大真面目に考えていた未熟な青年と、日常と言う現実に、日々流されてゆく疲れ切った中年と、一体どちらが危うい状況なのだろうか。 何故か分からないけれども、私は戸田容疑者に対して、せつないほどのシンパシィーを感じる。彼は河原で、どれほどの夕陽を見送ったのだろう。夕陽をみながら彼はどれ程の涙を流したことだろう。彼が守ろうとした「家庭」とは、一体なんだったんだろう。 |

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ランダムからきました。何か読み込んでしまいました!そして、すごく考えさせられる文でした。本当ですね。何か切なくなる話です。彼のした事は決して正しい事だと思いませんが、「何かを守る」と言う事はすごく難しい事です。奥さんとの幸せを守りたかったのでしょうか?それとも、自分を守りたかったのでしょうか?これからも、時々ぜひ来させて頂きたいので、ファンになります!宜しくお願いします^^
2006/10/12(木) 午前 0:03 [ - ]