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平成18年10月26日(木)昨夜:吾が父の故郷なれば北海道 言祝ぐべきや ハムの日本一。ドラゴンズ17イニング無得点。今夜このまま26イニング 無得点だったりして、泣けるぜ。 王者の風格・日本ハム、4連勝で今夜日本一! 間違いないっ! 昨夜の第4戦=五回、中日は井上の二塁打などで一死三塁とするも得点ならず。六回、二死満塁としながら井上三振。中日弱いです。ハムつおいです。新庄クン、エライです。日本ハムは44年ぶりの日本一を手中にしたも同然。ドラナインは名古屋に帰れません。 10月26日は、【柿の日】です。 正岡子規の柿好きと奈良旅行の日に因んで柿の日・10月26日が制定されており、各地の駅頭で柿が配布されるそうです。「柿の日」は、子規が明治28年10月26日からの奈良旅行で、この句・柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺、を詠んだとされることに因んでいます。また、柿の出回る時期は地域や品種によって異なりますが、ちょうどこの頃は秋も深まって柿の実も真っ赤に色づき、全国的にも渋柿・甘柿共に出回る旬の時期でもあります。奈良県の柿産地の西吉野村の若い生産者から発案され、関係者の皆さんと相談して決定されました。 柿をほおばると、つい思い出すのが正岡子規の有名な句「柿食えば 鐘が鳴るなり法隆寺」。この句が詠まれたのはちょうどいまごろ。資料から特定されたのが「10月26日」。全国果樹研究連合会柿部会では昨年、この日を「柿の日」と制定。秋の味覚「柿」を大々的にPRする。 奈良は、江戸時代から甘柿の「御所(ごしょ)」柿で一世を風靡した全国的にも知られる柿の名産地。岐阜の「富有」、新潟の「平核無(ひらたねなし)」の登場で存在感をアピールできずにいた時期もあったが、いま再び「刀根早生(とねわせ)」で注目を浴びている。 ところで、先日24日、正岡子規の句碑の除幕式が開かれました。 子規が奈良を訪れ、「柿食えば」と詠んだのは明治28年(1895)10月のこと。柿好きの子規は宿泊した旅館「対山楼(たいざんろう)」でも、部屋から見える柿の木を眺めて、一句ひねる。「秋暮るゝ 奈良の旅籠(はたご)や 柿の味」という句を残しました。 今回、句碑ができたのは、その対山楼の跡地(東大寺近くの奈良市雑司町)。もちろん句碑に刻まれているのは「秋暮るゝ」の句です。句碑横には実際に子規が眺めたであろう柿の古木が今もあります。 子規はほかにも、「柿落ちて 犬吠ゆる奈良の 横町かな」とか、 「渋柿や あら壁つづく 奈良の町」といった句を奈良で詠んでいます。 柿をこんなに詠むなんて、よぽどの柿好きだったんでしょうね。 子規は奈良旅行のあと、病に伏し、長患いの末、明治35年、35歳の 若さで亡くなります。この奈良旅行が子規にとっては、生涯最後の旅になった。 句碑のまわりには、子規が愛したハギ、オミナエシ、キキョウなども植えて、子規が見た風景を再現しようという「子規の庭」プロジェクトも現在進行中とか。そして、子規の庭の設計を手がけているのは、子規の妹・律さんの孫にあたる正岡明さん。明さんは、奈良市白豪寺町在住の造園家です。 子規の庭は年内にも完成する予定で、一般公開されるのも、もうすぐです。 子規の庭は東大寺や若草山を借景に設計されているとのこと。 ※ 子どもの頃、柿を食べても鐘が鳴らなかった。 きっと、食べ方が間違っているんだと思った。 それから少し大きくなって、柿を食べたとき、 正岡子規は嘘つきなんだと思った。
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