今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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11月25日、【憂国忌】

 平成18年11月25日(土) 昨日:英国亡命のロシア元中佐・リトビネンコ毒殺事件、KGB関与?

 これまではリトビネンコ氏がロンドン市内のすし店でイタリア人の情報源と会い、プーチン
政権を批判していたロシアの女性記者ポリトコフスカヤさん暗殺に関する情報を入手後、倒れ
たとされてきた。このため毒物は、同氏の食べたすしに含まれていたともみられていた。

 しかしその後さらにルゴボイ氏らとも面会していたことから、バーでリトビネンコ氏が何を
口にしたか注目されるが、英紙タイムズによると、同氏は死亡前、「バーでルゴボイ氏の友人
から何度も茶を飲むようすすめられた」と話していた。

 事件へのロシア情報機関の関与について大統領府は「ナンセンス」と否定。テレビもリトビ
ネンコ氏が死亡する23日まで報じなかった。

 積極的に報じているのは、プーチン政権と敵対し英国に亡命している政商ベレゾフスキー氏
の影響力が強いコメルサント紙など一部。リトビネンコは、中佐時代に、ベレゾフスキー氏の
暗殺を上司から命じられたと暴露した後、身の危険を感じ、英国に亡命した。ロシアでは、
2000年のプーチン政権発足後、政府に敵対する人物の暗殺が続発している。


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 11月25日は、【憂国忌】です。三島由紀夫の命日。

 1970年(昭和45年)の11月25日、『潮騒』『金閣寺』などで知られる作家の三島由紀夫が、
東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部に「楯の会」メンバーの森田必勝ら3名と乱入。
自衛隊員にクーデターを呼びかけるも果たせず、「天皇陛下の万歳」を三唱して割腹自殺。
享年45。


 ○ 三島由紀夫(1925年1月14日〜1970年11月25日)

 作家、劇作家。本名は平岡公威(きみたけ)。東京市四谷区生まれ。学習院初等科から
中等科および高等科を経て東京帝国大学法学部卒。卒業後、大蔵省国民貯蓄課に入省したが
9ヶ月で退職、作家となる。代表作には、『仮面の告白』『金閣寺』『潮騒』『豊饒の海』
戯曲に『サド侯爵夫人』『わが友ヒットラー』『近代能楽集』などがある。唯美的な作風で
知られる。


  文壇デビュー

 1946年、鎌倉に在住している川端康成のもとを尋ねて、原稿『中世』『煙草』を渡す。
「鎌倉文庫」の重役であった川端は、雑誌「人間」に『煙草』の掲載を推薦する。これで
文壇への足がかりをつかみ、以来、川端とは生涯にわたる師弟関係。同年、敗戦・前後に
渡って書き綴られた『岬にての物語』が雑誌「群像」に掲載される。1947年1月、太宰治
亀井勝一郎を囲む集まりに参加。

 この時、三島は「太宰さんの文学は嫌いなんです」と発言したとされる。これに対して
太宰は、「嫌いなやつはここにはいねぇよな」と返したという。11月、東大法学部卒業。
高等文官試験に合格して、大蔵省事務官に任官。銀行局国民貯蓄課に勤務するが、以降も
小説家として旺盛に作品を発表する。

 1948年、河出書房の編集者・坂本一亀から書き下ろし長編の依頼を受け、9月に創作に
専念するため大蔵省を退職。1949年7月、書き下ろし長編『仮面の告白』を出版。同性愛
を扱った本作はセンセーショナルに高い評価を得て、作家の地位を確立。

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  世界的評価

 1959年に三島は、書き下ろし長篇『鏡子の家』を発表する。起稿から2年をかけて、
『金閣寺』では個人を描いたが、本作では時代を描こうとした野心作だ。奥野健男は、
「最高傑作」と評価し、平野謙や江藤淳は失敗作と断じた。

 文壇の寵児として、『宴のあと』(1960年)、『獣の戯れ』(1961年)、『美しい星』
(1962年)、『午後の曳航』(1963年)、『絹と明察』(1964年)などの長篇を出版。
さらには、『薔薇と海賊』(1958年)、『熱帯樹』(1960年)『十日の菊』(1961年)
『喜びの琴』(1963年)などの戯曲も旺盛に発表した。


  私生活

 1958年に、画家・杉山寧の娘・瑤子と結婚。大田区馬込にビクトリア調コロニアル様式の
新居を建築する(およそ、生活臭のない空間、虚構の文学に似る)。この頃、ボディビルに
加えて剣道を始め、大映映画『からっ風野郎』(増村保造監督)にチンピラ役で主演したり
写真家・細江英江の『薔薇刑』のモデル(1963年)になるなど肉体を積極的に晒す事に執心。

 1961年に発表した『憂国』は作者の意図を超えて、のちの作者自身に大きな影響を与える
一作となる。一方では、『宴のあと』をめぐるプライバシー裁判(1961年〜)、深沢七郎の
『風流夢譚』をめぐる嶋中事件で、右翼からの脅迫状(1961年)、また『喜びの琴』を巡る
文学座公演中止事件(1963年)などと、文学と政治・思想にまつわる事件も多かった。


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  楯の会  そして、ライフワーク・『豊饒の海』(自決の舞台装置)

 自らライフワークと称した、輪廻転生譚『豊饒の海』の第一部『春の雪』が1965年から
連載開始された(〜1967年)。同時に主演・監督作品『憂国』の撮影を進め『英霊の声』
(1966年)、『豊饒の海』第二部・『奔馬』と、美意識と政治的行動が深く交錯し、英雄的
な死を描いた作品を多く発表するようになる。

 1967年、自衛隊に体験入隊し、F104戦闘機への試乗や、『論争ジャーナル』グループと
「自衛隊防衛構想」を作成。自衛隊将校の山本舜勝とも交遊した。政治への傾斜と共に、
『太陽と鉄』『葉隠入門』『文化防衛論』などエッセイ・評論も著述。

 1968年、第三部『暁の寺』(〜1970年)、戯曲『わが友ヒットラー』を発表。日本学生
同盟の森田必勝および古賀浩靖らと「楯の会」を結成。

 1969年、戯曲『椿説弓張月』『癲王のテラス』を発表。東大全共闘主催の討論会出席。
映画『人斬り』(五社英雄監督)に出演。同年には『論争ジャーナル』グループと決別し、
「楯の会」がのちの三島事件の中心メンバーとなる。

 1970年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内、東部方面総監部の総監室を森田必勝ら
「楯の会」メンバーと共に訪れ、隙を突いて益田兼利総監を人質に取り籠城。バルコニー
で自衛隊決起を促す檄文を示し、演説をしたのち割腹自殺。決起当日の朝、担当編集者に
手渡された『豊饒の海』第四部『天人五衰』の最終話の脱稿日は「11月25日」とあった。

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 ○ 昭和20年2月15日、入隊命令を受けた時、彼が残した遺書は以下の通り。

 遺書  平岡公威

一、御父上様
  御母上様
  恩師清水先生ハジメ
  學習院並二東京帝國大學
  在學中薫陶ヲ受ケタル
  諸先生方ノ
  御鴻恩ヲ謝シ奉ル

一、學習院同級及諸先輩ノ
  友情マタ忘ジ難キモノ有リ
  諸子ノ光榮アル前途ヲ祈ル

一、妹美津子、弟千之ハ兄ニ代リ
  御父上、御母上二孝養ヲ尽シ
  殊二千之ハ兄二続キ一日モ早ク
  皇軍ノ貔貅(ひきゅう)トナリ
  皇恩ノ万一二報ゼヨ

  天皇陛下萬歳 (遺書、終わり)

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 末尾を「天皇陛下萬歳」で結ぶこの遺書に関し、三島は次のように語った。
「それにしても、『天皇陛下万歳』と遺書に書いておかしくない時代が、また
来るでしょうかね。もう二度と来るにしろ、来ないにしろ、僕はそう書いて、
おかしくない時代に、一度は生きていたのだ、ということを、何だか、おそろ
しい幸福感で思い出すんです。一体あの経験は何だったんでしょうね。あの幸
福感はいったい何だったんだろうか。僕は少なくとも戦争時代ほど自由だった
ことは、その後、一度もありません」

 三島のこの言葉に嘘はないかもしれない。実際、戦争中の彼は天皇のため、
皇国のために、命を捨てる覚悟でいた。だが、三島は入隊前の身体検査で軍医
が「この中に肺の既往症がある者は手を挙げろ」と言ったときに、サッと手を
挙げるのだ。彼は嘘をついて兵役を逃れた「入隊拒否者」だった。

 この時の自身の振る舞いについて、彼は「仮面の告白」に次のように書いて
いる。「何だって、私はあのようにむきになって、軍医に嘘をついたのか?何
だって私は微熱がここ半年つづいていると言ったり、肩が凝って仕方がないと
言ったり、血痰が出ると言ったり、現に昨夜も寝汗がびっしょり出たと言った
りしたのか?」必死になって嘘をついたお陰で彼は、入隊を免除され帰宅を許
された。検査場の門を出るやいなや、三島は付き添ってきた父親と一緒に脱兎
のごとく逃げ出した。「さっきの決定は取り消しだ」と言われはすまいかと、
父親の表現によれば「逃げ足の早さでは脱獄囚にも劣らぬ」勢いで、一目散に
駆けだしたのだ。

 明敏な頭脳を持っていた三島は、対談・討論などで誰を相手にしてもひけを
取らなかった。だが、唯一の例外が新左翼系のいいだ・ももで、彼と対談する
ときには日本刀持参で席に臨んだ。そして形勢が不利になると、話の途中で相
手の頭上で白刃をぶんぶん振り回した。何時でも優位に立っていないと不安に
なる三島は、こんな子供っぽいやりかたで態勢を挽回しようとした。

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 ※ 三島と川端との間に往来した、殆どの書簡は焼却処分された。三島自決後、
川端は、彼を死なせたのは自分だと思い込む。その後の川端は選挙演説に狩り出さ
れるなど、およそ彼らしからぬ振る舞いをしたのち、ガス自殺して果てた。
 最期に、川端の胸中に去来したものは何だったのか。

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