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平成18年10月20日(金)昨日:「刺客などと言わないで」西川京子氏、涙ながらに反論。 1993年10月20日、新右翼「風の会」の野村秋介代表がピストル自殺。 ○ 野村秋介 (1935年〜1993年) 東京府出身の運動家 戦後、新右翼の代表的な論客として知られる。1963年、自民党の河野一郎邸を焼き討ちし、懲役12年の実刑判決。出所後の1977年には、経団連本部を襲撃し、懲役6年の判決を受け再び服役する。 「ヤルタ・ポツダム体制打倒」と「日米安保条約破棄」を軸に反権力の右翼としての思想を強く主張。その批判対象は政界・財界から、マスコミにも向けられた。本人は「右翼」と呼ばれる事を大いに嫌っていた。 1992年、参議院選挙に際し比例区から候補者を擁立。これを一部のメディアが批判的に取り上げた事に対して、強く抗議。翌1993年10月20日、朝日新聞東京本社で社長ら首脳と話し合いの後、本社内で拳銃自殺。(命日:群青忌) ○ 河野一郎邸焼き討ち事件 糾弾状(1963年) 自由民主党に告ぐ。 速時、現在の混乱した権力争い、派閥闘争の粛正に着手せよ。 見よ日本の今日の立場を。未だ権力者の小憩淫楽の許される時に非ず。 然るに何ら国状を省みず、十八年の泰平に一億国民のあるを忘れ、 小憩淫楽を極め、単に個人の権力を追い、左翼陣営の進出を許し、 隣国の無法に対してすらも無策に光陰を空す。 爾来十八年「耐え難きに耐え忍び難きを忍び」来た一億国民は未だ 一日たりとも心休まる日々はない。 見よ、この炎の警鐘を!速時自粛せよ、速時粛正せよ。 非ずんば第二弾は遠からず放たれるであろう。 全日本愛国者団体会議 憂国道志会 自由民主党 河野一郎殿 ○ 経団連襲撃事件 檄文(1977年) 三島由紀夫・森田必勝烈士と楯の会会員が、自衛隊を衷心から敬愛し、 かつ信頼していながら敢えて、あの市ヶ谷台の挙に及んだに等しく、 我々も敢えて今日この「檄」を日本財界首脳諸氏に対して叩きつける。 (三島事件:1970.11.25) 大東亜戦争の敗北によって、廃墟と化した戦後日本の復興に、 財界が少なからぬ寄与をし、如何にその指導的役割を果たしてきたか、 これまでの歴史的事実をわれわれは決して軽んずるものではない。 しかしその反面において、諸君らの営利至上主義が、 どれほど今日の日本を毒し、日本の荒廃と混迷を促し社会世相の頽廃を煽ってきたか、 その罪状看過すべからざるものがある。 ロッキード疑獄が投じた政治の混乱は、国民の政治不信を抜き差しならぬ処まで 追い込み自由社会の根幹すら揺るがすに至っている。それだけではない。 日本の文化と伝統を慈しみ、培ってきたわれわれの大地、うるわしき山河を 諸君らは経済至上主義を以ってズタズタに引き裂いてしまった。 環境破壊によって人心を荒廃させ「消費は美徳」の軽薄思想を蔓延させることにより、 日本的清明と正気は、もはや救い難いところまで侵蝕されている。 自ら生んだ子供をコイン・ロッカーに平然と遺棄する異常の社会を、 君らは君らが意図したか否かは別として、現実として構築し続けてきた。 営利至上主義の犠牲となった薬品公害患者の苦悩を、君らは一度でも、 真摯に顧みたことがあるのか。水俣病患者・スモン病患者の心痛に対して 一度でも敬虔な反省をもったことがあるのか。 大昭和製紙等に見られる無責任きまわるヘドロ公害、または瀬戸内海を死の海へと 追いたてている現実の大企業体質を、君らは一度でも虚心に直視したことがあるのか。 祖国民族あるを忘れ、大衆国民のあるを軽んずる、この天を恐れぬ諸君らの所業は、 必ずや日本を、否、全人類をも亡ぼすこと必至である。 しかし、我々の悲願は、ヤルタ・ポツダム体制そのものの打倒にあるのだ。 したがって、諸君らのみを単に弾劾するつもりはない。 日本は、大東亜戦争の敗北によって無条件降伏を強いられたが、 アメリカを中軸とした戦勝国は、戦後処理を徹底的に日本民族の弱体化に置いて 敢行して行った。瞭然たる史実である。 その結果が現今、眼前に晒されている日本の姿である。 物質的に豊かになったと言う美辞に弄されているのは錯覚である。 日教組の目に余る偏向教育は、青年たちから夢や浪漫や祖国愛を奪い、 連帯感や責任感の喪失を顕著にし重大な社会問題を提し、マスコミ、 殊にマンモス化した新聞の横暴と跳梁は心ある人々の慨嘆と怨嗟の声を集めている。 政治の混迷は祖国日本の基盤そのものさえ揺るがし始めている。 東洋の君子国と謳われた日本の栄光は、いまやかけらほども見出すことができない。全ては日本民族の弱体化を眼目としたヤルタ・ポツダム体制の歴史的呪縛にその源泉を見る。だがしかし、この三十年間に及ぶ戦後体制を最も強力に支えて来た勢力が、金権思想・営利至上主義の大企業体質そのものであったことも韜晦をゆるされぬ事実である。 われわれはかくのごとく断じ敢えてこの挙に及ぶ。 古代ローマは平和を貪ることによって自ら亡んだ。 祖国日本が同じ轍を踏むのを座して看過できない。 日本を亡ぼしてはならない。 営利至上主義のために「祖国」を見失ってはならない。 憲法改正! 安保廃棄! 天皇陛下万歳! YP(ヤルタ・ポツダム)体制打倒青年同盟 日本財界首脳諸君へ ○ 野村秋介の所感(1993年)その一部、抜粋 いわゆる五五年体制といわれた自民党独裁の腐敗政治を、バッサリと切り捨てた日本人のバランス感覚の良さには、内心「大したもんだ」と感心していた。が、この細川護熙というバカ殿には開いた口が塞がらない。 「侵略戦争と位置づけ、深く反省し、お詫びする」発言である。この人物も、所詮は朝日新聞の記者あがりだから仕方がない、と言えばそれまでだが、少なくとも一国の首相である以上は、もう少し見識ある発言が欲しかった。 私は寺山修司の「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし 身捨つるほどの祖国はありや」 という詩と十数年にわたって心の中で対峙し続けてきた。そして今「ある!」と腹の底から思うようになっている。私には親も妻も子も友もいる。山川草木、石ころのひとつひとつに至るまで私にとっては、すべて祖国そのものである。 寺山は「ない」と言った。 私は「ある」と言う。 それ故に、細川護熙の発言を断じて許せないのである。 これは、私一人の思いではないと思う。 さだめなき世なりと知るも草莽の 一筋の道かはることなし 野村秋介 (【草莽】そう‐もう:くさむら。在野の人、その謙譲語) ○ 自問自答の訓 常に世俗にあってその一隅を照らし 常に在野にあって権力悪と闘い 常に人々を愛し共に涙を流し 常に海を愛し空を愛して神々を敬い 常に友情と信義を胸中にして熱く燃え 常に名利を求めず正義を追い 常に月を愛し酒を愛し女を愛し 常に自由にして奔放であり 常に一剣を懐中にして平天下を願う 惜別の 銅鑼は濃霧の 奥で鳴る 秋介 ※ 人生には、答えは無数にある。しかし、質問はたった一度しか出来ない。 寺山修司
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