今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成18年11月1日(水)昨夜:岐阜の中2女子自殺、「いじめ」を認めて校長らが両親に謝罪。


 北朝鮮「6か国協議」復帰、無条件で月内にも (ホントに無条件?)

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 中国外務省は31日、北朝鮮の核問題を巡る6か国協議を近く再開することで合意したと発表。
協議は早ければ、11月中にも再開される見通しだが、米朝間の基本的な対立が解消されたわけ
ではなく、難航は必至。

 北朝鮮が10月9日に核実験を実施して以降、国際社会は北朝鮮に対し、国連安全保障理事会
の決議に基づく制裁を実施する一方、同協議への無条件復帰を求めてきた。この日の合意で、
北朝鮮の核問題の焦点は、再び6か国協議再開に向けた駆け引きへと移る。

 ※ 腹が減れば、熊も山を下りる。昨今の熊出没騒動は、山のどんぐりが大凶作である事が
第一の要因らしい。だが、北朝鮮という獰猛な“熊”は手ぶらで、山を下りたわけではない。
「核保有国」という充分に脅しの効く肩書きを、引っ提げている。ブッシュ政権の戦略は既に
完膚なきまでに破綻している。アメリカ一国の利益追求の尻拭いを、世界中が負担する悲劇。



 11月1日は、【灯台記念日】です。

 日本最初の洋式灯台・観音埼灯台が、1868年(明治元年)に神奈川県横須賀市に設置された。
1949年(昭和24年)に海上保安庁が、この灯台の起工日を記念日として制定。

 制定当初は、洋式灯台の導入が文化の先駆けの意味が強かったことから、11月3日の
 文化の日に先駆けて1日を記念日としたとされていた。

 しかし、1970(昭和45)年の『灯台百年史』の編纂の時に、観音埼灯台の起工日が11月
1日であったことが判明し、これが灯台記念日の日附の由来とされるようになった。
 海上保安庁でも「文化の日先駆け説」と「観音埼灯台起工日説」の両方を併記して、
広報して来たが、後者の方が一般的に紹介されるようになってたことと、1948年に灯台
80周年記念行事が行われていたことが判明したことから、2000(平成12)年より、由来を
後者のみとし、実施回数も明治元年からの通年表示とすることになった。

 海上保安庁 http://www.kaiho.mlit.go.jp




 11月1日は、【犬の日】でもあります。(「ワン・ワン・ワン」)
 因みに、2月22日は「ニャン、ニャン、ニャン」で猫の日です。


 【犬の日】にふさわしい、こんな話があります。

 ○ 趙州狗子(じょうしゅうくす、狗子=犬)

 趙州和尚に、ある僧が問う。「犬にも仏性がありますか?」
 趙州は「無」と答えた。(有無の無にあらず、虚無の無にあらず、ハテ?)

 この「無」の字に、如何に素直に参究できるかがポイント。その過程で、これまで身に
帯びた諸々の悪弊をこそぎ落とす。智に働けば自己(エゴ)に埋没し、自己に沈潜すれば、
ニヒリズムに陥る。この「無」の字から、全宇宙が、今はじめて誕生する。


 ○ あら不思議 犬の心は ヒト知れず

 牛込は榎町に隠居する武士がおった。剃髪し三無と名乗り、文化十年(1813年)には89歳に
なったが、すこぶる元気であった。食事の時分には、飼っておる訳ではないが、一匹の犬が
やって来る。朝夕、この犬に食事を分け与えていた。

 4月になると三無は病を得て、二、三日寝こんでいた。食欲もなかったが時分どきには、
例によって犬が来るので、食餌は与えておった。

 ある日、三無は犬に向かって、こう言うてみた。
「おい、わしは近頃病気になったが、トシがトシじゃで死ぬかもしれんぞ。わしが死ねば、
おまえに餌をあげることもできぬからな。この上は、お前を憐れんでくれるどこかよその家
に頼ってみてはどうか」

 不思議なことに、その次の日から、どこへ行ったのやら、
 犬はぴたりと来なくなった…。
 …そして、三無はやがて果てた。



 ○ 仏性(ぶっしょう)

 大乗仏教の経典・涅槃経では、一切衆生に成仏できる性質が備わっていると説く。
 (一切衆生悉有仏性=生きとし生けるもの、ことごとく仏性を有する。)

 初期仏教では、この娑婆世界(=穢土)に生まれて苦しみを受けるのは煩悩によるものである
と捉え、厳しい戒律を保つことにより煩悩を断ち切ることを目的とする。

 大乗仏教の涅槃経では、全ての衆生に「仏に成る種」すなわち仏性があると説き、この仏性
を開発し自在に発揮することで、煩悩を持つ身であっても苦しみに煩わされることなく、また
他の衆生の苦しみをも救っていける境涯を開くことができると説く。(如来蔵とも)

 ※ 仏性という、固有の存在を想定すると、本来、無我説である仏教の根本定義に背く。
従って、根本仏教は輪廻転生も否定する。曖昧な国・ニッポンは、この辺もすごく曖昧だ。
「如来蔵」という言葉は、その点を曖昧にするための表現かもしれない。いずれにせよ、
われら凡夫が煩悩を滅尽するなど、あり得ぬこと。

  渋柿の 渋がそのまま 甘味かな

 煩悩という“渋”を、うまく手なづけて時間をかけて甘柿に育ててゆく、そんな生き方を
して見たいものだ。“渋”を取り除いてしまっては、金輪際、甘柿にはなれません。
 (でも、煩悩即菩提、この言葉を悪用してはなりません。)

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