今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成18年11月18日(土) 造反12議員の復党:朝三暮四、信ずるに値しない政治屋さんばっかし。

 造反12議員が先行復党へ 自民、月内決着の方針

 自民党の中川秀直幹事長は17日午前の記者会見で、郵政造反組の復党問題をめぐり、平沼
元経済産業相、野田聖子元郵政相ら無所属12議員の復党を落選議員に先行して検討する方針を
明らかにした。19日投開票の沖縄県知事選の直後に造反組の窓口役を務める平沼氏と正式に
会談する意向も示した上で、「期限を切って決着を付けていかねばならない」と述べ、月内
にも12人の先行復党が決まる可能性が強まった。

 これに先立ち、平沼氏ら無所属議員は国会内で会合し、12人が週明けにも「復党願」と、
昨年の衆院選での政権公約順守を明記した「誓約書」を党本部に一括提出する方向で、対応を
平沼氏に一任することを申し合わせた。党執行部はこれを受け直ちに党紀委員会を開き審査に
着手する見通し。

 ※ 黄泉還る打倒小泉に敗れし者 熾烈極まる岐阜第1区



 1978年11月18日、新興宗教「人民寺院」の信者914人が集団自殺した。(?)

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 ○ ジム・ジョーンズ(Jim Jones、James Warren Jones、1931〜1978.11.18)
   アメリカ出身のキリスト教系のカルト教団・人民寺院の教祖。

 1931年、インディアナ州に生まれる。父はKKKの信奉者で、ジョーンズ12歳の時に家族を
捨てた。母は地元でボランティア活動に積極的に参加し弱者救済をしていた。日曜日には
母と兄弟と共に教会に通い、優秀な成績で高校卒業後、結婚。インディアナ大学在学中、
メソジスト教会で牧師として働く。

 1963年、カリフォルニア州を本拠地とする人民寺院(People's Temple)を結成。1974年、
南米ガイアナの密林奥地に本拠地を移し、自らの名をとってジョーンズタウンと名付け、
自分の妻子と信者らと共に入植。信者たちに強制労働が行われているとの噂が立ち、1978年
11月18日アメリカ下院議員レオ・ライアンら5人がジョーンズタウンを調査。調査を終えて
帰る途上、人民寺院の信者が議員一行を襲撃し殺害。この直後に、ジョーンズは信者らに
死を命じ、大きな鍋に入ったシアン化合物入りの飲み物を飲ませ、自らの妻子を含め大多数
の信者らが集団自殺を実行、死者914人を数えた。


 ○ 人民寺院

 1978年に南米ガイアナで集団自殺を行ったことで知られる米国のキリスト教
系新宗教。カルトの典型とされる。1950年代、ジム・ジョーンズによって設立
された。人種差別撤廃を掲げ、ジョーンズ自身も韓国人と黒人の子供を養子に
していた。しかしその実態はジョーンズの独裁国家だったとも言われ、次第に
脱退信者などから批判を受けるようになる。そこで人民寺院は南米ガイアナへ
の移住を決意する。

 1973年以降、人民寺院はガイアナ西部にジョーンズ・タウンと呼ばれる町を
作り上げ、自給自足の生活を開始。1978年11月14日、民主党のライアン議員が
視察のためにジョーンズタウンを訪れた。11月18日、ひと通りの視察を終えた
ライアン議員は帰国希望者をアメリカに連れ帰る事を提案、人民寺院側も渋々
これに承諾した。

 しかしライアン議員が空港に到着すると、突然、人民寺院の信者たちが現れ
銃撃を加えた。これによりライアン議員の他数人が死亡。その後、ジョーンズ
タウンに戻った信者たちはジョーンズの指示によって始まった集団自殺により
約900人が死亡した。その内、300人程度は他殺だという説がある。

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 1977年
 ジムの搾取と腐敗、救世主妄想に嫌気がさした信者が脱退を始める。
ジムの元愛人であったグレース・ストーンが、教団の実体を告発したのをきっかけにマスコミの
激しい攻撃が始まる。追い討ちをかけるように、元信者からの告訴や、信者が集団で脱走して
アメリカ領事館に保護を求めるといった不祥事が続発。マスコミは一転してアンチ・ジョーンズ
に転じ、彼を非難し始める。

 カリフォルニア州選出のライアン議員のもとに、人民寺院の信者の家族や元信者たちから、
「ガイアナの人民寺院の内部を捜査してほしい」「教祖からひどい目にあわされているという
肉親を取り戻してほしい」という請願書が続々と寄せられていた。


 1978年11月14日
 ライアン議員は、人民寺院の信者の家族、元信者、マスコミ関係者を含む総勢19人と視察団を
結成、ガイアナにある人民寺院の本拠地に向かった。

 視察団に対して、人民寺院側はなかなか門を開こうとしなかったが、このまま追い返しては
余計な誤解が増すだけだと弁護士を交えて長時間説得された後、ライアン議員一行はようやく
中に入ることを許された。

 そこで一行が見た人民寺院の第一印象は、予想外に明るいものだった。子供たちは遊園地で
遊び、大人の男は大工仕事や農作業に精をだし、女は料理や洗濯など楽しげに生き生きと従事
しており、実にのどかで充実した生活を送っているように見えた。

 その夜はジョーンズ夫妻を中心に、一行の歓迎会まで開かれた。ジムは、コーヒーも野菜も
果物も、みんなここの農場で収穫したものなんだと誇らしげに説明したという。

 だが、教祖・ジム・ジョーンズの印象は普通のものではなく異様に映った。当時、彼は糖尿
病が悪化して高熱が続き、薬の副作用で精神のバランスを失っていたという。一行の質問に、
急に激昂したかと思えば、次の瞬間には涙を流し、狂ったように絶叫するなど、とうてい常人
には考えられない異常な反応を見せていた。

 視察団一行のレポーターが、施設内を散歩している時に、たまたま異様な小屋を見つけた。
厳重に施錠された小屋の中を覗いてみると、病気の老人たちがカイコ棚のような粗末なベッド
に寝かされ、所狭しと詰め込まれていた。ひどい悪臭で不衛生極まりなく、ハエが飛び回り、
蛆がわく小屋は、記録映画にある収容所のようだった。紛れなき教団の本性を見た瞬間だった。

 1978年11月18日

 ライアン議員一行がガイアナを発つ日。その前夜、ライアン議員はジムに「帰りたいと希望
する者がいるなら、帰国を許可してやってほしい」ともちかけた。この申し出にジムは初め、
ひどくショックを受け、混乱したようだった。脱退者が帰国してマスコミに何を言いふらすか
を考えると、許可したくはなかっただろう。中傷されるのは目に見えている。

 結局、16人の信者たちが帰国したいと申し出た。そして一行が出発しようとしたその瞬間、
最初の事件が起きる。信者の一人が突然、ナイフを手にライアン議員に襲いかかった。議員は
傷を負ったが、側にいたジムは止めようともせず、ただ真っ青な顔をして茫然と立っていた。

 1時間後、一行が空港に着き、2機の小型飛行機に分乗したときに第2の事件が起きる。
帰国するふりをして一行についてきた信者の一人が、突然彼らにピストルを発砲する。

 同時に、ジャングルの奥から人民寺院のトラクターがあらわれ滑走路に進入、2機に近づいた
ところで一斉射撃を始めた。そのとき助かった記者は、のちにこう語っている。

 「弾丸が左肩を貫通し、地面に放り出された。やっとの思いで、飛行機の車輪のかげに這って
いった。NBCのカメラマンのボブ・ブラウンは、そんな状況の中でカメラを廻し続けていた。
一人の男が彼に近づき、ショットガンを彼の顔から数インチのところに構えた瞬間、ボブの頭は
吹っ飛ばされた。あの瞬間に見た光景は、生涯消え去らないだろう」

 殺害されたのは、ライアン議員、NBCカメラマン、同記者、新聞記者、信者1名の合計5名
だった。目的を達成すると、トラクターはジャングルの奥に消え去った。


 人は、他者を信じる前に、自分自身を信じなくてはならない。
 自分自身を信じるためには、自身の中の理性を見つめなければならない。
 真理は決して、人間によってもたらされるものなどではなく、
 人類誕生以前に、誰が言わずとも、万古普遍に、“そこに在るもの”。
 人が、それに気づくことが出来るか、出来ないか。
 人生のテーマとして、これに勝るものはない。

 ※ 真正なる人に絶対的帰依をすることで自身を救うには、時代が狡猾すぎる。

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