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平成18年12月4日(月)昨日:大阪高裁判事が自殺、住基ネット訴訟で違憲判決したばかり。 3日午前9時ごろ、兵庫県宝塚市山本台に住む大阪高裁判事、竹中省吾さん(64)が自宅書斎 で首を吊って死んでいるのを、妻(59)が見つけた。遺書などはないが宝塚署は自殺とみている。 竹中さんは住基ネットを巡る訴訟の控訴審の裁判長として、先月30日に高裁レベルでの初の 違憲判断を示した。竹中さんは自宅二階の書斎のパソコンラックに、ショルダーバッグのベルト 部分をかけて首を吊っていた。1日は通常通り出勤し、2日夜に家族と食事をした際も変わった 様子はなかった。(この世は、善人が早死にするように出来ているのか?) 12月4日は、【聖バルバラの日】です。 3世紀のローマ時代、キリスト教に帰依した少女バルバラは、父である ディオスクルスによって役人に告発され、改宗するように拷問を受けたが 信仰を捨てなかった。ディオスクルスは自らの手で娘バルバラを殺すよう 命令され、この日その命令に従った。しかしその直後、ディオスクルスは 雷に打たれて絶命した。バルバラが獄中で壷にいけておいた桜桃のつぼみ が、処刑の日に花を咲かせたとされることから、この日、桜桃の枝を壺に さす習慣がある。また、この日に皿に入れた水に小麦を浸し、クリスマス ごろの芽の出方で翌年の豊凶を占う風習もあり、これを「バルバラの麦」 と言う。この日の雪を「白い衣装のバルバラ」といい、雪の量が多いと、 翌年は豊作になるとされている。 聖バルバラは未婚の女性の守護聖者とされています。この日桜桃、杏、 林檎の枝を瓶に挿し、「第一にその人が私を愛してくれ、第二にその人が まだ若く、第三にその人が物持ちであること」と願い事を囁き、紙に書き 枝に結び、クリスマスに花が開くと、願いが叶うという。 ○ 聖バルバラ(3世紀頃) F.Barbe. L.Barbara. 史的証拠はないが、7世紀頃から伝説に登場した処女聖人。ローマ皇帝 マキシミアヌス、総督マルキアノスの治世(286〜310年頃)ディオスクルスと 称する富裕な大地主で貿易をも営む商人貴族がいた。 その一人娘がバルバラ であった。彼女は、類い稀なる美貌で、多くの貴族や地主の男達に求愛された ため、父・ディオスクルスは溺愛の余り彼女を高い塔の中に侍女一人をつけて 幽閉した。その侍女はキリスト者で、その感化を受けて密かにキリストに帰依 した。 父親は、所用の旅に出かけている間に浴室を作るよう建築家や職人に命じ ておいたが、父が定めた二つの窓以外にバルバラは、三位一体をかたどって もう一つ窓を作るよう職人に命じた。その後、彼女の改宗に怒った父親から 逃れて、山の洞窟へと天使に運ばれる。その山には二人の羊飼いが放牧して いた。彼らはバルバラを見て初め恐れていた。ところが父ディオスクルスに 告げ口したので、彼らの羊たちはたちまちイナゴになって四方へ飛び去って しまう。父はバルバラの髪を引っ張り、山からおろし、城の独房に閉じ込め 鍵をかけた。父は総督マルキアノスに訴えて、彼女を引き渡した。 総督は偶像の神々に生け贄を捧げ、キリスト教に入信したことが誤りで あったことを認めさせようとするが、バルバラは拒絶して、こう言った。 「預言者が言っているように、偶像の神々は口はあれど語らず、目があって も見えず、耳があっても聴かず、鼻があっても匂いを感ぜず、手足があって も何も出来ない無力なものである」。総督は激昂し、彼女を裸にし鞭で叩く。 その夜、突如天の光がバルバラに向かって射し込み、 「バルバラよ、勇気 を持ち強くなりなさい。おまえの殉教は天地の中で大きな喜びとなる。残忍 な人間のおどしを恐れるな。私はおまえと一緒にいて、色々の傷からおまえ を守るであろう」と救世主が告げた。 彼女は聖主の言葉に勇気づけられ恍惚となった。翌朝、総督が牢屋に入って みると、彼女は少しも傷ついていないのを見て驚いた。総督は怒り彼女の胸に 燃えるたいまつを押しつけた。それでも足りず、鉄槌で頭部を叩いた。しかし、 バルバラは少しも傷つかず、「わが心を知っておられるキリストよ、あなたに 憧れていることを良くご存知の聖主よ、私を守ってください」と彼女は祈った。 総督は、彼女の胸を刺し貫くよう兵士に命じた。 「聖主よ、あなたのみ顔を私からさらせずあなたの聖霊を私から取り除かな いで下さい」とバルバラは祈った。彼女は不死身であった。総督は彼女を裸に して、群衆の前で鞭打つよう兵士に命じた。 すると「天地を雲でおおう方よ、無神の人々からわたしの体を見られぬよう に守って下さい」とバルバラは神に祈った。聖主は天使をつかわし、白い雲で 衣のように包み、彼女の体を隠した。ついに総督は、キリスト教に入信した者 の見せしめとしてバルバラを各地に引き回し、ヘリオポリス付近のアラシオン 村で斬首の刑に処することにした。バルバラは勝利の讃歌を歌った。 「永遠に見ることなく創造されることなき聖主よ、あなたは天を広くつくり もといの地を固くつくり給うた。また殉教の王冠である聖主よ、常に聖主なる あなたとその名に仕える女性のことを顧みて下さい。私の殉教の日を思って 下さい。これらの人々の罪を裁きの日に考えないで下さい。われらが肉をもつ 弱き存在であることを、ああ主よ、あなたはよく知っておられます。なにとぞ 聖主よ、彼らに恵み深くして下さい。アーメン」。 祈り終えると天から、「さあ、わが勝利の殉教者よ、今こそ天のわが父の家 に在る安らぎを見出すがよい。あなたの祈りはどこにあってもわたしは守って いよう」と聖主の声がした。 バルバラは、父・ディオスクルスの手でついに斬首され、その日一緒に、 ユリアーナという聖女も殉教を遂げた。処刑の直後、大暴風雨がおこり雷に 打たれて父は罰を受けた。敬虔なキリスト者ヴァレンチヌスは、 聖女たちの 亡骸をひそかに引き取り、聖所に運び入れ、手厚く葬った。 【聖バルバラの日】に、はなはだ不謹慎な事とは存じますが、
1948年12月4日、銀座で初の場外馬券が発売されました。これにより、多くの 迷える子羊(狼?)が週末になると、場外馬券場を徘徊するようになりました。 場外馬券場近くの喫茶店では、一杯のコーヒーで何時間も居据わられるために ほどなく店を畳むことになるとか。場外馬券場近くでは居酒屋に限ると、さる 馬券買い愛好者から聞きおよびまして御座います。 |

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初めまして
「聖バルバラの日」の記事を書いた後
「こんな記事もあります」で、こちらを拝見しました。
とても詳細な解説に感動いたしました。
失礼ではありますが、トラックバックさせてくださいませ。
よろしくお願いいたします。
2008/12/4(木) 午後 11:23